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「まとめると」
うどんを啜る合間に、彼方がこれまでに聞いた内容をまとめる。
「四人は、同じマンションの住人であった、と」
「あの、富裕層向けマンション、ね」
遥は、頷く。
地元民なら、誰もが知っているマンションだった。
「樋口さんはわかるけど、あとの三人も、とは」
「富裕層なのは、うちの親だからなあ」
三和はいった。
「それも、株とか投資でたまたま当たり続けただけの、デイトレーダーあがりの成金だし。
はっきりいってしまえば、うちの両親は、社会になんら、貢献していない。
運がよかっただけの山師、といったところか」
「こちらの親は、設立時に関わったベンチャー企業がたまたま化けて、収入だけはある、っていうか」
浅黄紅葉はいった。
「今は、その企業は辞めて、自分の企業を立ちあげているけど」
「どちらも、三代以上続いているうちは違う、わけで」
樋口は、そんなことをいう。
「少なくとも、うちの親はそういってた。
あんな成金とうちとでは、格が違う、とか」
「子が親の成功を誇り、笠に着て、なんになるのか」
三和は、淡々といった。
「まるっきり、虎の威を借る狐ではないか」
「……そりゃあ、その通り、なんだけど」
樋口はそういってため息をついた。
「元の世界に居た頃は、その親のいうことが、正しいように思えたのよ」
口調が弱いし、どこか拗ねているようにも聞こえた。
「いろいろあったんだねえ」
彼方が、素っ気ない口調で相づちをうった。
ぶっちゃけ、彼方たちにしてみれば、他人事でしかない。
「でも、こっちに来たら、そういうのはもう通じなかった、と」
「そりゃ、モンスターが迫ってきても、親の威光で撃退出来るわけないだろう」
恭介は、直線的なものいいをする。
「この世界を支配しているのは、もっと単純な力関係だ。
元の世界でどうだったとか、いっさい関係ないし」
「まったくもって、その通りなんだけど」
樋口が、恨めしそうな目線を恭介に送る。
「あんた、モテないでしょ?」
「キョウちゃんはわたしのだから、別の人にモテなくてもいいの」
すかさず、遥は立ちあがり、そういって、横から恭介の頭を抱く。
「はい、ハルねー。
暑いから、離れて」
恭介はすぐに、遥の腕を慣れた様子でほどいた。
周囲を確認すると、誰もそのことに関心を持っている様子がない。
つまりは、こういうことが、ここでは日常茶飯事なのだろう。
と、樋口は理解する。
三和たち酔狂連も、樋口の目から見れば十分に変人の集まりなのだが。
このトライデントの三人も、これまで樋口の身近には居なかったタイプの人間だった。
「ねえ、桃木さん」
樋口は、酔狂連の中でも比較的まともな人間に語りかける。
「あなた、この変人たちにつき合っていて、疲れない?」
「リーダーたちが一種の変人であることには、同意しますが」
桃木は、真面目な顔をして頷いた。
「その変人集団をまとめられるのは、自分しか居ないとも思っています。
これでも、マネージャーのユニークジョブを持っていますので」
この子は、こういうタイプか。
と、樋口は納得する。
自分の力量を信じていて、それを振るうことに価値を見いだしているタイプ。
見ようによっては、そのマネージャーも、職人の一種ではあるのかも知れない。
扱う対象は、生きた人間になるわけだが。
「和穂ちゃん、うちのパーティに来るの?」
浅黄青葉が、樋口に無邪気な笑みを向けてくる。
「うちのパーティ、楽しいよ。
みんな、好きなことやってて」
この人は、苦手だ。
と、樋口は思う。
昔から、そうだ。
自分と同学年なのに、ずっと幼く見える風貌と身長。
そして、なにより。
こちらを見る目に、邪気がない。
多分、人間関係ついて、深く考えるという習慣がないのだろう。
この青葉にとって、自分は、単なる昔なじみに過ぎず。
ここ数年、疎遠になっていたことについても、この青葉は、おそらく深くは考えていない。
人間関係について深く考えない、まったく思い悩まない、この青葉のようなタイプが。
樋口は、苦手だった。
「樋口さん、服とか作るって、本当っすか?」
赤瀬が、のほほんとした口調で訊ねて来る。
「だったら、わたしらの服とかも作ってほしいんですけど。
作業着ではなくて、モンスターとか相手にする時の服」
「え、ええ」
樋口は、慌てて赤瀬の方に顔を向ける。
「もちろん、出来るだけご期待に添えるようには、するつもりですが。
具体的には、どういう服装をお望みなのでしょうか?」
「可愛いのー」
「カラフルで」
「丈夫で」
「空を飛んでも下着が見えない」
「箒に乗ることもあるんで、スカートではない方がいいかな」
「動きやすい、いや、動きの邪魔にならないのは、必須条件で」
「あと、洗濯しやすい」
四人は、各々、勝手なリクエストを口にする。
「ええ、と」
少し、引き気味になりながら。
「また、明日以降、詳しく要望を、お聞きしますね」
樋口は、かろうじて、そういうことが出来た。
この四人も、かなりマイペースだな。
と、そう思った。
「彼女、うまくやっていけると思う?」
女子組が風呂場に去ってから、彼方が恭介に訊ねた。
「さあなあ」
恭介は、いった。
「なるようにしか、ならないんじゃないか?」
「そりゃあまあ、そうなんだけどね」
彼方は、恭介の言葉に頷く。
樋口の去就に関しては、彼方たちトライデントに責任はない。
結城紬に約束したのは、樋口に逃げ場を与えることだけであり。
それ以上になにかやりたいのであれば、それは完全に、樋口の自己責任で、ということになる。
恭介が、投げやりに思える態度を取っているのも、別に間違いではない。
トライデントの三人は、樋口について、そこまで責任を持つべき理由がないのだ。
「とりあえず、逃避場所を与えて、助言もして、酔狂連への橋渡しもした」
恭介は、そう続ける。
「その先にどうするのかは、樋口さん次第だろう。
おれたちが彼女に出来るのは、ここまでだよ」
「樋口さん、酔狂連で、うまくやれるかなあ」
彼方は、そういった。
樋口は今夜、とりあえず酔狂連の女子たちと同じプレハブに寝泊まりするという。
その後、どうするのか、明日以降に結論するということ、だったが。
彼方の目には、樋口と酔狂連メンバーとの相性は、あまりよくないようにも、思えた。
「なんで、こんなに散らかっているの!」
酔狂連の女子組が寝泊まりしている、というプレハブに案内され、中に入った途端、樋口は絶叫した。
「たった二、三日でここまで散らかせるって、信じられない!」
プレハブの内部は、壁際に二段ベッドがふたつあって。
それ以外に、中央部にダイニングテーブルが一台と、椅子が四脚ある。
そして、床一面に、紙や冊子、本、なにかの標本らしきもの、金属片、なにかの部品。
など、雑多な物品が乱雑に、隙間なく、転がっていた。
これが、女子の部屋か。
いや、こいつらは、女子力など無縁の連中だ。
樋口は、その場で、そう結論づける。
「みんな、手伝って」
樋口は、宣言した。
「寝る前に、ここ、整理するから」
他の面子は、盛大に不平の声を漏らしたが。
樋口が一瞥すると、途端に静かになった。
本能的に、逆らわない方がいいと、そう悟ったのだ。




