強さの性質
「そろそろいいかな?」
背後から、坂又が声をかけて来る。
「訊いてくる前に、攻撃してきても構わないのに」
彼方は、そう応じる。
「いやいや」
坂又は、首を振った。
「みんな、君と戦いたくて集まっているわけだから。
不意打ちなんてしたら、意味ないでしょう」
なるほど。
と、彼方は思う。
相手の手の内を探ることを目的にしているのは、彼方だけではない。
そういう、ことなのだろう。
そもそも、トライデントの内情、もっといえば戦い方を知りたがっているプレイヤーが多いのは、想像に難くない。
「では、残った人たち全員で、来てください」
彼方は、平静な声でいった。
「こちらは、盾も武器も使いません」
「素手で、か」
坂又が、訝しげな表情になる。
「あ、いや。
その程度のハンデがあっても、実力差は埋まらないのか」
この坂又は、奥村とは違い、すぐに感情的になることがない。
性格に寄るところが多いのだろうが、彼方には、優れた資質であるように思えた。
「いいだろう。
いい機会だし、稽古をつけて貰うことにする」
坂又は片手をあげて合図をし、残ったパーティメンバーを彼方の周りに集める。
組みつかれると、割と不利になるな。
手首を掴まれても、危ういし。
寝技に持ち込まれたり、関節技をかけられたりするの、警戒しなければならない。
彼方は、忙しく考えている。
だとすれば、打突で全員に対処するしかないか。
相手に捕まる前に、相手の意識を刈り取れば、どうにか凌げる。
その、はずだ。
なんだ。
今までと、たいして変わらないじゃないか。
彼方は、そう結論した。
先手必勝。
全員、一撃で倒せば、なにも心配をする必要がない、だけだ。
客観的に見ると、相当に傲慢な前提なのだが、彼方は自然にそう考えている。
坂又どすこいズの生き残りが、一斉に彼方に殺到した。
彼方は、察知のスキルで、個々の正確な位置を把握している。
彼方から一番近いのは、後方左側から来る人。
素早くしゃがんでから、片足を左背後に伸ばし、正確にその人の足首をうしろに蹴り飛ばす。
その人がつんのめって前に倒れたところで起きあがり、後頭部を片手で掴んで少し強く地面に頭部を叩きつけた。
フルフェイスのヘルメットを着用しているし、なにより、これはシミュレーションだ。
顔面から地面に叩きつけられた衝撃で気を失うだろうし、多少の手加減はしたが、遠慮はしなかった。
次に、彼方の横をすり抜けようとした者の胸部を、素早く押す。
すぐ隣に居た者とぶつかって、折り重なって地面に倒れた。
この二人は、さほど大きな衝撃を受けたわけではないので、まだ意識がある。
その二人が起き上がる前に、反対側に体を向け、すでに少し前に出ていた敵の背中を進行方向に蹴り飛ばす。
不意に大きな力を背中に受け、その人は前に突出してから地面に激突した。
これで、先にもつれ合って地面に倒れていた二人に向き直る。
意識はあるが、二人とも、まだ起き上がっていなかった。
地面から起きあがろうとしていた一人の脳天に、かかと落としを食らわせる。
マンガかなにかで見た動きを我流でトレースしただけだったが、割ときれいに決まった。
ヘルメット越しに一撃を食らった者は、そのまま地面に倒れて動かなくなる。
もう一人は慌てて起きあがろうとしていたが、その途中でみぞおちに蹴りを入れると、再び地面に寝る。
胸の辺りを手で押さえて震えているので、まだ意識はあるようだ。
背中に蹴りを入れた者は、起きあがって彼方の方に近づいて来た。
足取りはしっかりしているし、こちらは、まだあまり深刻なダメージがないようにみえる。
一度、正面からやってみるか。
そう思い、彼方は、両手を広げて威嚇してみた。
別に、実際に組み合うつもりはなかったが、多人数が相手でなければ、こうして相手の出方を窺うのもありだろう。
残りは、二人。
目の前の相手と、地面に寝て胸を押さえている者だけだ。
正面の相手は、彼方の挑発に乗ることはなく、自然体で立っている。
構えることをしない、ということは。
彼方が疑問を感じた瞬間。
下から、風を切る音が彼方の頭部に迫って来た。
彼方は、わずかに後ずさることで、その蹴りを躱す。
予兆が、なかったな。
と、彼方は思う。
直立した状態から、瞬間に、蹴りの体勢に移行していた。
なるほど。
これが、武道というやつか。
蹴りだけではなく、拳や手刀も使って、正面の相手は次々と彼方を攻め続ける。
隙も遅滞もなく、どれか一発でも攻撃が当たれば、彼方はしばらく動けなくなるだろう。
それくらいの威力を秘めた、猛攻だった。
ただ。
どこから攻撃が来るのか、わかっていればね。
彼方は、冷静にそう思う。
今の彼方はレベルカンストしている身、だった。
目で追える程度の速度であれば、避けるのは難しくない。
しばらく相手の攻撃を見定めてから、彼方は、蹴りが来たタイミングを見計らってその足首を掴み、相手の体ごと大きく上下に動かして、何度も地面に叩きつけた。
相手は、すぐに動かなくなる。
競技としての武道、なんだろうな。
と、彼方は思う。
一定のルールがあり、その上で、競うための武道。
一撃の破壊力は、確かにありそうだった。
しかし、それも、まともに受ければ、という前提があれば、のことで。
もっと無茶なことをしてくれても、よかったのに。
などと、彼方は、釈然としない感情を抱いたりする。
これでは、あまり、今後の参考にはなりそうもない。
彼方は、先ほどまで胸を押さえて悶絶していた、最後の一人に向き直る。
「ひっ」
その人は、確かに悲鳴のような声をあげた。
あ。
と、彼方は思う。
これは、駄目かも。
すっかり、戦意を失っている、っぽい。
「リタイア、降参します!」
最後の一人は、両手をあげて、そう宣言した。
ぶん、と周囲の景色がブレるような感覚があって、中央広場に、人混みが帰ってくる。
決闘状態が、解除されたのだ。
「派手にやったなあ」
恭介が、すぐに声をかけてくる。
「十対一で、圧勝じゃないか」
例によって、遥と恭介は倉庫から自前の丸テーブルを出してお茶を入れていた。
彼方も倉庫から自分の椅子を出して、恭介の隣に座る。
遥は、まだ顔に薄手のマフラーを巻き付けていた。
それ、無駄だと思うんだけどな。
と、彼方は思った。
そもそも、三年生で、部活でも活躍していた遥は、恭介や彼方よりもよほど顔が知られている。
今さら顔を隠しても、あまり意味がないというか。
まあ、本人が気にしているのなら、好きにやらせておくか。
「やあ、やっぱ凄いねえ」
Sソードマンの楪夜が、彼方が声をかけてきた。
「三人の中では、一番目立っていないと思ってたけど。
実力は、そこいらのプレイヤーとは比較にならないっていうか」
「一番目立ってない?」
何故か、遥が反応する。
「いつもこいつだけ、ステルスモードではなく、姿をさらしているのに?」
「いやまあ」
楪は、露骨に遥から視線を逸らしていた。
「他のお二人は、なんというか、そう。
毎回のキル数が、キル数ですから。
ステルスしてても、どうしても目立ってしまう、っていうか。
そこへいくと、どうしてもこちらの弟さんは、ねえ」
「まあ、彼方は、役割的に守る方に重点を置いているからなあ」
恭介が、のんびりとした口調でいった。
「確かに、傍目には、あまり派手さは感じないかも知れない」
「そうそう、役割」
楪はそうって、倉庫から椅子を出して彼方の隣に座った。
あ、そこに座るんだ。
と、彼方は思う。
「この間のログなんか観ても、三人の役割分担がしっかり出来てて、連携もスムーズだったな、と。
あのコピーの方は、最初のうちはともかく、想定外の事態には弱かったな、と」
「所詮、シミュレーションだからね」
彼方はいった。
「データとか数字からは、あの手の恭介の思いつきは、想定出来ないだろうし」
「こちらの、ええと、馬酔木くん、でしたっけ?
馬酔木くんが、だいたい突破口になる感じなんですか?」
「危なっかしいことを思いつくのは、だいたい恭介」
遥が、即答する。
「それで救われたことも多いけど。
個人的には、ああいうのは、やって欲しくはないかな」
「まあ、一種の博打だからね」
彼方も、そういって頷く。
「恭介も、他の手を思いつくようだったら、無茶な真似はしないし」
「はー、なるほど」
楪は、素直に頷いて見せた。
「あの、仮に、ですね。
こちのおねーさんと馬酔木くんが戦ったとしたら。
結果は、どうなるんでしょうか?」
「こっちが勝つよ」
「そら、恭介の勝ちでしょ」
恭介と遥が、同時に相手を指しながら、答えた。
少し間を置いて、まず恭介が、
「おれの速度では、ハルねーの攻撃を捌ききれない。
おれがなにかやる前に、瞬殺されて終わり」
と意見を述べる。
そのあとに、
「いいようにいなされて、そのあと、なにが起きたのかわからないままこっちが終わっている気がする」
と、遥が続ける。
「なんというか、この子。
彼方とは違って、なにをやり出すのか、読み切れない部分があるんよね。
実戦に、それも、窮地になるほど強いのは、断然、恭介よ」
「なるほど、なるほど」
楪は、神妙な表情を作って、頷く。
「こちらの三人が、お互いのことをよく把握しているということが、理解出来ました。
仮に、トライデントに、これから戦闘関連の実技を教えてくださいって頼んだら、受けてくださいますか?」
「パーティとしては、受けないかな。
受けるべき理由もないし」
恭介は、即答する。
「どうしてもっていうんなら、彼方あたりに個人的に頼んでみれば?
おれは、個人的にもパス」
「あ、わたしも、パス二で」
遥が、両手をあげていった。
「そういうの、なんだかいろいろ面倒そうだし。
というわけで、彼方、考えてあげて」
「え?」
三人の注視を浴びながら、彼方は、珍しく狼狽えている。
「どうして、そういうことになるのかな?
いや、基本的には、断るからね」




