総力戦(十二)
「それじゃあ、燃やすか」
赤瀬はそういうと、出現地帯周辺からいきなり火の手があがる。
その場に居たモンスターたちも、根こそぎ焼けていた。
サイズが小さなモンスターはそれだけでも即死するが、全長三メートルを超えるサイズのモンスターは、多少のダメージを負いながらもいまだ健在である。
生き残っているモンスターたちは、元凶であるらしい魔法少女隊四人に向かって進みはじめる。
と、そうしたモンスターたちが、まとめて消失した。
「邪魔が入らなければ、始末するのはわけないんだけどね」
恭介の魔力弓による、無属性魔法攻撃だった。
恭介はモンスター出現地点から少し距離をおいた場所に立ち、山なりの軌道で魔力弓による無属性魔法攻撃を連発している。
砲撃や機銃ほどに効率がよいわけではなかったが、一発あたりの攻撃範囲がかなり広いので、目に見える範囲に居たモンスターに関しては、かなり消化している。
緑川の竜巻によって巻きあげられたモンスターたちも、お互いにぶつかり合って自然と数を減らしていた。
「達成率、九割五分を超えた」
シュミセ・セッデスが、自分のシステム画面を見ながらそう宣言する。
「じりじりと、あがり続けている。
あとは、すでにあそこの外に出たモンスターを片付ければ、なんとかなるのではないか?」
通称爆心地を恭介や魔法少女隊、Sソードマンら、それに、手の空いたセッデス勢など多数のプレイヤーが集合して封じ、その上ですでに出現していた城塞内部のモンスターは順調に数を減らしている。
城塞外部に出現し続け超大型モンスターも、対処する側が慣れたのと、それに、左内の召喚獣徐々に数を増やしているため、多少出現ペースがあがったとしても余裕を持って対処出来るようになっていた。
特に後者、左内の召喚獣に関していえば、超大型モンスターや大型モンスターが増えてきたので、全長三メートル以下のモンスターは城塞内部、ならびに、爆心地方面へと加勢に出すようになっていり、公平に考えると、おそらくはこれが「達成率上昇」の、最大の原因といえた。
簡単にいうと、
「時間が経過すればするだけ、味方が有利になる」
という状況にある。
「だと、いいけどな」
小名木川会長が呟く。
「簡単に勝利条件を動かすような相手だし、最後まで気を緩めない方がいいと思う」
「……ということを試してみたいんだけど、いいかな?」
「了解っす」
恭介からの通信を受けて、赤瀬が答えた。
「今、仙崎ちゃんが向かいましたんで。
着いたら乗ってください」
「ありがとう」
恭介はそう応じる
「助かるよ。
と、もう来た」
「どうも」
箒に乗った仙崎が、恭介のそばに着地した。
「急ぐようでしたら、すぐに乗ってください」
「お願いするよ」
恭介は箒の、仙崎の背後に腰掛ける。
「ハルねーは、この辺で爆心地から抜けてきたモンスターでも倒しておいて」
「はいはーい」
遥は気軽な調子で返答し、軽く手を振った。
「それの上だと、わたしはなんも出来んからねー」
仙崎が操る箒はそのまま百メートル垂直方向に浮上し、そこから、爆心地を中心にして大きく弧を描くよう、螺旋状に移動しながら、さらに上空へと移動する。
恭介は、たまに下のプレイヤーたちが討ち漏らした飛行可能なモンスターを魔力弓で撃ち落としていた。
「まだ、上にあがりますか?」
「高さは、もうこんなもんでいいや」
仙崎に問われたので、恭介が答える。
「今度は、爆心地の中心近くまで移動して、そこでしてくる」
いいながら、恭介は魔力弓を倉庫に収納し、代わりに杖を取り出す。
続いてシステム画面を開いて、自分のジョブを魔術師に変更した。
「師匠の全力魔法攻撃、楽しみですね」
「それより、一応、周囲を警戒しておいてね」
恭介は、そう答える。
「司令部、これより爆心地への攻撃を開始します」
「了解。
周囲はかなり厳重に固めているから、派手にやってみてくれ」
「では」
恭介は杖を両手で掲げて、そのまま魔法攻撃を開始する。
やるのは、ドラゴン戦の時にやった攻撃方法の改良版、というより、あの時はイグアナの魔石を無制御に暴走したわけだが、今回は手持ちの魔石をいったん魔力化し、その上で半ば物質化して爆心地へ叩きつける形となる。
イグアナの魔石と、同程度の大きさの魔石は今回、大型や超大型のモンスターを複数倒しているので倉庫の中に余っているくらいだった。
そして、半ば物質化した攻撃というのも、現象としては、普通の属性魔法攻撃と同じになる。
普通の属性魔法攻撃でも、無から有が、そこにはいないはずの物質やエネルギーが、唐突に、その場に出現している。
イグアナの魔石が、多種多様な属性を含み、マーブル状になっていたように、今、倉庫内にある巨大な魔石も、ほとんどは全属性の魔石が複雑に集合した形で存在していた。
今回、恭介はそのマーブル状になった属性部分を、そのまま丁寧にその属性のまま解き放ち、攻撃へと転嫁している。
特定の属性のみで形成された魔石を使うよりは、魔石を処理する側に負担がかかる。
この場合、実際に術を使う恭介の負担、ということになるわけだが。
忙しないな。
バレーボールやサッカーボール、ラグビーボール大の魔石は倉庫内にごろごろしている状態だったが、その大きさの魔石内に、大小の属性を持った魔石多数、入り組んだ形で含まれている。
そうした、生成され、単一の属性に揃えられていない魔石を使用して属性魔法を放つのは、本来ならば、
「魔力変換効率が、非常に悪い」
ということになる。
今回、恭介は、あえてそうした未生成の魔石をそのまま、魔力に変換している。
いうまでもなくこれは、生成された魔石を消費して魔法を使う、という一般的な方法と比較して、とても煩雑な方法だった。
通常、一回で済む処理を、無数に繰り返す必要が出て来るからである。
無数に。
千回、万回単位ではまるで足りない。
数えるのも嫌になるくらいの回数を、魔法を使用する術者自身がこなす必要がある。
恭介が先天的に秀でているとされているのは、魔法使用時における、いわば演算処理ともいうべき資質であったわけだが、その恭介にしてみても、この複合属性攻撃魔法を使用する時はかなり意識をそちらに集中させる必要があった。
今回、魔法少女隊に声をかけ、移動と当座の護衛を頼んだのも、この方法を使う間、恭介自身はかなり無防備な状態になると、そう予想したからだった。
無数の炎が、氷柱が、土や石で出来た円錐形の物体が。
突風に押しさげられるようにして、爆心地へと降り注ぐ。
自由落下による運動エネルギーに加え、風属性の魔法でそうした物質化した魔法を押している形だ。
「わぁ、凄い」
仙崎は箒を操作しながら、恭介の魔法攻撃をそう評した。
「一度、師匠の全力攻撃を見てみたかったけど、実際に目の当たりにすると凄まじいの一言ですね。
前のシュートリアル時にもこの箒で二人乗りしましたが、あの時のポンコツぶりとは雲泥の差です。
あの時は古くさい複葉機の戦闘機、今回のは最新鋭の爆撃機です」
恭介は攻撃魔法の処理をするのに目一杯であり、言葉にしてそれに答えられるほどの余裕も持てないでいた。
「わあー」
複数のモニターでその様子を観察していた小名木川会長は、本心から呆れ果てていた。
「いや、いくらなんでも、これはないだろう。
各種攻撃魔法の詰め合わせ。
滝というか、雨というか。
物量で勝負するにしても、ここまでやりきられると、かえって引くわ」
「派手、ではあるが」
シュミセ・セッデスが自分のシステム画面を見ながらいった。
「それ以上に、効果がある。
達成率は今、九割七分を超えた。
まだあがっている。
このまま……なに!
いきなり八割以下にさがったぞ!」
「ああ、それは、あれのせいだな」
小名木川会長は、爆心地の様子を映すモニターを示した。
「たった今、出て来たところだ。
東洋風の、昇り竜。
全長は、あれ、百メートル以上はあるんじゃないか?
分類でいうと、超々大型、いや、超弩級とでもいえばいいか。
ゴールポストを動かすにしても、もっと加減ってものがあるだろう!」
「各種攻撃魔法詰め合わせの垂れ流し、か」
目前で展開される光景を見て、楪が呟く。
「いくら体質っていっても、ここまでのはちょっと、不公平だろう。
あいつ、魔法関係のユニークジョブでも隠し持っているんじゃないか?
……って!」
楪は慌てて倉庫からロケットランチャーを取り出し、両手にひとつずつ持って即座に発射する。
単発式の対戦車用ロケットは白い煙を吐きながらまっすぐに飛んでいき、無事に標的に命中し、爆発する。
しかし、その標的がなんらかのダメージを受けたようにも見受けられない。
巨大な頭部はまっすぐに上昇していき、そのあとに、太くて長い胴体が続く。
頭部だけでも、三十メートル以上はあった。
その頭部に続く胴体から尾の先まで、おそらくは数百メートルというオーダーになるのだろう。
「七つの球を揃えると何でも願い事を叶えてくれそうなのが出て来た!」
楪は、そう叫ぶ。
モンスターの一種、ではあるのだろう。
少なくとも、元の世界では、空想上の存在だと考えられていた。
しかし、こうして実物を目の当たりにすると、どうにもあっけに取られてしまう。
モンスター、などと呼ぶには、その存在はあまりにも神々しい雰囲気を纏っていた。
あれは、本当に倒していい存在なのか。
倒せる存在なのか。
楪が所属するSソードマンは、過去にダンジョンマスターの中でも最強と目されていた、ドラゴンを倒している。
その楪はから見ても、この存在を自分たちの力でどうにか出来るとは、到底思えなかった。
その存在、竜は、悠然とした動きで細長い巨躯をくねらせながら、まっすぐ真上に向けて昇っていく。
直上から降り注ぐ、恭介の魔法攻撃も、ほとんどすべてが顔面に直撃しているはずだった。
しかし、竜は、そのことをまったく意に介する様子もなかった。
「……どうするんだよ、これ」
目の前、とはいえ、楪が立つ城塞の屋上から竜が上昇している場所までは、三百メートル以上は離れているのだが、とにかく楪の目線の先を、尻尾の先が通過してさらに上昇していくまで、いくらもかからなかった。
「これ、ラスボスなん?」




