第3話 奇怪アルマジロ怪人の硬い甲羅
宇須美町は、山と海に挟まれた美しい港町である。
町の北側に、上から見ると平仮名の『へ』のように見える『への字山』が広がっている。
への字山のふもとに藍染の工房があった。
藍は植物を使った青色の染料で、日本古来から使われている。
この工房では手軽に藍染の体験ができる。
今日は子供向けの藍染体験会が開催されており、たくさんの子供たちが来ていた。
指導者の先生が子供達に藍染のやり方を説明している。
子供たちは手にビニール手袋をはめて、持ってきたハンカチや手ぬぐい、スカーフなどを青い染料に浸していた。
ある子供グループは、持参した無地のタオルを浸している。
工房には長い髪の中学生、山宮サキが手伝いに来ている。
サキは、への字山にある神社の娘である。
もともと世話好きであり、この手のイベントの手伝いを進んでやっていた。
彼女は子供たちに、染色のコツや絞ったあとのアイロンがけのやり方など教えていた。
「みなさん。これが藍染の材料となるタデ藍という草ですの。こちらの染料は青いですが、藍の葉はこのような緑色ですの。『青は藍より出でて、藍より青し』といいまして、生徒が先生より優れているということわざの由来にもなっていますの」
話しながら、サキはすでに染めてある手ぬぐいを広げた。
青いギザギザの模様ができている。
「この手ぬぐいは、絞った状態で染めたものですの。広げるとこのようにきれいな模様になりますの。これが『絞り染め』ですの」
サキは手ぬぐいを机に置き、今度は半纏を広げた。
上の方が白くて、袖や裾の先に向かってグラデーションのように青くなっている。
「布の一部を染料に浸し、絞って五分ほど乾かしますの。浸す位置を短くしながら染色を繰り返すことで、このようになりますの」
その時、作業部屋に大きな箱を抱えた駄菓子屋の青年、児玉零司が入ってきた。
「サキちゃん、お疲れ様。いつもお手伝いしてて偉いね。参加者に配るお菓子を持ってきたよ。どこに置こうか」
「児玉さん、助かりますの。そこの机でいいですの」
零司は指定された場所に箱を置くとそそくさと、出ていこうとする。
サキは零司の袖をつまんで引き留めた。
「どうして逃げるように出ていくんですの? つれないですの。手伝ってくれてもいいじゃないですか」
「いやあ、俺は一応食べ物を売ってるからね。あまりこの匂いが服につくのはどうかと」
藍で染料を作る方法は複数あるが、この町ではスクモと呼ばれる発酵した藍を使っている。
「わたくしはいい匂いだと思いますの。それにこの町で藍の匂いを気にする人はいませんの」
「そりゃそうか。それじゃあ、少しだけ手伝おうかな。今日もけっこう参加者が多いな。遠方から来た人もいるんだってね」
「ええ。汽車でいらしてくれた方たちも来ていますの。地元で作ったという白タオルを持ってこられましたの」
サキのいう汽車とは、SLのことではない。
宇須美町を通る鉄道は電化されておらず、軽油を燃料にするディーゼル機関車が走っている。
地元の人はその列車を電車とは呼ばず、汽車と呼んでいる。
その時、工房の外で「きゃー! おばけー!」という声が聞こえた。
サキが窓に駆け寄って外を見ると、槍をもつ女とアルマジロに似た怪人がこちらに近づいてくる。
「行くのだアルマ・アズルー。ここを破壊して、人間たちのマイナスオーラを闇海王メグダゴン様にささげるのだ!」
「アルアール! ナイケド、アルッテイッテルー。キャハハハハーー」
怪人たちは建屋のすぐ近くまで迫っていた。
「児玉さん、怪人がでましたの! 子供たちの避難を手伝ってくださいっ。みなさんっ、このお兄さんについて逃げてください」
「わかったっ。サキちゃんはどうする?」
「わたくしは工房内に他の人がいないか確認して、避難をさせますのっ! 行ってください」
零司は指導員の先生と一緒に、子供や保護者たちを引き連れて非常口を目指した。
サキは逆方向に走る。
ドカーンと音がして、工房の壁が破壊された。
サキはチラリとそちらを見て、別の通用口に走る。
建屋を出て、入口近くに回った。
左右を見回して、周囲に人影がないことを確認する。
彼女の左手の甲に、トランプのスペード形のアザのようなものが現れた。
「今からではイオリさんとノノさんは間に合わないですの。わたくし一人でやらねば」
サキは手を合わせて合掌し、両手を前に出した。
両方の親指と人差し指の先を合わせ、三角形を作る。
「マウンテンパワー・チャージアップ!」
両手の間に三角形の光が現れた。三角形がクルリと半回転し、六芒星となる。
そこからあふれ出る光の奔流が、サキの身体を覆い隠した。
巫女服に似たスーツにセーラー服に似た胸装甲がサキに装着される。
サキの背後に高くそびえる山のイメージが浮かび、頂上付近から青く長い身体のドラゴンが舞い降りる。
ドラゴンの姿が小さくなり、銀色のカチューシャに変わった。
中央部には龍を模した飾りがつき、サキの額に装着される
魔法少女の登場である。彼女は建屋に飛び込み、怪人たちの前に立った。
「そこまでです! セーラー服魔法少女キーシャポッポ、ここに参上! この世の悪事をやめさせる。私たち、セラレンジャー!」
キーシャポッポは両手を胸前でクロスしてポーズをとった。
「でたなセラレンジャー。ふっ、今回はキサマ一人だけか。ここがキサマの墓場となるのだ。いくのだっ、アジアセンザンコウ型怪人アルマ・アズルー」
「アルアール! キャハハハハーー」
怪人は大きなツメを振り上げて、迫ってきた。
「その長い耳はセンザンコウではなく、どう見てもアルマジロですの。とにかく、わたくし一人で十分ですのっ。ジャバウォック・スイング!」
キーシャポッポの右手にソフトボールサイズの青い光の球が現れた。
大きく振りかぶって怪人目掛けて投げつける。
投げた光の球は、青い光の糸でキーシャポッポの右手とつながっている。
水風船ヨーヨーに似た形状だ。
糸付の光の球は怪人の頭の周りに巻き付いた。
「ええいっ!」
糸を大きく引いて、怪人を建屋の外へ引きずり出した。
キーシャポッポはいったん光の球を右手に戻し、再度投げつけた。
しかし、今度は怪人アルマ・アズルーの腕の装甲で跳ね返される。
キーシャポッポは光の糸を操り、上、左、右、と連続して光球をぶつけたが、すべて跳ね返された。
それを見て、槍の女フォークダンスは笑い出した。
「はっはっはっ、愚か者め。数ある怪人の中でトップクラスの防御力のアルマ・アズルーにその程度の攻撃は効かないのだっ!」
「なるほど。それならこうしますの」
キーシャポッポは、ゆっくりと歩いて怪人に近づいた。
怪人は大きなツメが生えた腕をもちあげ、キーシャポッポめがけて振り下ろした。
「アルアール! キャハハハハーー」
キーシャポッポは軽く身をそらしてかわし、怪人の手首をとる。
相手の手首をひねりながら腰を落とし、怪人をふわりと投げた。
合気道の技だ。
しかし、投げ飛ばされた怪人は丸いボール状になって地面をバウンドした。
丸くなった怪人はころころと転がっていく。
そこへ槍の女フォークダンスが指令を出した。
「よし、アルマ・アズルー! セラレンジャーをひき殺すのだ!」
「アルアール! キャハハハハーー」
ボール型になった怪人アルマ・アズルーが高速で転がり、キーシャポッポを跳ね飛ばした。
「きゃああっ」
大きく飛ばされたキーシャポッポは工房の壁に叩きつけられる。
壁に大きな亀裂が走った。
槍の女、フォーク・ダンスが命令を出した。
「わっはっはっ、よくやったのだ。今なのだアルマ・アズルー! キーシャポッポをたおすのだっ」
怪人はするどいツメを構えてキーシャポッポにせまる。
その時、複数の黒い礫のようなものが上空から飛来した。
礫はアルマ・アズルーの足元でパパパパン!と炸裂した。
「誰なのだっ! どこにいるのだ!」
フォーク・ダンスが周りを見回すと、どこからかギターのゆっくりとした調べがきこえてくる。
その方向を見ると、工房の建屋の上に人影があった。
黒の燕尾服に黒のシルクハットを被っている。
こちらに背を向けて、黒く長細い旅ギターを鳴らしていた。
黒いマントが風になびいている。
黒衣の者は演奏を止め、振り返った。
帽子をかぶった顔は目も鼻も口もなし、つるりとした焦げ茶色の玉子型の仮面をつけている。
黒衣の仮面男は建屋から飛び降り、キーシャポッポを助けおこした。
「ハティ様、危ないところをありがとうですの……。あ、痛……」
「しっかりしろ、セラレンジャー。本日の回復アイテムはこれだっ」
黒衣の仮面男は駄菓子の『モドキヨーグルト』と木のスプーンをキーシャポッポに渡した。
「ありがたく頂きますの」
キーシャポッポはカップのフタをあけた。
スプーンでクリーム状の菓子をすくって口に運ぶ。
ヨーグルトに似た酸味と甘さ、とろりとしたほどよい口どけである。
不思議な力がこめられていたのか、身体の痛みが消えていく。
「力が湧いてきますの! おいしいですのっ!」
「セラレンジャー! 今の幸せな気持ちを光に変えて、あの怪人を闇から解き放て!」
「了解ですの! 後はわたくしにお任せを。ポッポロッド!」
キーシャポッポの右手に卓球のシェークハンド型ラケットに似た杖が現れた。
背中からはトンボの羽根に似たオーラが広がる。
左手の上に強い輝きの青い光球が現れた。
「アババイボール・ソーリング・シュート!」
左手の光の玉を軽く放り、ラケット型の杖を上から振り落とすようにして光の球に当てた。
光球はまっすぐに怪人の足元に跳び、地面でバウンドした。
登り竜のように急上昇した光球は、怪人アルマ・アズルーに命中した。
「アルアール! なんだか気持ちよくなってきたかも……」
怪人アルマ・アズルーの姿がぼやけたようになり、どこかに走り去っていった。
「ああっ、アルマ・アズルー! どこへ行くのだ! おのれセラレンジャー。こうなったら私の槍で……」
フォークダンスが槍を構えたその時、彼女の額の宝石が赤く点滅した。
「くっ……。またしても帰還命令なのだ。セラレンジャー、覚えていろよ。次こそキサマ達を倒すのだ!」
フォークダンスの背後の空間が割れて、暗い闇の世界が広がっているのが見えた。
そこへ彼女が飛び込むと、割れた部分が何事もなかったかのように元に戻る。
「はぁはぁ……。勝ちましたの。ハティ様のおかげですの。……あら? 行ってしまいましたの」
すでにハティ・ダンディは消えていた。
キーシャポッポは変身を解き、山宮サキの姿に戻った。
* * *
への字山のふもとの林で一人の女性が座り込んでした。
「あたし、いっぱい迷惑をかけちゃった。子供達にも怖い思いさせちゃったかな。どうしよう……」
「安心したまえ。逃げた人はみんな無事だ。それに、あの工房は奇跡の力でほとんど再生されている」
女性の近くに黒衣の仮面男、ハティ・ダンディが立っていた。
「仕組みは我にもわからぬ。もしケガをした人がいたとしても、ほとんどが回復したはずだ」
「……そうなんだ。あ、ありがとう……」
「察するところ、君にも何かつらいことがあったんだろう。魔物にそれをつけこまれたようだな」
「べ、別に、たいしたことじゃないんだけどね」
女性はうつむいたまま、自身に何があったのかを話し始めた。
友達に借りたアクセサリーをどこかになくしてしまったらしい。
高価なものだから貸せないと言っていた友人に、無理に頼んで借りたのだそうだ。
何とかごまかして、返す日を延ばしてもらっていた。
思い当たる所を必死で探していたが、どうしても見つからない。
そろそろごまかしきれなくなり、あせっているときに槍の女に何か術をかけられたようだ。
「あたし、友達が大事にしているものを無くしただけじゃない。まだちゃんと持ってるってウソもついたんだ。友達に謝らなきゃ……。許してくれないと思うけど、それでも謝らなきゃ」
「そうか。誰にでも失敗することはあるさ。これを食べて元気を出すがいい」
仮面男はニンジン型の袋に入った米菓子『ポン菓子』を女性に差し出した。
「君は一人で悩むことはない。この山の中腹に神社がある。そこの宮司は失せものを占うことでも定評があると聞く。相談してみるといい」
「……そうね、行ってみようかな」
そういって女性が菓子袋を受け取った。
仮面男は一歩下がり、どこからか黒い玉子を出して頭上に掲げた。
「駄菓子には人を幸せにする力があるんだ。この近くに、町で一番大きな駄菓子屋がある。友人と仲直りできたら共に行ってみるといい。ではさらばだ。君の人生に幸あれっ!」
仮面男の右手の玉子が割れて、黒い煙がその姿を覆い隠した。
煙が晴れたそこには、もういなくなっていた。
「ありがとう。たまごさん……」
女性はそうつぶやき、袋の中から米菓子を取り出した。
* * *
町の北側に大きく広がるへの字山。
そのふもとに大きな駄菓子屋『射手舞堂』があった。
駄菓子屋のレジで児玉零司が働いていた。
そこに女子中学生が三人入ってきた。
「いらっしゃい。イオリちゃん、ノノちゃん、サキちゃん」
「やっほー。零司くん。またきたよー」
「おいーっス、零司さん。今日も来てやったぜ」
「こんにちわ、児玉さん。先日は助かりましたの」
店に入って三人は駄菓子を物色し始めた。
イオリとノノはラムネ笛を見ている。
サキは『モドキヨーグルト』を手にとった後、店の奥を見て動きを止めた。
彼女の視線の先には、メンコセットを見ている二人の女性客がいた。
そのうち、一人は怪人になっていた女性だった。
零司はサキの様子に気付いて声をかけた。
「サキちゃん、どうかしたの?」
「あちらのご婦人、昨日うちの神社にいらしてましたの。おじいさまと話をしていて、急に『思い出したー』と叫んで飛び出していったんですの」
「へえ。さすが宮司さん」
「……? 何かおっしゃいまして?」
「いや、なんでもない。いらっしゃいませー」
レジに先程の女性がポン菓子の大箱を持ってきた。
一緒にきていた友人が、メンコセットをレジに置いて零司に話しかける。
「あの……。噂をきいたんですけど。ここで買い物をすると、店員さんが一曲歌ってくれるって」
「結論から言うと、何かの間違いです。誰ですか? そんな噂を流したのは。む、さては……」
零司がイオリとノノを見ると、二人は目をそらす。
ノノは下手な口笛を吹いていた。
モルモットのヌイグルミを抱いてそっぽを向いていたイオリが、零司の方を見てニコッと笑った。
「ほらほら。お客さんが零司くんのギターを待ってるよ。やるっきゃないない」
「ま、いいか。下手ですみませんが一曲、お耳汚しを……」
零司はミニギターを持ち、弾き語りを始めた。
ハンプティダンプティ きみはだれ?
しろくてまるくて つるつるだ
へいのまうえに すわってる
うっかりおっこちて バラバラだ
ハンプティダンプティ きみはだれ?
王様がけらいに なおさせた
はへんをひろって くっつけろ
ハンプティダンプティ なおるかな
零司が歌い終わると、イオリはヌイグルミを置いて拍手をした。
「この歌のハンプティダンプティって、なんだかハティさんみたいだね」
「いや、あの兄ちゃんは黒タマゴだぜ」
「どちらかというとチョコタマゴですの」
怪人にされていた女性もその友人も、楽しそうに拍手をしていた。
次回、『第4話 妖奇カマキリ怪人のふたつの鎌』、親子関係に悩む者に、幸あれっ。
零司くんの歌うマザーグース"Humpty Dumpty"の原詩はこちらです。
Humpty Dumpty sat on a wall.
Humpty Dumpty had a great fall.
All the king's horses,
And all the king's men,
Couldn't put Humpty together again.
歌詞は零司くんがアレンジして、原詩とだいぶ変わっています。
もとの詩にはなぞなぞの意味もあるようですね。
線路はつづくよのフシでも歌えるかも。
原曲のアメリカ民謡の著作権は切れています。
なお、線路はつづくよの日本語版の歌詞は著作権がまだ残っているかも。




