目録
「その助力というのは、別におれたちでなくてもいいでしょう」
恭介はいった。
「ぶっちゃけ、そちらの世界をこの目で見てみたいという漠然とした願望も、ないわけではありません。
でもそれは、そちらのチュートリアルの進行状況とは別の問題ですね。
おれたちとしては、両世界の往来がもっと容易になってから、状況がもっと落ち着いてからそちらにいってもいいわけで。
先ほどの決闘の件と同じく、おれたちにはそちらに協力すべき積極的な動機を持ちません」
「うん。
それも、道理だな」
シュミセ・セッデスはあっさりと頷いた。
「おそらくはそういう返答をするであろうと、こちらも予測していた。
だから、こちらもそちらの労力に釣り合う報酬を用意した。
別に、ただ働きを強要するつもりもないからな」
「報酬、ですか?」
恭介は疑問に思った。
「この時点で、おれたちには入手出来ない、しかしそちらが用意可能な報酬とは、一体なにになりますか?」
いいつつ、恭介は素早く思案を巡らせる。
まず、マーケットで入手可能な物品ではない。
恭介たちは、すでに潤沢なポイントを稼いでいる。
自分たちで必要な物品は、自分たちで購入可能な状態だった。
何世代かに渡ってゲームを続けている向こうの人々は、あるいは恭介たち以上に潤沢なポイントを溜め込んでいても不思議ではない。
だが、高額なだけの贅沢品に恭介たちはあまり興味を抱いていない。
だとすれば、マーケットでは入手不可能な性質の。
「こちら風のいい方をするのなら、ドロップアイテムということになるな」
シュミセ・セッデスはそう続けた。
「モンスターを倒せば低確率で発生する物品、というやつだ。
長く続けて来ただけあって、こちらでは数だけはあるんだ」
「具体的に、どのような効果を持つ物品になりますか?」
恭介は、訊ねた。
「武具や装備品などでしたら、おおかた間に合っているんですが」
「知っている。
スイキョウレンといったか、こちらの職人は優秀なようだからな」
シュミセ・セッデスは恭介の言葉に頷いた。
「もう少し落ち着いたら、こちらからいくつかの防具や武器を発注することになるだろう。
それ以外に、だな。
特殊な性質を持つ品々があり、こちらの目録に記載してある」
そういってから、恭介の前に薄い冊子を置いた。
プリントアウトしたコピー用紙を束ねた物で、つまりはこちら側にこの冊子の制作に協力した者が居るはずだった。
「わざわざこんなもの、用意したんですか」
呆れ半分に感心しながら、恭介はその冊子を手に取ってパラパラとめくった。
「強いていえば、レベルリセットの宝玉はもう何個か、確保しておきたいですかね。
あ、特定のパラメータだけをあげる宝玉、なんていうのもあるのか」
恭介の知る限り、その宝玉はこちらでは、まだドロップしていない。
説明書きを読むと、その効果は微妙だったが。
一度使うと特定のパラメータをあげることが可能になる、能力向上の宝玉。
かなり希少な宝玉だが、その効果は限定的であり、ランダムで一から五前後までしかあがらない。
その程度の変化なら、普通にレベルあげに勤しんだ方が、かえって効率よくはないか?
少なくとも恭介は、無理をしてまで欲しいとは思わなかった。
その他にも、従魔の召喚札、身代わり人形、スキル譲渡の証書など、その手のゲームかなにかでありがちなアイテムが並んでいる。
「これらの品々は、確かにあれば便利そうですけど」
恭介は、慎重な口ぶりでそういった。
「正直、なくても特に困らないというか。
そこまで積極的に求める価値も見いだせませんね」
いく分、シュミセ・セデックに足元を見られたくないためのポーズも入っている。
が、半分以上は、恭介自身の本音でもあった。
「そうか、残念だな」
シュミセ・セッデスは恭介の反応に落胆した様子もなく、鷹揚に頷いた。
「まずは最初に、そちらの意向をうかがえという、セイトカイチョウの意向に従ってみたのだが。
そちらが駄目だというのなら、他を当たるしかあるまい」
「Sソードマンとか、いいですよ」
恭介は、そう勧めておいた。
「他の要素はともかく、攻撃力ならあのパーティは随一ですし。
ダンジョン攻略よりも、そちらへの協力の方があのパーティに向いているかも知れない。
それと、魔法少女隊とかも、向いているはずです」
こちらでのチュートリアル終盤の様子を思い返しながら、恭介はいう。
あの当時でも、魔法少女隊はかなりの戦力になっていた。
Sソードマンは、あの当時はあまり目立った活躍をしていないと記憶しているが、今ではかなり成長していて、ダンジョン攻略数でもトライデントに追いつきつつある。
勇者結城ただしが加入したことが、大きな転機になったようだ。
「実は、協力とか技術指導という名目で、すでに幾人かのプレイヤーが向こうで活躍していてな」
それまで黙っていた小名木川会長が、口を開いた。
「死人を出したくはないということで、まず聖女様が向こうにいって。
続いて、銃器やら地雷やらミサイルやらの使用法を教える目的で、有志のミリオタどもが何名か先行している。
これらの人員も多少は実戦にも協力しているようだが、それよりも側面的な協力がメインになるな」
「すでにそれだけの人員が向こうにいっているのであれば」
恭介はいった。
「そんなに焦らずとも、いずれはチュートリアルをクリア出来ますよ」
結局は、時間の問題なのではなかろうか。
恭介たちトライデントが向こうにいけば、多少はチュートリアルクリアまでの時間を、短縮出来るのかも知れない。
しかし、恭介たちが向こうにいかなくても、大勢に影響はないように思えた。
「おれの一存で決断することも出来ませんので、一応、この目録を持ち帰って仲間と相談してはみますが」
恭介は、そう結論する。
「あまりいい返答は、期待しないでおいてください」
「と、いうわけで」
拠点にある自宅に帰って来てから、恭介はリビングのテーブル上に件の目録をおく。
「こういうものを、報酬として提示されてきたんだけど」
「へー」
遥は、感心したような声をあげてその目録をぱらぱらとめくった。
「身代わりの人形?
ああ、一度だけ、致命傷を受けた時、持ち主の代わりに壊れてくれると。
文字通りに、お守り的なアイテムだね」
「聖女様が居ると、その価値も半減すると思う」
彼方が、そんな風に感想を漏らす。
「むしろ、万が一を考えるのなら、聖女様にこそ持たせておくべきじゃないかな、そのアイテム」
「その人形、向こうでは貴人しか持てない高級品扱いでしたね」
アトォが、そう解説する。
「首尾よくモンスターを倒した時に入手できたら、伝家の宝物扱いになります」
「ドロップする確率が低い代物、なわけか」
恭介は頷いた。
「セッデス勢力としても、それなりに誠意は見せてくれているわけか」
「向こうのチュートリアル終結までの期間が短くなるとして」
遥が、テーブルの上に目録を放り出して、そういった。
「それって、こちらにもなにか影響するのかな?」
「肝心なのは、そこだよね」
彼方も、遥の意見に頷く。
「目録に記載されているアイテムは、それなりに魅力だけど。
恭介がいうよりに、絶対に欲しいってほどの価値は感じないかな」
「向こうのチュートリアルが終わると」
恭介は、自分が予測した内容を披露した。
「おそらく、だけど。
こちらのダンジョンよりは難易度が高めの、新しい試練が出現すると思う。
具体的にどういう形になるのかまでは、予測出来ないけど」
「それは、すでに何人か、こちらのプレイヤーが向こうにいって、協力しているから?」
彼方が、そう確認してくる。
「それと、こちらからの情報的な支援も含めて、向こうのチュートリアル難易度が、相対的に低下したから?」
「おれが運営側なら、そう判断するかな」
恭介は、そう続けた。
「多分、だけど。
こちらのダンジョンよりはハイリスクハイリターンな、なんらかの試練が現れるんだと思う。
おそらく、だけど。
運営側は、向こうの世界とこちらの世界、両方のプレイヤーたちはすでに協力体制にあると判断して、その両方のプレイヤーが協力しなくてはクリア不可能な、なんらかの障害を設定してくるんじゃないかなあ」
「遅かれ早かれ、向こうとこちらのプレイヤーは、割と頻繁に行き来する必要が出て来る、と?」
遥が、そうまとめる。
「そういう予測が立っているんなら、報酬がなんであれ、早めにあちらにいって慣れておくのも手だよね。
雰囲気とか土地柄とか文化とか、そういうの、こちらとは全然違うだろうし」




