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第4話 妖奇カマキリ怪人のふたつの鎌

 ホー…… ホケキョ……


 梅林のどこからか、ウグイスの声が聞こえた。


 宇須美町(うずみまち)は、山と海に挟まれた美しい港町である。

町の北側に、上から見ると平仮名の『へ』のように見えるへの字山が広がっている。

への字山のふもとに梅園があった。

そこは無料開放されており、誰でも自由に梅の木を見学することができる。

今日も大勢の見物客が満開の梅の花を見るために、この梅園を訪れていた。


 たくさんの種類の梅の花が咲き誇っている。

紅色が鮮やかな寒紅梅(かんこうばい)紅千鳥(べにちどり)

透き通るような白さの白梅(ばくばい)淋州(りんしゅう)


挿絵(By みてみん)


 紅白の花が混じる鶯宿梅(おうしゅくばい)の枝に緑色の鳥がとまっている。

さきほど鳴いていたウグイスであろうか。


 黄色に輝く蝋梅(ろうばい)の枝には灰色のヒヨドリらしき鳥がとまっており、花をついばんでいた。

他にも白い花びらに黄緑のがくの緑萼梅(りょくがくばい)やモモの花に似た淋子梅(りんしばい)も咲いている。


 園内の東屋の前に、野点傘(のだてがさ)とよばれる赤い大きな和傘が立てられている。

東屋の周囲に置かれた木の椅子には、赤い毛氈(もうせん)というマットのようなものが敷かれている。


 今日はこの場所で、野点(のだて)と呼ばれるお茶会が開催されている。

来場者にお茶とお菓子がふるまわれるのだ。

お茶会の手伝いにきている山宮サキは、抹茶の入った碗を空井イオリに渡していた。


「サキちゃん、これってお椀を三回まわして飲むんだよね」


「お碗の一番きれいな面を向けてお渡ししていて、飲まれる方がそこを避けて口をつけるという作法ですの。でも、無理に作法にこだわることはないですの。自由に飲んでいいですの」


「はーい。いただきまーす。……けっこうなお手前で」


 イオリはおいしそうに茶を飲んでいた。

サキはそれをみてにっこりと笑った。


「ノノさんは来れなくて残念ですの。こんなに見事な梅の下でのお茶会はめったにできないですの」


「ノノちゃんが来てたら、カンフーで『梅の型』とかやりそうだね。それか、『梅干をたべたいぜっ』とか言い出すか」


「梅の実が収穫できるのは6月ごろですの。梅の雨と書いて梅雨(つゆ)になりますの」


「そうなんだ。あ、茶菓子ってお代わりもらえるの?」


「それは本当は、お茶を飲む前に食べるものですの。あら?」


 イオリの横に置いてある菓子皿の隣にモルモットのヌイグルミがあった。

そのほっぺたが不自然にふくらんでいる。

よく見るとその口がモゴモゴしている。


「まあいいですの。児玉さーんっ。イオリちゃんにお菓子をお願いします」


 サキは東屋の後ろで茶菓子を配っている青年、児玉零司に声をかけた。

零司は苦笑しながら茶菓子をお盆に乗せてもってきた。


「はい、イオリちゃん。お代わりをどうぞ」


「わーい。零司くん、ありがとう」


 イオリは追加のお菓子『麩焼(ふや)きせんべい』を手に取った。

赤白に塗られた米菓子で、結婚式の引き出物に使われることもあるという。

イオリはそのうち一枚をヌイグルミの前に置いた。


「ねえねえ、サキちゃん。さっき梅を見てた人で、神社のスタンプ帳みたいのなのを持ってる人がいたよ。サキちゃんとこの神社にも行くかもね」


「イオリさん、それは御朱印帳ですの。でも、もしかするとお寺をめぐる納経帳かもしれないですの」


 その時、梅園の中で「きゃー! おばけー!」という声が聞こえた。

イオリとサキがそちらを見ると、槍をもつ女と両手にカマを持つ怪人が近づいてくる。


挿絵(By みてみん)


「行くのだ、ハラビロカマキリ型怪人マンティ・アズルー。手当たり次第に斬りきざむのだ。人間たちのマイナスオーラを闇海王メグダゴン様にささげるのだ!」


挿絵(By みてみん)


「カーマカマ! ワタシニカマワナイデー! デモカマッテー! キャハハハハーー」


 イオリとサキは、顔を見合わせてうなずいた。


「零司くん、お客さんたちを連れてあっちから逃げてっ。あたしとサキちゃんは向こうから逃げるからっ」


「わかった。君たちも気を付けて!」


 零司は他のスタッフと共に来場者たちの誘導を始めた。

一緒に梅園の裏口を目指して移動する。

イオリとサキは東屋の後ろにある仮設テントの裏に回った。

周りを見回して、他の人影がないことを確認する。


 イオリはぎゅっと拳を握った。

彼女の左手の甲にハートに似たマークが浮かんだ。

サキの手にもスペードに似たものがでている。


「サキちゃん、変身だよっ」


「はいですのっ、イオリさん!」


 ふたりは両手を前に出し、親指と人差し指の先を合わせて三角形を作った。


「スカイパワー・チャージアップ!」


「マウンテンパワー・チャージアップ!」


 両手の間に三角形の光が現れた。三角形がクルリと半回転し、六芒星となる。

そこからあふれ出る光の奔流が、ふたりの身体を覆い隠した。


 挿絵(By みてみん)


 光の中から二人の魔法少女が飛び出した。

一人の頭のカチューシャは鳥型の飾りがあり、もう一人は龍型である。

そして二人は、カマキリ型怪人の前に立つ。


「お待ちなさい! セーラー服魔法少女ハートポッポ、ここに参上!」


「同じく、キーシャポッポ参上! この世の悪事をやめさせる。私たち……」


「「セラレンジャー!」」


 ふたりは両手を胸前でクロスしてポーズをとった。


「またしてもキサマたちか、セラレンジャー。ついでに片付けてやるのだ。いくのだっ、マンティ・アズルー。やつらを斬りきざむのだっ」


「カーマカマ! キャハハハハーー」


 カマキリ型怪人がハートポッポを目掛けてカマを振るった。

ハートポッポがかわすと、後ろの梅の枝が切り落とされた。

梅の花びらが舞い、匂いが立ち込める。


「ああっ……。梅の木がっ」


 キーシャポッポが悲しそうに叫ぶと、槍の女フォークダンスが笑い出した。


「はっはっはっ……。木が切られたくなければ、キサマたちが斬られればよいのだ。簡単なのだ」


「そうはさせないですのっ。ジャバウォック・スイング!」


 キーシャポッポは、糸つきの青い光の球を水風船ヨーヨーのようにして飛ばした。 

カマキリ型怪人がかわすと、球の糸は後ろにあった梅の木に巻きついた。


「いけないですのっ」


 キーシャポッポは急いで光の球を引き戻そうとしたが、そこに大きく振るわれたカマが迫る。

とっさにハートポッポが二人の間に割り込んだ。


「させないっ。ポッポバリアー」


 ハートポッポは円形のバリアを張ってカマの斬撃を防いだ。

その間になんとか光の玉を取り戻したキーシャポッポは、もう一度振りかぶって光の玉を投げる。

カマキリ型怪人は空に舞い上がってかわした。


「カーマカマ! キャハハハハーー」


「え、あの怪人は飛べるんですの?」


「そんなのあり? ズルい。あ、でも向こうの攻撃だってこっちに届かないんじゃ……」


 空中のカマキリ型怪人マンティ・アズルーは両手のカマを投げた。

カマは回転しながらセラレンジャー二人を襲う。


「「きゃっ!」」


 かわし切れずにカマは二人の身体をかすめた。

回転するカマはブーメランのように怪人マンティ・アズルーの手に戻った。


 怪人は両方のカマの柄の先を合わせた。

ふたつのカマがZの字のような状態になる。


「カーマカマ! キャハハハハーー」


 Z側のカマをハートポッポ目掛けて投げつけてきた。

ハートポッポは後ろに跳んだが、回転するカマは追尾してきた。


「くぅっ!」


 かわしきれず、腕を少し切られていた。

カマは空中の怪人に戻る。怪人はカマを分離させて両手に持った。

それを見て槍を持つフォークダンスが笑った。


「いいぞマンティ・アズルー! セラレンジャーをたおすのだっ」


 その時、複数の黒い(つぶて)のようなものがどこからか飛来した。

礫は怪人マンティ・アズルーの背中でパパパパン!と炸裂した。

たまらず怪人は落下して、梅林の地面に激突した。


「誰なのだっ! どこにいるのだ!」


 フォーク・ダンスが周りを見回すと、どこからかギターのゆっくりとした調べがきこえてくる。

その方向を見ると、近くの東屋の上に人影があった。


 黒の燕尾服に黒のシルクハットを被っている。

こちらに背を向けて、黒く細長い旅ギターを掻き鳴らしていた。

黒いマントを風になびかせている。


 黒衣の者は演奏を止め、振り返った。

帽子をかぶった顔は目も鼻も口もなし、つるりとした焦げ茶色の玉子型の仮面をつけている。


「スカッと参上、スカッと回復。さすらいの回復師ハティ・ダンディ、ここに推参!」


 黒衣の玉子仮面は東屋から飛び降り、セラレンジャー達の横に立った。


「しっかりしろ、セラレンジャー。本日の回復アイテムはこれだっ」


 黒衣の仮面は駄菓子の『梅ジャムせんべい』を二人に渡した。


「ありがとう、ハティさん」


 ふたりは小袋の梅ジャムをせんべいに塗り、かぶりついた。

ほのかに甘いサクサクのせんべいに、甘ずっぱい梅ジャムが最高に合っている。

この梅林の梅の香りが、さらに風味を引き上げていた。


「力が湧いてくる! おいしいって、幸せです!」


「こちらもですの。ハートポッポ、わたくしが援護しますの。いつものようにお願いしますの。ポッポロッド!」


「セラレンジャー! 今の幸せな気持ちを光に変えて、あの怪人を闇から解き放て!」


「はいっ! やるっきゃないない! ポッポロッド!」


挿絵(By みてみん)


 ハートポッポの背中から鳥の翼に似たオーラが広がった。

その左手の上に、強い輝きの光球が現れた。


 キーシャポッポが青い光の玉を飛ばし、向かってくる怪人をけん制した。

ハートポッポは左手の球を軽く投げ上げ、ラケット型の杖を振るった。


「アババイボール・オーバードライブ・シュート!」


 光球は大きく空中にあがり、獲物を狙うハヤブサのように怪人目掛けて急降下した。

そして、輝く光球は怪人マンティ・アズルーに命中した。


「カーマカマ! なんだか気持ちよくなってきたかも……」


 怪人マンティ・アズルーの姿がぼやけたようになり、どこかに走り去っていった。


「ああっ、マンティ・アズルー! どこへ行くのだ! おのれセラレンジャー……。こうなったら私が……」


 フォークダンスが槍を構えたその時、彼女の額の宝石が赤く点滅した。


「くっ……。こんな時にまた帰還命令なのだ。セラレンジャー、覚えていろよ。次こそキサマ達を倒すのだ!」


 フォークダンスの背後の空間が割れて、暗い闇の世界が広がっているのが見えた。

そこへ彼女が飛び込むと、割れた部分が何事もなかったかのように元に戻る。


「なんとか勝てたね。って、ハティさんは?」


「気づいたらいなくなってましたの。つれない人ですの」


 二人は変身を解き、残ったせんべいに梅ジャムを塗り始めた。

モルモットの妖精が「マロンもおせんべい食べるケビー」と飛んできた。


 * * *


 そこから少し離れた林の中で、黒衣の玉子仮面は女性の話を聞いていた。


「一番の志望校に落ちて、お母さんに責められてたの。あたしだって一生懸命に頑張っているのに。もっと頑張れもっと頑張れって、これ以上どうしようもないのに」


「そうか。頑張りすぎたのだな。君も、君のお母さんも。我が思うに、君も君のお母さんも間違っていないんだ。それに君が『滑り止め』と称した学校、校風やクラブ活動を考えると、むしろそちらの方が君に合っているかもしれないぞ」


 仮面男は駄菓子の『黒みつ麩菓子(ふがし)』の袋を女性に差し出した。


「君にあげるよ。これを食べて元気を出すがいい。駄菓子には人を幸せにする力があるんだ」


 女性が菓子袋を受け取ると、仮面男は一歩下がった。

そしてどこからか黒い玉子を出し、頭上に掲げた。


挿絵(By みてみん)


「への字山のふもとに大きな駄菓子屋がある。駄菓子は世代を超えて愛されている。お母さんと一緒に行ってみるといい。息抜きを兼ねて、親子で買い物を楽しみたまえ。ではさらばだ。君の人生に幸あれっ!」


 仮面男の右手の玉子が割れて、黒い煙がその姿を覆い隠した。

煙が晴れたそこには、もういなくなっていた。


 女性は菓子袋をかかえて、煙のあとを見ていた。


 * * *


 町の北側に大きく広がるへの字山。

その名の通り、空から見ると平仮名の『へ』の形になっている。

山のふもとに大きな駄菓子屋『射手舞堂(いてまうどう)』があった。


 駄菓子屋のレジに立つ青年、児玉零司に女子中学生の海堂ノノが話しかけていた。


「それでよう、零司さん。わたしは他の用事で行けなかったのに、二人だけでお茶会を楽しんでたんだぜ。ひどいと思うだろ」


「ちょっと、ノノちゃん。そんなこと言ったって、あたし達だってすっごく大変だったんだよ」


「そうですの。それに、わたくしはお茶を出す方でしたの」


 三人がかしましく話していると、店の中で「わあ、懐かしい」という声がした。

そこには黒みつ麩菓子の袋をもった女学生と、その母親とおぼしき女性がいた。

母親らしき人は棚に置いている小さな紙箱を見ていた。


「お母さん、その箱なに?」


「昆虫採集セットよ。実家の物置にもあったわよ。お父さん、つまりあなたのおじいちゃんも昔これを使ってたんだ。まだあったんだー」


 話をしているところで、零司が声をかけた。


「お客さん、結論から言うと、それは非売品のサンプルですよ。薬も針も入ってませんから」


「でしょうねぇ……。実家のも中身がからっぽで、入れ物だけ記念にとってたし」


「お母さん、記念って何?」


 女学生がきくと、母親はクスリと笑った。


「おばあちゃんが子供の頃に、おじいちゃんから最初にもらったプレゼントが『虫の標本』だって。不気味だったから、おじいちゃんの顔に標本の木箱をたたきつけたそうよ」


「うわぁ。それでよく付き合えたよね」


「それがわたしにも不思議なのよ。あ、そーだ、店員さん。噂で聞いた話だと、店員さんがギターで歌ってくれるそうね。一曲お願いできるかしら」


 零司がイオリたちの方を見ると、彼女らは梅ジャムせんべいを片手に「がんばれー」とはやしたてた。


「変な噂が独り歩きしてますね。しかたないなぁ。ではお耳汚しに一曲」


 零司はミニギターを奏で始めた。


  マザーグースの おばあさん

  たのしい空への さんぽには

  すてきなガチョウの 背に乗るよ


  マザーグースの おばあさん

  きょうもごきげん 空のたび

  ガチョウに乗って 飛んでいく

後書き


次回、『第5話 死神ガイコツ怪人の白い骨』は、閉ざされた未来に憂う者に幸あれっ。


零司くんの歌うマザーグース"Old Mother Goose"の原詩はこちらです。


Old Mother Goose,

When she wanted to wander,

Would ride through the air.

On the very fine gander.


零司くんのアレンジにより、原詩と意味が違っています。

ちなみにgooseはメスのガチョウで、ganderはオスのガチョウです。

著作権の切れているももたろうのフシでも歌えるかも



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― 新着の感想 ―
[一言] そうだよ。 間違ってはいないんだよ。 それぞれにはそれぞれの理想とかがあるだけなんだよ。 ただ……押し付けすぎるってのも考えモノですな( ̄▽ ̄;)
[一言] ウグイスのイラストは動くんですね! 読んでいたら不意に動いて驚きました〜。
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