審判者の資格
「ああ、そうだ。
今、トライデントの三人は、テーブル広げてお茶を飲む準備をしている」
森の中、八尾は、ドローンからの映像を確認しつつ、生徒会と連絡を取っていた。
「なんいをしているんだ、と、おれにいわれてもなあ。
おおかた、長話になりそうなんで、くつろげる環境を整えているんじゃないかな、と。
ドローンのことは、仲間が放った使い魔的な物、と説明しているらしいな。
おかげで、おおっぴらに跳び回せるんで助かるが。
それで、こちらの三人の言葉はそのままだが、相手の言葉はよくわからないな。
どうも、魔法かなんかで翻訳しているらしいんだが、その効果はこちらまで及んでいないようだ。
ドローンを経由しているかならのか、それとも、単純に距離がありすぎるからなのか、そこまでは不明。
おい、樋口」
「はい?」
「ぼーっとしてないで、向こういってお茶を入れるの手伝って来い」
「えええ?」
「向こうさんには、どうやら敵意はないようだ」
八尾はいった。
「少なくとも、今の時点ではな」
「はじめて口にするが、上品でいい香りだな」
金属鎧に派手な装飾をつけた若者が、三人が用意したお茶を喫して、そういう。
「これが、そちらの飲み物なのか?
気に入った」
今は、兜を脱いでテーブルの上に置いている。
そのおかげで、育ちがよさそうな、端正な顔が露出していた。
「それは、どうも」
恭介は、代表して礼を述べる。
「こちらの飲み物、というより、倒したモンスターから拝領した茶葉を使っています。
多分、かなり希少な品にはなるかと。
おれたちも、特別な時にしか使っていません」
「モンスターが、このような茶葉を持っているのか」
若者は、少し目を見開く。
「どうやら、ダンジョンというのは、想像していたよりも実入りのいい場所のようだな」
「モンスターを倒せる力量を持っていれば、確かにそうですね」
恭介は、頷いた。
「それ以外の者には、無駄に死傷するだけの場所です」
「違いない」
若者は、そういって笑い声をあげる。
「そなたらのように年若い者たちには、ちと荷が勝ちすぎるのではないか?」
絶対、こちらを舐めてかかっているよな。
と、恭介は、そう判断している。
若者は、異民族の年齢は見当をつけにくいのだが、おそらく二十歳をいくらか越えたあたりだろう。
対してこちらは、全員十代。
それに、東洋人は、どうもそれ以外の人種からはかなり若く見えるそうだから、もっと下に見られている可能性もある。
今、目の前の若者が余裕のある態度を取っているのも、恭介たちなど、軽くあしらえるもの、と。
そういう、先入観を持っているからだろう。
「ところで」
若者が、もう一度、確認して来る。
「本当に、他に、大人はおらんのだな?」
「何度もご説明をしましたように」
恭介は、根気よく説明する。
「他の場所に居る仲間たちも、全員、おれたちと同年配です。
十五歳から十八歳まで。
その、審判者、っていうんですか?
その役割を仰せつかる資格を持っているのかどうか、こちらでは判断出来ません。
判断する材料を、こちらは持っていませんから」
彼方は、ペンとノートを取り出して、これまでのやりとりを記述していた。
相手の目的は、審判者を求めて、ということらしい。
この二集団の間になにごとかのトラブルがあり、その内容はまだ聞けてはいないのだが、そのトラブルを解消する手段として、古くから伝わる神託を得る儀式をおこなった結果、全員でこの森の中に移転して来た。
その神託を得る儀式とは、長らく実施されていなかった、等閑視されていた儀式であるらしく、本気でこの儀式でなにかが解決するつもりは、少なくとも金属鎧の集団にはないようだった。
もう一方の、革鎧の集団は、どうも金属鎧の集団よりも劣勢にあるらしく、しかし、転移してきた場所では、それなりの権威は持っている、らしい。
落ち目だが、権威だけは残っている革鎧の集団の意向を汲む。
そういう姿勢を見せるためだけに、金属鎧側は、この儀式に臨んでいるようだ。
そうした、これまでに聞き及んだ内情で判断する限り、金属鎧側は、かなり有利な立場にあるようだ。
それ故の、余裕だろう。
しかし。
恭介は、内心でそう思う。
審判者、ねえ。
例によって、
「面倒だなあ」
と、そう思う。
「シュミセ・セッデス様」
口に出しては、そういった。
「どうすれば、おれたちがその審判者であると認めていただけるでしょうか?」
「審判者、か」
シュミセ・セッデスは、口の端を歪めた。
「そこの妾腹がしつこくいい募るものであるから、しぶしぶつき合ってみた結果が、この有様だ。
まったく、マラセハラセのいうことをまともに受けるものではないな」
マラセハラセとは、恭介たちに翻訳魔法をかけた少女が属する集団の、民族名になる。
シュミセ・セッデスが属する郎党が数十年前にマラセハラセの一族を事実上征服し、以後、支配している。
つまり、金属鎧と革鎧は、支配する側と支配される側の関係になる。
今回の件は、支配される側であるマラセハラセが、待遇改善を求めた運動の一環、ということらしい。
歴史にだけ出て来るような儀式が、本当に効果を現したことに、シュミセ・セッデスは当初驚き、狼狽し。
しかし、実際に現れた審判者が、恭介たちのような「ガキども」で、拍子抜けした。
と、いうところだろう。
シュミセ・セッデスは、どうも、目の前にある事物をよく検分せず、先入観を持って動く人物であるようだ。
「シュミセ・セッデス様が、どのような眼でわれらをみようが、われらは気にしません」
恭介は、感情のこもらない声で告げた。
「こちらとしても、これまでなんの関わりもなかったあなた方の問題に、好んで介入するつもりもありません。
その儀式とやらに参加するのが避けられないようであれば、早々に片をつけて解放されたい。
と、本心から、そう思っています。
それゆえ、早く用件を片付けるための方法を、ここでうかがっています」
「そなたらにとっても、不意に訪れた災難であった、というわけか」
シュミセ・セッデスは、また、口の端をいやな感じに歪める。
「よかろう。
そうさな。
お主らが、われらよりも強いということが証明されれば……」
「わかりました」
恭介は、素早くシステム画面を操作して、シュミセ・セッデスに決闘を申し込んだ。
「な、なんだこれは?」
突如、自分の目前に出現した四角い表示を見て、シュミセ・セッデスが大きな声をあげる。
そこには、
『馬酔木恭介から決闘を申し込まれました。
シュミセ・セッデスは、この決闘を受けますか?
YES/NO』
と、表示されているはずだ。
「おれの名が、表記されているぞ!」
シュミセ・セッデスが叫ぶ。
よかった。
と、恭介は思う。
決闘システムは、どうやら異世界からの来訪者にも有効であるらしいことが、これで確認出来た。
「決闘を承諾するのなら、そこのボタンを指で触れてください」
恭介は、そう続ける。
「簡単にルールを説明します。
決闘がはじまると、こことほとんど同じであるが、決闘に参加する者しかそこには居ない空間に移動します。
そこで実際に戦って、どちらかが降伏するか死ねば、また元の場所に戻ります。
決闘をする空間で受けた傷などが、現実に戻った時に反映されることはありません。
そこで死んでも、実際に死ぬことはないので安心してください」
「そちらの、魔法というかわけ」
シュミセ・セッデスが表情を引き締める。
「よかろう。
その方の手に乗ってやろうではないか。
承諾の印を指で触れればよいのだな?」
その瞬間、一瞬、周囲の風景がブレて、その場から、恭介とシュミセ・セッデス以外の人間が消え失せる。
「ふむ」
ざっと左右を見渡し、シュミセ・セッデスは頷く。
「これが、決闘の空間というわけか。
いいだろう。
その方も、その方の剣を抜くがいい」
あくまで、
「自分が胸を貸してやるのだ」
という態度を崩さない。
「では」
恭介は短く答えて、大太刀を倉庫から取り出した。
シュミセ・セッデスの眼からは、恭介が、なにもない虚空から大太刀を取り出したように見えるはずだ。
「お、おい」
はじめて、シュミセ・セッデスが狼狽した声を出す。
「なんだ、その長物は。
そんなもの、まともに振れるわけが」
「シュミセ・セッデス様。
準備は、よろしいですか」
大太刀を肩に担いでから、恭介が相手の言葉を遮るように告げた。
「もう、攻撃に移りますよ」
「この!」
シュミセ・セッデスは、短く悪態をついて、佩刀を抜く。
それを確認してから、恭介は踏み込んで大太刀を振るった。
シュミセ・セッデスと恭介は、丸テーブルを挟んで対峙しているだけ。
距離的には、すでに、大太刀の間合いに入っている。
シュミセ・セッデスも、それなりに手練れではあったのだろう。
横に薙いだ大太刀を、自分の佩刀で受け止めている。
しかし、大太刀の動きはそこでは止まらず、シュミセ・セッデスの佩刀を切断し、そのまま、シュミセ・セッデスの首を刎ねた。
斬撃が早かったので、切断された頭部は、まだシュミセ・セッデスの首の上に乗っていた。
「……今のは?」
決闘の空間が消失し、数秒呆けていたものの、シュミセ・セッデスはすぐに我に返った。
「いや。
今のが、決闘というやつなのか?」
「説明した通り、死んでも、実際には死ななかったでしょ?」
恭介は、そう答える。
「そう、だな」
力なく呟いて、シュミセ・セッデスは、椅子に座り直す。
「見事な斬撃であった。
あれほどの手練れは、わが身内にはおらん。
お主の勝利であると、認めよう」
この辺は、柔軟、なんだな。
と、恭介は思う。
そのあと、
「いや。
下手に逆らうとなにをされるかわからないから、大人しくこちらに合わせているだけか」
と、思い直す。
仮にそうであっても、恭介としてはどうでもよかったのだが。
「それでは、われわれが審判者の資格を持つと、認めてくださるのですね?」
「認めぬわけには、いかぬだろう」
シュミセ・セッデスはいった。
「ことによると、この仕儀、わが民全員を救うことになるやも知れぬ」




