鏡像決闘
「ドラゴンの鱗と六本腕の素材を、こう、ミルフィーユのように交互に重ねて作った複合素材で」
岸見は、恭介たち三人に向かって、そう説明をしてくれる。
「防具を作ってみたわけなんですね。
ヘルメットと、手甲、すね当て、胸あてとか。
彼方だけ、かなり大きな盾も与えられている。
サイズは、以前に採寸したデータを参照にしたんですけど、着けてみてキツいところとかないですか?」
「キツいところがないのが、ムカつく」
遥かは、自分の胸あてに手を当てて、そういった。
「わたし、こんなにぺたんこだったかなあ?」
「結構軽いね」
遥の言動をスルーして、彼方が自分の感想を述べた。
「これで、どれくらいの防御力があるの?」
「物理的な基準をいうと、九ミリ弾の直撃くらいなら、普通に弾き返せます。
あと、防刃性能も、それなりに」
岸見は、そう答える。
「それと、画期的なのは、魔法防御性能ですね。
ドラゴンの鱗を構成していた物質を分析して、そのデータに基づいた新素材を使用しています。
着用者の魔力を使って素材に当たった魔法を無効化してくれる。
その、はずです」
「はず、かあ」
恭介は、そう呟く。
「そっちのテストは、していないんだね?」
「魔法防御性能も、着用者が供給可能な魔力によって大幅に増減しますので」
岸見はいった。
「皆様に、直に検証して頂いた方が、手っ取り早いかな、と」
「まあ、いいけど」
恭介は、そういって頷いた。
「でも、使用者の能力によって性能が増減するっていうのは、面白いよね」
彼方は、そんな感想を漏らす。
「元の世界の工業的な発想からは、出て来ない発言だ」
「それはまあ、そうですよね」
岸見も、そういって頷く。
「こっちも、魔法とか魔力とかいう目新しい概念を、必死になって学んでいる最中でして。
その過程で出来あがった製品であると、そう思っていただければ」
「それで、おれたち三人の相手は?」
恭介が、確認する。
「シミュレーションで出て来るのは、どんな相手なの?」
「皆様三人のデータに基づいた敵キャラが、皆様の対戦相手になります」
岸見が、そう説明する。
「すいません。
他に、適切な相手がちょっと思いつかなかったもので」
「相手も、この新型装備を身につけているってことでいいの?」
恭介は、重ねて確認する。
「それで、本気で戦えばいいわけね」
「そうです」
岸見は、恭介の言葉に頷く。
「勝敗は、こちらとしてはどちらでも構いません。
どちらが勝っても負けても、必要なデータは取れるはずなので」
場所は、合宿所付属の演習場。
とはいえ、その実態はというと、かろうじて整地しているだけのだだっ広いだけの場所になる。
ルールは、
「なんでもあり、かあ」
ストレッチをしながら、恭介が呟く。
「そうでないと、試験にならないから、かな?」
魔法も武器も、好きに使っていい。
と、岸見からは説明を受けている。
「その道、シミュレーションなわけで」
彼方はいった。
「データを取れれば、それでいいらしいから。
まあ、気楽にやって、いいんじゃない」
「でも、やる以上は、勝ちたいよね」
遥がいった。
「わたしらをモデルにした敵、っていってたけど。
どこまでコピー出来ているんだか」
「うーん。
表面的なデータスペックをコピーしただけ、だったら、そんなに怖くはないかなあ」
彼方がいった。
「多分ね。
咄嗟の判断能力、みたいな部分までは、うまくコピー出来ていないと思うんだよ。
そういうのは、数値化出来ないから」
「本当にそうだったら」
遥が断言する。
「あんまり怖くはない、かな。
なにせこっちには、次になにをやらかすのか、まるで予測がつかない人が居るから」
「カウントダウン、入ります!」
遠く離れた場所から、岸見が、そう告げた。
岸見の近くに、本日の作業要員たちが陣取って、見物を決め込んでいた。
まあ、滅多にない見世物ではあるかな。
と、恭介も、思う。
今頃市街地の方でも、このシミュレーションをリアルタイムで鑑賞しているプレイヤーたちが、大勢居るはずだった。
これが他人事だったら、恭介も興味津々の様子で見物をしている。
トップランカーの戦いぶりを、子細に見物出来る機会など、ほとんどない。
空中に大きく、カウントダウンの数字が浮かんだ。
五からはじまって、徐々に減っていく。
遥と恭介は、ステルスモードに移行した。
カウントダウンの数字がゼロになると、ぶん、と、一瞬、周囲の景色がブレて、気づくと、二百メートルほど離れた場所に、今の彼方とそっくりな人影がぽつんと立っている。
恭介は、すでに引き絞っていた弓の弦を放し、結果も見ずにその場から離れる。
移動しながら確認すると、向こうの彼方は、盾を掲げて恭介の無属性魔法攻撃を防いでいた。
ふと視線をずらすと、こちらの彼方も、同じように盾を掲げている。
ここまでは、同じ行動、か。
と、恭介は思う。
定石というか、スタート時に即実行可能なことは、限られている。
「ここからが勝負、なんだろうな」
という思いと、
「無属性魔法を、あっさり弾くかあ」
という思いを、ほぼ同時に感じた。
特に後者、無属性魔法を防御可能な防具の存在は、今後の戦い方にも大きく影響して来る気がする。
こちらの彼方は、前方に盾を構えたまま、自分の背後に、なにかを投げた。
一拍おいて、こちらの彼方の背後で、大きな音と閃光が発生する。
スタングレネード弾。
一瞬、その近くに、細長い人影が見えた。
恭介は、その人影に向け、ZAPガンを放つ。
着弾する前に、その人影の周辺に濃霧が発生し、そこだけ、なにも見えなくなる。
霧隠れ。
忍者のジョブ固有スキル忍術。
そのうちの、ひとつだった。
向こうの遥の不意打ちを、こちらの彼方が防いだ。
しかし、仕留めるところまではいかなかった。
そんなところだろう。
だとすれば。
恭介は、ランダムに曲がり、じぐざぐに走り続ける。
ぞくっと悪寒を感じたので、その場に伏せて、地面を転がった。
先ほどまで恭介が占めていた空間を銃弾が通過し、恭介が転がる端から、地面に短剣が突き刺さる。
なんというか。
と、恭介は思う。
手の内がわかり過ぎているというのも、これはこれでやりにくい。
確かに敵は、自分たちのコピーだった。
使用可能なスキルや考え方なども、しっかり複製している。
自分たちならば、こういう時は、こう動くだろう。
その通りの行動を、していた。
今までのところは、だが。
地面を転がりながら、恭介はステータス画面を開いてジョブを変更する。
まさか、こんなところで使うとは。
それから、恭介は、意識を失った。
「いや、まさか」
決闘が終了したあと、岸見はそう、感想を述べた。
「あの場で、あんなジョブに変更するとは。
いや、選択肢としてそういうジョブを得た、という情報は、こっちも知らされてはいたんですが」
「だって、実戦ではないからなあ」
恭介は、のんびりとした口調で答える。
「あのジョブになっても、リアルにはなんの影響もないわけで。
しかもあのジョブ、リスキーだけど、パラメータ的には増大する性質があるしなあ」
恭介は、これまで封印していた「狂戦士」のジョブに転職したのだった。
敵味方を問わず、あらゆる手段を尽くして近くの者を攻撃し続けるそのジョブに転職した恭介は、かなりの暴れっぷりを見せたらしい。
らしい、というのは、その時の恭介の意識は、見事に消えていたからだ。
「それで、肝心のデータは取れたの?」
彼方が、岸見に確認した。
「それは、まあ。
おかげさまで」
そういう岸見の頬は、引き攣っているように見えた。
「なんというか、想定外の壊されっぷりでしたからね。
まさか、あんな手を使ってくるとは」
恭介自身は、自分がその時、どういう行動をしたのか、まったくおぼえていない。
ただ、岸見様子から、かなり想定外の暴れっぷりを見せつけたのであろうことは、容易に推測出来た。
「ところで」
岸見が訊ねた。
「お二人は、見事に最後まで逃げおおせていましたが。
なにか、予想とかしていたんですか?」
「予想っていうか」
「ねえ」
宙野姉弟は、顔を見合わせて、そう答えた。
「具体的になにをやるのかまでは、わからなかったけど」
「なにかやらかすとすれば、それはキョウちゃんでしょ」
「だから、恭介が動きはじめたら」
「全力で逃げ出すよ、そりゃ」
そう聞いて、岸見は、何故か盛大にため息をついた。




