第7話 妖魔トカゲ怪人のうごめく尻尾
宇須美町は、山と海に挟まれた美しい港町である。
町の東部には日本有数の川幅を持つ宇須美川が流れており、町の南側に面した海につながっている。
「……うわー。この川って実際に見るとすごく広いね。ウチ、これを川だと知らないで見てたら、湖かと思っちゃうよ」
土手の上から宇須美川を眺めた中学生の原科ヨツバが、驚いたように言った。
ここまで案内をしてきた空井イオリは笑った。
「ははは。ほんとに広いよね。遠方から来た人は、これ見て海だと勘違いした人もいるんだって」
河川敷も広くとられており、少年たちが野球をしているのが見える。
離れたところにはバスケットボールのハーフコートもあり、ストリートバスケを楽しんでいる子達が見える。
川下から気持ちの良い涼しい風が吹いてきた。
海が近いため、ほのかに潮の香りも混じっている。
シギというクチバシの細長い鳥が数羽、川べりから飛び立つのが見えた。
「……イオリちゃんも、他の所からこの町に引っ越してきたんだって?」
「そうだよ。あたしも小さい頃はこの町に住んでたんだけど、小学校のときに他の県に引っ越したの。中学になって戻ってきたんだよ。ノノちゃんとサキちゃんとは、中学に入ってから友達になったんだ」
「……そうなんだ。ウチもノノちゃんサキちゃんとも友達になれてよかった。やっぱりあの人のおかげかな……」
ヨツバは、ふと思いついたようにイオリを見た。
「……イオリちゃんって、駄菓子屋の零司さんとずいぶん仲が良さそうだね。零司さんとも、イオリちゃんがこっちに引っ越してから知り合ったんでしょ?」
「それなんだけどね。あたし、小学校の一年生の時に零司くんと会ってるんだ。その時に危ないところを助けてもらったの」
「……そっか。そんな頃からイオリちゃんは、あの人に助けてもらってんだ。あ、もしかしてイオリちゃんって、零司さんのこと好……」
言いかけると、イオリは顔を赤くしてヨツバの背中をペシペシと叩く。
「やだなー、そんなんじゃないよー。たしかに零司くんはあこがれの人だけど、あたしが本当に好きな人は別にいるから……」
「……え? だれ? どんなひと?」
「やだ、恥ずかしいな。いや、実はあたしも正体はよく知らないんだけどね。あたしがピンチの時にいつも助けてくれる、真っ黒な服の玉子様……」
「……はぁ?」
ユツバの目が半眼になった。
小声で「気づいてない? いやいや、気づかない方がおかしい。でも、まさかサキちゃんも気づいてないとか……」とつぶやいた。
そんなヨツバに、イチカは頭に特大の疑問符を浮かべた様子だった。
その時、「きゃー! お化けがでたー」という悲鳴が聞こえた。
河川敷を見ると、槍を持つ女と剣を持ったトカゲ型の怪人が歩いていた。
子供たちが蜘蛛の子を散らしたように逃げていくのが見える。
「行くのだっ、ニホントカゲ型怪人リザド・アズルー。人間たちを恐怖に落として、マイナスオーラを闇海王メグダゴン様にささげるのだ!」
「リーザリザー。アタシハオバケダー。カイブツダー。キャハハハハーー」
トカゲの怪人リザド・アズルーは剣を振るい、バスケットゴールの支柱を叩き切った。
倒れたバスケットゴールのカゴの部分にも、怪人の剣が振り下ろされた。
イオリがギュッと拳を握る。左手の甲にハート型の模様が浮かんだ。
「ヨツバちゃん、先に逃げてて。あたしは後から行くから」
「……え? でも……。うん。わかったよっ。イオリちゃんも気をつけて……」
ヨツバが逃げたのを見届けて、イオリは走り出して公衆トイレの裏に隠れた。
イオリの隣でモルモット型の妖精がふよふよと浮かんでいる。
「イオリちゃん、ひとりじゃ危ないケビ。ノノちゃんとサキちゃんを呼ばないケビか?」
「今から呼んだんだと間に合わないよ。あたし一人だけど、やるっきゃないない!」
イオリは両手を前に出し、ピンと伸ばした両方の親指と人差し指の先を合わせ、三角形を作る。
「スカイパワー・チャージアップ!」
両手の間に三角形の光が現れた。三角形がクルリと半回転し、六芒星となる。
そこから光の奔流がイオリの身体を覆い隠した。
セーラー服に似た装甲をまとい、額には鳥を模したカチューシャ。
魔法少女の登場である。
彼女は、ひとっ跳びで怪人たちの前に降り立った。
「お待ちなさい! セーラー服魔法少女ハートポッポ、ここに参上! この世の悪事をやめさせる。私たち、セラレンジャー!」
ハートポッポは両手を胸前でクロスしてポーズをとった。
「わっはっはっ。出おったな、セラレンジャー。キサマひとりでどうにかなると思ったか。行けい、リザド・アズルー! ハートポッポを斬り刻んでやれっ」
「リーザリザー。キャハハハハーー」
トカゲ型怪人は剣を持ちあげた。
ハートポッポは地を蹴って、怪人に向かって駆け出した。
* * *
公衆トイレの陰から、妖精マロンがハートポッポの様子をうかがっている。
「ハートポッポ、本当にひとりだけで大丈夫ケビか? 心配ケビ」
「……ねぇ」
「ケビ!」
急に後ろから声をかけられ、マロンはビクッとなった。
マロンが後ろを見ると、原科ヨツバが真剣な顔で立っている。
彼女は左手の甲をマロンに見せた。
「……今は消えてるけど、さっきウチの手にイオリちゃんのとよく似たマークがでたよ。……妖精さん、ウチはどうすればいい?」
「えっ。ってことは、ヨツバちゃんが四人目の資格者ケビ?」
* * *
駄菓子屋の店先で、児玉零司は自分の左手を見た。
円形の痣のようなマークが出ていた。
彼は店の中にいる年配の男性に声をかけた。
「源さん、ちょっと出てきます。すんません。しばらくの間、店番を頼めますか?」
「お、出動か。ええでぇ。ここはワイに任せときぃ。自分も気ぃつけて行きや」
零司は店の横に置いてある電動クロスバイクにまたがった。
アシストモードを最高にしてペダルを踏みこむ。
「いくぞカク! アンダーグラウンドパワー・チャージアップ」
地面から黒い霧のようなものが吹き出て、零司の身体を自転車ごと包みこんだ。
* * *
宇須美の河川敷では、ハートポッポが怪人と戦っていた。
「いくよっ! ポッポロッド! キャイガーボール!」
ハートポッポは左手に浮かんだ赤く光る玉を、ラケット型の杖で打ち出した。
トカゲ怪人のシッポに光る玉が命中して、シッポがちぎれた。
しかし、シッポの断面はすぐに伸びて再生した。
「そんなのあり? ズルい」
「リーザリザー! キャハハハハーー」
トカゲ怪人は背が高く、腕も長い。
上段からハートポッポめがけて、剣を振りおろしてきた。
「ポッポバリアー……」
バリアで怪人の剣を受け止める。
が、二撃目でバリアにヒビが入り、三撃目で切り裂かれた。
「きゃっ」
慌ててよけたが、かわし切れずに剣が身体をかすめた。
トカゲ怪人の連続で振るう剣を、必死でかわすハートポッポ。
直撃こそないものの、トカゲ怪人の追撃でだんだん傷が増えていく。
* * *
公衆トイレの裏でヨツバは両手を前にだして立ち、人差し指と親指で三角形を作っていた。
「……ねえ、マロン。ウチ、言われた通りやってるけど、ぜんぜん変身できないよ。……何か間違っているのかな」
「たぶん時間切れケビ。紋章がでてきてから、すぐじゃないとセラレンジャーに変身できないみたいケビ」
「……どうすんのよ。このままじゃ、イオリちゃんが……」
話をしているとき、人の気配を感じた。
公衆トイレの上に誰かがいるようだ。
ヨツバが見上げると、長い髪の毛のようなものが一瞬だけ見えた。
* * *
ハートポッポは地面に倒れていた。
苦しげな顔でなんとか立ち上がろうとしている。
そこに剣を振り上げたトカゲ怪人が迫る。
その時、どこからか複数の黒い礫のようなものが飛来した。
黒い礫は怪人リザド・アズルーの足元でパパパパン!と炸裂した。
「誰なのだっ! どこにいるのだ!」
フォーク・ダンスが周りを見回すと、どこからかギターのゆっくりとした調べがきこえてくる。
その方向を見ると、近くの公衆トイレの上に人影があった。
黒の燕尾服に黒のシルクハットを被っている。
こちらに背を向けて、黒く長細い旅ギターを鳴らしていた。
黒いマントが風になびいている。
黒衣の者は演奏を止め、振り返った。
帽子をかぶった顔は目も鼻も口もなし、つるりとした焦げ茶色の玉子型の仮面をつけている。
「スカッと参上、スカッと回復。さすらいの回復師ハティ・ダンディ、ここに推参!」
黒衣の玉子仮面はトイレの屋根から飛び降り、倒れていたハートポッポを助けおこした。
「ハティさん、ありがとうございますっ……。痛たた……」
「しっかりしろ、セラレンジャー。本日の回復アイテムはこれだっ」
黒衣の仮面は駄菓子の『ひとくちういろう:抹茶味』をハートポッポに渡した。
「わかりました。いただきます」
ハートポッポは袋をあけ、中のういろうを口に運んだ。
もちもちの食感にほどよい甘さ。抹茶の風味が心まで染み透る。
「力が湧いてくる! おいしいって、幸せです! ついでに、好きです!」
「セラレンジャー! 今の幸せな気持ちを光に変えて、あの怪人を闇から解き放て!」
「はいっ! やるっきゃないない! 気合いだー」
ハートポッポの背中から鳥の翼に似たオーラが広がった。
その左手の上に、強く赤い輝きの光球が現れた。
「アババイボール・オーバードライブ・シュート!」
ハートポッポはラケット型の杖を下から上に大きく振り、光の球に叩きつけた。
光球は大きく空中にあがり、獲物を狙うハヤブサのように怪人目掛けて急降下した。
そして、光球は怪人リザド・アズルーに命中した。
「リーザリザー! なんか気持ちよくなってきた……」
怪人リザド・アズルーの姿がぼやけたようになり、どこかに走り去っていった。
「ちょっと待つのだっ、リアド・アズルー。私を置いてどこへ行くつもりなのだっ。おのれ……こうなったら、この私の手でセラレンジャーを倒すのだ」
フォークダンスが槍を構えたその時、彼女の額の宝石が赤く点滅した。
「くっ……。こんな時にまた帰還指令なのだ。セラレンジャー、覚えていろよ。次こそキサマ達を倒すのだ!」
フォークダンスの背後の空間が割れて、暗い闇の世界が広がっているのが見えた。
そこへ彼女が飛び込むと、割れた部分が何事もなかったかのように元に戻る。
「はぁはぁ……。今回はマジで危なかったよ。ハティさん、ありがとうございます……。って、またいなくなってるし。好きって言えたけど、ういろうのことだと勘違いされたかなぁ……」
「ハートポッポー! だいじょうぶケビか?」
「……イオリちゃん! ケガしてない?」
妖精マロンを抱いたヨツバが駆けつけてきた。
ハートポッポは変身を解いて、空井イオリの姿に戻る。
「あはは……。あたしの正体バレちゃったかな」
「……ウチは前から知ってたよ。イオリちゃんとサキちゃんがセラレンジャーなんだよね。それにたぶんノノちゃんも。イオリちゃんも知ってるんでしょ。ウチがカッパになってたこと」
「あれ? やっぱし、ヨツバちゃんだったんだ。あの時のこと、覚えてたんだね。てっきり怪人の記憶は消えてると思ってた」
困ったように言うイオリに、妖精マロンがきいた。
「ところでイオリちゃん。黒い玉子さんにお菓子を貰わなかったケビ? マロンも食べたいケビ」
「え? ひとくちサイズだったから全部たべちゃったよ」
「ケビ?」
* * *
少し離れたところの物陰で、黒衣の玉子仮面は長身の女性の話を聞いていた。
「私、学校で一番背が高いの。いいことなんて何もないよ。みんなに怖がられるし。私は足が遅いから、スポーツもまったく好きじゃないんだ。それなのに、無理にバスケットボールの試合に出されるんだよ。クラスメイトと同じ歳なのに、いろんなことに私が責任を負わされるんだ」
ハティ・ダンディは、ぽつぽつとしゃべる女性の話をじっときいていた。
ときおり大きくうなずき、「苦労しているんだな」と短く声をかけていた。
「なにより、男の子にもてないよ。あたしだって、もっと楽しく過ごしたいのに」
彼女は気分が落ち込んで川辺で座り込んでいた時に、槍の女に怪しい術をかけられたようだ。
「なるほど。君はクラスではクールで凛としたキャラを演じているのだな。無理にそのスタイルを変える必要はない。普段はそのままでいて、たまに本当の自分の性格を見せるとよいぞ。いわゆるギャップ萌えが狙える」
仮面男はスナック菓子の『ながながのびーるグミ』の袋を女性に差し出した。
「君にあげるよ。これを食べて元気を出すがいい。駄菓子には人を幸せにする力があるんだ。君のように上背のある女性は、どれだけ食べても魅力的なスタイルを維持できるんだよ」
女性が菓子袋を受け取ると、仮面男は一歩下がった。
そしてどこからか黒い玉子を出し、頭上に掲げた。
「への字山のふもとに大きな駄菓子屋がある。友達を連れて行ってみるといい。そこで新しい自分を見つけられるはずだ。ではさらばだ。君の人生に幸あれっ!」
仮面男の右手の玉子が割れて、黒い煙がその姿を覆い隠した。
煙が晴れたそこには、もういなくなっていた。
女性はしばらく煙のあとを見ていた。
そして手に持った袋に目を落とすと、封を開けた。
* * *
町の北側に広がるへの字山。
山のふもとにその駄菓子屋『射手舞堂』があった。
駄菓子屋のレジに立つ青年、児玉零司は店の中を見回した。
今日は一段とお客さんが多い。馴染みの中学生四人組の他、高校生の女子グループも来ていた。
女子高生たちの中心に長身の女子生徒がいた。
グミなどのお菓子の他、紙の着せ替え人形に花柄おはじきや手芸ビーズなどをカゴに入れている。
それを見て、友人が「意外とかわいい性格なのね?」と笑っている。
長身の女子生徒も恥ずかしそうに笑っていた。
イオリたちは、外良や羊羹のコーナーを物色しているようだ。
動物型のういろうや、色とりどりの水玉羊羹をカゴにいれている。
ヨツバが零司にそっと近づいてきて、小声で話しかけた。
「……ウチ、相談があるんだ。後で少しお時間もらっていいですか? 黒い玉子さん」
「結論から言うと、OKだよ。店が終わった後でよければね」
零司はニコっと笑って答えた。
ヨツバは軽く頭を下げた。
「……ありがとう。それと、いつものギターのBGMをお願いできればと」
「いや、今日はちょっとお客さんが多いからなあ……」
そう言いかける零司だが、気づいたイオリが「あ、零司くんのギターね。まってました!」と言った。
女子高生グループからも「ギターひいてくれるの? やってやって」と要望がきた。
「しかたないなぁ…… では一曲」
零司はミニギターをとり、演奏を始めた。
すばやいジャック 駆けてくる
はやてのように かけ抜ける
かぜよりはやく ひといきに
すばやいジャック どこへゆく
ジャックが跳ねる ひとっとび
ろうそくこえて そら高く
くもよりたかく どこまでも
すばやいジャック どこへゆく
女子中学生グループと女子高生グループから拍手が響いた。
次回、『第8話 怪異ミイラ怪人の締まる包帯』、無実のとがめに苦しむ者に幸あれっ。
零司くんの歌うマザーグース"Jack be nimble"の原詩はこちらです。
Jack be nimble
Jack be quick,
Jack jump over
The candle stick.
零司くんがアレンジしすぎてて、歌詞の意味がだいぶ変わってます。
著作権の切れているもしもしカメよのフシで歌えるかも




