急
本日2話投稿です。
「もう良いよ」
「……………………」
伊月が声をかけたが2人から返事がない。
「お〜い、もう喋っても良いよ」
「……………………」
「あれぇ? 2人とも〜? 陽斗〜大上く〜ん、お〜い、戻っておいで〜」
伊月が陽斗の肩を掴んで揺さぶると、ギギギ……とブリキの人形の様に頭を動かして伊月を見上げた。
「なんですか……あれ……」
「え! とうとう陽斗にも見えるようになったの!?」
「いえ、見えてません。見えてませんけど、ぬいぐるみが……」
ぬいぐるみがあんな悲惨な目に遭うなんて聞いてない。あのぬいぐるみは大上だ。アレにはそう見えるように仕掛けてた。もし失敗してアレが此方に気付いてたら――。
最悪の状況を想像してしまい、胃から酸っぱいものが込み上げてくる。
「うっ……」
「あ、大丈夫? トイレ行っておいで」
伊月が言うなり陽斗は駆け出した。狭い部屋に陽斗の嘔吐く声と水音が響く。
さもありなん。伊月もあそこまでグロテスクな結果になるとは想像もつかなかった。陽斗がまだアレの姿を視認していないだけマシな結果だ。こういう時、零感って便利だなとつくづく思う。
ちろり、と先程まで陽斗がいた場所を見下ろす。そこにはまだ大上が両手で顔を覆って蹲って震えていた。
状況から見て大上は何も見ていない。侵入してきたアレもぬいぐるみの成れの果ても。
陽斗は良くやった。大上がもし現場を見ていたとしたらショック所の話では無い。最悪、再起不能になったかもしれない。今はまだ恐慌状態の最中で混乱しているから、もう少し落ち着けば大丈夫なはずだ。
この時、冷静な様でいて伊月も少し疲れていたかもしれない。でなければ流石の伊月でもこんな状態の大上に「大丈夫? あと2日いける?」と鬼のように問えるはずはないのだ。
しまった、と思った時にはもう遅かった。
「お、おれ……し、死んじゃうんだ……っ、しっ、死にたくな……っっ」
「うゎあぁあぁぁあぁぁぁ!!」と声を上げて泣き出してしまった大の男をどうしたものかとオロオロしながら優しく背を摩った。
1人は号泣し、1人は吐きまくっている。
(えぇ……なにこれ……めんどくさぁ)
伊月は面倒見が良い方だと自分では思っているが、そこまで気が長いわけではない。こう泣き続けられると扱いに困ってしまうし、あと2日で何とかして欲しいというのも本音だ。
(でもあと2日でどうにかなるかなぁ。この調子だとどうにもならなさそう)
それならいっそのこと今のうちに手を引いてしまおうか。いつまでも大上にかかりっきりという訳にも行くまい。でも、3日って言っちゃったしなぁと悶々と考えつつ大上の背を摩りながら姿勢を変えると足にコツンと何かが当たった。
「ん? これは――」
◇
こっくり、こっくり。今日も陽斗は教授の声をBGMに舟を漕いでいた。春めいた陽気はとっくに過ぎ去り、今は抜けるような青空が眩しい季節になってきた。じんわり汗をかく気温でも講義室はエアコンが効いていて心地良い。365日お昼寝日和――「って寝てんじゃねぇ」
ペシッと頭を叩かれ目を覚ますと大上がジト目で陽斗を見下ろしていた。
「俺はまた眠らされていたのか……。恐るべしラ○ホーの使い手……!」
「それで爆睡とかスライム以下かよ」
ほんの軽いジョークなのに友人が冷たい。
「ま、まぁ、冗談はさて置き、今日伊月さんのとこに行く日だっけ?」
「そうそ。一緒に行こうぜ」
あの日、伊月が見つけたのは石の玉だった。ちょうどぬいぐるみの成れの果てと同じ大きさのそれを見つけて、これが原因だと確信した伊月は大上を問い詰めた。
大上はそれを「山で拾った」と答えた。
大上は元々アウトドアが好きで登山サークルにも所属している。と言っても中級者向けのコースやキャンプなどを中心とした活動でそこまで本格的では無い。気に入ったキャンプ場があれば、1人キャンプを楽しんでいた。その石はその時に拾ったものだと言う。
「キャンプ場から少し離れた所にハイキングコースがあって、そこで拾ったんです。普段はそういうの持ち帰らないけど、何か気になったって言うか、気に入ったって言うか……」
真円の球は自然には有り得ない形だ。そんな山奥に明らかに人工物であろう物が転がってるのは不自然だ。誰かが意図的に置いたのか、あるいは――。
伊月はそこまで案内するよう大上に言いつけ、翌朝には出発した。何せ悠長に構えている時間など無かった。さっさと石玉を何とかしないと日暮れにはまたアレがやってくる。
伊月から見てぬいぐるみにそう何度も騙されてくれるような生易しいものでは無かった。後2日とは言ったが、出かける以上今日中に何とかしなければ大上は後が無いだろう。大上が拾ったと言う場所を中心に3人で必死に探し、見つけた。
其処は大上が石玉を拾った所から数10m離れた場所にあった。
ハイキングコースから外れ、鬱蒼とした草木を掻き分けて現れたのは岩盤を削って出来た洞窟だった。中には同じく削られて出来た小さな祠と菩薩像、そしてその足元には石玉が供えるように幾つも転がっていた。
「……ここに帰して欲しかったんだね」
そう言って伊月は持ってきた石玉を菩薩像の足元にそっと戻して祝詞をあげた。
そして、その日の夜から件の怪異はピタリと止んだ。
大上は解決したと泣いて喜んだが、伊月は祠や石玉が気になるからもっと詳しく調べたいと言う。
今日は「原因がはっきり分かったからおいで」と呼ばれていたのだ。
「――結局、アレは何だったんですか?」
ソファにゆったりと腰掛け、陽斗が出してくれた甘いコーヒーをひと口含んだ後、伊月は朗々と語り始めた。
「それを語るには、まずあの土地の成り立ちから話さないといけないね」
――――昔むかし、あの山奥には小さな村があった。
村は貧しく生活は厳しいものだった。村人は山から採れる銅を採掘し生計を立てていたが、元々僅かばかりしか採れなかった銅は年々その量を減らして、村人を苦しめた。
ある年、そんな辺鄙な村に旅人が訪れた。貧しいながらも饗してくれた親切な村人に大層感謝した旅人は不作に悩む村人にこう助言をした。
『村人の誰かに山神様になってもらえば良いのですよ』
それは人柱ということか、いくら貧しくともそんな非道は出来ないと村人は拒否した。
『そうですか? いえね、わたしも色んなところを見聞きして旅して来たものですから……余計なお節介を申してしまいましたね』
色んなところ、とは……。
『えぇ、栄えた村も廃れた村も見てきました。栄えた豊かな村はどこも"土地神様"がいらっしゃいましたよ。神様になられるのですから何も悲しいことではありません。それに一人の犠牲で村人全員が助かるのですから良い事ではないですか』
無理強いはしませんがね。と付け加えて旅人は去って行った。
話を聞いた村人は複雑な心境だったが、そうも言っていられなくなった。その後すぐ飢饉が起きたのだ。「人柱を立てよう」と言い出した声に反対する者は少なかった。疲弊が飢えが彼等を凶行に走らせた。
不思議な事に村人が"山神様"に成ると村は豊かになった。枯れかけていた銅が湧くように採れ、畑の実りも良くなった。村人は山神様のおかげだと感謝したが、それも長くは続かなかった。
どうやら山神様の力は衰えていくものらしい。
そう気付いた村人は事ある毎に"山神様"に頼り始めた。
不作が続いた時に、水害が起きた時に、飢饉の時に、何も起き無くとも、もっともっと村が栄える様に。
山神様を不憫に思った誰かが菩薩像を彫った。
菩薩像が濡れない様に誰かが祠を建てた。
祠が壊れない様に誰かが岩を削って雨風を凌げるようにした。
山神様の御魂を慰める様に誰かが菩薩の足元に石の魂を置いた。
そうして大事に大事に山神様を祀り栄えていた村だったが、お上が代わり、産業が興り、大きい戦争があり、近代化が進み、次第に村は廃れ、時代の流れと共に其処に在ったことさえ人々から忘れ去られていった。
「――――そうして、暫く、と言うかここ百年以上人の足が入らなかったんだけど最近のアウトドアブームで自然豊かなあの場所が注目されるようになってキャンプ場やらハイキングコースができ始めた……ってわけ」
想像の範囲を超えた話に陽斗も大上も言葉が出なかった。
「でもねぇ、慰める為って言っても石玉作ったのは悪手だったよね」
「え、何でですか?」
大上が不思議そうに首を傾げる。
「玉イコール魂って意味で作っちゃったからね。逆にこの世に縛り付けちゃった感じ」
「あぁ……」
「大上くん、もうあんな得体の知れないもの持って帰っちゃダメだよ」
「は、はい。ていうか、もう怖くてキャンプとか無理ッス……」
「あっはは! そんな怖がらなくても大丈夫だよぉ〜」
怖がる大上を伊月が笑い飛ばして、場に明るい雰囲気が戻ってきた。しかし、陽斗は真面目な顔でじっと何かを考え込んでいた。
「陽斗? 何、そんな考え込んじゃって」
「いや、大上が石玉拾った所と祠って結構離れていたじゃないですか。何であんな所にあったんだろ……って」
「…………」
「それに祠にあった石玉、数えてないけどパッと見10個くらいでしたよね。でもさっきの話だともっとありそ」
そこまで口にしたところで伊月に「しー」と止められた。
「世の中にはね、知らない方がいい事もあるんだよ」




