オーバーキル
入れ替わりが激しい。
その言葉を証明するように、一時間もせずにトライデントの番が回って来る。
三人は扉に掌をおしつけ、中に入った。
「道が続いているだけ」
コートを脱いで倉庫に収めながた、遥がいった。
「この先一キロくらいは、なにもいないかな。
構造的には、普通のダンジョンみたいね」
「出て来るモンスターが若干強め、みたいだね」
彼方も、そういう。
「問題ないとは思うけど、油断せずにいこう」
「おれが先頭でいいね?」
恭介が確認する。
「今日の目的は、剣士というジョブの試しだから」
「いいよー」
「それで」
遥と彼方が、気軽な調子で応じる。
恭介は倉庫から諸刃の直剣を出して、先頭を歩いていく。
「ハルねー。
モンスターが居たら、教えて」
「了解」
察知スキルの有効範囲は、この三人の中では遥が一番広い。
いや、全プレイヤーの中でも、ダントツかも知れなかったが。
いずれにせよ、索敵に関しては、遥に任せておけば間違いはなかった。
「んー。
五百メートルくらい先に、なんか居るっぽい」
「気をつける」
恭介はそういって、ステルスモードに移行。
前方に注意を向けつつ、歩速を変えずに進む。
居た。
まずは、自前の察知で、ついで、相手のモンスターを目視する。
なんか始祖鳥っぽい外観の、鳥に見えた。
まあ、あれも爬虫類系、ではあるのか。
大きさは、全長二メートル前後。
意外に大きいが、正直、脅威には感じない。
あれなら、一撃で始末出来るかな。
と、そう思い、実際に攻撃範囲に入った瞬間、足運びでそのモンスターに肉薄し、そのまま一撃で屠っている。
技もなにもない、力任せの斬撃だった。
始祖鳥もどきは、肩口から斜めに切断され、真っ二つになって倉庫の中に消えた。
「あっけないな」
ぽつりと、呟く。
手応えを、ほとんど感じられなかった。
「次、来るよ」
遥がいった。
「まだ一本道だから、この先三百メートルくらいに居る。
今度は、二体」
「次も、おれがいくよ」
恭介は宣言して、先へと進む。
その後、三十分に亘って、恭介はモンスターを倒し続けた。
先にいくに従って、モンスターの密度は濃くなっていて、その間で十二回ほど会敵し、二十二体ほどのモンスターを倒している。
そのほとんどは、一撃で倒していた。
「レベルカンストしているからねえ」
遥は、そういった。
「ジョブがそうこういう以前に、素のパラメータが育ち過ぎているんだと思うよ。
このダンジョンのモンスターを相手にするには」
「同感だね」
彼方も、そう評する。
「ジョブ固有スキルだけではなくて、今度は他のスキルも試してみては?
まだ、剣士しか使えないスキル、試していないでしょ」
「剣士しか使えないスキル、ねえ」
恭介はいった。
「別に、試したくないわけでもないんだが。
せめて、下の階層に進んでからにしない?
このフロアのモンスターだと、ちょっと歯応えがなさ過ぎてなあ」
「スキルの効果がわからない、と」
遥が頷く。
「いいんじゃない。
別に、今日は急ぐわけでもないし」
「まあ、いいけどね」
彼方も頷いた。
「ただ、下の階層に移っても、オーバーキルであることには変わらない気もするよ」
さらに三十分ほど、三人はその階層をさまよった。
今度は、遥は手を貸さず、恭介自身の察知スキルのみで索敵までおこなっている。
モンスターとの会敵頻度がさほどでもないので、それで特に不都合は感じなかった。
恭介以外の二人は、事実上、恭介のソロプレイを背後から見守るだけになっている。
そうした形で、恭介は剣士特有のスキルを次々と試していった。
魔法の属性攻撃を剣の刃に纏わせるスキルから、剣自体を透明化して不可視の存在にするスキル、剣の強度を限界まで高めるスキル、など。
なるほど。
剣士は、戦闘基本職の中では、かなり優遇されているジョブなのかも知れない。
攻撃力を底上げするスキルはもちろんのこと、かなり周到に、多種多様な状況に対応可能な攻撃スキルが用意されている。
魔術師と並んで、戦闘職の中でもダメージディーラーになり得るジョブといえた。
ただ、現状、その剣士というジョブを十全に使いこなし、潜在的な能力を引き出すことに成功しているプレイヤーは、居ないようだが。
なんでだろうな。
と、恭介は考える。
こんなに、至れり尽くせりなのに。
少し考えて、
「至れり尽くせり、だからだ」
と、結論した。
多分、だが、剣士というジョブは、関連する専用スキルが多過ぎて、なかなかそのすべてを使いこなす機会に恵まれないのだ。
一般プレイヤーの応用力は、なかなかそこまで育たない。
オプションパーツが多過ぎる、電動工具のようなものだ。
ほとんどのオプションパーツは、あまり使われる機械もないまま、死蔵される。
固有スキルの「足運び」だけでも、徹底的に使いこなせば、十分に強いのにな。
と、恭介などは思う。
用意された機能を全部、無理に使う必要もなく。
一徹に、愚直に、限られた機能のみを使いこなす。
というのも、選択肢としては、十分にありなのだ。
このダンジョンに入って一時間ほど経過した頃、ようやく階下に降りる階段が見つかる。
念のため、三人の中で一番タフな彼方を先頭にして下のフロアに降り、そこで、また恭介が先頭に移った。
そのまま恭介は、剣士に用意されたオプションパーツ的なスキルをひとつひとつ、試していく。
手応えは、ひとつ上の階層と、あまり変わりなかった。
多少、モンスターがしぶとく、倒しにくくなっているような気もしたが、それもあくまで、
「あえて比較すれば」
程度の問題であり、どの道、恭介の一撃でほとんどすべてのモンスターが倒れていく。
想定外の事態が起こらないので、予定調和的というか、ぶっちゃけ退屈な道行きでもあった。
「剣士のスキルは、十分に効果がある」
さらに二十分ほどダンジョンの中を歩いてから、恭介は、他の二人に宣言する。
「そういうことに、しておこうよ。
少なくとも、欠点らしいものは、見つからなかった。
これ以上に試すとすれば、もっと格段に強い相手にスキルを使ってみるしかない」
「まあ」
「そう、なるよね」
遥と彼方は、そういって頷いた。
遭遇するモンスターを片っ端から一撃で倒してしまっては、そもそもスキルの効果を測定する役割を果たせない。
「格段に強い相手っていうと、ダンジョンマスターかあ」
遥が、そんな声をあげる。
「結局、本番で試してみるしかないんだね」
「こうなると」
彼方も、感想を述べる。
「レベルカンストも、善し悪しだね」
リタイア宣言をしてダンジョンの外に出ると、順番待ちのパーティから拍手で出迎えられた。
「今回も粘るから、てっきりこのダンジョンも攻略しちまうのかと思ったぞ」
「さあ、天下のトライデントのお帰りだ。
道を空けてくれ」
三人の正体は、どうやら今では、かなり周知されているらしい。
なにしろ特徴が、多過ぎるくらいだからな。
と、恭介も思う。
ほとんどプレイヤーに、どうやら悪意はなさそうであるが。
「なんか」
遥が、小声で呟いた。
「こういうのも、あんまりいい気分ではないね」
同感だな、と、恭介は心の中で呟く。
なにより、居心地が悪い。
三人は倉庫からマウンテンバイクを出して跨がり、その場から逃げるように走り出す。
そのまま、拠点へと向かった。




