対処法と呼び出し
「よっと」
次のフロアに到着すると、遥は両手に持ったステッキをかざし、自分から五十メートルほどの距離を置いていつもの竜巻を作り続けた。
「ほい、ほい、ほい、っと」
「なるほど」
恭介は頷く。
「即席の、魔法による障壁ってことか」
遥の場合、魔法の発動まで、ごく短時間で済む。
その分、威力は弱く、出現した竜巻も細く、頼りなく見える。
しかしこの場合、重要なのはひとつあたりの威力ではなく、その細い竜巻が次々と出現して、四人を取り囲むように展開していることだった。
空から来るモンスターにとっては大きな障害になるだろうし、地面を駆けてくるモンスターを妨害する効果も望める。
このダンジョンの特性に合わせた対策としては、適切に思えた。
「多少なりとも数が減れば儲けもの。
そうでなくても、こちらに来る勢いを削げれるのなら、上々、と」
彼方は、そんな風にいう。
「ここでの一番の問題は、数だから。
少しでもモンスターが間引けて、残ったモンスターが倒し易い状態になるのなら、十分かな」
先のフロアでやっていたように、なんの策もなく総当たりで攻撃を続けるよりは、省力化の工夫になっていた。
特に空を飛ぶモンスターに対しては、大きな障害になるはずだ。
「地面に叩き落とされたら、それだけで再起不能になるのが多そうだしな」
恭介も、そうつけ加える。
モンスターの接近を許さず、距離を置いた場所で倒しきる。
このダンジョンでの戦略は、この一行に尽きる。
敵に肉薄されると、それだけリスクが大きくなるからだ。
遥は、両手のステッキを振り続け、竜巻を作り続けた。
「確かに、空から来る敵に対しては、効果があるようだ」
察知スキルで確認して、恭介がそういった。
「ほとんど、地面に落ちた段階で行動不能になっている」
竜巻で煽られて翼が傷ついたか、あるいは、地面に衝突した衝撃で飛行不能になったか。
その場で倒れたモンスターも多かったが、かろうじて生き残ったモンスターも、行動速度がかなり緩慢になっていた。
他の、オオカミっぽいのみたいな野獣型は、飛行モンスターほどのダメージを負っている様子はない。
それでも、竜巻の壁に接触するとその時点で進路が大きく逸れて、群れとしてのまとまりがなくなっている。
何分の一かは竜巻の壁を突破できずに、その向こうをうろついていた。
「ええと、土の杭!
って、これでいいんですか?」
アトォが、小さく首を傾げながらステッキを振るっている。
「向こうの魔法と流儀が違うので、違和感はありますね」
スキルとしての属性魔法を取得し、それを試しているところだった。
遥が作った竜巻の壁を越えてきた、比較的密度の濃いモンスターの集団に向け、土魔法や火魔法などを片っ端からぶつけている。
全体的に見ると、
「こちらに殺到してくるモンスターが、半分以下減っている」
と、彼方は、そう評価した。
あとは、二人の魔法を潜り抜けて来たモンスターを、恭介と彼方が攻撃すればいいだけだ。
その総数としては決して少なくはないのだが、上のフロアほどの忙しさではなく、恭介と彼方も余裕を持って対処出来た。
やっていることは、目に着き次第、片っ端からZAPガンで狙撃しているだけなのだ。
「こっちの方が、効率はいいかな」
彼方がいった。
「二段階に分けて大規模魔法で数を減らして、残りをもう二人で片付ける形だから」
「ハルねーとアトォちゃんに経験値を余分に渡す、という要件も満たしているしね」
恭介は、そういって頷く。
「前よりかは楽だし、時間も短縮出来ている、と、思う」
時間に関しては、実際に計測しているわけではなく、あくまで体感でしかないのだが。
それでも、目に見えてこちらの手数が減っているのは、実感出来た。
前のフロアと同じくらいの数でモンスターの出現が落ち着くのなら、前の半分くらいの時間で片がつくかな。
と、恭介は予想する。
こちらとしても手間と時間が省けるようであれば、そちらの方が都合よい。
「今度は一時間もかからなかったな」
しばらくして、モンスターの出現が途切れてから、恭介はそういった。
「今度から、この方法でいこう」
今回の方法は、なにかと都合がよかった。
「今日のところは、これで引きあげていいかな?」
彼方が、全員に確認する。
「別に急ぐ必要もないし、何回か来た方が経験値稼ぎ的も都合がいいし」
「引きあげでいいんじゃない」
遥が、そう応じる。
「順番待ちしている他のパーティも、居るはずし」
この羊のダンジョンは、出現するモンスター数が多いので、どんなパーティにも人気、というわけではない。
しかし、ある程度以上の殲滅能力を持つパーティにとっては、いい稼ぎ場所になっている。
結果、順番待ちの列はそれなりに長くなる。
その羊のダンジョンを、最後まで攻略しきるつもりもないまま占有し続けるのは、遥としても気が引けた。
今回、このダンジョンに入ってからすでに三時間を超えているのだ。
「じゃあ、出るね」
恭介はそういって片手をあげ、宣言した。
「おれたちのパーティは、このダンジョン攻略をここで中断し、外に出ます」
次の瞬間、四人は羊のダンジョン入口の場所に立っている。
「何度経験しても、不自然な感じがしますね、これ」
いそいそとコートを羽織りながら、アトォがいった。
「ダンジョンというのが、自然物ではないって実感しますし」
「一定のルールに基づいて動いているわけだから」
恭介が答えた。
「自然物では、あり得ないよね。
人工物、というのとちょっとニュアンスが違うけど、何者かが意図してそう作動するように設えているわけだし」
アトォは、戦闘中こそ酔狂連であつらえたソフトシェルの保護服を着用していたが、町中ではその上に上着などを着用して自分の体を隠すようになっている。
気温からいってもコートなどの上着を着ていても自然だったし、アトォ的には、体の線がはっきりと出る服を一目のある場所で着ることにまだ抵抗があるようだ。
遥も戦闘時以外はコートを羽織って露出の多い専用の服を隠しているので、女子にとってはそんなものなのだろう。
彼方は光沢のある金色で派手な色彩で、目立ちすぎるので町中を移動する時はコートを羽織っている。
恭介の場合、ドロップした専用装備は色もデザインも比較的大人しいかったが、単純に防寒のために、それと、他の面子と合わせるためにコートを羽織っている。
コート姿の四人がまとまって動いているとそれなりに目立つのだが、この頃はトライデントの容姿や外見もプレイヤー間でかなり周知されているので、どんな格好をしていてもそれなりに注目を浴びるもの、と、そう割り切っていた。
「ようやく出て来たか」
折りたたみ式のテーブルを片付けながら、トライデントの次に並んでいたパーティの人間が声をかけてきた。
「トライデントさんは、今度はこのダンジョンを攻略しているの?」
「攻略がメインの目的ではなくて、経験値稼ぎに都合がいいからね、このダンジョン」
恭介などよりも人当たりがいい彼方が、代表して答えた。
「もう何日か入って適当に経験値を稼いでから、本格的に攻略に入る予定」
「ああ、新しい子が居るからか。
そのロリ娘、まだレベル低いの?」
「今日のでどうにか七十超えたよ。
あと、うちのねーちゃんも一度レベルリセットしてるから、しばらくは慎重モードかな」
「慎重モードでこの殺意高いダンジョンを選ぶのかよ!
ナンバーワンパーティは、根底から違うな!」
「殲滅能力さえあれば、効率よく経験値稼げるダンジョンだと思うよ」
「それは認めるが、なんかトラブルがあれば、あっという間に取り囲まれて全滅するダンジョンでもあるだろ。
なんていうか、お前ら、おれたちとは発想からして違うよな。
いや、発想というより、パーティとしての安定感の問題か」
「その殲滅能力持ちも、普通のパーティなら一人か、せいぜい二人。
そんなものなんだけどね」
「このパーティ、ほぼ全員が殲滅能力持ちなんじゃないか?」
「そら、安定度が大違いだわ。
そんなパーティなら、多少の判断ミスもすぐに修正出来るだろうし」
「普通なら、こんなダンジョンで経験値稼ぎってかなりの無茶なんだがな。
トライデントの場合、かなりの安全マージンを取った上で、このダンジョンなのか」
途中から、彼方を無視して、完全に仲間同士での会話になっている。
「ぼくたちは、もう帰るけど」
彼方は、そんな連中に声をかける。
「あとが詰まっているから、早めにダンジョンに入った方がいいと思うよ」
「ああ、そうだったな」
それまで仲間うちで囁き合っていたパーティは、そそくさとダンジョン入口の扉に掌を押しつけ、姿を消す。
「あ、会長からメッセージが届いている」
システム画面をチェックしていた恭介が、そう呟いた。
「なんか、相談したいことがあるから、一度生徒会に顔を出せって」
ダンジョン内に居る時は、外との通信は完全に途絶する。
そのため、なにか連絡事項がある時には個人ID宛てにメッセージを残すことしか出来なかった。
「それ、パーティ宛て?」
遥が、恭介に確認する。
「文中で、全員で来いって断ってなかったから、多分、おれ個人に対してだと思う」
恭介は、そう答える。
「いいよ。
用件はわからないけど、まずおれが一人でいってみる。
みんなは、先に拠点に帰っていて」
特に急ぎの用事でもないだろうし、他の面子に相談する必要があるなら、あとで対処すればいいだけだ。
と、恭介は判断した。




