Sソードマン
翌日、遥は人形を何体か引き連れて森の中に入っていき、彼方は畑の様子を見たり水やりをしたりしている。
恭介はといえば、今日、どのダンジョンに入るのか、wikiを開いて検討しているところだった。
三人がダンジョンマスターを倒せたダンジョンは、戌、子、巳の三つのダンジョンになる。
中が水で満たされている卯のダンジョンと、昨日、魔法少女隊が攻略に成功した寅のダンジョン、ユニークジョブズが初日に攻略した酉、同じく初日に酔狂連が攻略した午なども、後回しでいいだろう。
すると、残るのは、丑、辰、未、申、亥の、五つのダンジョンが、未攻略ということになる。
「大同小異というか、五十歩百歩というか」
wikiの情報を走査しながら、恭介は、呟いた。
「それぞれ、特色はありながら、難易度的には似たようなもんかなあ」
丑のダンジョンは、別名罠のダンジョン。
あるいは、意地悪なダンジョン、と、呼ぶ者も居る。
出没するモンスターの強さはそこそこだが、各所に多種多様な罠が仕掛けられて、なかなか攻略が進んでいない。
辰のダンジョンは、爬虫類系のモンスターばかりが出て来る。
爬虫類系、と一口にいっても、いくつか階層をくだると恐竜っぽいのとかドラゴンっぽいのが平然と出て来る。
こちらも、モンスターの強さゆえ、攻略が進んでいない。
未のダンジョンは、別名、空虚なダンジョン。
一階層に壁らしい区切りがまるでなく、だだっ広い平原が広がっていて、そのどこかに下の階層に降りる階段が隠れている。
出没するモンスターは、大まかに分類すると猛獣系と鳥系の二種類。
どちらも素早く、移動速度がプレイヤーの比ではない。
戦うにしろ逃げるにしろ、とても骨が折れるということだった。
申のダンジョンは、モンスターがほとんど出てこないことで知られている。
その代わり、行く先々でクイズかパズルが置かれていて、それに正解しないと先に進めない仕様であるらしい。
このダンジョンで試されるのは、戦闘力も知力のようだ。
亥のダンジョンは、別名、惑乱のダンジョン。
このダンジョンはどうやら、中に入ったプレイヤーを惑乱する性質を持つらしい。
モンスターの強さはそこそこだが、幻覚や、場所によってはプレイヤーの知力や判断力が著しく低下する効果があるらしく、それゆえなかなか攻略が進まない。
たいていのプレイヤーは、攻略途中のどこかの過程で自分たちの目的を忘れ、自主的にリタイアしていしまうらしい。
「剣士の能力を試すんなら、辰のダンジョンになるかなあ」
恭介は、そう呟く。
単純に攻略するのなら、未のダンジョンあたりが手頃に思えたが、今回の目的はそこにはない。
申と亥のダンジョンに至っては、どういう準備をすればいいのかすら、よく想像出来ない。
この二つについては、おいおい対処法を考えることにしよう。
少しして、遥と彼方が帰って来たので、本日の目的地について相談する。
「辰のダンジョンでいいんじゃない?」
「ねえ」
二人は、恭介の説明を聞いたあと、即決した。
ともに、他に意見や拘りがあるわけではない。
どうやら、いずれはすべてのダンジョンを制覇する必要がありそうだ。
という予感は三人とも共通して抱いているのだが、攻略する順番によって難易度が変わるわけでもない。
だったら、手近なところから片付けていくのが順当というものだった。
三人はマウンテンバイクに乗って、市街地へと向かう。
「それで、今日のダンジョンは、攻略するの?」
「攻略は、なしの方向で」
道中、遥が訊ねてきたので、恭介が答えた。
「今日のはあくまで、剣士の性能試験と、それに習熟が目的だから」
昨日、魔法少女隊が寅のダンジョンを攻略したばかりである。
攻略が完了していないダンジョンは、残り五つ。
その五つを、慌てて恭介たちトライデントが攻略しなければならない理由はなかった。
むしろ、すでに三つのダンジョンを攻略しているトライデントよりも、別のパーティに攻略をして貰った方が、パワーバランス的に都合がいい。
故意に攻略を遅らせる必要もないのだが、その逆に、攻略を急ぐべき理由も恭介たちにはない。
ひとつひとつ、段階を踏んで、確実さを重視して進むのがいい。
と、この時点の恭介は、思っている。
今日は目的地のダンジョンが決まっているので、中央広場に寄らず、そのまま辰のダンジョンに向かう。
辰のダンジョン前に着いたのは、時刻は午前十時をいくらか回ったくらいだった。
出番待ちをしているパーティは三つ。
時間がかかることは覚悟していたので、三人は素直にそのあとに並ぶ。
「三人パーティ」
マウンテンバイクを倉庫に収納していると、最後尾に並んで居たパーティの女子に、声をかけられた。
「ひょっとして、トライデントの人たち?」
「はは」
遥が、代表して答える。
「まあ、そうです」
ここで嘘をついても、意味がない。
「やっぱり」
派手めのメイクをした女子は、大きく頷いて続ける。
「三人だけのパーティって、少ないから。
っていうか、他にはほとんど居ないんじゃない?
それに、しばらく休んでいたけど、最近になってダンジョン攻略に復帰したとか、コート姿でうろついているとか、割とそういう噂が回ってきてたんで、ひょっとしたらなーって思って。
あ、うちら、Sソードンマンってパーティで、なんかうちのリーダーと昔揉めてたみたいだけど、その頃にはまだうちらも入ってないし、ノーカンだよね。
初対面だったね。
うちが、楪夜、こっちが内海美佳、んで、これが美濃早樹」
「よろー」
「これっていうなし。
どーもー」
紹介された内海と美濃が、三人に緩い挨拶をして来る。
「で、ちょっと聞きたいんだけど。
うちのリーダーと、具体的になにがあったの?」
そのあと、楪が声をひそめて訊ねて来た。
当のリーダー、奥村は、前のパーティとなにやら話し込んでいて、こちらに気づいた様子はない。
「聞いても、うちのリーダー、教えてくれなくてさ」
「転移初日に、おれに決闘を申し込んで来たんだ」
恭介は、事実のみを伝えた。
「結果、向こうがボロ負けして。
以後接触しないっていって来たのも、確か、向こうからだったな」
「なる」
楪は頷いた。
「馬鹿だねえ。
破壊に決闘なんて」
「いや、初日だと、そこまで情報も伝わってないだろうし」
「でも、初日からラスボス級を一人で倒したって聞いているよ、この人」
「だからさあ。
うちのリーダー、なにかと迂闊なんだよ」
身内の三人でこそこそ会話したあと、楪は改めて恭介に頭をさげる。
「その節は、うちのクソリーダーがお世話をおかけしました」
「いや、君が頭をさげるような理由もないし」
恭介は、慌ててそういう。
「で、君たち。
あの奥村とうまくやれてるの?」
「リーダー、アホですからね」
楪は、忌憚のない意見を述べる。
「状況判断能力が雑っていうか、私見や偏見で見る目が曇るタイプ?
その辺は、まあこの三人でフォローして、うまく使っています。
こっちも、前衛は欲しいわけで」
どうやら、このパーティの主導権を握っているのは、奥村ではなくこの三人らしいな。
と、恭介は判断する。
あるいは、これくらい図太い性格でないと、奥村とパーティは組めないのかも知れない。
「問題がないようなら、なによりだ」
恭介はいった。
「君たちのパーティ、このダンジョンに挑戦したことある?」
そう問いかけたのは、他に無難な質問を思い浮かばなかったからだ。
「ほぼ毎日、入っていますね」
楪はいった。
「というか、レベル八十代後半のパーティは、だいたいここも巡回しているんじゃないかな?
ポイントと経験値を溜めるのに、ちょうどいいんで」
「モンスターの強さ的に、レベル八十代後半がちょうどいい感じなの?」
「安全を重視するなら、九十以上は欲しいところですね」
楪は、説明してくれる。
「といっても、九十越えているプレイヤーはいくらもいなんで、みんな、ここみたいなダンジョンでレベルあげに勤しんでいるところ、ってえか。
多分、今並んでいるパーティも、かなり短時間で入っていくと思いますよ」
パーティの入れ替わりが激しいということは、つまりは、それだけ少ない戦闘回数で、ダンジョンから脱出しなければならない、ということで。
このダンジョンを試験の場として選んだのは、どうやら正解だったようだ。
と、恭介は思う。
モンスターがあんまり弱くても、試験をする意味がなくなる。




