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零感大学生の愉怪な日常  作者: 鳥の子
近付いてくるもの
3/6



 

 十六夜伊月という男の行動原理は至極単純で『面白い』か『面白くない』かの凡そ2つに別れる。

 

『面白そう』と思えばそれが子供の噂レベルのものでもどんな馬鹿げた依頼だろうと嬉々として受けるし、反対に『面白くなさそう』と感じたら泣いて縋っても頑として受け付けない。……まぁ、金を積まれれば話は別だが。いつだったか、とある企業の会長が呪われていると騒いでいた時なんかはつまらなそうにしながらも毟れるだけ大金を毟り取っていた。金は大好きなのだ。


 陽斗はそんな伊月の良い面も悪い面もこの1年それなりに見てきた。だから「こんな親身に話聞いてくれるなんて十六夜さん、めっちゃ良い人だな!」と無邪気に耳打ちしてきた大上に何て言ったらいいのか、陽斗は曖昧に頷き返した。


 基本、良い人……ではあると思うのだ。明るく人懐っこく話しやすい。一度(身内)に入れた者には情に厚い所もある。陽斗も身内だと思われていると思う(多分)

 だから大上の事も身内の身内だと思って良くしてくれてると嬉しいのだが、『面白そう』が5割以上を占めている気がして不安だ。なお、その場合手に負えないと感じたら簡単に放り出す。(……まぁ、滅多に無いことではあるのだけど)

 "命大事に"それは確かにそうなのだが、今回は自身の友人の事だ。そうならない様に願うしかない。



 


 茜色に染まっていた空に紺色が混ざり始めた。

 絵の具でぐしゃぐしゃにした様な空が不安な気持ちを表したみたいで、普段なら綺麗だと思える景色もあんな話を聞いた後だと何だか不気味に見えた。


「ここ?」

「……のはずなんスけど」


 大上がアタリを付けた場所に()()はいなかった。念の為……と昨日見た場所も見たけれどどこにもいない。


「伊月さんが出てきたから逃げた……とか?」

「それは無いね。大上くんの家の方に行こう」


『まさか』という信じたくない思いと、『そうなんだろう』という確信がせめぎ合う。

 

 どんどんどんどん大上のアパートに近付いているのにまだいない。まだ、いない。だんだん3人とも口数が減ってくる。焦る。だってもうその角を曲がればアパートに着いてしまう。

 

 その角を曲がれば――――。


「いた」


 この世の恨み辛みを塗り固めた様な、悪意の塊みたいな()()はアパートの少し手前に佇んでいた。


「なっ、んで、こんなに進んでんだよ……!?」


 大上の顔から血の気がサァッと引いていく。


 「しー。驚くのは分かるけど、落ち着いてね。ねぇ、陽斗。()()見える?」


 ()()と指差す方向を見ても、陽斗には何も見えない。そこには帰宅途中であろうお姉さんが歩いているし、車も通っている、いつもの日常しかない。

 元々、陽斗は鈍感を通り越して"零感"だと言ったのは伊月本人だ。陽斗が怪異を視認することが出来ない事を知っているのに、何故聞くのだろうと思いながらも首を横に振った。


「そう……。今日はもうあのまま動くことはないだろうから、とりあえず移動しよう」


 大上も「今日は帰りたくないだろうから事務所(うち)に来ればいいよ」と誘われ事務所へ移動した。



 

「さてさて、思っていたよりもヤバいやつだったねぇ」


 事務所へ戻りコーヒーを飲んで一息ついた所で伊月がそう零した。


「予想よりもだいぶ近かったし、明日にも来そうだね」

「まだ数日は余裕あると思ってたのに、何であんなっ……!」

「う~ん……大上くんこの事を相談したのって僕達が始めて?」

「……はい。こういう話信じてくれそうなのって、しの――東雲と十六夜さんくらいしか思いつかなくて」

「多分それかな。人に話したから、ルールから外れたから猶予が無くなったって事だと思う。……分かりやすく言うと『アタシと2人で会う約束してたのに、友達連れてくるってどういう事なのよ! 許さない!』って感じかな?」

「何ですか、その突然の彼女ムーヴ」


 伊月の間抜けな喩えに思わず陽斗がツッコんだ。奥ゆかしいお嬢さんから束縛女へと華麗なる転身……嫌すぎる。


「いや、約束とかしてねぇし……」


 大上も嫌そうに顔を顰めた。

 

「君にはしてるつもりは無くても絶対何かしてるはずなんだよ。実際陽斗には()()が見えなかった。もしこれが噂の伝播による呪いならいくら零感の陽斗でも君がこの話をした時点で感染して見えるようになってるはずだよ。だから原因は君自身という訳」


 (えっ、俺って感染してないか見られてたの……?)

 

 気になったが、真剣な雰囲気に流石に口を挟めない。

 ここまで説明されて、大上は自分が何か地雷を踏んでしまったんだろうと理解はしたが、全く自覚が無いらしくウンウン呻いている。


「3日! 3日は()()を抑えてあげるから、大上くんは()()が来る前の自分の行動をよぉ~~~~く振り返ってみて」

 

 3日……と頭を抱える大上を他所に「それじゃあ、明日の襲撃に備えて準備するよっ!」と伊月は異様に張り切っている。

 陽斗も伊月を手伝う。零感の陽斗はこういう事でしか役に立てない。陽斗だって陽斗なりに、自分を頼ってくれた友人を助けたかった。

「ねぇねぇ大上くん、御社壊したりお墓壊したり仏像海に沈めたりしてない?」

 偶に聞こえる伊月ののんびりした声と大上の呻き声を聞きながら、陽斗は心の中でそっとエールを送り作業を進めた。




 ――――翌日同時刻。

 3人は大上の住むアパートの一室、大上のベッドの上にいた。男3人シングルベッドの上にギュウギュウ詰めである。

 玄関ドアと部屋の四隅には守りの結界札、同じようにベッドの四隅にも札が貼ってあり、もしも破られた時の為の二重の構えにしている。そしてベッドから少し離れたところには一人暮らしの男の部屋には不相応な可愛らしい、しかし赤い糸でぐるぐる巻きにされたやや不穏な見た目のクマのぬいぐるみがちょこんと鎮座していた。


「あれ、本当に大丈夫なんスか?」


 大上が不安そうに指し示すそれ(ぬいぐるみ)は昨晩陽斗がせっせと作っていた物である。中身には大上の■■と××を入れそれを赤い糸で(以下略)という気持ち悪い代物だ。


「だいじょーぶだいじょーぶ、 見た目は悪いけどちゃんと君を守ってくれるから心配しないで。――――それより、ちゃんと約束守ってね」


 約束――()()が来ている間は伊月が『良し』と言うまで音を出さない、声を出さない。伊月が2人に守って欲しいと言ったのはたったそれだけだった。

 正直、それだけ? と拍子抜けしたのだが、結界とは言っても不可侵ではなく目眩しの様なものだ。約束が守れないなら安全は保証できないとまで言われれば、少し緊張してしまう。


 茜色の空が闇に染まっていく、そろそろ時間だ。

 伊月が人差し指を唇に当てて2人に合図を送り、じっとその時を待った。










 ピンポーン





 インターホンの音に肩がビクリと跳ねた。


 しばらく続く沈黙。

 不安で身を寄せたいが、動いたらベッドが軋んで音が鳴るんじゃないだろうか? 今更だが何故ベッドを避難場所にしてしまったんだ。いや、でもワンルームの狭い部屋だとここしか場所が確保出来なかった。仕方がない、我慢するしかない。我慢、我慢だ…………。

 陽斗と大上どちらからともなく握った手にじっとりと汗が滲んだ。




 ピンポーン




 コンコン…………コンコン…………











 どれほど時間が経ったのだろう。痛いほどの静寂に、もう()()は去ったのかと大上は「ふぅ……」と息を吐いた。




 ドン!!!!!!!




 えっ?


 漏れそうになった声を咄嗟に手で覆って塞いだ。


 ドン!!!!!!!

 ドン!!!!!!!

 ドン!!!!!!!


ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン




「~~~~~~っ!!」


 大上は叫びたくなるのを必死で堪え両手で口を抑える。それを更に上から抑える様に陽斗が大上の頭を胸に抱きかかえた。


 扉を激しく叩かれる度に恐怖で身体が震える。最早、大上が震えているのか陽斗が震えているのか分からない程にガクガクと震え、衣擦れの音さえ伝わるのではと陽斗は更に腕に力を込めた。


 カシャン


 キィ……


 (開いた!? う、嘘だろ!??)


 陽斗の位置から玄関は見えないが今確かにドアが開いた。室内に()()が入ったのだろうか、陽斗には見えない。

 静かになったことと見えないことで陽斗は少し落ち着きを取り戻し始めていた。勢いで大上の頭を抱え込んだが、寧ろ良かったかもしれない。今、大上が頭を上げて御対面なんて事になったらきっと大声で叫ぶだろうから。


 部屋全体を見回すが特に変化はない。

 ふと、ぬいぐるみに違和感を覚えた。あれはこちら側に顔を向けていなかったか? いや、体はこちらを向いているのに顔が逆を向いている? 首が、捻れて……


 ぐしゃ


 柔らかなふわふわの頭がペシャンコに潰れた。


 ぐしゃ ぐしゃ


 手も足も潰れた。


 ぷちっ ぷちっ


 体が捻じ曲げられて巻き付けていた赤い糸が切れていく。


 ぐちゃ


 捻じ曲げられ、折り畳まれ、また潰されて、畳まれて、どんどんどんどん小さくなっていった"それ"は最期には綺麗なきれいな玉になった。


 

 


 




 

  



 

 













「もういいよ」

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