状況確認
「……つまり、この人たちは、百年くらいチュートリアル状態を続けていた、と」
小名木川会長は、恭介と彼方が代わる代わるした説明を一通り聞いたあと、なんとも形容のしがたい表情でそういった。
「いや、その。
それは、大変だったなあ」
「なんというか、おれたちやこの人たちを拉致してきた何者か、全般に、報連相がなっていないんですよ」
恭介は、したり顔で、そういう。
「必要なアナウンスを、ちゃんとしていない、っていうか。
そのおかげで、おれたちもこの人たちも、しなくていい苦労をする羽目になる」
「プレイヤーがどうなろうとあまり関心がない、って気はするよね」
彼方も、そうつけ加える。
「成功すればめっけもの。
失敗しても、痛くも痒くもない、的な。
なんというか、プレイヤーを労ったり大事に扱う気配がない」
「いや、その点については、別に反対はしないんだが」
小名木川会長は周囲を見渡してから、恭介に訊ねた。
「この場合、どうするのが正解なんだと思う?」
あ。
こっちに丸投げするつもりだな。
と、恭介は思った。
「こちらの負担になりすぎない程度に、支援をするのがよろしいかと」
恭介は、用意していた答えを口にする。
「なんといっても、この人たちも、おれたちと同じ境遇の、プレイヤーなのですから」
「同じ境遇の、ねえ」
小名木川会長は、納得のいかない顔になっている。
「同じプレイヤーである、っていうのは、まあ理解出来る。
システム関連がだいたい共通しているし、それに、拉致された状況も、こちらとほぼ同じだしなあ。
ただその、時間差が、気になるんだよなあ。
いきなり百年だの八十年だのいわれても、すぐにはピンと来ないというか」
「おれたちを拉致した何者かにとっては、その辺は些細な問題なのかも知れませんね」
恭介は、そういった。
「なにせ、世界の壁を越えて百五十人からの人間を移動させるような者なのですから。
おれたちには想像もつかないような事情が、あるのかも知れません」
「そう。
その、世界の壁を越える、って件もある」
小名木川会長は、アトォ・フラナの顔を見て、いった。
「こちらのお嬢さんが、儀式だか魔法だかを使って、これだけの人数をここまで送って来た、ってことだろ。
それって、再現性はあるのか?」
「再現性、ですか」
アトォ・フラナは首を小さく傾げて、そういった。
「もう一度同じ儀式を繰り返せ、ということでしたら、可能ではあります。
ただし、そのためには……」
「かなり膨大な、魔力が必要、と」
彼方が、そのあとを引き取る。
「そしてその魔力は、こちらが魔石を供給すれば解決する問題です」
「この子なら、いつでも世界の壁を越えて人間を移動することが可能である。
そういうことで、いいのか?
それなら、いっそのこと、わたしらを元の世界に……」
「それは、出来ないそうです」
今後は、恭介が小名木川会長の言葉に被せた。
「何故かというと、おれたちの世界が、どこにあるのかわからないから。
座標、という解釈でいいんですかね。
どこの世界なのか、転移先がはっきりと定まっていないと、この魔法は行使不能だそうです」
小名木川会長が気にするであろうことは、恭介たちも真っ先に確認していた。
「そうかぁ」
小名木川会長は、ため息混じりにそういった。
「出来ないのかあ」
「申し訳ありません」
アトォ・フラナが小名木川会長に詫びた。
「残念ですが、不可能です」
「いやいや。
そちらに、謝ってもらう筋合いでも、ないんだがな」
小名木川会長は、慌てて首を横に振る。
「しかし、負担にならない程度の支援とかいっても、具体的になにをすればいいやら」
「すぐに思いつくのは、情報的な支援になりますね」
彼方がいった。
「すでに、一部は実行していますけど。
システムの使い方とか、その他、役に立ちそうなノウハウの提供とか。
物質的な支援に関しては、相手も同じプレイヤーになりますから。
現地に戻ってから、自分でポイントを使って購入して貰った方が、手っ取り早いと思います」
「ポイントは、あるのか?」
「今まで、何世代分も使う機会がないまま溜まっていた分が、あるそうです。
当面、ポイント不足で困ることはないかと」
「なに。
こうして強力な武器が手に入れば、恐れることはなにもない!」
シュミセ・セッデスが声を大きくする。
「元気なおっさんだな」
小名木川会長は、そう感想を述べた。
「ただ、銃器にせよ魔法にせよ、表面的な知識を得ただけで即座に使いこなせるもんでもないからなあ。
もしそうだったとしたら、こちらのプレイヤーもみんな、トライデント同じくらいには活躍出来てなけりゃ、おかしいし」
「その辺は、習熟訓練次第、ということになりますね」
彼方は、そういって頷く。
「ただ、自体がこれまで以上に悪化することは、避けられます。
彼らがチュートリアル状態を抜け出すのも、もはや時間の問題でしょう」
本当にそうだといいな、と、恭介は思った。
シュミセ・セッデスの派閥はともかく、もう一方の「フラナ・トオ・ファンの一党」の方は、どうも、本気でチュートリアルを脱する努力をしていない節があった。
おそらく、そんなお仕着せの目標を達成しなくとも、自分たちの生活に大きな変化はないからだろう。
彼らは、基本的に、どこへ移動してもその環境に適応して生活しようとする民族のようなのだ。
別の世界の、二種類の集団間で。
恭介には、チュートリアルに対する温度差があるように見えた。
この想像については、恭介もまだアトォ・フラナに確認していないのだが。
「そうだ」
代わりに、恭介は別の疑問を口にした。
「そちらの人口、人数は、現在、どんな感じなんですか?
差し支えなければ、教えていただければ」
「人数、か」
シュミセ・セッデスがいった。
「この前、名簿更新した折は、確か三百二十余名、であったな」
恭介たちと同じく、百五十名が転移させられたとして、それから八十年で二倍に増えた勘定になる。
ただし、中には婚姻などの理由によりセッデス派閥から抜けて、もう一方「フラナ・トオ・ファンの一党」の方に身を寄せた者もそれなりの割合で存在しているはずだった。
そう考えると、多いのか少ないのか、判断に迷うところである。
「こちらは、ちょっと、正確な人数は確認出来ませんね」
アトォ・フラナはいった。
「なんといっても、もはやわれらの係累は、あちこちに散らばっておりますし。
獣が出る穴近辺、ですと、そうですね。
一日で移動可能な距離の範囲に居住する人数、ということでしたら、せいぜい三千人、といったところでしょうか。
ただこれも、われらは一カ所に集まるような習性がありませんので、正確な数字というわけではありません」
遊牧民だしなあ。
と、恭介は納得する。
放牧にせよ農耕にせよ、その土地の生産力によって養える人数は、おのずと限定される。
そして、それ以上に人数が増えれば、小集団を作って別の土地へと移動していく。
彼らは、そうしてこれまで暮らして来たのだろう。
戸籍などを記録する習慣もないようだし、性格な総人口など、知るべき方法がないのだろう。
「近辺だけで、三千人、か」
小名木川会長は、なにごとか考え込む表情になる。
「産めよ増やせよ地に満ちて、ってやつだな」
「おかげさまで」
アトォ・フラナは臆することなく礼を述べた。
「つつがなく、わが一族は繁栄を許されております」




