三人だけの夕食
「ああいう子も、これまで居なかったタイプだね」
拠点への帰り道で、彼方がいった。
「結局、こちらとしても、あの子の要求を呑むしかなかったし」
「多少、強引なところはあるけどね」
恭介は、そう答えておく。
「そこが好きになれない人は、それなりに居そうではある」
「ああいうタイプは、放置しておくと増長するから、どこかで線引きをしておかないと」
遥は、そんな風にいった。
「どうも、奥村が少し頼りないんで、次の寄生先を探しているような節もあるし」
「頼りないかなあ」
彼方が、疑問を口にする。
「少し頭が固い傾向はあるけど、それなりに努力家ではあると思うよ。
そうでないと、レベル九十は超えていないでしょ」
「むしろ、あのパーティを乗っ取っていないの方が、不思議なくらいだな」
恭介は、そう評した。
「奥村さん、戦闘面だけではなく、普段からなにかあると泥を被る役を振られているんかなあ」
「まあ、そんなところでしょうね」
遥はいった。
「考え方さえ理解すれば、割と動かしやすい性格ではあるし」
「まあ、うちの場合は大丈夫でしょ」
彼方は、軽い口調でそういう。
「なんというか、あの楪って子だと、うちの三人をいいように動かすことは無理だと思うし。
あるとすれば、別の動かし方かなあ」
「たとえば?」
「この三人以外の、周囲の人々を動かして、ぼくらのことも、自分の望むように動かそうとする、とか」
楪夜という人物が、他人を操作する傾向があることは、この三人の間で共通した認識になっていた。
悪気の有無はさておき、そういうパーソナリティなのだろう。
「なんか、いろいろと思わぬ方向に動いていくもんだねえ」
遥が、しみじみとした口調で、そんなことをいう。
「生徒会も含めて、あんまりこっちをあてにしては、貰いたくはないんだけどね。
本音をいうと」
「まあ、面倒臭いことは、確かだね」
恭介はいった。
「今さらだけど。
放置しておくと、全プレイヤーが、今以上に、ひどいことになりかねいし。
こちらの負担が大きくなりすぎない程度に、手助けしていくしかないよ」
「市街地の方があんまり混乱しても、こっちも困るからね」
「内装の仕上げが終わったら、合宿所も無事に完成になるな」
その日の夜、酔狂連の八尾から、直接、そう伝えられた。
「遅くとも、あと数日中には仕上がると思う。
そうなったら、いよいよお前らの出番になるから、体を空けておくように」
「いやいや」
恭介は手を振って、そういった。
「なんでそんな、おれたちが」
「他に居ないだろう。
他のトップパーティを軽くあしらった様子は、こっちでも観ていたぞ。
どの道、あいつらの指導も、これから続けていくんだろう?」
なんだかなあ。
と、恭介は思う。
いろいろな状況が、トライデントの未来を勝手に決めている気がした。
「おれたちは、普通の一パーティに過ぎません」
せめてもの抵抗として、恭介はそういっておく。
「その、はずなんですけどね」
「見解の相違だな」
八尾は、そういって大きく頷いた。
「多分、そう認識しているのは、お前らだけだと思うぞ。
それに、だ。
教官役を首尾よく断ったとしても、だ。
今度は、先陣切って全ダンジョンを攻略して来いとか、あの会長ならいい出しかねんぞ。
どっちがマシなのか、少し考えてみるといい」
「他人事だと思って」
「なんだ、知らなかったのか?」
八尾は、そう返した。
「おれにとっては、すっかり他人事なんだよ」
恭介は、反論が出来なかった。
「気づいたら、すっかり外堀が埋まっていた件」
彼方がいった。
「いや、薄々気づいては居たけど。
なんとなく、気づいていないふりをしていたんだよね。
対策の、取りようがないし」
「結局、ポジションの問題だしなあ」
恭介は、ため息混じりにそういった。
「今日の対戦相手が、おれたち以上の戦績をぱっと出してくれるようになれば、少しは楽になるんだが」
「それ、多分、無理」
遥が、あっさりとそう断じる。
「なんていうのかな。
あの子たち、それぞれに、うん。
妙な癖が、あるんだわ。
考え方、てえか、スタンスに。
一応、直すようにと指摘はして来たけど、すぐにどうにかなるものでもないしね」
「むしろ、なんでうちが先行出来たのか、理解出来たっていうか」
彼方が、続ける。
「他のプレイヤーたちは、まだ、本気になっていないんだよね。
真剣さが、足りないっていうか」
「ここには、教師も両親もいなんだがなあ」
恭介は、そうぼやいた。
「助けを求める相手がいないんだから、自分で動くしかないじゃないか」
恭介が見るところ、他のプレイヤーたちの一番大きな欠点は、ここになる。
自分以外の誰かが、いずれなんとかしてくれる。
そういう意識が、根底にこびりついているのだ。
だから、目の前にある状況が、いったいどういうことを意味するのか、つきつめて考えようとしていない。
「百五十名も居れば、絶対、おれたちよりも適任が、居るはずなんだがなあ」
恭介は、そうぼやく。
「仮に居たとしても」
彼方は、そう続けた。
「その人は、これまでのところ、積極的に動いてくれていないよ。
これからも、積極的になる可能性は少ないと思う」
「結局、現状が、現状なわけだから」
遥は、そういういい方をした。
「不本意だろうがなんだろうが、こっちから働きかけないと、状況は変わらないわけだ」
恭介は、自分が特別な才覚を持っているとは、微塵も思っていない。
他のプレイヤーとの違いをあえて見いだすとすれば、目の前の状況に対応するために、頭を振り絞って考え尽くす習性を持っているだけだ。
そして、その差異は、恭介自身がこれまで考えて来た以上に、大きかった。
今の状況は、つまりは、そういうことなのだろう。
「明日からしばらく、忙しくなりそうだね」
彼方がいった。
「夕食も、やっぱり、合宿所の食堂を利用させて貰おうか?」
「その方が、いいかもね」
遥も、頷く。
「左内くんに、頼んでおかないと。
とりあえず、明日はSソードマンの指導だし」
合宿所が本格的に始動する前に。
Sソードマンの指導は、どうにか格好がつくところまで、進めておきたかった。
Sソードマンは、全員、上位職のパーティということになる。
今の時点では、トライデントを除けば、他のこういうパーティはないはずだ。
ただ、その上位職も、宝玉を使用して、強引に転職したため、能力の引き出し方がよくわかっていない、という。
聞き取り調査などと並行して、個別に対応するしかないので、三人がかりでも、それなりに手間がかかりそうだった。
その報酬として、レベルリセットの宝玉、というアイテムを与えられたわけだが。
「レベルリセットのタイミングは、どうしようか?」
遥が、訊ねた。
「少なくとも、勇者との模擬戦が終わるまでは、保留だね」
彼方が、即答する。
「なにがあるのか、予想がつかないし。
相手を失望させるのも、気が引けるし」
レベルリセットの宝玉を一度使用すれば、レベルは一になる。
つまり、一時的に大きく弱体化するわけで、そんな状態で勇者との模擬戦に挑むのは、意味がない。
今回は、万全な状態のトライデントと勇者との戦闘が、求められているのだ。
小名木川会長は、その模擬戦について、
「数日中に」
とだけいい、具体的な日時は明言しなかった。
そんなに準備が必要だとも思えないのだが、あちらにはあちらの都合というものが、あるのだろう。
「三人だけの夕食も、しばらくはなくなるのか」
恭介が、そんなことをいった。
ここ数日、夕食を含む食事は、三人だけで摂っている。
合宿所の食堂がすでに稼働しているので、それまでのように三パーティがこの家に集まる必要がなくなったためだ。
食事の準備は楽になったが、これはこれで物寂しい気分にもなった。
「結局」
彼方が、いった。
「こういう環境だからさ。
大勢でわちゃわちゃやる時間が、必然的に増えていくんじゃないかな」
そうなんだろうな。
と、恭介も、思う。




