第2話 恐怖タコ怪人の黒い毒霧
宇須美町は、山と海に挟まれた美しい港町である。
別の地方とをつなぐ客船用の港と、漁業関係者の港が隣接している。
漁港には卸売市場もあり、水揚げされた様々な海産物が扱われている。
アナゴに似たハモという魚や透明感のあるアオリイカが特産品となっていた。
ワカメやヒジキなどの海藻類や、魚のすり身を竹に巻いた竹チクワなども人気商品である。
港湾施設付近の岸壁で、背の高い少女が散歩をしていた。
中学生の海堂ノノは、意思の強そうな精悍な顔つきに切れ長の目。
長い髪を頭の後ろでポニーテールにして結わえている。
彼女はココアシガレットを口にくわえたまま歩いている。
少女がいる岸壁の下は、広い砂浜になっている。
夏になると海水浴場になり、たくさんの客でにぎわうところだ。
砂浜の向こうには岩場を見え、たくさんの子供たちが遊んでいる。
その岩場は、潮が満ちると海面に隠れる。
そして引き潮になると岩場の上に潮だまりができて、いろいろな生き物が見つかるのだ。
背の高い少女は岩場の方を眺めた後、漁港の建屋に向かって歩き出した。
岩場では子供たちが集まって、潮だまりに残された生き物を探していた。
小さな魚やヒトデ、それにイソギンチャクなどを見つけて楽しそうに笑っている。
ある子供は小さな手網でエビを捕まえてバケツに入れている。
中にはカニに手をはさまれて悲鳴をあげている子もいた。
一人の女の子が砂浜に降りて、シーグラスと呼ばれる漂着物を集めている。
その子は岩場に波がかかるあたりを見て、異変に気付いた。
「あれ? あんなところで泡がでているよ。何かなー」
その子は岩場近くの海面を指さした。
不自然にぶくぶくと泡立ってる箇所があった。
「なんか、いっぱい泡がでてきたよ。なんだろうね?」
他の子供たちもそこを見ていると、泡がだんだん大きくなってきた。
突然、ザバーンと大きな水しぶきが上がった。
そして海中からタコに似た怪人が飛び出したのだ。
「きゃー おばけー」
子供たちは一目散に逃げだした。
岩場にはバケツや手網などが残される。
「パースパース! オクトパース! オキッパナシ、イケナインダー……。キャハハハハーー」
いつの間にか、怪人の隣には槍の女・フォークダンスが立っていた。
「わっはっはっ。さあ、行くのだテナガダコ型怪人オクト・アズルー。人間を恐怖させ、マイナスオーラを闇海王メグダゴン様にささげるのだ!」
怪人と槍の女は近場の漁港に向かって歩き出した。
* * *
漁港は大混乱になっていた。
人々は大急ぎで建屋のシャッターを下ろし、怪物とは反対方向に避難を始める。
慌てて漁船を出航させようとした者もいたが、間に合いそうもなく船をおいて逃げ出す。。
「パースパース! オクトパース! キャハハハハーー」
タコの怪人オクト・アズルーは、船揚場に残されている漁船を壊し始めた。
「うわぁー。俺の船がー。ちくしょおおおー」
「ばかっ、逃げるぞ!」
船の持ち主らしき人がモリを掴んで駆け出そうとしたが、他の漁師たち押さえられた。
そのまま引きずられるように逃げていく。
付近にある卸売市場の建屋の陰で、海堂ノノが怪人たちを見ていた。
「ちっ、こんなときに出やがったか。やっかいだぜ」
ノノは口に残ったココアシガレットを、ガリっとかみ砕いて飲み込んだ。
彼女の左手の甲に、トランプのダイヤ形の模様が現れた。
「イオリとサキがいない今、あの怪人を止められるのはわたしだけだぜ。やってやるぜっ」
ノノは左手を開いてそこに右拳を打ち付ける。そして両手を前に出した。
両手の人差し指と親指の先を合わせて三角形を作る。
「マリンパワー・チャージアップ!」
両手の間に三角形の光が現れた。三角形がクルリと半回転し、六芒星となる。
そこからあふれ出る光の奔流が、ノノの身体を覆い隠した。
カンフー着に似たスーツにセーラー服に似た胸装甲がノノに装着される。
ノノの背後に荒波のイメージが浮かび、黒い巨大なカメが姿を現す。
カメの姿が小さくなり、銀色のカチューシャに変わった。
中央部にはイルカを模した飾りがつき、ノノの額に装着される
魔法少女の登場である。彼女は建屋の陰から飛び出し、怪人たちの前に立った。
「待てぇい! セーラー服魔法少女イーカポッポ、ここに参上! この世の悪事をやめさせる。私たち、セラレンジャー!」
イーカポッポは両手を胸前でクロスしてポーズをとった。
槍の女、フォークダンスがイーカポッポを睨んだ。
「出たなセラレンジャー。まさか、キサマ一人だけで勝てるとでも思ったか! 行くのだ! オクト・アズルー!」
「パースパース! オクトパース! キャハハハハーー」
タコの怪人オクト・アズルーは、触手を振るった。
軽いステップでかわすイーカポッポ。
「勝つぜ! 正義ってのは、かならず勝つんだぜ!」
イーカポッポは左右の正拳突きを連続で放った。
しかし、その打撃は怪人の柔らかい触手で受け止められる。
タコ怪人は口笛を吹くかのように口を尖らせた。
イーカポッポはとっさに地面にふせてゴロゴロと転がった。
怪人の口から真っ黒の霧状のものが噴き出された。
成分は不明だが、まともに受けてるとやばそうに感じられた。
「ちっ、こうなったら……。ポッポロッド!」
イーカポッポの右手には卓球ラケットに似た小型の杖が現れた。
ペンを待つようにしてポッポロッドを握る。
左手にはピンポン玉サイズの緑の光の玉が現れた。
「いくぜっ! シトラスボール!」
光の玉にラケットを打ち付けた。
まっすぐ飛ぶ光の玉が怪人オクト・アズルーに向かう。
しかし、怪人の背中側の触手が伸び、光る玉を弾き飛ばした。
そして怪人オクト・アズルーは、イーカポッポ目掛けて触手を振るった。
イーカポッポは両腕で触手の攻撃を受け流す。
外受け、内受け、払い受け。触手の連続攻撃をさばいていく。
しかし、タコの怪人オクト・アズルーの腕は2本だけではない。
両足を除く6本の触手の連続攻撃だ。
単純なスピードではイーカポッポに軍配が上がるが、まさに手数の差が出てくる。
触手の攻撃がイーカポッポの身体をかすめ始めた。
さらに怪人のパワーはイーカポッポを大きく上回る。
ついに触手の強烈な一撃がイーカポッポをとらえた。
「ぐぅ!」
吹き飛ばされたイーカポッポは近くの灯台の下部にたたきつけられた。
灯台の壁面にヒビ割れができた。
槍の女、フォーク・ダンスが命令を出した。
「よくやった。オクト・アズルー。やはり一人だけではたいしたことがないのだな、セラレンジャー。今なのだオクト・アズルー! イーカポッポにとどめをさすのだっ」
触手を振り上げて、タコ怪人がイーカポッポにせまった。
その時、複数の黒い礫のようなものが上空から飛来した。
礫は怪人オクト・アズルーの足元でパパパパン!と炸裂した。
「誰なのだっ! どこにいるのだ!」
フォーク・ダンスが周りを見回すと、どこからかギターのゆっくりとした調べがきこえてくる。
上の方を見ると、灯台の上に人影があった。
黒の燕尾服に黒のシルクハットを被っている。
こちらに背を向けて、黒く長細い旅ギターを鳴らしていた。
黒いマントが風になびいている。
黒衣の者は演奏を止め、振り返った。
帽子をかぶった顔は目も鼻も口もなし、つるりとした焦げ茶色の玉子型の仮面をつけている。
「スカッと参上、スカッと回復。さすらいの回復師ハティ・ダンディ、ここに推参!」
黒衣の玉子仮面は灯台から飛び降り、イーカポッポを助けおこした。
「玉子の兄ちゃん、ありがとよっ……。痛てて……」
「しっかりしろ、セラレンジャー。本日の回復アイテムはこれだっ」
黒衣の仮面は駄菓子の『みっちゃんイカ』をイーカポッポに渡した。
「おう、今日のお菓子もうまそうだぜ。いただきまーす」
イーカポッポは袋をあけ、中のスルメ菓子を口に運んだ。
すっぱさと甘さ、弾力のある歯ごたえが気持ちいい。
駄菓子に不思議な力が付与されていたのか、身体の痛みが消えていく。
「力が湧いてくる! うまいっ! やっぱりこれだぜ!」
「セラレンジャー! 今の幸せな気持ちを光に変えて、あの怪人を闇から解き放て!」
「おうよ! わたしの力を見せてやるぜ」
イーカポッポの背中からトビウオのヒレに似たオーラが広がった。
その左手の上に、強い輝きの緑の光球が現れた。
イーカポッポはラケット型の杖を左わき腹の下に移動させ、両腕をクロスさせて構える。
「アババイボール・ドルフィンターン・シュート!」
左手の光の球を軽く放り、ラケット型の杖を右斜め前に振る。
球の横をこするように杖を当て、振り上げた。
光球は大きく空中にあがり、イーカポッポからみて右から左にカーブを描いて飛んだ。
そして、輝く光球は怪人オクト・アズルーに命中した。
「パスパース! なんだか気持ちよくなってきたかも……」
怪人オクト・アズルーの姿がぼやけたようになり、どこかに走り去っていった。
「ああっ、待つのだっ! オクト・アズルー! おのれ、またしても……。こうなったら私の手で……」
フォークダンスが槍を構えたその時、彼女の額の宝石が赤く点滅した。
「くっ……。こんな時に帰還命令か。セラレンジャー、覚えていろよ。次こそキサマ達を倒すのだ!」
フォークダンスの背後の空間が割れて、暗い闇の世界が広がっているのが見えた。
そこへ彼女が飛び込むと、割れた部分が何事もなかったかのように元に戻る。
「はぁはぁ……。何とか勝ったぜ。玉子の兄ちゃん、残りのスルメも貰っていいの? ……って、もういないし。神出鬼没ってやつだぜ」
すでにハティ・ダンディの姿はなかった。
変身を解いた海堂ノノは袋をごそごそとやって、スルメ菓子を取り出した。
* * *
あちこちが破壊されて関係者の逃げ去った卸売市場の前で、一人の女性が立ち尽くしていた。
「あ……。あたし、もしかして、大変なことをやっちゃった?」
「君のせいではない。それに、被害は奇跡の力でほとんど再生されている。あれを見たまえ」
いつのまにか女性の隣に黒衣の仮面男ハティ・ダンディが立っていた。
その女性は、玉子仮面が指さした船揚場を見た。
壊れている漁船が光につつまれ、元の状態に戻っていくのが見えた。
建屋の破損も直っていった。
「仕組みは我にもわからぬがな。もしケガをした人がいた場合でも、ほとんどが回復しているようだ。君にも何かつらいことがあったのだろう。魔物にそれをつけこまれたようだな」
「……ああ、あの槍をもった女の人の……。そっか……」
女性は自分に何があったか、話し始めた。
ぽつぽつとした口調であったが、ハティ・ダンディは無理にせかさず、話すペースは女性にまかせた。
時折短く意見を言うだけにとどめて、女性の話をじっときいていた。
女性は長年付き合っていた男性と大喧嘩して別れたらしい。
喧嘩の原因はお互い様であったが、女性の家事能力の低さを指摘にされてショックを受けたそうだ。
気分が落ち込んで海を見ているときに、槍の女に何か術をかけられたようだ。
「あたしはお裁縫もお掃除もお料理も苦手で……。今まで全部彼がやってくれてたんだけど、愛想つかされちゃったみたい。あたしってダメな女なの」
「そうか、つらかったんだね。これを食べて元気を出すがいい」
仮面男は駄菓子の『カルメ焼き』の袋を女性に差し出した。
「駄菓子には人を幸せにする力があるんだ。君は一人で悩むことはない。家事の得意な友人がいれば教わるといいよ。焦る必要はないんだ。できることから少しずつ覚えていけばいい」
「……そうかもね。そういうのが得意な子がいるから、教えてもらえるように頼んでみるわ」
そういって女性が菓子袋を受け取った。
仮面男は一歩下がり、どこからか黒い玉子を出して頭上に掲げた。
「への字山のふもとに、町で一番大きな駄菓子屋がある。友人とともに行ってみるといい。ではさらばだ。君の人生に幸あれっ!」
仮面男の右手の玉子が割れて、黒い煙がその姿を覆い隠した。
煙が晴れたそこには、もういなくなっていた。
「たまごさん……。ありがとう」
菓子袋を胸にかかえて、女性はつぶやいた。
* * *
町の北側に大きく広がるへの字山。
そのふもとに大きな駄菓子屋『射手舞堂』があった。
駄菓子屋のレジに立つ青年、児玉零司は微笑を浮かべて店の中を見ていた。
タコ怪人にされていた女子大生らしき人が、友人を連れて駄菓子を物色している。
漏れ聞こえてくる会話によると、その友人のとりなしで彼氏と仲直りできそうな雰囲気らしい。
「わぁ……。懐かしいですぅ。ほんとに何でも買っていいの? じゃあこれとこれ買いますぅ。あとこれもっ!」
女性の友人は花柄のヘアピンや色付き髪ゴム、それに紙せっけんなどをカゴに入れていた。
「へぇー。駄菓子屋ってお菓子だけじゃなくて、こんなのも売ってるんだ。あ、あたしはカルメ焼き買っとこっ」
二人は仲良さそうに買い物をしている。
そのとき、店に女子中学生が二人入ってきた。
モルモット型のヌイグルミを抱いた小柄な女の子と、長身の女の子だ。
「やあ、イオリちゃんにノノちゃん、いらっしゃい」
「やっほー、零司くん。またきたよー」
「おいーっス、零司さん。卓球台借りていいか? あと、中国式ラケットがあったら借りたいんだぜ」
駄菓子屋の中の一角に卓球台があり、お客さんは自由にプレイできる。
今は卓球台があいている。
零司は卓球用ラケットが入ったカゴをごそごそとやって、一本のラケットを取り出してノノに差し出した。
両面に色の違うラバーがついている。
「結論から言うと中国式は置いてないんだ。似たラケットならあるけど、これはどう? 『ローター2』っていう古いラケットだ。ラバーは貼り替えてるから使えると思うよ」
ノノは零司からラケットを借りた。
ペンホルダーの持ち方で表裏が変わるようにクルクルと回し、逆にも回してみた。
「ちょっと重いけど回せる。うん、これ借りるぜ」
「じゃあ、やろっか。ノノちゃん」
イオリとノノは卓球台の横の脇机に荷物を置いた。
イオリは自分の荷物の上にモルモットのヌイグルミを置く。
卓球台に向かい、カッコンカッコンと打ち合いを始めた。
しばらく軽くラリーを続けた後、ノノは台の左側に飛んできた球をバックハンドでパシッと強く打った。
イオリは返せなかった。
「へへっ。両面ラバーなら、こういう打ち方もできるんだぜ」
「そんなのあり? ズルい。あたしのラケットは片面なんだよー」
そう言いながら、イオリがピンポン球を拾ってきてサーブを打った。
再度、ラリーをつづけながら、ノノはレジにいる零司に話しかけた。
「なぁ、零司さん。いつもみたいにギターのBGMをやってくんない?」
「いいねいいね。零司くんのギター、あたしも聴きたい」
「えー……。でも、今日はお客さんがいっぱいいるからなぁ」
零司が困ったようにいうと、店内のお客さんからも「ギターをひいてくれるの? やってやって」「わたしも聴きたいですぅ」と声がした。
追い打ちをかけるようにイオリが言った。
「ほらほら。みんな零司くんのギター、期待しているよ。やるっきゃないない」
「……そこまで言われたら、しかたないなぁ」
みんなの注目を浴びながら、零司はミニギターを持ち、弾き語りを始めた。
裁縫上手なお嬢さん シャツを一枚こさえてよ
パセリにセージにローズマリー 葉っぱのイラストおねがいね
ぬい目を隠して作ってね 針は、まつってぬってよね
シャツができたらお嬢さん あなたが僕の恋人さ
裁縫上手なお嬢さん シャツを一枚こさえてよ
それができたら僕たちは ふたり仲良く恋人さ
弾き終えると駄菓子屋のお客さんたちからの拍手が響いた。
「零司くん、やっぱり好きだね。マザーグースの唄」
そう言ってイオリは笑った。
次回、『第3話 奇怪アルマジロ怪人の硬い甲羅』、大切な何かを見失ったものに、幸あれっ。
零司くんの歌うマザーグース"Can you make me a cambric shirt?"の原詩はこちらです。
Can you make me a cambric shirt,
Parsley, sage, rosemary, and thyme,
Without any seam or needlework?
And you shall be a true love of mine.
歌詞は零司くんのアレンジによって、原詩とぜんぜん違う意味になっています。
原詩は『パセリなどの草でシャツを作れ』『針を使わずに縫え』などの無茶振りの内容です。
著作権の切れている海は広いなのフシでも歌えるかも。
玉子様のギターとセラレンジャーのテーマ曲を、
下の方でリンクしている『魔法少女隊セラレンジャーのテーマ』で公開しています。
音楽再生ができる方はぜひ聴いてみてください。




