第二の宝玉
「だいたい、悲観的な予測をする者は、疎まれるんだよな」
恭介は、意外にしっかりとした声でぼやく。
「だから、いいたくはなかったんだ」
「いや、ちょっと待て」
小名木川会長は、それを止める。
「でも、つじつまは、合っている気がするぞ、それ」
「そうだよなあ」
坂又までもが、その意見に同調する。
「これまでの出来事に法則性とか求めるとすると、そういう結論が出る。
それは別に、不自然ではない、というか」
「悲観的、ってぇか、うちらにとって優しくない予測だってことっしょ」
楪がいった。
「でも、それ、馬酔木くんのせいでもないんじゃね?」
その場に居る全員が、一斉に意見を交わしはじめて、しばらく騒がしくなる。
しかしそれも、五分もせずに静かになった。
意見を出し合っても、事実は事実として否定出来なかったからだ。
「それでは、お前は、あのダンジョンはプレイヤー全員のレベリングのために設置されたものだ、っていうんだな?」
奥村が、恭介に確認する。
「多分ね」
恭介は、そういって頷いた。
「他に可能な推測があれば、こっちが聞きたいくらいで」
「その根拠は?」
「いや、だって。
どうなれば、ダンジョン攻略がクリアしたことになるのか。
その条件は、最初から提示されていなかったでしょ」
恭介は、そう説明する。
「あのダンジョンを設置したやつにしてみれば、その辺の設定はおそらく、どうでもよかったからじゃあないんですか?
ダンジョンさえ置けば、おれたちが自分の都合で勝手にレベルアップして強くなる。
やつにとって必要なのは、そういう状況だけであって。
そもそも、クリア条件というものが本当に設定されているのかどうかも、怪しいと思います」
「ダンジョンは、あのまま設置しっぱなし、ってことかよ」
奥村は、なんともいえない表情になった。
「いや、待て。
最初にダンジョンの攻略に成功した者には、ジョブチェンジの宝玉とかが貰えているだろ。
あれは、どういう意味だ?」
「そのくらいのニンジンは用意しておかないと、おれたちがうまく発憤しないとでも判断したんでしょうね」
恭介は、即答する。
「ダンジョンを設置しました。
あとは好きにしてください。
ただそれだけでは、おれたちのモチベーションが高くならない、とでも思ったんでしょ。
ある意味、おざなりな報償だったと思いますよ」
奥村は、なにもいえなくなった。
反論しようにも、いくら考えても、そのための材料が見つからなかったのだ。
「いや、実はだなあ」
しばらくして、小名木川会長がそんなことをいい出した。
「その、レベリング仮説とでもいおうか、そいつを裏付けるような事実を、うちでもいくつか持っているんだわ。
無用な混乱を避けるため、公表するのは控えているんだが」
「それって、ずばり、なんですかぁ?」
楪が、率直に質問した。
「ここまで来たら、もう隠していたって意味ないっしょ」
「まあ、その。
今すぐに全貌は明かせないけど」
小名木川会長は、そう答える。
「とあるプレイヤーが、な。
極めて特殊な、ユニークジョブを設定されていたんだ。
なんのためにそんなジョブが用意されているのかは、今もってわからない。
ただ、普通にダンジョン攻略をするだけなら、別に必要ではないジョブであることは、断言出来る。
そうか。
やはり、ダンジョンの次に、なにかあるのか。
そうだな。
そう考えないと、そんなジョブはそもそも必要ないだろうな」
後半は、誰かに聞かせるためではなく、自分自身にいい聞かせているような口調になっている。
「いまいち、意味がわかんないっすけど」
楪は、そういって口を尖らせる。
「なんなんすか、そのユニークジョブって」
「今すぐは、公表することは出来ない」
小名木川会長は、きっぱりとした口調でいった。
「だが、まあ。
近いうちに、公表するしかないようだな。
ただ、とても強力なジョブだということは、断言出来る。
今の時点でも、レベルはようやく九十を超えたところなんだが。
それでも、全プレイヤーの中でも、かなり強くなっていると思う。
なんというか、あらゆる点で、恵まれているジョブなんだ」
「ああ、あの子のことか」
遥が、あっけらかんとした口調でいう。
「あの子、今、そんなに強くなっているんだ」
「一応、まだ、秘密はばらすなよ」
小名木川会長が、すかさず釘を刺す。
「近いうちに公表するから、それまでなにも漏らさないでくれ」
「了解っす」
遥は、あっさりと頷く。
「ぶっちゃけ、わたしらにはあまり関係ないことですし。
黙ってろとおっしゃるんなら、おとなしく黙ってます」
おそらく、ユニークジョブ結城ただしのことだろうな。
と、遥は、察している。
少なくとも、生徒会との関係を悪化させてまで、流布する価値がある情報だとは、思えなかった。
元気にやっているようだったら、それでいい。
遥が結城ただしに抱いている感情は、その程度の薄いものでしかない。
「うーん。
ここまで来たら、近いうちにお披露目しておくか」
小名木川会長は、思案顔でそんなことをいう。
「ぶっちゃけ、これ以上秘密にしておいても、あまりメリットがなさそうだし。
あー。
トライデントの三人。
近いうちに連絡するから、その時は、協力してくれよ」
「協力?」
恭介は、怪訝な顔になる。
「いったい、なにをやらせようってんですか?」
「なに、簡単なことだよ」
小名木川会長は、そう答える。
「今日と同じく、決闘システムを使った模擬戦だ。
うちのユニークジョブの強さを披露するには、ちょうどいいだろ?」
「おれたち、三人と、ですか?」
恭介は、少し意外だった。
「そのユニークジョブの子、今ではそこまで育っているって。
そういう、ことなんですよね?」
「実は、毎日のようにダンジョンに入っているんだ」
小名木川会長は、そう説明してくれる。
「最初のうちは何名かでパーティを組んでいたけど、最近ではソロで入ることが多い。
レベルだけではなく、実戦経験でも相応に育っていると、思っていてくれ」
そう説明されても、正直、ピンと来なかった。
その集まりは、それ以降は意味のあるやり取りをすることもなく、グダグダになって終了した。
そろそろ時刻的に、昼食目当てのプレイヤーが入ってくるとというので、食堂も空けなくてはならない。
恭介たちは釈然としない表情のまま、ぞろぞろと政庁から出て行く。
「ねーねー」
外に出るとすぐ、楪が恭介たちに話しかけて来た。
「戦い方を教えてくれるって、約束、してくださいよ」
「出来れば、断りたいかな」
恭介は、即座にいった。
「おれたちにとって、なんのメリットもないし」
横で、遥もうんうんと頷いている。
「そんなことをいってもいいのかなー」
とかいいながら、楪は自分の倉庫から直径三センチほどの球体を取り出して、見せつける。
「これ、なんだと思います?」
「なんらかの、ドロップアイテムかな?」
恭介は、いった。
見た目からして、ジョブチェンジの宝玉に、似てはいる。
ただ、ジョブチェンジの方が白乳色であるのに比べ、今、楪が持っている球体は、少し色味が薄い黒色に見えた。
「そう。
ドロップアイテムです」
楪はいった。
「とっても、レアな。
あれだけ大勢のプレイヤーがダンジョンに入っても、今まで、たった三回しかドロップしていません」
「高価なのか?」
「高くは、ないっすね。
レアですが、使いどころがかなり限定されていますので、今の時点ではほとんど欲しがる人が居ないもんで」
「レアだが、需要がなくて、さほど高くはない」
恭介は、少し思案する。
「まったく、わからないな。
具体的に、それを使うと、どうなるんだ?」
「レベルがリセットされて、一になります」
楪は説明した。
「各ステータスは、この宝玉使用時の半分程度までさがりますが。
それでも、そのパラメータでレベル一からやり直せるっていうのは、魅力でしょ?
いわゆる、強くてニューゲームってやつですよ」
「あっ!」
彼方が、声をあげた。
「そういうアイテムがあるって、噂は聞いたことがある!」
「お三方は、揃ってレベルカンストしています」
楪は、そう続ける。
「そして、ここにはちょうど、レベルリセットの宝玉が三つ、あります。
これって、取引材料としては十分な価値があると思うんですけどぉ。
どうでしょうか?」
楪は、にやにやと笑っていた。
恭介たちの返答を、半ば予測しているのだろう。
確かに、その宝玉は、まだレベルカンストしていないプレイヤーにとっては、あまり意味がないアイテムだった。
これまで、需要がなかった。
というのも、頷ける。
「よく、そんなアイテムを三つも、集めたな」
恭介は、いった。
「いや、自分らでいつか使おうと思ってて」
楪は、しれっと答える。
「安かったですよ。
ただ、今回は、お三方にお譲りしてもいいかなあ、って。
さて、どうしましょうか?」




