魔法講義と亥のダンジョン
「とまあ、こういうわけで」
遥は三パーティに向けて、説明をはじめた。
「魔法だろうがそうではない方法だろうが、敵が飽和攻撃をはじめたら、なす術はありません。
そうならないように、事前に可能な限り、情報収集をして、窮地に陥らないようにしてください。
立場を逆にすると、敵の射程外、安全な位置から、ボコボコに殴り続けるのが、対戦する際にまずするべきことです。
そうすると、リスクは最低なまま、相手のみにダメージを与えられます。
くれぐれも、爆撃機に竹槍で戦おうとするなど、間違った方法を選択しないでください。
彼我の戦力差と、それに有効射程の差を意識せずに戦うことは、自殺行為です。
攻撃にどういう方法を選択するのかは、むしろ二の次三の次、ですね。
魔法だろうが近代兵器だろうが、その場で有効な手段を選択するように心がけてください。
そうしないと、早晩、死にます」
身の蓋もない見識であったが、三パーティの人員は、血の気の失せた顔をして、コクコクと頷き続ける。
どうもトライデントは、この意見に説得力を持たせるために、Sソードマンと魔法少女隊の決闘を仕組んだ節があった。
一応、Sソードマンは、上位パーティのひとつに数えられている。
そのSソードマンが瞬殺されたあの光景は、あの決闘を目撃した者たちに、大きな印象を与えたはずだ。
正式に魔法教育をはじめる前のデモンストレーションとしては、それなりに効果的だろう。
「とはいっても、うちのパーティ。
実は、魔法にはあんまり力を入れて研究とかしていないんだよなあ」
その直後、遥はそんなことをいい出す。
「魔法が必要な場面では、キョウちゃんがあの弓とか使うと、どうにかなっちゃうことが多いから。
あ、場合によっては、杖も使うか。
とにかく、キョウちゃんが魔法使うと、たいていは、想定外に強火になっちゃうから。
魔法関係の火力で困ったことって、そんなにないんだよねえ。
だから、魔法の鍛え方って、実は、よく知らない」
魔法があまり効かない相手に困った経験なら、あった。
だがそれは、この場ではあまり関係がない。
「ということで、あとは、魔法少女隊の人たちにお任せしたいと思います」
「ということで、師匠ズに頼まれたわけなんですけどぉ」
青山は、三パーティの人々を見渡して、そう切り出す。
「ぶっちゃけ、わたしたちあまり、魔法の効果を高めようとか、努力したおぼえがないんですよね。
わたしたちの魔法、そんなに強いですか?」
「今さらそれはないだろう!」
先ほど、決闘で瞬殺された奥村が、真っ先に反応する。
「あんなもん、反則だ!
そもそも、だな。
なんでお前ら、魔法で飛べるんだよ!
そんな魔法、スキルリストにはなかったぞ!」
「ああ、はい。
浮遊魔法そのものは、厳密にいうと、スキルではないですね」
青山は、頷く。
「ただ、魔力操作ってスキルはあるので、それを応用すると、誰でも飛べるはずです。
少なくとも、うちのパーティの四人は、すぐに飛べるようになりました」
「ちょっと、待った」
坂又が片手をあげて発言した。
「その、浮遊魔法、というのか。
それは、とても重要だ。
ことによると、魔法の効果を高めることよりも、ずっと重要かも知れない。
すぐに教えられるのなら、まずは、その浮遊魔法から教えて貰えないだろうか」
「異議なし」
風紀委員の新城が、その意見に賛同する。
「移動と、それに、遠距離攻撃の際、高所への位置取りなどと。
浮遊魔法が使えるとなれば、便利なんてものではない。
応用が利きすぎる」
「ああ、はい」
青山は、あっさり頷いた。
「それでは、まず、魔力操作のスキルを取ってください。
ポイントを支払えば、誰でも取得できるはずです。
とりあえずは、レベル一でも十分です。
で、魔力操作のスキルを取ったら、次は、倉庫の中に眠っているクズ魔石、属性ごとに精製していない、安いやつで十分です。
その、安い魔石から魔力を解放して。
それで、周囲の空気と、それに、自分の体重を軽くするようなイメージで……」
五分もすると、三パーティの全員が、体を浮かせられるようになった。
「おい」
「いいのか、こんなに安易で」
「安易もなにも」
そんな風に騒ぎはじめた人々に、青山は、そう告げる。
「魔法なんて、もともと、そういうご都合主義的な力でしょ。
酔狂連の頭のいい人たちにいわせると、この世の摂理とは別のレイヤー?
とか、そういう部分で動いているらしい、とのことですが」
「いや、これ」
坂又が、額に汗を滲ませて、そういう。
「実質、重力操作的な効果、なのではないか?
軽々に使ってしまったが、とんでもないことだぞ」
「そうなんですか?」
青山は、首を傾げる。
「わたしたちはそういう、難しい理屈はわかりません。
やってみたら出来たんだから、どんどん使えばいいんです」
「あの、質問、いいですか?」
今度は新城が、片手をあげる。
「さっきのボードとか、前は、箒を使っていましたが。
ああいった道具は、なんのために使っているんですか?」
「ああ、はいはい」
青山は頷いた。
「皆さんも、一度、浮いてみたからわかると思うんですが。
浮遊魔法、意外と、制御が難しいんですよね。
こう、ただ浮いているだけでも、意外と思考と注意力を持っていかれるっていうか。
箒とかボードは、それを緩和するために使っています。
具体的にいうと、箒は推力維持、ボードはバランサーとして機能しています。
そうした術式をあらかじめ、そういったアイテムに仕込んでおいて、魔力だけを流すと、自動で機能してくれる、という。
魔法関係のアイテムは、だいたいそういう機序で動いていますね。
たとえば杖とかステッキ類、それに、このZAPガンなんかも、そういったマジックアイテムの一種になります……」
遥たちがそうした「初級魔法講義」を開催している頃、恭介は単身で市街地に通っていた。
ここ数日、恭介は、亥のダンジョンに挑んでいる。
別名、惑乱のダンジョンとも呼ばれる亥のダンジョンは、要するに、「攻略する人の知性がだんだん低くなっていく」ダンジョンだった。
どうしてそういうことになるのか、具体的な仕組みが恭介にはまったくわからなかったが、ある種の、デバフなのだろう。
出没するモンスターは、さほど強くはない。
今の恭介なら、発見次第に瞬殺出来る。
以前の何日かは普通に三人パーティで挑んでいたのだが、何度かこのダンジョンに入るうちに、
「多人数だと、かえって危ないな」
と思うようになった。
知性が低下する、ということは、判断力が鈍くなるのと同義で、実際、再三、
「同士討ちをしかけて、危うく途中で止める」
という事件も、起こしている。
だから、今では、恭介が単身で乗り込んでいた。
同じように、遥や彼方も何度か単身でこのダンジョンに挑んでいるのだが、この二人は結局、ほとんどなんの成果もないまま、その度に、自主的にリタイアして終わっている。
恭介も、これまでの成果としては同じようなものであった。
が、恭介は、他の二人にはない要素を持っていた。
ここ数日、恭介は、自分の判断力が鈍くなる限界までダンジョン深くに潜り、そのあと、自分のジョブを「狂戦士」に切り替えている。
目撃する存在すべてに攻撃をする狂戦士ならば、恭介自身の知能や判断力がいくら怪しくなっても、最終目的であるダンジョンマスターに遭遇するまで、先に進むことをやめないはずだった。
あるいは、その前に、恭介が死亡するか、あるいは意識を失うなどして、これ以上の抗戦は不可能と見なされ、ダンジョンから排出されるか、だ。
結果、ここ数日、恭介は特にこれといった成果も得られず、むなしくダンジョンに入っては排除される、という行程を繰り返していた。
ただ、徐々にダンジョンの深部にまで至っているという感触は、ダンジョンから出て来た時の、体に残る疲弊感から得ては居る。
もちろん、錯覚ではないのだが。
この、亥のダンジョンの攻略法を、恭介は他に思いつかなかった。
他のプレイヤーたちも、このダンジョンをすでに「攻略不能」と見定めているのか、今のところ、ここを攻略しようとしているプレイヤーの姿は、見かけたことがない。
だから恭介は、その日も、別に順番待ちをすることなく、そのまま単身で亥のダンジョンに入っていった。




