辰のダンジョンマスター
「そろそろ手を貸す?」
「いや、まだ一人で大丈夫」
そんな問答も、これで何度目になるのか。
さらに二時間後、三人はいくつかの階層をくだっている。
恭介の、
「大丈夫」
も、あながち強がりというわけでもなく、これまで恭介はあやういところもなく、遭遇したモンスターをことごとく短時間のうちに斬り伏せていた。
これほど長時間にわたって単身で戦い続けているというのに、汗一つかいていない。
おそらく、疲労するほどの負担も感じていないのだろう。
この階層まで来ると、モンスターもかなり大型化しており、その全長は五メートルを超えるのも出て来る。
直立して二本足で歩行するタイプは、せいぜい三メートル程度の身長に留まっていたが、四歩足で移動するタイプは大きくなる傾向にあるようだ。
中には、大きく口を開けていきなり炎を吐いてくるようなモンスターも混ざっていたが、これまで、恭介は変わりなく処理している。
つまり、隙を見て、胴体なり首なりを両断して、始末をつけていた。
基本、モンスターの形状や大きさが変わっても、恭介がやるべきことはあまり変わらない。
「肉弾戦も、難なくこなしているなあ」
そうした様子を背後で見守っていた彼方は、そう感想を述べた。
「レベルカンストしているからねえ」
遥が、そんな風に評する。
「むしろ、この程度の相手に苦戦をしていたら、そっちの方が問題でしょ」
出没するモンスターのレベルまでは確認していなかったが、おそらくは、まだまだ格下の、レベル五十以下なのではないか。
と、遥は推測している。
モンスターの反応や挙動から、おおかたの難易度は、推測出来るようになっていた。
当然、レベル九十九に届いた恭介の敵ではない。
遭遇するモンスターが次第に大型になっていったので、恭介はここではじめて、手にしていた片刃剣を倉庫内に収めて、代わりに例の大太刀を出す。
「相手が大型なら、この程度の刃渡りを用意しても大袈裟ではないだろう」
と、いうわけである。
大太刀を肩に担いで、恭介は先を急ぐ様子もなく、悠然と進み続ける。
得物が変わったからといって、恭介の動きが鈍くなるということもなかった。
かえって、遭遇してからモンスターを倒すまでの時間は圧縮され、たいていの相手は一撃のもとに屠るようになっている。
「リーチが長いと、相手が大きくてもどうにかなもんだな」
恭介は、そう感想を呟いた。
その様子を見て、遥は、
「もうしばらく、出番はなさそう」
などと、考えている。
さらに二時間後。
三人の目前に、どこかで見覚えがある大扉があった。
「結局、一度も戦闘しないまま、ここまで来ちゃった」
遥がいった。
「今回は、キョウちゃんが大活躍だねえ」
「どうする?」
彼方が、二人に確認する。
「一度、戻る?」
もともと、今日の目的は、このダンジョンを攻略することではない。
ここで引き返す、という選択も、十分にあり得た。
「おいおい。
ここまで来て、それはないだろう」
恭介がなにかいう前に、扉の向こうから、くぐもった声が響いて来る。
「戦闘をする、しないはあとで決めるとしても。
一度扉を開いて、中に入ってきたらどうだ?
茶のいっぱいくらいは、馳走するぞ」
三人は、顔を見合わせる。
「どうしよう。
ダンジョンマスターに、お茶を誘われちゃった」
「あの言葉、信じる?」
「信じても、信じなくても、結局は同じ」
彼方に問われて、恭介はそう答えた。
「ここで声をかけて来たってことは、つまりはこちらの状態を把握しているってこと。
あの相手がこちらを逃がすつもりがなかったら、どの道戦闘にはなるよ」
結論として、
「相手の提案に乗って、その上で、こちらの出方を決定しよう」
と、いうことになった。
「扉を開けますが、すぐには攻撃してこないでくださいね」
無駄かも知れないが、念のため、彼方がそう声をかける。
「くどいな」
扉の向こうのダンジョンマスターは、そう答えた。
「こちらから茶に誘ったのだ。
無闇に攻撃するわけがなかろう」
本当かどうか、わかったものではない。
「では、開けます」
そう思いながらも、彼方は二人に合図をして、両開きの扉をあける。
真ん中の正面に彼方を配置したのは、三人の中で一番防御力がある彼方が正面に置いた方が、なにかあった際に動きやすいからだ。
「ああ、なるほど」
扉を開け、そこに鎮座していたダンジョンマスターを見て、恭介は納得する。
「爬虫類ばかりが出て来るダンジョンのマスターは、ドラゴンになるわけか」
「挨拶も済まぬうちに、そのいい草か。
肝はなかなか据わっているようだな」
巨大なドラゴンが、口を開閉してそういった。
「ふむ。
同類を屠った経験は三度。
なかなかの戦績ではないか」
「わかるんですか?」
彼方が訊ねた。
同類、とは、つまり、このドラゴンと同じ、ダンジョンマスターということ、なのだろう。
「なに、別にお主らの記憶を読めるわけではないぞ。
ただ、三人組でここまで来られる人間というのは、限られている」
ドラゴンは、そう説明した。
「それで、戌のがしきりに感心しておった、妙な術者とやらは、お主らのうちの誰になるのか?」
「それ、多分、おれですね」
恭介が、片手をあげる。
「戌の、ということは、ダンジョンマスター同士で、連絡とかすることがあるんですか?」
「なにしろ、ひどく退屈な役割であるからのう。
その、ダンジョンマスターというやつも」
ドラゴンはそういって、ごろごろと喉を鳴らす。
「連絡を取る、などといっても、所詮は無聊を慰めるための暇つぶしに過ぎん。
なにぶん、言葉を解さない同僚も多いからな。
その連絡を出来る相手も、限られておる」
「はぁ」
彼方は、気の抜けた返事をする。
「これまで、ダンジョンマスターの立場とか心境を考えたことはありませんでしたが。
そういう、もんですか」
「そういう、ものなのだ」
ドラゴンは巨大な目で彼方を見据えて、そういった。
「お互い、難儀な身の上であることよ」
「あのぉ、ドラゴンさん。
いや、ドラゴン様」
遥は、丁寧な口調にいい直した。
「ドラゴン様は、望んでここに居るわけではない。
そういうこと、なんですよね?
だったら、わざわざ戦わないで、もっと平和的な……」
「それは、出来ん相談だな」
ドラゴンは、厳粛な口調で答えた。
「個人的には、そういう対応もアリだとは思うのだが。
いかんせん、この吾もダンジョンマスターという立場に縛られておる。
こうして、戦闘の前にしばし戯れる程度の裁量は許されておるが、戦闘そのものを放棄することは出来ん」
「ああ」
遥はいった。
「それは、残念なことで」
「誠に、遺憾な次第である」
ドラゴンはもっともらしい顔をして、頷いた。
「なんといっても、すでに決まってしまったことには逆らえぬ。
不本意では、あるがな。
おお、まだ茶を出していなかったな。
すぐに用意する」
その言葉が終わるのと同時に、三人の前に、小さなテーブルと三脚の椅子が出現する。
テーブルの上には、三脚の茶碗が載っていた。
「どうする?」
「ここまでされてもてなしを辞退したら、かなり失礼だろ」
三人は短く囁き合い、結果、素直に椅子に座ることにした。
恭介はそのまま、卓上の茶碗に手を伸ばす。
「お、おい」
彼方が、慌ててそれを制止した。
「毒なんて盛っていないと思うよ」
恭介は、いった。
「そんな回りくどいことをするなら、最初からもっと好戦的に振る舞っているって」
そういって恭介は茶碗の上に乗っていた蓋を取り、そのまま一口、口に含む。
鼻孔に、なんとも涼しげな香りが満ちた。
どういう種類のお茶なのか、恭介の知識にはなかったが、それでも、かなり上等な物であることは、想像が出来る。
素直に、うまい。




