拠点案内
その日は、とりあえずアトォに拠点内の案内をすることになっていた。
「ここがどんな場所が知って貰わないと、どうにもならないからなあ」
恭介などは、そんな風にいう。
この場所、というより、ここに居る人々がなにを考え、どう行動しているのか。
それを実地に見せることが、重要なのではないか。
なんといってもアトォは別世界の住人であり、文化も価値観も恭介たちとは異なった部分がある。
それを、最初のうちに自覚して貰う方がいい。
文章にすると、そんな風に考えたからである。
「と、いってもなあ」
案内係を任せられた彼方は、そう嘆じた。
「あんまり、見せられる場所も多くはない、っていうか」
ぶつくさいいながら、彼方はアトォをまず。試験運用をしている畑に連れていった。
遥と恭介は、二人して拠点周りの罠チェック巡回にいっている。
いつもは遥が人形だけを連れていっているのだが、最近はなんらかの動物が罠にかかっている割合が多く、破損している場合もあるので、念のため、二人でいっている。
結果、彼方が一人でアトォを案内している形だ。
「ええと、ここ、畑ね。
とはいえ、ぼくらは知識も経験もほとんどない素人だし、手探りで試している感じになるけど」
成功するのか失敗するのか、今の時点ではわからない。
いずれは成功するにせよ、何度か大きな試行錯誤を経験することになるだろう。
と、彼方は予想している。
「植えてある作物は、なんですか?」
「ぼくらの世界にある、ジャガイモってやつ」
彼方はアトォに答えた。
「比較的栽培がしやすくて、荒れ地でもそれなりに育ち、収穫できれば栄養価は高い。
この作物のおかげで、元の世界では数億単位の人間が生き延びている」
これは、嘘ではなく、ジャガイモの渡来以前と以後では、ヨーロッパの人口動態が変わっている。
彼方も、カロリーベースで考えた効率性を考えて、最初に試す作物としてジャガイモを選択した。
「都合のいい作物なのですね」
アトォは、感心したように頷く。
「フラナの者たちにも伝えたいです」
「こちらでも育つって、実証されてからね」
彼方は、そう答えておく。
今の時点でぬか喜びさせる気は、なかった。
「で、こっちが、適当に捕まえたウサギっぽい動物を放し飼いしているところ」
次に彼方は、金網で囲った場所に案内する。
「割と広いけど、今のところ、水飲み場を作って、草が茂っているところに放置しているだけだね。
本当は、効率のいい飼育法とかも研究したいんだけど、今はちょっと本格的に取り組むだけの余裕がない。
逃げられないようにした場所に、生け捕りに出来たウサギもどきを放して様子を見ているだけ。
運よく繁殖してくれるといいなあ、くらいの気持ちで」
「はぁ」
アトォは、要領を得ない表情になる。
「その放し飼いとは、肉を取るためですか?」
「もちろん、それもあるけど、それ以上に動物飼育に慣れるためかなあ」
彼方は、そう答える。
「いずれは、もっと大型の動物なんかも家畜化したいんだけどね。
ただ、飼育するノウハウもないし、野生動物を生きたまま捕まえるのも難しいしで、なかなか思うように進んでいない。
なんというか、ぼくらは所詮、アマチュアの集団でしかないから」
「なるほど」
アトォは、頷く。
「いろいろと試すのは、いいことだと思います」
本当はもっと、いいたいことがあるんだろうな。
と、彼方は思う。
動物の扱いやつき合い方については、フラナの一党にとって本領なのだ。
その一員であるアトォから見れば、こんなのは児戯にも等しいのだろう。
「で、こっちが、合宿所」
彼方はアトォにそう案内した。
「ぼくら、プレイヤーたちが切磋琢磨して、戦い方を学び合う場所。
って説明で、いいのかなあ。
ぼくら、基本、対等の立場なんで、レベルが高い人が低い人に教える、って形になっています。
あと、レベルに関わらず、ジョブとかスキルにより、得手不得手はあるわけで、そういうのも教え合っています。
今は、こういうことを覚えたい、って要望に添って、人材を集めるって形でやっているのかな?
そういうのを仕切っているのは生徒会で、合宿所の運営とかご飯作りは左内くんと吉良さんの二人でやっている」
「サナイ様とキラ様は、昨日のうちに顔だけは拝見しています。
言葉は、交わせませんでしたが」
「そういや、昨日も来てたっけ、あの二人。
あとで挨拶しにいく?」
「是非、お願いします」
その日の合宿所訓練当番は坂又どすこいズだった。
「おお、その子が例の」
彼方たちの姿に気づいた坂又が、声をかけて来る。
「トライデントの三人が異世界ロリを連れ帰ったって、会長が噂してたぞ」
「いろいろ事象がありまして」
彼方は、適当に返答をする。
「そちらの様子はどうですか?」
「順調といえば、順調だな」
坂又は、そう答える。
「プレイヤー全体のレベリングという観点から見ると、非常に順調に推移している。
今、プレイヤーの最低レベルが七十代に届きそうな勢いでな。
底あげという点では、かなり成功している」
「というと、他になにか問題がありますか?」
坂又のいいように隠された意図があるように思えたので、彼方はずばり訊ねてみた。
「現時点での問題は、大きくわけてふたつ」
坂又は、即答した。
「レベル九十を超えたあたりから、レベルあげが極端に難しくなるということ。
それに、同じレベルでありながら、実際の戦績に大きく差が出るプレイヤーが続出していること。
前者は、前々から指摘されている問題だが、後者は、最近になって注目されるようになった。
高レベルのプレイヤーほど、レベルの数字だけが、実戦での強さ、その指標として機能していない。
各パラメータだけが向上しても、それを巧く使いこなせるかどうかには、個人差がある。
考えてみれば当然なんだが、レベルの底あげに成功した今になって、その認識がプレイヤー間で問題視されはじめている」
「レベルの数字だけでは、判断出来ない、か」
彼方はいった。
「相手がどれくらいの実力なのか、実際に戦ってみれば否が応でもはっきりするのに」
「その通りだな」
坂又は頷いた。
「そんなわけで、市街地の方では、決闘が以前よりも流行りはじめている。
少し前までは、単なる娯楽だったんだが、今ではどちらかというと、他人にマウントを取るための道具として使われることが多い」
「あんまり歓迎したくはない流行ですね」
彼方は、軽く顔をしかめた。
「プレイヤー同士が力比べをしても、あまり意味がないでしょうに」
「トライデントなら、そういうだろうな」
坂又は、彼方の言葉に再度頷いた。
「そちらの三人は、他人の評価なんか、最初からまるで気にしていない。
ただ、人間ってのは、大多数、他人に自分がどう思われているのか。
そういうことを気にかけるように出来ているんだ」
「それは、そうかも知れませんけどね」
彼方はいった。
「その、決闘が流行することで、なにか都合が悪いこととか、起きています?」
「都合が悪いというか、雰囲気は悪くなっているな」
坂又はいった。
「実際に喧嘩をしているわけでもないんで、生徒会とか風紀委員も、気軽に介入出来ない状態だし。
なにか対策を講じないと、問題になるかも知れない。
今は雰囲気で済んでいるが、これから、それが原因で治安が悪化する可能性もある」
「そこまでいきますかね?」
彼方は、ため息をついた。
「あとで、うちのリーダーに説明しておきますよ。
なにか、いい考えが出て来るかも知れないし」
「頼む。
あ、あと、それから」
「なにか?」
「せっかく来たんだ。
今、訓練を受けている連中の、相手をしてやってくれないか?」




