第8話 怪異ミイラ怪人の締まる包帯
宇須美町は、山と海に挟まれた美しい港町である。
町の北側に、上から見ると平仮名の『へ』のように見えるへの字山が広がっている。
への字山のふもとの駄菓子屋の前で、青年と二人の女子中学生が立っていた。
女子の一人が、地面に置いていた封筒のようなものを拾い上げた。
そこには『日光カメラ』と書かれていた。
「なぁ、零司さん。そろそろいいだろ。これ、開けてみるぜ」
海堂ノノが紙のケースから中身を取り出すと、印画紙にマンガのキャラクターが青く写っていた。
原科ヨツバも別の『日光カメラ』から紙を取り出した。
「お、ちゃんと写ってるぜ。おもしれー」
「……こっちもほんとに写ってる。ウチ、こういうの初めて。こんなに簡単にできるんだね」
ふたりの喜ぶ様子を見て、零司も微笑んだ。
「これは光があたると色が変わる紙を使っているんだ。原始的な写真のしくみなんだよ。でもちゃんとした現像じゃないから、時間がたつと絵が見えなくなるけどね」
「零司さん、これって漫画の絵をうつすだけなのか? カメラって書いているけど、風景とかは撮れないの」
ノノがきくと、零司はちょっと考えて答える。
「結論から言うと、可能だ。ピンホールカメラっていう昔のカメラを使えばね。ちょうど写真屋さんが来ているから聞いてみるか」
礼二は駄菓子屋にきていたお客のおばさんに声をかけた。
零司が日光カメラのことを相談すると、写真屋のおばさんはにっこりと笑った。
「ええ、ええ。なつかしいわね。やり方はわかりますよ。よかったら、この近くのうちの写真館に来てみる? 道具はそろっているわよ」
「え? いいの。わたしは行きたいぜ。ヨツバはどうする?」
「……ウチも行く」
* * *
ノノとヨツバはおばさんについて、古びた写真館にやってきた。
二人は中に通された。
椅子に座って待っていると、おばさんは奥の方から黒い箱のようなものを持ってきた。
箱の一方に小さな丸い穴が空いている。
「これがピンホールカメラよ。こっちをみてごらんなさい」
「なんだこりゃ。何か映ってるぜ」
「……これ、そこの壁が映ってる。でも、逆さになってるよ」
おばさんは箱カメラをノノに渡した。
ノノは部屋のあちこちにカメラを向け、映り方を試している。
その間におばさんは壁の横に椅子を置き、大きなクマの人形を載せた。
「それじゃあ、今回はこのクマさんの写真を撮ってみましょう」
日光カメラの印画紙を箱カメラにセットして、クマの方向に向けておいた。
「10分ぐらいかかるから、その間にうちの写真を見てってよ」
おばさんは壁にかかっている写真を示した。
さっそく二人は順番に写真を見ていった。
宇須美町の風景や港の写真があった。ウミガメがいる砂浜の写真もある。
近くの動物園でのライオンやトラの写真もあった。
展示された写真の中で、ヨツバは川船が写ったものが気になったようだ。
「……おばさん、これって宇須美川だよね。漁をしているところ?」
「ああそれ? ウナギの稚魚を放流しているところよ。あの川はウナギもとれるのよ」
「……そうなんだ。あ、こっちのは宇須美川の川下りだよね。ウチ、やってみたい」
ヨツバが示したところにはゴムボートにオールを持った人が乗っている写真と、客を乗せた四角形のボートの写真があった。
これにはノノが答えた。
「左のは宇須美川の上流での川下りだぜ。わたしもやったことあるぜ。でも右の写真はこの町の別の川だな。町内が小さい川で挟まれてて、島みたいになっているところをぐるっと回る遊覧船だぜ。こんど一緒に乗ってみようぜ」
「……うん。ウチもその船に乗ってみたい。あ、ノノちゃん。この写真は『宇須美よさこい』だよね。ウチ、まだパレードは見たことないんだ」
「そうなのか。わたしはパレードに参加したことあるぜ。夏になったらヨツバも一緒に出てみようか」
ふたりはしばらく写真を見ていたが、ヨツバはふと1枚の白黒写真が気になって足を止めた。
初老の外国人の写真だ。ノノはこの人物を知っているようだった。
「へへっ、その人はルイス先生だろ。への字山に銅像があるぜ」
「……ウチ知らない。だれ? 有名な人?」
ノノの声に、ヨツバが首をかしげた。
おばさんが説明を続ける。
「これは私が生まれる前の写真ね。この写真館ができたばかりの頃に撮られたものよ。イギリス人のホセ・ルイス先生。町の学校で英語を教えてて、学校をやめたあともこの町で暮らしたの。マザーグースの唄を英語でよく歌われていたらしいわね。先生がこの町を題材にして作った英語の詩が、イギリスでも紹介されたそうよ」
「駄菓子屋の零司さんの歌、この先生の影響も入ってると思うぜ」
「さ、そろそろ写真がとれたかしら」
おばさんは箱カメラの穴にフタをした。
「せっかくだから、暗室で現像定着させておくわね。そうすれば写真が消えずにとっておけるから。あとで射手舞堂の零司くんにわたせばいいかしら」
「それでいいぜ。あの駄菓子屋にはいつも行ってるぜ」
「……よろしくお願いします」
ふたりが写真館をでると、町の大通りの方で悲鳴と破壊音が聞こえた。
ノノとヨツバは一瞬顔を見合わせ、駆け出した。
思った通り、槍の女フォークダンスの姿があった。
「わーっはっはっはっ! 行くのだ! ミイラ型怪人マミー・アズルー。この町の人間たちを恐怖に落として、マイナスオーラを闇海王メグダゴン様にささげるのだ!」
隣にはミイラのような包帯を全身に巻いた怪人がいた。
「ミーラミラー! ミラレタッテ、ワタシワルクナーイ。キャハハハハーー」
ノノが左手を見るとダイヤ型の痣のようなマークが浮かんでいる。
同じように、ヨツバの左手にもクローバー型のものが現れていた。
「ヨツバ。初陣だけど、行けるよな?」
「……うん。ノノちゃん、ウチ頑張る!」
ふたりは両手を前に出し、親指と人差し指の先を合わせて三角形を作った。
「マリンパワー・チャージアップ!」
「サバンナパワー・チャージアップ!」
両手の間に三角形の光が現れた。三角形がクルリと半回転し、六芒星となる。
そこからあふれ出る光の奔流が、ふたりの身体を覆い隠した。
ヨツバの背後に黄金色に輝く草原のイメージが浮かび、真っ白なトラが駆けてくる。
トラの姿が小さくなり、銀色のカチューシャに変わった。
中央部にはライオンを模した飾りがつき、サキの額に装着される
光の中から二人の魔法少女が飛び出した。
そして二人は、ミイラ型怪人の前に立つ。
「待てぇい! セーラー服魔法少女イーカポッポ、ここに参上!」
「同じく、ターンポッポ参上! この世の悪事をやめさせる。私たち……」
「「セラレンジャー!」」
ふたりは両手を胸前でクロスしてポーズをとった。
「また出おったセラレンジャー。しかも、こんどは見ない顔もいっしょなのだ。いくのだ、マミー・アズルー!」
「ミーラミラー! キャハハハハーー」
包帯の鞭を振り回すミイラ型怪人。
イーカポッポはそれをかわして接近し、両方の手のひらで諸手突きを放った。
ミイラ型怪人はヨロヨロと後ろに下がる。
ターンポッポは槍の女フォークダンスに向かって、連続で回し蹴りを放っていた。
フォークダンスは軽くかわしながら笑った。
「ふっ、おそすぎるのだ。その程度のスピードでは私には当たらぬのだ」
「……うるさいっ。ウチは思いっきり、あんたに恨みがあるんだよ! えいっ」
ターンポッポが宙返りしてカカト落としを放つ。
しかし、フォークダンスの槍の柄で受け止められた。
さらに槍の柄の一撃を受けて吹き飛ばされた。
「きゃっ」
「ターンポッポ! ぐぅっ!」
イーカポッポは思わず振り返ってしまい、そのスキを突かれて包帯を首に巻きつけられた。
とっさに左腕を首横において、締められるのをふせいでいた。
「ミーラミラー! キャハハハハーー」
怪人が包帯を引き、イーカポッポの身体ごと大きく振り回した。
そして、投げ飛ばされた。
「わーっはっはっはっ! セラレンジャー! ここがキサマらの墓場なのだ!」
ミイラ怪人の包帯が伸びたままで固定され、刃物のようにギラリと輝いた。
倒れているセラレンジャーにせまっていく。
その時、複数の黒い礫のようなものが上空から飛来した。
礫はマミー・アズルーの足元でパパパパン!と炸裂した。
「誰なのだっ! どこにいるのだ!」
フォーク・ダンスが周りを見回すと、どこからかギターのゆっくりとした調べがきこえてくる。
その方向を見ると、近くの電信柱の上に人影があった。
黒の燕尾服に黒のシルクハットを被っている。
こちらに背を向けて、黒く長細い旅ギターを鳴らしていた。
黒いマントが風になびいている。
黒衣の者は演奏を止め、振り返った。
帽子をかぶった顔は目も鼻も口もなし、つるりとした焦げ茶色の玉子型の仮面をつけている。
「スカッと参上、スカッと回復。さすらいの回復師ハティ・ダンディ、ここに推参!」
黒衣の玉子仮面は電柱から飛び降り、セラレンジャーたちの横に降り立った。
「しっかりしろ、セラレンジャー。本日の回復アイテムはこれだっ」
黒衣の仮面は駄菓子の『たまごボーロ』の袋を出した。
「……ありがとうございます。ハティさん。いただきます」
「おう、今日のお菓子もうまそうだぜ。いただきまーす」
セラレンジャーは袋をあけ、ボーロ菓子を口に運んだ。
さくさくの食感とほどよい甘さ、くちどけの感触が気持ちいい。
「……うわぁ、おいしい。ウチ、パワー全開です」
「こっちも回復したぜっ。やってやれっ、ターンポッポ」
「セラレンジャー! 今の幸せな気持ちを光に変えて、あの怪人を闇から解き放て!」
「……はいっ! ウチやります! ポッポロッド!」
ターンポッポの背中からチョウの羽根に似たオーラが広がった。
その左手の上に黄色に輝く光球が現れた。
イーカポッポがミイラ怪人に駆け寄り、その足元に両手をついて超低空での足ばらい。
たまらず怪人は転倒した。
「アババイボール・フラッフ・シュート!」
左手の光の球を軽く放り、ラケット型の杖を振るった。
光球はタンポポの綿毛のようにたくさんの小玉に分裂し、怪人に向かって飛んだ。
そして、多数の光る玉が連続して怪人マミー・アズルーに命中した。
「ミーラミラー……。なんだか気持ちよくなってきたかも……」
怪人マミー・アズルーの姿がぼやけたようになり、どこかに走り去っていった。
「ああっ、またしてもこうなったのだ。なぜみんな私を置いて行ってしまうのだ。おのれ……。かくなるうえは私の槍で……」
フォークダンスが槍を構えたその時、彼女の額の宝石が赤く点滅した。
「くっ……。またもや時間切れなのだ。セラレンジャー、覚えていろよ。次こそキサマ達を倒すのだ!」
フォークダンスの背後の空間が割れて、暗い闇の世界が広がっているのが見えた。
そこへ彼女が飛び込むと、割れた部分が何事もなかったかのように元に戻る。
「……はぁ、はぁ……。なんとか勝てた」
「ターンポッポの初勝利だぜ。……あ、ハティの兄ちゃん、またいなくなってるぜ」
変身を解いた二人は、残ったボーロの袋を開いた。
* * *
少し離れたところのビル陰で、黒衣の玉子仮面は女性の話を聞いていた。
「わたし、コンビニで化粧品を万引きしたって言われたの。何もやってないのに……」
女性が訪れたコンビニエンスストアで、私服の万引きGメンと称するおじさんに捕まったそうだ。
店の従業員もおじさんの方を信用しているのか、まともに話をきいてくれない。
もちろん、カバンからも衣服からも盗んだとされる商品は見つからなかったため、警察沙汰にはならなかった。
ただ、「こっそり返しただけだろう。バレなければ盗んでいただろう」とされて、生徒手帳のコピーまで取られたそうだ。
家族や学校に知られたら大変なことになる。
そう思って誰にも相談できずに困っているときに、槍の女が現れて何か術をかけられたようだ。
「君は何も悪くない。後は我に任せるがよい。必ず君の無実は証明されるだろう。君にこれをあげよう」
仮面男は駄菓子の『エンピツ型サラミ』の袋を女性に差し出した。
「駄菓子には人を幸せにする力があるんだ。これを食べて元気を出すがいい」
女性が菓子袋を受け取った。
仮面男は一歩下がり、どこからか黒い玉子を出して頭上に掲げた。
「への字山のふもとに、町で一番大きな駄菓子屋がある。いちど行ってみるといい。ではさらばだ。君の人生に幸あれっ!」
仮面男の右手の玉子が割れて、黒い煙がその姿を覆い隠した。
煙が晴れたそこには、もういなくなっていた。
「ありがとう、玉子の人」
菓子袋を胸にかかえて、女性はつぶやいた。
* * *
町の北側に大きく広がるへの字山。
そのふもとに大きな駄菓子屋『射手舞堂』があった。
駄菓子屋のレジに立つ青年、児玉零司に紺のスーツを着た男性が話しかけていた。
男性の背広の襟もとには金色のバッジが輝いていた。
「零司君。私も同じ案件で別の被害者からも相談を受けてるんだ。その自称万引きGメンって、常習犯だよ。無実の人を犯人扱いして、駅前のスーパーでは出入り禁止になってるんだ。最近はコンビニでやらかしている」
「俺は思うんですけど、怪人より人間の方がひどいって感じることもありますよね」
「同感だよ。でも、人間も捨てたもんじゃないさ。零司くんもお嬢ちゃん達もがんばってんだろ。で、例の偽Gメンだけど、これから被害者の会を結成して訴訟を起こすよ。やらせたままのコンビニの店長や運営会社にも責任はあるしね」
「お願いします。弁護士さん。いてもうてください。くだんの女性ですが、さっきカルパスの箱を買ってお帰りになりました。弁護士さんの名刺を渡しておいたので、のちほど連絡がいくと思います」
その男性が駄菓子屋をでてしばらくすると、モルモット型のぬいぐるみを抱いたイオリを先頭にいつもの四人組が入ってきた。
中学校からの帰りのようで、制服のままであった。
「やあ、イオリちゃんにノノちゃん、サキちゃん、ヨツバちゃん。いらっしゃい」
「やっほー、零司くん。またきたよー」
「おいーっス。零司さん、今日も来てやったぜ」
「こんにちはですの、児玉さん」
「……こんにちは。零司さん、写真ってできてますか」
ヨツバが聞くと、零司は封筒をヨツバに差し出した。
中を開くと、クマの人形が写った青い写真が入っていた。
ヨツバはみんなに写真を見せた。
「へー。思ったよりちゃんと写ってるんだぜ。こりゃすごいや。さすがプロだな」
ノノが感心したように言った。
零司は箱カメラを取り出した。
「写真館のおばさんがピンホールカメラを借してくれたよ。専用の感光紙が一枚だけ入っているんだ。一枚なら現像もしてくれるって」
「……それじゃあ、みんなで入って写真撮ろうよ」
ヨツバの言葉に、ノノが首をかしげた。
「ちょっと待て、ヨツバ。そのカメラって十分くらい動けないんだろ。きつくないか?」
「ノノさん。十分なら大丈夫ですの」
「せっかくだから、やるっきゃないない。あ、零司くん。オモチャ借りるね」
店の隅でイオリはモルモットのヌイグルミに巻き笛を持たせて立った。
ノノは火薬ピストル、サキはヨーヨー、ヨツバは紙風船を持っている。
零司は彼女達が入るように調整して、台に箱カメラを置いた。
「それじゃあ撮るよ。にっこり笑って。はい、そのまましばらく動かないでねー」
零司は箱カメラのフタを開けた。
イオリたちは十分間、なんとか耐えきった。
途中でヒヤッとする場面もあった。
ヨツバの紙風船が風で飛ばされそうになり、つられてサキがヨーヨーを取り落としかけた。
ノノがくしゃみが出そうになって、あやうく引き金をひきかけた。
なぜかイオリのヌイグルミが持つ巻き笛が、音を立てて伸びたりした。
零司がカメラのフタを閉じると、イオリたちは「やっと終わったー」と疲れたような声を出していた。
それからノノとヨツバとサキはボーロのコーナーに足を運ぶ。
イオリは、オモチャコーナーで見つけた赤いプラスチック板が気になったようだ。
その板にはいくつかの曲線状の穴が空いている。
「零司くん、これなーに?」
「知らないの? 『マンガ定規』っていうんだよ」
零司は開封してあったサンプルの『マンガ定規』と、紙と鉛筆をイオリに渡した。
「紙の上にマンガ定規を置いて、真ん中の印に鉛筆でチェックを入れて。そうそう」
イオリは定規の上半分の穴を鉛筆でなぞった。
零司の指示で定規を180度回転し、さっきと同じ要領で穴をなぞる。
定規を離すと、紙にはマンガのキャラクターの絵ができていた。
「わ、おもしろいね。零司くん、他に空いてる定規があったら貸して。それと、またいつものBGMおねがーい」
「いいよ、では一曲」
零司はミニギターを持ち、弾き語りを始めた。
タリホータリホー 追いかけろ
いたずらギツネを 追いかけろ
タリホータリホー 捕まえろ
網を使って 捕まえろ
タリホータリホー 閉じこめろ
木箱のフタに カギしめろ
タリホータリホー どこいった
いたずらギツネは どこいった
次回、『第9話 恐奇ユニコーン怪人のするどいツノ』、悪意の噂に心痛める者に幸あれっ。
零司くんの歌うマザーグース"Tally-ho! tally-ho!"の原詩はこちらです。
Tally-ho! tally-ho!
A-hunting we will go,
We will catch a fox
And put him in a box,
And never let him go.
歌詞は零司くんがアレンジしてて、原詩と意味が違っています。
著作権の切れているむかしむかし浦島は、のフシで歌えるかも




