母が娘に見せた青春時代のアルバム
6枚目の挿絵は「イラストで物語書いちゃおう!! 企画」御主催の武 頼庵様よりお借りした、テーマイラスト(1)で御座います。
また、1枚目から5枚目の挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
幼稚園から帰宅した長女の王美竜が私に向かって開口一番に投げかけたのは、何とも意外な質問だったの。
「ねえ、お母さん。うちに御本になっている写真のアルバムってあるかな?」
幼稚園の制服であるベレー帽やベストも脱がずに聞くあたり、余っ程気になっていたんだろうね。
「えっ?いきなりどうしたの、美竜?」
娘が突然こんな質問をしたのは、どうやら幼稚園で行われた卒園アルバム用の集合写真の撮影が切っ掛けだったらしい。
その時に見本として回覧された過去年度の卒園アルバムに、美竜はいたく興味を惹かれたみたいなの。
生まれた頃には既にデジカメやパソコンが当たり前に普及していた現代っ子の美竜にとって、冊子のアルバムは物珍しく感じられたんだろうね。
とはいえ私としては、感心してばかりもいられなかったんだ。
「確かに最近は写真を撮ってもスマホやタブレットとかで見るばかりで、現像してアルバムに貼るなんて久しくやってなかったわね…」
愛娘の写真を撮影するのには人並みに熱心な私だけど、現像や編集については後手後手に回ってしまっていたの。
「ねえ、お母さん!うちに御本のアルバムはないの?」
「分かったわ、美竜。それじゃ、お母さんのアルバムを見せてあげるわよ。」
せっついてくる娘を窘めながら、私は自分のアルバムを披露する決意を定めたんだ。
独身時代を中心とする若き日の写真を集めたアルバムを娘に見せるのは、実は今回が初めてなの。
少し照れ臭いけど、母親になる前の私の事を娘に知って貰うのも、親子の交流の一環として大切だよね。
物珍しさも手伝ってか、美竜は若き日の私の写真に予想以上の食い付きを見せてくれたの。
「この麦わら帽子を被っている人がお母さんだね。何となく面影が残ってるよ。」
「それは確か、中学の時の夏休みに台北へ旅行した時の写真ね。擎天崗大草原の散策中に写して貰ったのよ。」
あの時に笑顔でシャッターを切ってくれた父は、美竜にとっても良き祖父として接してくれている。
今度は私が、美竜と父のツーショット写真のシャッターを切ってあげるのも良いかもね。
「この写真のお母さんなんか、随分と気取ったポーズを取ってるじゃない。」
「それは高校の卒業アルバムに載せた個人写真。せっかくの機会だから、少し遊んでみたのよ。」
改めて見てみると、我ながら随分と浮付いたポーズをしているよね。
写真の中で得意気な笑顔を浮かべている高校時代の私に、一児の母になった今の私を見せてあげたいよ。
「あっ、雪が積もってる!これは何処で写したの?」
案の定と言うべきか、独身時代のスキー旅行で写したのスナップに娘は釘付けだったの。
ほとんど雪の降らない台南市で生まれ育った美竜にとって、白い雪で覆われたゲレンデは物珍しく感じられるんだね。
「それは日本の北海道のスキー場で写した写真ね。結婚前のお父さんとお母さんが、婚前旅行も兼ねて遊びに行ったのよ。」
「じゃあ、この写真はお父さんが写したんだね。若い頃のお父さんの写真は無いのかな…?」
いそいそとアルバムのページを繰る娘の姿を見ていると、胸がキュッと締め付けられてしまう。
何しろ私の夫にして美竜の父である田小竜は、会社の人事で駐在員として日本法人に出向しているのだから。
かれこれ二年も父親と直接会っていないとなると、恋しくなるのも道理だろうな。
そうしてアルバムをいそいそと捲る美竜は、やがてお目当ての一枚に巡り会えたらしいの。
「おっ!あった、あったよ!間違いなく若い頃のお父さんだ!あれ…でも何かおかしいな…」
ところが歓喜の声も束の間、娘は珍妙な顔をして首を傾げてしまったんだ。
「このリュックを背負っている男の人は、確かにお父さんだよね。だけど右にいる女の人は誰なんだろう。お母さんにしちゃ髪の毛の色が違い過ぎるし…」
「ああ…それは大学時代の私とお父さんを写した一枚よ、美竜。お母さん、学生時代の一時期には髪を黒染めしていたのよ。だけど若い頃のお父さんに言われて、結局は地毛の茶髪に戻したのよ。」
派手な顔立ちも明るい茶髪も、どちらも両親から受け継いだ生まれつきの特徴だ。
だけど十代後半の一時期には、この特徴が他の友達より派手過ぎるように感じられたんだ。
それで同級生の清楚で素朴な黒髪に憧れて、ヘアスプレーで染めていたという訳なの。
もしも学生時代に夫から「肩肘張るよりも自然体でいた方が、白姫さんは良いと思うよ。」って言われていなかったら、今でも黒染めしていたのかも知れないなぁ。
そう考えると、人の運命の分水嶺が何処にあるのかは本当に分からないよね。
「それにしても…この写真って他のと何か雰囲気が違うよね。どう言ったら良いのか分からないけど、他の写真より上手く撮れている感じがして…」
「良い所に気付いたわね、美竜。その一枚は、芸術学科で写真を専攻している友達が写したのよ。春をテーマにした写真ポスターの課題が出たんですって。それで友達の縁で、私とお父さんの二人がモデルを引き受けたって次第なの。」
鉄道の中吊り広告をイメージして作られた件のポスターは、そこそこの高評価を指導教授から貰えたらしい。
そうして無事に単位を認定して貰えた友達から、ポスター用に加工する前の画像を記念に焼き増しして貰ったんだっけ。
こうやってアルバムを捲ってみると、あの時の事が鮮明に蘇ってくるよ。
「若い頃のお父さんとお母さんも素敵だけど、咲いている桜も綺麗だね…そう言えば、お父さんが日本から帰ってくるのも桜のシーズンじゃなかったっけ?」
「そうよ、美竜。お父さんの駐在員としての任期が明けるのは三月だから、上手くすれば一緒に御花見が出来るかもね。」
そうして親子三人で御花見の記念写真が撮れたなら、これを機会に娘のアルバムも作ってあげないとね。
この子がアルバムについて聞いてくれなかったら、こうして改めて昔の写真を眺めていたかも分からなかったもの。
いつか成長した美竜がアルバムを捲った時に懐かしくも楽しく感じられるよう、色んな思い出を作ってあげなくちゃ!