リクルートする理由
新規参入者の採寸が終わったあと、名簿整理は彼方とアトォに任せ、恭介と遥かはとりあえず二十余名分の生活インフラを整えることに専念する。
その新規参入者たちは、採寸が終わったあとは自由行動にさせた。
初日からスケジュールを詰め過ぎてもストレスが溜まるだろうし、本格的な活動は明日からの予定だった。
四棟用意されたプレハブは、男女で二棟ずつ別れ、さらに一棟が年長者組、もう一棟は年少者組が泊まるような割り振りになったようだ。
これは、年長者組が交付して騒ぐ年少者組にうんざりして、自然にそうなった感じだ。
さらにその年長者組のうち、スジャンを筆頭にした狩人組は、ダッパイ師に誘われるままにダッパイ師のテントまで移動して、そこで酒盛りをするらしい。
あちらの人は、本当に酒が好きだな。
と、恭介は思う。
ひょっとすると、狩人組の中にダッパイ師の顔見知りが混ざっていたのかも知れない。
いずれにせよ、翌日の仕事に支障がない限りは、自由時間の行動に制限をつけるつもりはなかった。
「とりあえず、この人数だから、トイレは余裕を持って設置しておいた方がいいかな」
恭介と遥は相談の上、そう結論する。
いずれは、風呂と同じく排水まで完全に考慮したトイレを設置することになるのだろうが、当面数日は仮設トイレで我慢して貰おう。
こちらのトイレの使い方は、市街地で説明していた。
数に余裕を見て、十基ほど、宿泊プレハブのそばに仮設トイレを設置する。
以前、魔法少女隊が設置した野外トイレもある別にあるのだが、プレハブからそこまでは少し距離があるし、それに、そのトイレは一基だけだったので、どの道、数が圧倒的に足りない。
「今すぐ手配するのは無理だけど」
といった意味の内容を、恭介と遥は話し合う。
「遠からず、外来者用の宿舎は必要になるね」
問題は、そのキャパシティをどの程度と構想するか、だ。
「一度に五十名が寝泊まり可能な建物?
それとも、百名以上?」
「ちょっと、彼方とも相談してみないと、決められないね」
多分、資財なり資金なりは、今のトライデントなら、どうにか調達可能だ。
問題は、大規模な建物になるほど、建築にも相応の時間と人手が必要になるということで。
「こちらに来たばかりの人たちが一時的に滞在する目的なのか、もっと長く住むことが前提なのかによって、また変わってくるし」
遥は、そういう。
「その辺の構想についても、彼方と相談しておかないと決められない。
それに、その規模だと自分たちだけでは到底建てられないから、酔狂連や他の人たちの手も借りる必要が出て来ると思う」
「あるいは、こちらに来た人たち自身にも、負担して貰うか」
そうしたことも、今後の方針によっていくらでも変わってくる。
結局、
「向こうから来た人たちと、今後、どうつき合うつもりなのか」
という根本的な部分が定まらないことには、なにも決まらないのであった。
「とりあえず、生徒会に提出する書類は完成したかな」
彼方は、そういった。
「顔写真と名前、だいたいの推定年齢、それに、現在のレベルを書いた程度の、ごく簡単なものだけど」
年齢の前に「推定」の語がつくのは、向こうでは年齢を数える習慣がなかったからだ。
仮にあったととしても、一日の長さがこちらとは少し異なるので、向こうでの年齢とこちらの間隔にズレが生じるはずであったが。
元の世界とこの世界は、一日の長さはほぼ同じだった。
これは、転移してきたばかりのころ、恭介と彼方が毎日、チュートリアルがはじまる時間とスマホの時計を確認した上で、検証している。
仮にずれがあったとしても、数十秒から一分以内だろう、と。
しかし、向こうのチュートリアル開始時間は、こちらの時計で計測すると、毎日三十数分ほどうしろにずれ続けている。
これも、先行して向こうにいっているプレイヤーが、確認している。
つまりは、それだけ、一日の時間が長いのだろう。
一年となるとどれほどの誤差になるのか。
だから、とりあえず生徒会に提出する書類には、彼方の主観により、各人の年齢は「見た目は何歳くらい」的に記述していた。
「宿舎の規模とか、必要性は理解出来るんだけど、ちょっと後回しにしたいかな」
続けて、彼方はそういった。
「今は、今来ている人たちを使えるところまで持っていって、セッデス勢からの依頼を片付けることに専念した方が、いいと思う。
先に実績を作っておいた方が、今後もなにかと動きやすいし。
それ以前に、ぼくたちの方に、これ以上の人数を受け入れるだけの余裕もないし」
「それならそれでいいんだが」
恭介がいった。
「セッデス勢の依頼、つまりは、向こうのチュートリアルを終わらせるってことになるわけだけど。
すぐに片付くと思う?」
「もう少し様子を見てみないことにはわからないけど」
彼方はいった。
「現状でも、かなりいい線まで来ているからね。
もう一押しか二押しくらいあれば、チュートリアルをクリアするだけなら可能だと思うよ。
問題は、こちらがどこまで干渉していいのかって、案配になると思うけど」
「なるほどなあ」
恭介は、その言葉に頷く。
「こちらの熟練パーティが片っ端から向こうに参入すれば、クリアだけなら出来そうだしな。
でも、そうすると」
「そう。
セッデス勢の面目が丸つぶれになってしまう」
彼方が、続きを引き取った。
「彼らはこれまで八十年、チュートリアルをクリアしようと頑張っていたわけでさ。
それをいきなり現れたぼくたちの手でクリアしちゃったら、あとで大きなしこりが残ると思うんだよね」
「つまり、こちらの助力はあくまで補助に徹して、実際にクリアするのはセッデス勢でなければならない、と」
遥が、ため息混じりにいった。
「なんというか、必要のない手数ばかりが増えるパターンじゃない、これ?」
「そうでもないよ」
彼方はいった。
「セッデス勢も、まるっきり無能ってわけではないし。
現に、近代兵器はわずか数日であれほど取り入れて活用しているわけで。
決して、能力的に劣るわけではない。
今日のを見学して気づいたんだけど、あの人たちが近代兵器は取り入れて、魔法とかスキルをあまり活用していないのは、なにか理由があるのかな?」
「これは推測になるけど」
恭介がいった。
「あの人たち、魔法とかスキルの威力とかをうまく想像出来ないんじゃないかな?
回復術も、自分たちでは使おうとしていなかったし。
近代兵器については、こちらからの先行組がうまいことレクチャーしていたんだと思う。
それに、近代兵器って、つまりは、機械化された物理攻撃でしょ?
道具を用いて攻撃する、って意味では、彼らにしてみれば、自分たちの戦い方の延長にあるわけで。
それだけ、使いやすいって側面もあると思う」
「おおむね、そんなところなんだろうけど」
彼方は、そう続けた。
「だとすれば、セッデス勢の意識改革を促進するのが、一番の近道ってことになるね。
具体的な作業としては、彼らの見ている前で、魔法なりスキルなりをこれ見よがしに使ってみて、その有用性を彼らの意識に刻み込む。
それこそ、彼ら自身が自発的に使いたくなるくらいに」
「ああ」
遥が頷いた。
「だから、わざわざリクルートしてまで、回復術の使い手を増やそうとしているのか」
「それもあるけどね」
彼方はいった。
「あと、この時点から向こうからこちらに働きに来るルートを確保しておけば、今後、なにかと都合がいいかな、って。
ただ、前例がないことをゼロからはじめるわけだから、最初のうちはモタつくし失敗することも多いと思うよ」
「そういうことなら」
恭介がいった。
「今の段階では、まずはリクルートした第一弾を成功させることが先決だな。
実績と、それに、成功したノウハウを蓄積出来れば、それなりのアドバンテージになる」




