申のダンジョンマスター
「ダンジョンマスター側は、ダンジョン内部に入ったプレイヤーを阻止、撃退しなければならない」
恭介は、今さらだが、ダンジョン攻略について「基本的なルール」を他の二人に説明する。
「このダンジョンは、このうちの阻止、の方に重点を置いたコンセプトだと、思っていた。
問題を掲示して、それに答えないと先に進めない扉とかで、そう判断していたんだ。
けど、ここまで来て、それ自体が、そう錯覚させるための罠であり、この区画までプレイヤーを誘い込んで、モンスターの数による飽和攻撃でプレイヤーを仕留める。
そういう機能も、有していた」
「で、その飽和攻撃罠も、今、どうにか無効化出来たところね。
今」
遥かが、そういいながら、頷く。
「それで、相手の次の出方がわからない、と」
「予測がつかないねえ」
恭介はいった。
「これまでのダンジョンマスターと比較しても、かなり風変わりなマスターらしいかなあ。
なんか、プレイヤーを倒すことよりも、重視しているものがありそうな気がするし」
「プレイヤーを倒すよりも、阻止することに重点を置いているのは、間違いがないと思う」
彼方が意見を述べる。
「ここのモンスターだって、数こそ多いけど、そんなに強くはない。
というか、ぶっちゃけていうと、他のダンジョンで出て来るモンスターより、かなり見劣りがする。
一体だけだったら、低レベルのプレイヤーにだって対処可能なくらいだし、そのおかげでうちの人形たちでも現に、対処出来ているわけで」
人形たちは、基本的に、指示された動作を繰り返すことしか出来ない。
今、モンスター退治に勤しんでいる人形たちも、
「敵と味方を見分けて、敵であれば銃口を向けて引き金を引く」
という動作を繰り返しているだけ、だった。
彼方がけしかけた人形たちも、
「前進してくる敵モンスターの行く手を塞ぎ、相手が壊れるまで手にした武器をぶつけ続けろ」
という指示に従っているだけである。
多少の学習能力があるので、同じ動作でも繰り返しているうちに、より効率的な方法を模索はするようだったが、そんなに難しい作業をしているわけではない。
第一、人形たちの力や動作の速さは、低レベルどころかまったくレベルアップしていない成人男性と、さして変わらない。
武器や火器で武装していたとしても、そんな人形たちで十分に対応出来てしまっている、という「弱さ」が、このダンジョンのモンスターの特徴になっている。
「プレイヤーを倒す、というより、阻止する。
もっとはっきりいっちゃうと、うんざりさせて引き返すように、仕組んでいる?」
遥が、いった。
「ここに出て来るモンスターだって、人形だったりぬいぐるみだったり、モンスターっていうよりもおもちゃだしね。
弱い強い以前に、プレイヤーを倒す気が、最初からないんじゃないか、って」
「倒す気は、あるとは思うよ」
恭介も、意見を述べる。
「一応、だけど。
何度か、ここから脱出すると宣言してみたんだけど、それも出来なかったし。
飽和攻撃は、完全に本気で、しかし、その手段がなぜか、徹底していなかった。
徹底していなかった事情は、よくわからない。
おれたちは、モンスターでもダンジョンマスターでもないからな」
この辺は、完全に想像の埒外になる。
ダンジョンマスター側の事情など、容易に想像出来る方がおかしい。
「だって、しょうがないじゃない!」
不意に、三人以外の声が、響いた。
「わたしたちには、戦いという概念がそもそもなかったんだから!」
三人は、その声がした方向に、顔を向ける。
「妖精さん?」
遥が、そんな声をあげた。
「身長三十センチくらい」
恭介が、見た目の特徴を、説明文を読みあげるような単調な口調でいった。
「半透明で、背中に羽虫のような羽が生えた女の子だ」
「ええと、君が、ここのダンジョンマスター?」
彼方が、半信半疑のまま、確認する。
「ってことで、いいのかな?」
「そうよ!
種族名は■■■(この固有名詞は、恭介たちには聞き取れなかったし、発声すること出来なかった)!」
半透明の妖精が、自己紹介する。
「なんの因果か、今では、ダンジョンマスター?
なんてものをやっている。
このマスターだかダンジョンだかいうのも、こっちにはなかった概念ね!
これでも、理解出来る範囲内で、精一杯やっているんだから!」
「そうか、頑張ったね」
恭介は、素っ気ない口調で労った。
「まとめると、君は、元居た場所から拉致されて、無理矢理、ダンジョンマスターとしての役割を押しつけられた。
君が元居た場所では、戦いも、ダンジョンも、ダンジョンマスターも、存在しない。
不完全な理解のまま、自分に出来るだけのことをして来た。
そういうことで、間違いはないかな?」
「そうよ!」
見た目妖精さんは、そういって胸を張る。
「これでも、元居た場所では、長年女王様をやっていたんだから!」
「女王様、かあ」
彼方は、感心した声を出した。
「なんらかの、首長ではあったわけだ」
戦いという概念がない場所の、首長。
彼方の理解を完全に、越えていた。
文化どころか、生命や文明のあり方も、この妖精さんの世界と三人とでは、根本から違う気がする。
「ちなみに」
遥が、訊ねる。
「妖精さんの居たところでは、さあ。
なにかが死ぬことって、あるの?」
「有限寿命種のこと?
こっちの世界にも、そういうのは居たわよ」
妖精さんは、即答する。
「下等生物扱いで、滅多に接触することはなかったけれど。
そういえば、有限寿命種は、同じ種族同士で縄張り争いをするそうね。
あれが、戦いってやつなのかしら?」
「有限寿命種が、下等生物扱いかあ」
恭介は、苦笑いをした。
「そういう生物がダンジョンマスターをやっているんなら、いろいろと的外れになるのも仕方がないかなあ」
「それで、恭介」
彼方が、恭介に訊ねる。
「この場合、どうすればいいと思う?」
「おれに訊かれても、な」
恭介は、そういったあと、妖精さんに向かって確認する。
「確認しますが、妖精さんは、ダンジョンマスターとしての役割を果たさなければならない。
そういう強制力が働いている。
と、いうことなんですよね」
「その、ヨウセイサンって、わたしのこと?
まあ、ダンジョンマスターうんぬん、っていう部分は、その通りだけど」
「ダンジョンマスターの役割とは、プレイヤーに試練を課し、行く手を阻止し、ダンジョンから追い返すことにある。
それで、間違いはありませんか?」
「それも、その通り」
「ダンジョンマスターである妖精さんは、殺したら死にますか?」
「だから、そんな過当な存在ではないっつーの!」
「でも、おれたちを退ける方法は、よく知らない」
「……うー。
認めたくはないけど、そう」
「それでは、妖精さん。
参考のために聞きますが、リバーシというゲームは、ご存じですか?」
「なに、それ?」
「今から、お教えします」
恭介はマーケットでゲームのパッケージを購入し、開封して、簡単にルールを説明する。
「黒が先行で、交互に駒を置く。
すでに置いてある駒に、隣接した場所にしか置けない。
同じ色の駒で挟まれたら、その中間に位置した駒はひっくり返って色を変える」
妖精さんは、恭介から受けた説明を口頭で繰り返した。
「説明するだけではなんですから、実際にやってみましょう。
彼方、相手をしてくれ」
「はいよ」
ダンジョンの床にゲーム盤をおいて、恭介と彼方で対戦して見せた。
「相変わらず、強いなあ」
「恭介が、弱過ぎるんだよ」
ごく短時間のうちに結果が着く。
彼方の、圧勝だった。
「妖精さん。
やってみますか?」
「え?
いいの?」
興味深く二人の対戦を見ていた妖精さんは、即答する。
「やるやる!
やらせて!」
妖精さんは、彼方相手に三戦して、三回とも惨敗する。
「うそうそ!
そんな、このわたしが!」
「初心者だから、仕方がありませんね」
彼方は、もっともらしく頷いた。
「ねーちゃん。
相手をしてやって」
「え?」
いきなり声をかけられた遥は、驚いて一度恭介の方に顔を向ける。
恭介が頷いたので、
「仕方がないなあ-」
といいながら、妖精さんと対戦した。
またもや、妖精さんの惨敗だった。
「いや、今のは。
そう!
ちょっと調子が悪かっただけだから!」
「今度は、おれとやってみますか」
恭介が、妖精さんの対面に座る。
「今度こそ、負けない!
ぎったんぎったんに、してやるんだから!」
「ぎったんぎったにしてやる、っていい回し、もう死語になってるんじゃないかな?」
恭介は、首を傾げる。
結果をいうと、また、妖精さんは負けた。
三回勝負をして、三連敗だった。
「ここまで弱いとは、思わなかった」
「いくら初心者といっても、ねえ」
「程度があるっていうか」
三人は、それぞれの言葉で感想を述べる。
「でも、まあ。
これで、決着はつきましたね」
恭介は、ボロ負けして涙目になっている妖精さんに声をかけた。
「え!」
妖精さんは、大きな声を出す。
「これ、そういうことになるの!」
「おれたちプレイヤーは、ダンジョンマスターであるあなたに正々堂々、勝負を挑んだ。
そして、勝利した」
恭介は、改めて説明する。
「それ以外に、なにがありますか?」
「う、ううー!」
妖精さんは、しばらくそういって唸っていたが、しばらくして、顔をあげる。
「わかったわ!
確かに、ルールからは逸脱していないわね!
あんたたちがダンジョンを攻略したってことは、認めてあげる!」
と、宣言する。
「よかった」
恭介は、心の底から安堵の声を出す。
「それで、提案なんですが」
恭介は妖精さんに、
「扉の問題を、もっと簡単なものにしておくと、もっと大勢のプレイヤーがここに到着しますよ」
「ここまで来たら、飽和攻撃なんてせず、すぐにリバーシ勝負を持ちかける方が、手っ取り早いですよ」
などの「秘訣」を教える。
「妖精さんとしては、ダンジョンマスターとしての役割を、手抜きせずにまっとうできる。
おれたちプレイヤーにしてみれば、ダンジョンマスターである妖精さんに挑みやすくなる。
どっちにとっても、メリットがある提案だと思いますが」
「そうね!」
妖精さんは、素直に頷く。
「前向きに、検討してみる!」
『申のダンジョンが、攻略されました』




