労働力の問題
「ああ、なるほど」
「こう見えるのかー」
魔法少女隊の面々が、例の宝珠を借りて「どう見えるのか」を検分している。
「ツリー状に、現在転職可能なジョブが白く、もう少し頑張れば転職可能になるかも知れないジョブが灰色に見えます」
青山が説明してくれる。
「魔術師、上位職の種類が多くて、びっくりしました。
選択肢が多すぎる、というか」
「戦闘基本職のうちの、一つだしね」
彼方が、そう応じる。
「そこからの発展は、当然、あるでしょう」
「わたしら、まだまだ序盤のキャラだったんだね」
赤瀬がいった。
「あんまり効率ばかり追求するのは、好きじゃないんだけど」
そして赤瀬は、宝玉を桃木に返却する。
「皆さん、この宝玉、使いません?」
桃木はいった。
「オークションに出す前の今なら、マーケット価格でお譲りできますが」
魔法処女隊の面々は顔を見合わせる。
「そんなに、先を急ぐ必要を感じないっていうか」
「今の性能でも、十分に満足しているっていうか」
「転職の条件を自分で探すのも、楽しい」
「先の可能性を覗き見させてくれたことには、感謝します」
四人は、それぞれの理由で買い取りを断る。
「わかりました」
桃木は素直に頷いた。
「皆様は、エンジョイ勢なのですね」
つまりは、そういうことなのだろうな。
と、恭介も納得する。
「それ、そのままオークションに流すの?」
遥が、桃木に確認する。
「そうするのが、無難なようですね」
桃木はいった。
「先に出品されている二つは、とんでもない値段になっていますから。
ここで同じ物品が一気に六つ増えたら、少しは値下がりもするでしょうし」
それはつまり、上位職に転職したいプレイヤーが、それだけ多いということを意味する。
「意外とガチ勢が多いんだなあ」
恭介は、呟いた。
「そりゃ、多いだろ」
三和が、答える。
「獲得出来るポイントが多くなるってことは、今後の選択肢もそれだけ増える。
それだけ有利な位置に立てるということなんだから」
「さらにいうと、今後の生存確率にも影響するよな」
八尾も、つけ加える。
「今はどうやら、プレイヤー全員の生存を条件にしているようだが、その方針もいつ変わるかわかったもんじゃない」
「先行きの不安は、みんな、感じているのでしょうね」
浅黄紅葉がいった。
「誰ともわからない存在に、いつ足元のルールを変えられるのか。
それさえもわからない、不安」
「実際、チュートリアルからダンジョン攻略へ、根幹となるルールがあっさり変えられているしね」
彼方も頷いた。
「今後は、なにをやらされるのやら」
「とりま、こっちとしてはその足元を固めておいた方がいいんじゃない?」
遥が意見を述べる。
「ダンジョン攻略はしばらく、他の、真面目で熱心なプレイヤーさんたちに任せておいてさ。
家とか畑とか、こっちでの生活基盤をしっかりしておこうよ」
「ここで畑をつくるのか?」
八尾が、目を丸くする。
「そういう発想は、なかったなあ」
「マーケットとかシステムが、いつ使えなくなるか読めないって、うちのキョウちゃんがいうから」
遥が説明した。
「だからこの拠点も、こんなにだだっ広い場所を確保しているわけで」
「ああ、なるほど」
三和は頷いた。
「その不安の当否はともかく、筋は通っているな。
マーケットを通さずに生存可能な条件を整えておけば、システムが提供するゲームに乗る理由もなくなるわけか」
「発想が、ユニーク」
浅黄青葉が、そう評する。
「だが、将来に対する保険としては、有効」
「農業以前に、まだ自分の家さえ建てていない状況なんですけどね」
彼方はいった。
「欲をいえば、もっとマンパワーが欲しいところで」
「あるじゃないか、マンパワーなら」
八尾がいった。
「もっとも、単純作業のみ、って、制約はあるがな。
お前らも、人形作りのスキルを取ればいい」
「それは」
恭介はいった。
「割と、いい解決方法かも知れない」
建築から農業まで、労働集約型の労働は、今後もこなす必要があるわけで。
複雑な作業を出来ない、という制約こそあったが、「人形を使って人手を確保する」というは、打開策としてそれなりに妥当に思えた。
翌日。
酔狂連の連中は総出で市街地のダンジョン方面へと出勤していき、恭介たちは全員、拠点に残って人形作りに勤しむことになった。
必要となる部材が多く、スキルを使うにしても煩雑な作業だったが、長期的な労働力解消という目的がある以上、避けて通るわけにもいかない。
「最初の何体かを完成させれば、あとは部材を作るだけでいいんだけどね」
遥がいった。
「組み立て作業は、人形に任せられるから」
「慣れていないと難しいよな、これ」
恭介がいった。
「手とか指の部品、やたら細かいし」
「細かいし、関節が多くて繊細だからこそ、やれる作業も多いしね」
彼方がつけ加える。
「完成した人形が増えれば、どんどん楽になるはずだから。
今日一日くらいは人形を増やすことに専念しよう。
手があまるようだったら、なにか簡単な作業でもさせておけばいいし」
「薪割り、とか?」
「炭焼き小屋とかも、作りたいとは思っていたんだよね」
「あ、あと、ここ木が豊富だから、シイタケ栽培とか試してみたい」
「生木を薪にする、乾燥小屋なんかも欲しい」
魔法少女隊の四人は、人形の部品作りをしながた、それぞれに意見を出す。
「試してみたいことは、多いんだな」
恭介はいった。
「順番に、試していけばいいさ。
まずは人形を増やして、自分たちの家を完成させちゃお」
「おー!」
「おー!」
「おー!」
「おー!」
午前中を費やして、ようやく、各人一人につき、四体の人形を完成させることが出来た。
「はじめてだと、こんなもんかな?」
彼方がいった。
「作業に慣れれば、もっと早くなると思うし」
「人形との付き合い方も学ばなけりゃ、だから」
恭介は、少し疲れた顔をしている。
「結構大変だぞ、これ」
「なにごとも、最初はあるよ」
遥は、例によって楽天的だった。
「徐々に慣れていこう」
昼を少し過ぎた頃、酔狂連の人たちが拠点に帰還する。
「どうやら、今日は攻略完了なしになりそうだ」
帰って来るなり、八尾がそんなことをいう。
「昨日のマップと一致しないとか、騒ぎになっていた。
各ダンジョンにマスターがいて、こちらの動きに応じて対策しているのは間違いないと思う」
「われわれプレイヤー勢は、昨日の初日に三つのダンジョンの攻略を成功させた。
だが、そのことで難易度があがったのは、どうやら確実のようだね」
三和も、意見を述べる。
「むしろ、相手が無防備に近い状態だったゆえに、三カ所のダンジョンを一気に落とせた。
と、そう見るべきだろう」
「毒ガスとか召喚獣は、効果ありませんでした?」
恭介が、確認する。
「それなりにモンスターは倒せたが、一番奥に居るダンジョンマスターのところまでは届かなかったな」
八尾がいった。
「おそらく、重要な場所は、他の区画とか完全に独立させて、侵攻を防いでいるのだろう。
埒があかないので、おれたちは帰って来たが」
「毒ガスとか召喚獣とか、そういった姑息な手段は、どうやら、もう通用しないみたいで」
岸見が、つけ加える。
「結局、これからは、ダンジョンの中に人が入って、こつこつ攻略していくしかないみたいです」
「ダンジョンマスター同士、横の連絡とかあるのかなあ?」
ぽつりと、彼方が疑問を呟く。
「十二カ所のマスターが連絡取り合って対策とかしてくると、かなり面倒なんだけど」
「今の時点では、なんともいえないなあ。
それは」
八尾はいった。
「どっちにしろ、この先、簡単にはいきそうにない、ってのは、まあ確実だ」




