階段を下りながら
それから五分もしないうちに。
「疲れた。
面倒臭い」
遥かが、そうぼやきはじめる。
「魔法かなんかで、ぱーっと一面焼け野原に……」
「出来ないことは、ないんだけれど」
恭介が、すかさず答える。
「魔石の無駄かなあ。
魔法を使うと、あれ、減るもんだし。
それが原因で、マスター戦の時に苦戦するとかになったら、目も当てられない」
モンスターを倒してその死体を倉庫に入れ、解体をすれば相応量の魔石は入手可能なわけだが。
裏を返すと、モンスターを倒さない用途で魔法を使うと、魔石は消耗する一方になる。
現状、トライデントの共有倉庫には十分な量の魔石が蓄えられているのだが、恭介としてはその用途も慎重に選びたいという気持ちが強かった。
「むう」
遥は、むくれた。
「それじゃあ、手で草を刈りながら進むとか」
「そんなことをやっている間に、距離を稼いだ方が効率がいいよ」
今度は彼方が、指摘する。
「モンスターがリポップするタイミングは、事前にはわからないし。
周囲を警戒しつつこのだだっ広いフロアを片っ端から草刈りしていくの、あんまり現実的ではないかなあ」
未のダンジョンは、かなり広い。
背の高い草によって視界が遮られているから、というだけではなく、普通に肉眼では端の方まで見通せない。
モンスター乗りポップがなかったとしても、彼方としてはこの広大なフロアすべてを草刈りしていくことには、賛成できなかった。
草刈りだけに集中したとしても、どれほどの時間がかかるのか。
まるで、想像出来なかったからだ。
まともに草刈りしていっても、二、三日では終わらないだろうなあ。
と、彼方は予想する。
フロアの草を全部刈るよりも、こうして手探りでしたのフロアに降りる階段を探す方が、多分、早い。
草を刈る速度よりも、地面を探りながら移動する速度の方が早いからだ。
「ということで、この階段を探り当てるまで、三十分以上はかかっているんですけど」
足元にある階段を見おろして、遥がいう。
「これって、効率的なの?」
「どうかなあ」
恭介は、首を傾げる。
「この規模のダンジョンで、ひとつのフロアを通過するのに二時間前後、って考えると。
まあ、順当なんじゃないかなあ。
このフロア、結構広めだし」
「時間的には、こんなもんだよねえ」
彼方も、その意見に賛同する。
「ただ、モンスターの出没頻度というか、密度が大きいんで、難易度は若干高めには感じるけど」
よくも悪くも、トライデントはなんだかんだで攻略したダンジョン数が一番多いパーティになる。
過去の経験から、このダンジョンについて判断するのも自然な流れといえた。
ダンジョンの性質によって左右される部分が大きいが、ひとつのフロアを突破するのに二時間前後、というのは、長すぎる、というほどでもない。
「でも、通常、下に降りるほどフロアの難易度は高くなっていくから」
彼方は、そう続ける。
「今日のところは、次のフロアで少し様子を見てから変えることにしない?」
「それでいいと思う」
恭介も、その意見に賛同する。
「一フロアでこれだけ時間がかかるとなると、完全攻略を目指すなら、一日仕事になる。
今回は攻略目当てではないし、必要な準備もしてない。
意地になって先に進む必要もないさ」
実は、食糧に水、仮設トイレなど、長丁場に必要な物資は倉庫内に放置されてはいる。
だが、恭介たち四人は今回、そこまで本気で挑む気でもなかったので、精神的な意味で準備が出来ていない状態だった。
そして、そうしたメンタル的な部分は、気軽に無視しない方がいい。
割と、重要な要素になる。
四人はそんなやり取りをしながら、長い階段を降り続けた。
次のフロアから、遥は得物をZAPガンからステッキに換えるつもりのようだ。
ただし、彼方と同じように両手持ちだった。
遥自身も自分の魔法が威力不足である自覚はあり、それを数で補うつもりのようだ。
「連射速度では、誰にも負けないだろうしな」
その様子を見て、恭介はそんな風にいう。
「多分、プレイヤー最速だろうし」
遥は、レベルをリセットして以降も、ジョブの忍者を変更しないまま、ここまで来ている。
つまり、パラメータ的には「速度」のみが突出してあがり続けている状態だった。
これまで、レベルリセットにより各種パラメータが一時的に弱体化していたので、安全のため近接戦闘を避けていたのだが。
そろそろ、解禁してもいいのかも知れない。
「ハルねー」
興味を持った恭介は、そう訊ねてみる。
「速度のパラメータ、今、いくつ?」
「んー」
自分のシステム画面を開いて確認してから、遥かが答えた。
「プラス五十八、だって」
「五十八、だって」
彼方が、あっけにとられた表情になる。
「プラス値、どのパラメータでも、二十を超えればかなり凄いのに」
斥候から忍者に転職し、レベルをリセットしてからも忍者のままでレベルアップし続けた結果が、このパラメータだった。
忍者のジョブは、パラメータ的にみれば、基本的には速度一点突破的な成長の仕方をする。
その分、他のパラメータの伸びはほとんどないに等しいわけだが。
遥は、かなり極端な育て方を自身で選択した形になる。
「そんだけ速ければ」
恭介は、そう結論する。
「一発あたりの威力が多少弱くても、手数でカバー可能かな」
「試してみればわかるよ」
彼方はいった。
「さっきのフロアよりは、モンスターも倒しにくくなっているはずだし」
基本的に、ダンジョンでは、フロアをひとつさがればモンスターもそれだけ強くなる傾向がある。
「倒した時に貰えるポイントも増えるんですか?」
アトォが、彼方に確認した。
「基本的には、そのはず」
彼方は即答する。
「弱いモンスターよりも、強いモンスターを倒した時の方が、獲得可能なポイントは大きい傾向にあるし」
多少の例外はあるのだが、これも、すべてのダンジョンに共通する傾向だった。
アトォも、早めにカンストまでいきたいのだろうな。
と、恭介は想像する。
これまでポイントとかレベルの存在を知らなかったアトォの感覚は、恭介たちとはかなり違う。
今のアトォは、こちら流の感覚を学んでいる最中だった。
そのアトォも、加入時のレベル三十代から、現在のレベル七十超えまで、ごく短期間のうちにレベルアップしている。
遥が再度レベルカンストする頃には、レベル九十を超えているはずだった。
現在、こちらのプレイヤー全員の中央値がレベル七十後半だといわれているから、現状でもアトォはこちらのプレイヤーに引けを取らない強さとパラメータを、すでに獲得していることになる。
別に焦って育成したわけでもないのだが、恭介たち三人とダンジョンに出入りをしているうちに、自然とそこまで育ってしまっていた。
「それでは、今度はねーちゃんとアトォは魔法でいくってことでいいかな?」
階段を下りながら、彼方が確認する。
「少しでも無理そうだと感じたら、早めにもっと確実な方法に切り替えてね」
ZAPガンは、
「属性魔法攻撃に指向性を与える道具」
であると、製造元である酔狂連は説明してくれた。
取り扱いが容易である分、その効果はかなり限定的でもある。
杖やステッキなど、別の媒体を利用すると、もっと多種多様な魔法の使い方が可能だった。
その時の魔法の効果は、事実上、使用者の想像力に依存している。
威力は、どうやら使用者個人の体質に依存しているようなのだが。
魔法については、まだまだ研究不足でわからないことの方が多いくらいだった。




