移動中に打ち合わせ
この城塞に来てから、恭介たちは成人男性にしか会っていない。
それと、セッデス勢が自分たちと「戦闘集団」と規定していることと併せて考えると、戦力にはならない女性や子どもなどは別の、より安全な場所に居住させていると想定するのが、自然に思えた。
「セッデスという語は、そちらの言葉でどういう意味を持つのですか?」
恭介は、アイレスの目をまともに見据えて、確認する。
「戦士の集団、部隊、師団。
そうしたことを意味する言葉になります」
アイレスは、答えた。
「実戦に寄与しない非戦闘員、女性や年端もいかない子どもは、セッデスには含まれません」
「フラナとの対比で、あやうくセッデスという単語も民族名のように思い込むところでしたよ」
恭介はいった。
「それで、セッデスの血統だけど性別や年齢を理由に戦闘には参加していない人たちにお手伝いをお願いすることは、セッデスの法に触れますか?」
「明文化された法には、そうした条項はないはずですが」
アイレスはそういって、ゆっくり首を横に振る。
「慣例的に、忌避する者が多いでしょう。
正直に申せば、現場からの反発は免れないかと」
「そんなところでしょうね」
恭介は頷いた。
「でも、そういうことをいい出したら、おれたち百五十名のプレイヤーも、元の世界では未成年のガキ扱いだったわけで。
ここは、よそ者が勝手にしているということで、とりあえず見逃しては貰えませんか?」
「参ったなあ」
アイレスは、唸った。
「向こうから来た方々を助けるようにとはいわれていますが、その行動を掣肘するようにとはいわれていませんしねえ。
見逃すというより、当方の反対を押し切った、という形にしてください。
われらセッデスは、セッデスではない人々の安寧を求めてわが身を危機にさらしているのです。
その守るべき対象を故意に戦地に引き出すのは、多くのセッデスにとって望むところではないでしょう」
「いや、その理屈は、おかしいんじゃないかな」
遥がそういって、首を傾げた。
「セッデス側の意見としてはともかく、セッデスに守られている人たちは、そういう立場に納得しているの?
わたしら、よそ者だから、よくわからないんだよね」
「それを確認するためにも、セッデスの身内でありながら戦闘には参加していない人たちと面会する必要は、あるようだね」
彼方がいった。
「両者の意見を直に聞いてみないことには、こちらとしてはどうにも判断が出来ない」
「決まりだな」
恭介はそういった頷いた。
「アイレスさん。
そういうことで、そうした人たちがいる場所まで、案内してください」
「参ったなあ」
アイレスは、ぼやいた。
「どうしても、ということなら用意しないわけにはいきませんが。
わたしは、反対しましたからね。
くれぐれも、そのことだけは記憶に留めておいてください」
ということで、四人と案内役のアイレスは、一度城塞を出ることになった。
「少し距離があるので、タンデに乗っていただきます」
「タンデ?」
「われらが常用している、乗り物です」
城塞の外に出た四人に、アイレスがそういって巨大な物体を指さす。
「巨大カバ?」
「いや、皮膚とか見ると、爬虫類っぽい」
「体形は、カバなんだけどね。
って、近寄ると、こいつ、凄いデカい!」
四トントラックよりは、大きい。
間近に寄ると、見あげないと背中まで視界に入らない。
「これの背に乗ります」
アイレスは、四人に告げた。
「あちらの櫓を登って、背中にどうぞ」
四人とアイレスが櫓を登っている間にも、タンデは手近の木から葉をむしり取って食んでいる。
小枝もろとも、葉を口の中に入れて咀嚼しているようだ。
タンデの背中には、使い古した革が敷いてあり、四人は思い思いの場所に座る。
御者であるアイレスは、肩甲骨の合間に設けられた御者席に座った。
「それでは、出発します」
一度背後を振り返り、アイレスはそういった。
「移動に少し時間がかかりそうだから、連絡だけしておこうか」
彼方が、そんなことをいい出す。
「システムで、向こうの世界ともやり取りは出来るんだよな」
恭介が、自分のシステム画面を開きながら、そんなことをいった。
「それでは、おれは生徒会に」
「わたしは、ダッパイ師に報告がてら、意見を求めてみます」
アトォが、そういう。
「拠点をハブ、ですか?
転移魔法の目抜き通りにするためには、ダッパイ師の協力は必要になりますし」
「一応、合宿所と酔狂連に連絡しておきますか」
彼方は、そういった。
「ことによると、異世界からそっちにそれなりの人数がいきそうな案配だし。
酔狂連には、装備品の在庫を増やしておくようにいっておこう」
恭介は生徒会にこれまでの経緯を説明した上で、
「そちらの世界からも、回復術を取得しているプレイヤーを募ってこちらに派遣してくれないか?」
と打診をしてみる。
「現状だと、結城さん一人に過剰な負担がかかっている状態で、これはとてもよくない。
人数は、多ければ多いほどいい。
手配は、早ければ早いほどいい」
「その件は、引き受けた」
小名木川会長は、即答した。
「たいていのプレイヤーは回復術を取っているし、戦闘しないでいいという条件なら、志願者は割と集まると思う。
結城さんもなあ。
助けが必要なら、早めに知らせてくれればいいのに」
「そういう性格なんでしょ」
恭介がいった。
「責任感が強いのはいい資質だとは思いますが、他のプレイヤーはあまり信頼されていないようで。
あの人と仲がいいプレイヤーとか、いなかったんですか?」
なにかあれば相談出来る相手が居れば、こんなことにはなっていないのだが。
「なんというか、あの子は弟にべったりだったからなあ」
小名木川会長は、そう答える。
「その弟と別行動になってからは、連絡を取っていないようだったし。
あの子のことをあまり心配していなかったのは、こちらの不手際だ。
普段、なんでも自分で解決してしまう子だから、正直、そういう心配はまるでしていなかった」
「そう思うんなら、手助けの手配を早急にお願いします」
恭介は素っ気ない口調でいった。
「あの人を孤立させなければ、なんでもいいです。
あと、おれたちがこちらに来る前に検討してくれるといった件は、どうなりましたか?」
「ああ、ソラノ村にも転移魔方陣を作る、という件か。
それも、特に反対意見は出てないから、そのまま実行に移していいと思うぞ。
ただ、魔方陣の敷設などに関わる手配は、そちらでやってくれ」
「それについては、ダッパイ師に頼む予定です。
その転移魔方陣、ですが。
どうやら、複数の魔方陣を設置することになりそうです」
「はあ?
ちょっと待て。
せいぜい、一個か二個だと思っていた。
なんで、そうなる」
恭介は先ほど聞いた、「拠点ハブ化計画」について、簡単に説明する。
「そちらの世界内部での移動を簡略化するため、かあ」
小名木川会長は、そういってため息をついたようだ。
「なんでお前らが動くと、いちいちスケールが大きくなるんだ?」
「いや、おれに聞かれても」
恭介は、そう応じる。
「あと、これから、場合によってはこちらの世界の人たちをそっちに連れてって、レベリングをおこなうかも知れません。
というか、流れ的に、ほぼ確実にそうなります。
そのための準備なども、お願いします」
「さっきいっていた、回復術使いが不足しているって件に関連して、か?」
「それもありますが、他にもいろいろありそうでして」
恭介は、言葉を濁した。
「こちらの世界も、内情はいろいろ込み入っているようです」
「異世界人がこちらに来て、ダンジョンでレベリングをおこなうって打診は、セッデス勢からあがっているしな。
それを前倒しにするだけだから、こちらとしては別に不都合はないんだが。
あー。
お前ら、くれぐれも、無茶な真似はするなよ」
「無茶な真似なんかはしませんよ」
恭介は答えた。
そして心中で、
「必要な行動を実行することは、躊躇しませんが」
と、つけ加える。




