あの夏の日
夏休みが終わって憂鬱な初日。僕はパッソーラを高校のバイク小屋の、MB-XとRGガンマの隣に停めた。教室に上がると去年よりも少なめな、ジェームス・ディーンとマリリン・モンローが僕の方をみて微笑んだ。高校二年の夏休み明けにデビューされた方々は数名。前の年より激減したのは、一昨年から赴任した生活指導がメチャクチャ厳しいのを去年、いやと言うほどみてしまったからだ。
「おはよー」
「おはよー、ってか昨日も会ったしね」トオルがすでに汗を拭きながら笑って指差す先に、茶髪パーマに剃りこみ、細眉毛のミチオが、二本指で敬礼していた。
「デビューしました~!」
「まぁ、朝の一時間目までの、命だけどね」僕は笑った。
体育館での朝礼のあと、それぞれのクラスの担任が頭のテッペンから爪先までなめ回すように、みて回った。僕も色つきのランニングを少し注意されたが明日から気を付けろよと言われて終わり。案の定、ミチオがひっかかった。
「あとで職員室にくるように」定型文で先生に言われても、ミチオは困り顔で笑っていた。こうなることも折り込み済みでこの、初日のショーにかけていたのだから。
昼休みに僕らはいつもの屋上に上がる踊り場にいこうと、弁当と購買部で買ったパンと三角コーヒー牛乳をもって階段を上がっていた。ミチオは虎刈りにされた頭を撫でながらぶつぶつと文句を言っていた。当時の親は先生の側についていたからこんなことされても、今みたいにPTAが噛みつくことはなかった。折り返しの踊り場に着こうとするころ、
「もう!やめてよ!」と、上から女子の声。僕ら三人は顔を見合わせて、目配せすると、息を殺してそろりそろりと階段を上がった。そーっと手すり越しに覗こうとしたら、上からサッカー部の三年生の超有名なスケコマシが顔を出した。
「どうした?」そういうスケコマシによっぽど、「どうしたってこっちの台詞だよ」と、言ってやりたかったが年功序列の縦社会の時代だったから、
「いや、僕らいつも、ここで昼飯食ってるんで。あっ!か、帰ります~」
「いや、いいよ。終わったし」先輩はそういうと一人でそそくさと帰っていった。僕らは恐る恐る階段を上がって、それでも少しだけ期待して踊り場をみると、キチンと制服を着た、上履きの色から三年生だとわかる女子がうつむきながら立ち上がって、壁に体をこすり付けるように、僕らを避けて下っていった。
「なんか、匂った?」
「いや、なんも」
「がに股でもなかったよな?」僕らの間では、初めてのあとは、がに股歩きになるらしいと、噂されていた。
そんなこんなで食べ終わる頃に、さっきのスケコマシ先輩が顔を出した。
「さっきはどうも」
「は、はい?」僕らはどぎまぎした、口止めに来たんだと思った。三対一なら、なんとかなるけど、そのあとの三年生のお礼参りが怖いから大人しくしていた。
「お前らさ、みたくないか?」先輩の意味深なセリフと目配せに、何事か色気づいたものを感じた僕らは、
「み、見たいです」と、にべもなく答えた。
「今夜、学校に来いよ・・・」
なんとか家を抜け出した僕は学校のそばでバイクのエンジンを止めた。チャンバーマフラーはバリバリうるさかったからだが、静かにしなくても学校の回りは田んぼだらけで、カエルの合唱が始まってうるさかった。今夜、真ん丸月夜に雨など降るはずもなく、徒労に終わるとも知らずにご苦労なカエルさん達だった。プラスチックだらけのスクーターは軽く、ボクの足取りはさらに軽く、学校の門の前にすぐついて、停めた。すでに二台のバイクは止まっており、少し離れたところに、一台のヤマハRZとワインカラーのホンダタクトが止まっていた。僕は門を乗り越えると、クラスが入ってない別棟の一階の端っこの窓に、手を掛ける。先輩の言う通り、開いていた。アルミサッシに手を掛けると砂が着いた。少し、焦りを感じたから、足早に言われた教室の前に腰を屈めてたどりつく。トオルとミチオがいた。スライドドアが開いていた。二人はそこから上下に頭をのせて覗きこんでいたが、僕に気づくと、振り向いて、首を振った。僕も覗いて、その意味を知った。
月の明かりは窓から射し込んでいたが、かんじんかなめのそのアレは廊下側の薄暗い方を向いていて、見えなかった。誰もプロフェッショナルみたく懐中電灯なんかは持ってきてないから、お互いの顔をみるしかなかった。これで一人千円は痛いなと三人の誰もが思った、そのときだった!灯りが、灯りがその、アレのアレを照らし出したのだ!
「おぉっ!」声なき声をあげながら僕らは歓喜にうち震えた。しかし、その照らし出した灯りは、ザ・総合警備保障の車だった。
しこたま、怒られたが、学校には黙っといてやると、大岡裁きに救われた僕らは、スケコマシ先輩に千円を払うこともなく、帰途に着いた。
忘れない、あの夏の日。