第5話 死神ガイコツ怪人の白い骨
キーンコーンカーンコーン……
小学校の校庭にチャイムの音が鳴り響いている。
春休みではあるが、校庭ではサッカークラブの子供たちが練習をしている。
「よし、チャイムの装置も無事に直った。手伝ってくれてありがとうな、児玉くん」
校舎内の機械室で、用務員さんが青年・児玉零司に礼を言った。
「いえ、俺にとってもここは母校です。この装置に触るのも久しぶりだし、懐かしかったですよ」
この小学校のチャイムは、電力なしで動く古い機械が使われている。
五十年以上前に作られたもので、重りを動力とした機械式の時計とチャイムの機能が連動している。
定期的に手入れが必要だが、零司は小学生の時から整備を手伝っていたので勝手がわかっている。
「お嬢ちゃん達も悪いねぇ。みんなせっかくの春休みなのに来てもらって」
用務員さんはイオリとノノにも頭を下げた。
「いえいえ。あたしたちもここが母校ですから」
「じっさい、わたしらは何もしてないぜ。まぁ、この小学校入るのはひさしぶりで楽しかったぜ」
零司が務める駄菓子屋に、用務員さんが訪ねてきたのだ。
小学校のチャイムの調子が悪く、整備をするのを手伝ってほしいとのことだった。
その時、たまたまイオリとノノが駄菓子屋に来ていた。
チャイムの話をきいたイオリが、なぜか小学校に一緒に行くと言い出した。
「行きたい! あたしも行く! ぜったい行く!」と珍しくダダをこねて、ノノも連れてついてきた。
ノノはあれ?と首をひねった。
「イオリって去年こっちに引っ越してきたんだろ? この小学校ではいなかったよな」
「えーとね。一年生の前半だけこの小学校だったの。家の都合で引っ越して、中学に入学するときにこの町に戻ってきたんだ」
イオリはモルモットのヌイグルミを抱いたまま、機械室のなかをキョロキョロと見回した。
あちこちをペタペタと触っていき、零司の方を向いた。
「あれはやっぱりここだったんだ。ねえ、零司くん。覚えてる? 昔この部屋で会ったよね?」
イオリは懐かしそうに話し始めた。
一年生のイオリは、うっかり機械室に迷い込んだ。
服が機械に挟まって、動けなくなって泣いているところを零司に助けられたそうだ。
「え? もしかして、あの時の三つ編みの子がイオリちゃん? だからか。昨年会った時、どっかで見覚えがあると思ったんだ」
「……ああ、あの時の子はお嬢ちゃんだったんだね。大きくなったね」
零司だけでなく、用務員さんも知ってたようだ。
用務員さんが言うには、その時もチャイムの調子が悪くなったそうだ。
一人では手が足りなくて、業者も都合がつかなくてすぐには来られない。
その日は零司の通う中学校が、校外学習の振替休日で休みであった。
用務員さんはダメ元で連絡をとって呼び出したらしい。
普段施錠されている機械室があいていたのは、チャイムの修理のためだったのだ。
「零司くんに助けてもらえなかったら、あたしどうなっていたか」
「大げさだよ。確かあの時は、服の裾が軽く引っかかってたんだね。イオリちゃんが後ろに一歩下がってたら、簡単に外れたんだよ」
「んもう、そういうことじゃなくて。あの時は、零司くんのことが……。いや、何でもないや」
イオリは頬を赤くしてうつむき、ヌイグルミをギュッと抱きしめた。
なぜかヌイグルミから「ケビッ」っと音がした。
「へぇー……。それじゃあ、イオリと零司さんは幼馴染ってことになるぜ」
ノノが感心したように言った。
「そう言えばよ。イオリが引っ越した先の町って、闘牛が有名なんだろ。赤いマントでオーレ!って」
「スペインの闘牛とは違うよ。あそこの闘牛は二頭の牛さんが頭で押し合うんだよ」
その時、校庭の方から悲鳴が聞こえた。
機械室を出て、窓から見ると校庭に槍の女とガイコツのような怪人がいた。
「行くのだ、ガイコツ型怪人スカル・アズルー。人間たちのマイナスオーラを闇海王メグダゴン様にささげるのだ!」
「スーカスカ! シニガミデタヨー。モウダメダヨウ! キャハハハハーー」
校庭でサッカーをしていた子供たちが逃げている。
イオリとノノは、顔を見合わせた。
「零司くん、怪人がでたよ。用務員さんと先に逃げてっ。あたしとノノちゃんは別の階段から行くからっ」
「わかった。そっちも気を付けて!」
零司は用務員と一緒に走りだした。
イオリとノノは階段を上って校舎の屋上に出た。
イオリはぎゅっと拳を握った。
彼女の左手の甲にハートのマークに似た紋章が浮かんだ。
ノノの左手にはダイヤのマークに似た紋章が浮かぶ。
「ノノちゃん、変身だよっ」
「おうよっ、イオリ!」
ふたりは両手を前に出し、親指と人差し指の先を合わせて三角形を作った。
「スカイパワー・チャージアップ!」
「マリンパワー・チャージアップ!」
両手の間に三角形の光が現れた。三角形がクルリと半回転し、六芒星となる。
そこからあふれ出る光の奔流が、ふたりの身体を覆い隠した。
銀のカチューシャがふたりの額に装着される。
その一つには鳥の飾り、もう一つにはイルカの飾りがついている。
光の中から二人の魔法少女が飛び出した。
屋上から校庭に飛び降りて、怪人たちの前に立つ。
「お待ちなさい! セーラー服魔法少女ハートポッポ、ここに参上!」
「同じく、イーカポッポ参上! この世の悪事をやめさせる。私たち……」
「「セラレンジャー!」」
ふたりは両手を胸前でクロスしてポーズをとった。
「出たな、セラレンジャー。またいつものように邪魔をする気か。いくのだ、スカル・アズルー」
「スーカスカ! キャハハハハーー」
ガイコツ型怪人がイーカポッポを目掛けて、骨型の棒を振るった。
イーカポッポは腕で受け流しつつ、胴を狙って回し蹴りを当てた。
「ちっ……。浅いか」
イーカポッポの影から、ハートポッポはラケット型の杖で光の玉を打った。
しかし、怪人の振るう骨型の棒に叩き落された。
「くらえっ」
イーカポッポは短いジャンプからのハイキックで怪人の頭を狙った。
すると怪人の頭上のガイコツのクチがグワっと開き、その足に噛みついた。
ハートポッポは驚いて言った。
「そんなのあり? ズルい」
「くっ……。このっ」
イーカポッポが逆の足でガイコツを蹴って何とか離れることができた。
地面をごろごろと転がって距離をとる。イーカポッポは苦痛の表情で右足をおさえている。
ハートポッポは、イーカポッポを守るように間に入った。
「キャイガーボール!」
再度ハートポッポは光る玉を打ちだした。
が、それは怪人スカル・アズルーにかわされて、お返しとばかりに骨型の棒を打ち込まれた。
「きゃあああ!」
セラレンジャーふたりは弾き飛ばされ、校舎の壁に激突した。
壁に亀裂が入った。
それを見て槍を持つフォークダンスが命令を出した。
「よし、スカル・アズルー! セラレンジャーにとどめをさすのだっ」
その時、複数の黒い礫のようなものが飛来した。
礫はスカル・アズルーの足元でパパパパン!と炸裂した。
「誰なのだっ! どこにいるのだ!」
フォーク・ダンスが周りを見回すと、どこからかギターのゆっくりとした調べがきこえてくる。
その方向を見ると、近くのサッカーゴールの上に人影があった。
黒の燕尾服に黒のシルクハットを被っている。
こちらに背を向けて、黒く長細い旅ギターを鳴らしていた。
黒いマントが風になびいている。
黒衣の者は演奏を止め、振り返った。
帽子をかぶった顔は目も鼻も口もなし、つるりとした焦げ茶色の玉子型の仮面をつけている。
「スカッと参上、スカッと回復。さすらいの回復師ハティ・ダンディ、ここに推参!」
黒衣の玉子仮面はサッカーゴールから飛び降り、セラレンジャー達の横に立った。
「しっかりしろ、セラレンジャー。本日の回復アイテムはこれだっ」
黒衣の仮面男は駄菓子の『粉ジュース』とストローを二人に渡した。
「ありがとう、ハティさん」
ふたりは粉ジュースの袋にストローを刺し、吸い込んだ。
チープな粉っぽさがフルーツの甘さを引き立てている。
「力が湧いてくる! おいしいって、幸せです!」
「こっちの足も治ったぜ。ハートポッポ、援護するぜ。いつもどおりやってやれっ」
「セラレンジャー! 今の幸せな気持ちを光に変えて、あの怪人を闇から解き放て!」
「はいっ! やるっきゃないない! 気合いだー」
ハートポッポの背中から鳥の翼に似たオーラが広がった。
その左手の上に、強い輝きの光球が現れた。
イーカポッポが怪人に駆け寄り、その足元に両手をついて超低空での足ばらい。
たまらず怪人は転倒した。
ハートポッポは左手の球を軽く投げ上げ、ラケット型の杖を振るった。
「アババイボール・オーバードライブ・シュート!」
光球は大きく空中にあがり、獲物を狙うハヤブサのように怪人目掛けて急降下した。
そして、光球は怪人スカル・アズルーに命中した。
「スーカスカ! なんだか気持ちよくなってきたかも……」
怪人スカル・アズルーの姿がぼやけたようになり、どこかに走り去っていった。
「おいっ、スカル・アズルー! どこへ行くのだ! おのれセラレンジャー……。こんどは私が相手なのだっ」
フォークダンスが槍を構えたその時、彼女の額の宝石が赤く点滅した。
「くっ……。おのれっ、こんな時にまた帰還命令なのだ。セラレンジャー、覚えていろよ。次こそキサマ達を倒すのだ!」
フォークダンスの背後の空間が割れて、暗い闇の世界が広がっているのが見えた。
そこへ彼女が飛び込むと、割れた部分が何事もなかったかのように元に戻る。
「なんとか勝ったね。あれ? ハティさんは?」
「またかよ。あの兄ちゃん、すぐにいなくなるんだぜ」
二人は変身を解き、残った粉ジュースを吸い込んだ。
モルモットの妖精マロンが「マロンもほしいケビー」と言って飛んできた。
* * *
そこから少し離れた校舎裏で、黒衣の玉子仮面は女性の話を聞いていた。
ここ最近のことだが、不運な出来事が女性に連続して起こった
状況を改善できないかと、占い師にみてもらったそうだ。
「タロット占いで『死神』がでたの。あたし、何やってもダメだって言われたの。もっと見料をつんだら打開策も教えてくれるっていわれたけど、怖くて逃げたの」
その後で、槍の女に何か術をかけられたようだ。
「そうか。占いに頼るのが悪いとはいわない。ただ、相手は選ぶべきだ。もしも君に悪しき気がついているなら、への字山の神社でのお祓いをお勧めする。そこの宮司は占いの腕も確かだ」
仮面男はスナック菓子の『おしゃぶり酢昆布』の小箱を女性に差し出した。
「君にあげるよ。これを食べて元気を出すがいい。駄菓子には人を幸せにする力があるんだ」
女性が小箱を受け取ると、仮面男は一歩下がった。
そしてどこからか黒い玉子を出し、頭上に掲げた。
「への字山のふもとに大きな駄菓子屋がある。落ち付いたら行ってみるといい。駄菓子には人を幸せにする力があるんだ。良い駄菓子を食べて悪い気を追い払うのだ。ではさらばだ。君の人生に幸あれっ!」
仮面男の右手の玉子が割れて、黒い煙がその姿を覆い隠した。
煙が晴れたそこには、もういなくなっていた。
女性は煙のあとを見ていた。
そして、小箱から昆布を1枚抜いて口に入れた。
* * *
町の北側に大きく広がるへの字山。
その名の通り、空から見ると平仮名の『へ』の形になっている。
山のふもとに町で一番大きな駄菓子屋『射手舞堂』がある。
駄菓子屋のレジに立つ青年・児玉零司がイオリ、ノノの二人と話をしていた。
イオリは鉛筆型の白い棒を零司に見せた。
「零司くん。これ何? なにかの骨かと思ったんだけど」
「わたしは見たことあるぜ。これってローセキっていうんだっけ。近所のカギどもが道路に絵を描いてたぜ」
「結論から言うと、ノノちゃんが正解。これは蝋石といって、天然の鉱石を切り出したものだよ。壁や道路に落書きしても簡単に消せるんだ。明治時代には小学校の授業でも使われたんだよ。今はガラスや繊維、化粧品などの原材料でも使われてるんだ」
そこへ山宮サキが一人の女性をともなって入ってきた。
「こちらの方、うちの神社で巫女のアルバイトをすることになったんですの」
「はい。宮司さんの腕にほれ込みました。弟子入りしたいです」
サキはその女性に駄菓子屋の中を案内している。
女性の方は昆布類のコーナーに興味があるようだった。
イオリとノノは粉ジュースのコーナーを見にいった。
「いろんな種類があるんだね」
「どれにするか迷うんだぜ。コーラにしよっか、それともサイダーがいいかな。両方買っちゃうぜ」
「あれ? この粉ジュース、笛付って書いてる。オマケでついてくるのかな?」
首をかしげるイオリに零司が声をかけた。
「結論から言うと、ジュースを吸い込むストローが笛になっているよ。よく見てごらん」
「あ、ほんとだ。おもしろーい」
イオリを見てにこっと笑う零司のところに、サキがやってきた。
「児玉さん。またいつものアレをやっていただけませんか」
「アレって、ギターのことだね」
零司は苦笑してミニギターをとった。
イオリとノノもそれに気づいて軽く拍手をしている。
「しかたないなぁ。では一曲」
零司はミニギターの弦を掻き鳴らす。
一番星がでてきたよ お空でキラリと輝くよ
僕の願いをかなえてね 君の願いもかなえてね
星がたくさん出てきたよ 夜空でキラキラ輝くよ
空でまたたくお星さま みんなの願いをかなえてね
次回、『第6話 怪奇カッパ怪人の切断するヒレ』、友との別れを悲しむものに幸あれっ。
零司くんの歌うマザーグース"Star light , star bright"の原詩はこちらです。
Star light , star bright,
First star I see tonight.
I wish I may,
I wish I might,
Have this wish I wish tonighy.
歌詞は零司くんのアレンジにより、原詩と意味が違っています。
著作権の切れているどんぐりころころのフシでも歌えるかも




