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第11話 悪夢ザリガミ怪人の巨大なハサミ

 宇須美町(うずみまち)は、山と海に挟まれた美しい港町である。

鉄道の宇須美駅近くにある施設で、伝統の木製民具の体験イベントが開催されていた。


 『手提げ重箱』は、宇須美町に古くから伝わる民具である。

このイベントでは、重箱の組み立てと絵付けを体験できる。


 中学生の山宮サキは、過去に重箱の絵付けコンテストで優勝したことがある。

その縁で、サキはイベントの手伝いを依頼された。

世話好きのサキは喜んで参加を請け負い、同じ中学の空井イオリと海堂ノノも手伝いに来た。


 サキは参加者に説明をしていた。


「この重箱は、ひな祭りの時期に女の子が遠足に持っていくものですの。ようするに弁当箱ですの。旧暦のひなまつりなので、今では4月の初めに使いますの」


 サキは自分が以前作った完成品を参加者に見せた。

持ち手が付いた外箱は綺麗な朱色で塗られ、木や花の絵が描かれている。

外箱の前面が木のフタになっており、上に引き出すことができる。

そのフタを外すと、中では3段の中箱が見えた。

中箱はそれぞれ別の色で塗られ、かわいらしい3色になっている。


「かつての宇須美町では、女の子がいるお家にはこのようなカラフルな手提げ重箱がありましたの」


 イオリとノノは参加者に無地の箱のパーツを配っていった。


「サキちゃん、すごいね。絵もうまいし説明も上手だよ」


「はぁ、そーだな。わたしにはちょっとマネできそうもないぜ」


 部材が余っていたので、イオリとノノも試しにやってみることにした。

絵の図案の紙があり、それをマネて描くことにした。

イオリは鳥の絵の図案を、ノノは魚の絵の図案を取った。


 三十分後……


「イオリさん、よくできました。かわいらしいアヒルさんですの」


「うーん、変だね。あたしはツルを描いてたはずなんだけど。あ、ノノちゃんの重箱の絵もできてるね。かわいいオットセイさんだ」


「ちょっと待て、イオリ。わたしは錦鯉を描いたんだぜ?」


 イオリが抱いているモルモットのヌイグルミから「魚に足があるケビ。ある意味、芸術的ケビ」という声が聞こえた。


 三人でわいわい話をしていると、遠くの方で「きゃー、おばけ!」という悲鳴と破壊音が響いた。

サキは大人の講師に参加者の避難を頼んだ。


 そして、イオリたちは音のする方に駆け出した。


 * * *


槍を持ったフォークダンスが怪人に命令を出していた。


挿絵(By みてみん)


「さあ、行くのだ。ニホンザリガニ型怪人クロウ・アズルー。キサマのハサミで手当たり次第に切り刻むのだ。人間どもを恐怖に染めて、マイナスオーラを闇海王メグダゴン様にささげるのだ!」


挿絵(By みてみん)


「ザーリザリ! キルノー! エンヲキラレタノー! キャハハハハーー」


 施設の壁や柱に大きなキズがつけられていった。

少し離れた物陰で、イオリはぎゅっと拳を握った。

彼女の左手の甲にハートのマークに似た紋章が浮かんだ。

イオリは残り二人に声をかける。


「ノノちゃん、サキちゃん、いくよ!」


「おうよっ、やってやるぜ!」


「はいですのっ、イオリさん!」


 三人は両手を前に出し、親指と人差し指の先を合わせて三角形を作った。


「スカイパワー・チャージアップ!」


「マリンパワー・チャージアップ!」


「マウンテンパワー・チャージアップ!」


 両手の間に三角形の光が現れた。三角形がクルリと半回転し、六芒星となる。

そこからあふれ出る光の奔流が、三人の身体を覆い隠した。


 挿絵(By みてみん)


 光の中から三人の魔法少女が飛び出して、怪人たちの前に立つ。


「お待ちなさい! セーラー服魔法少女ハートポッポ、ここに参上!」


「同じく、イーカポッポ参上!」


「同じく、キーシャポッポ参上! この世の悪事をやめさせる。私たち……」


「「「セラレンジャー!」」」


 三人は両手を胸前でクロスしてポーズをとった。


「出てきたなセラレンジャー。いけいっ、クロウ・アズルー」


「ザーリザリ! キャハハハハーー」


 ザリガニ怪人がハートポッポを目掛けてハサミを振るった。

ハートポッポがかわすと、その背後からイーカポッポが飛び出してキックを放つ。


 が、ザリガニ怪人の盾に阻まれ、さらにその盾の一撃で弾き飛ばされた。


「うわっ!」


「イーカポッポ!」


「これまでの怪人より強いですの。気を付けてください。ジャバウォック・スイング!」


挿絵(By みてみん)


 キーシャポッポは怪人の後ろに走りこみながら糸付きの光球を投げた。

が、ハサミの一撃で糸を切られる。


「ポッポロッド! キャイガーボール」


 ハートポッポは赤く光る玉をポッポロッドで打った。

が、飛ばしたは光玉は怪人の盾で跳ね返った。

イーカポッポが叫ぶ。


「いっせいに攻撃するぜ。ポッポロッド。シトラスボール」


「わかった。キャイガーボール」


「はいですのっ、ポッポロッド! ニョイボール」


 セラレンジャーたちが三方から囲んで、光る玉を打ち込んだ。

が、光る球の2つは盾に阻まれ、もう1つハサミでつぶされた。


「それならこうですの」


 キーシャポッポは合気道の技を狙って、両手で怪人の手首をとりにいく。

すると怪人のサリガニの口から泡のようなものを吹き付けてきた。

キーシャポッポがよけたところに泡がかかり、シュウシュウと煙をあげて床面が溶けた。


 ハートポッポは驚いた様子で、穴があいていく床面を見ていた。


「そんなのあり? ズルい」


 さらに次々と繰り出されるハサミの攻撃で、三人とも弾き飛ばされた。


「いいぞクロウ・アズルー! そのままセラレンジャーを切り刻むのだっ」


 そのとき、複数の黒い(つぶて)のようなものが飛来し、怪人クロウ・アズルーの足元でパパパパン!と炸裂した。


「誰なのだっ! どこにいるのだ!」


 フォーク・ダンスが周りを見回すと、どこからかギターのゆっくりとした調べがきこえてくる。

その方向を見ると、廊下の向こうに人影があった。


 黒の燕尾服に黒のシルクハットを被っている。

こちらに背を向けて、黒く長細い旅ギターを鳴らしていた。

背中に黒いマントをつけている。


 黒衣の者は演奏を止め、振り返った。

帽子をかぶった顔は目も鼻も口もなし、つるりとした焦げ茶色の玉子型の仮面をつけている。


「スカットと参上、スカッと回復。さすらいの回復師ハティ・ダンディ、ここに推参!」


 黒衣の玉子仮面はその場から駆け出し、セラレンジャーたちに何かを渡していった。


「しっかりしろ、セラレンジャー。本日の回復アイテムはこれだっ」


 玉子仮面が渡したのは駄菓子の『チョコチップクッキー』である。


「ありがとう、ハティさん」


「おう、今日のお菓子もうまそうだぜ。いただきまーす」


「ありがたく頂きますの」


 セラレンジャーはお菓子を少し口に入れた。

クッキー香ばしい香りと、チョコの甘苦い香りが口の中をほどよく広がる。

歯ごたえと甘さも素晴らしかった。


「力が湧いてくる! でも、ここではキーシャポッポにまかせよう。援護するよっ」


「がってんだぜ。頼むぞキーシャポッポ」


「セラレンジャー! 今の幸せな気持ちを光に変えて、あの怪人を闇から解き放て!」


「了解ですの! 後はわたくしにお任せを。ポッポロッド!」


 キーシャポッポの右手に卓球のシェークハンド型ラケットに似た杖が現れた。

背中からはトンボの羽根に似たオーラが広がった。


挿絵(By みてみん)


 ハートポッポとイーカポッポが光る玉を飛ばし、怪人をけん制した。

キーシャポッポは左手の球を軽く投げ上げた。


「アババイボール・ソーリング・シュート!」


 ラケット型の杖を上から振り落とすようにして光の球に当てた。

光球はまっすぐに怪人の足元に跳び、床面でバウンドして急上昇。

そして、光球は怪人クロウ・アズルーに命中した。


「ザリザーリ! なんだか気持ちよくなってきたかも……」


 怪人クロウ・アズルーの姿がぼやけたようになり、どこかに走り去っていった。


「まつのだっ、クロウ・アズルー。どこへ行くのだ! 敵前逃亡はおしりペンペンの刑なのだっ。おのれ…… こうなったら、この私の槍で……」


 フォークダンスが槍を構えたその時、彼女の額の宝石が赤く点滅した。


「くっ……。こんなときに、また帰還命令なのだ。覚えていろよ、セラレンジャー。次こそキサマ達を倒すのだ!」


 フォークダンスの背後の空間が割れて、暗い闇の世界が広がっているのが見えた。

そこへ彼女が飛び込むと、割れた部分が何事もなかったかのように元に戻る。


「……はぁ、なんとか勝てました。あれ? ハティさんは?」


「ハティの兄ちゃん、またいなくなってるぜ」


「あの方は、戦いが終わるとすぐにいなくなりますの」


 三人が変身を解くと、「お菓子たべるケビー」と言いながらモルモット型の妖精が飛んできた。

イオリたち三人と妖精は、残りのクッキーを食べた。


 * * *


 施設の裏で、黒衣の玉子仮面は女性の話を聞いていた。


「私、肩こりで悩んでいて、友達の紹介で電気刺激で治療できるという器具を買ったんです。友達が言うには会員になると安く買えるんです。別の人にも商品を紹介すると、その人にためになってお小遣いも稼げると……」


 ハティ・ダンディは女性の話をじっときいていた。

彼女が入会したのは典型的なマルチ商法であった。


 似たもので『ねずみ講』という違法な商法がある。

ある人が5人から十円を1枚ずつもらう。

払った側は、別の5人から十円を1枚ずつもらう。

これを繰り返すと、最初の1人は50円儲かり、それ以外の全員が40円儲かる。

このシステムが機能している間は、全員が儲かって幸せになると称される。

もちろん、一番末端になる人は損をするだけである。

末端の数はどんどん増えていくため、いずれ破綻する。

この『ねずみ講』は、法律で明確に禁止されている。


 マルチ商法はお金だけのやり取りではなく、別の商品を売る名目で会員を集めている。

こちらも会員が増え続けることで利益を出すため、いずれ破綻する可能性が高い。

マルチ商法は法の厳しい制限があり『正しく法律を守っていれば、通常は儲からない』というものになっている。

最初に始めた者と『違法な手段を取った者』だけが、利益を得るのだ。


 会員が別の人を勧誘する場合は、参加した時のリスクを説明する義務がある。

違法行為をしてしまうリスクや、友達や家族・親戚の信用を失うリスクも含めて。

実際には、参加者はリスクの説明を正しく受けず『これは合法』『絶対大丈夫』とウソの説明をうけて参加するのがほとんどである。


「途中でやばいって気づいたけど。ほかの友達を何人か勧誘しちゃってて、すごく恨まれたんだ。あたしも騙されてたのに……」


「なるほど。友人には気の毒だが、君は自分で怪しさに気づいて止めさせたんだね。それだけでも立派だと我は思う」


「でも。私、友達に迷惑を……」


 仮面男は駄菓子の『バターラスク』の袋を女性に差し出した。


「君にあげるよ。これを食べて元気を出すがいい。駄菓子には人を幸せにする力があるんだ。まず気持ちを落ちつかせれば、よい考えも浮かぶものだ」


 女性が菓子袋を受け取ると、仮面男は一歩下がった。

そしてどこからか黒い玉子を出し、頭上に掲げた。


挿絵(By みてみん)


「への字山のふもとに大きな駄菓子屋がある。いちど行ってみるといい。君の問題を解決する糸口がそこにある。ではさらばだ。君の人生に幸あれっ!」


 仮面男の右手の玉子が割れて、黒い煙がその姿を覆い隠した。

煙が晴れたそこには、もういなくなっていた。


 女性はしばらく煙のあとを見ていた。

そして手に持った袋に目を落とすと、封を開けた。


 * * *


 町の北側に広がるへの字山。

山のふもとにその駄菓子屋『射手舞堂(いてまうどう)』があった。


 駄菓子屋の中で青年、児玉零司は年配の男性と話をしていた。


「源さん。被害者のみなさんのフォローは弁護士さんが引き受けてくれました。探偵さんの情報では、首謀者の組織はこの町で今も活動してるんですよ。これは源さんの管轄では?」


「うちのシマで何してくれとんや。ほんで、ええんか? ワイらの流儀でやるで」


「もちろんです。お願いします。的屋頭さん、いてもうてください」


 年配の男性は、店の奥に入ってどこかに電話をかけていた。

しばらくして、中学四人組が店にやってきた。

四人はカラフルな手提げ重箱を見せた。


「やあ、イオリちゃんにノノちゃん、サキちゃん、ヨツバちゃん。いらっしゃい」


「やっほーっ、零司くん。これ見て見てー」


「おいーっス、零司さん。わたしの力作だぜ」


「こんにちわ、児玉さん。みんなで頑張って重箱を作ったんですの」


「……こんにちは、零司さん。ウチも重箱を作ったんだよ」


 ヨツバだけ、他の三人に教えてもらって自宅で作ったそうだ。


「ね、零司くん。よくできてるでしょー。どう思う? ねえねえ」


 イオリとノノの作品を見て、零司は顔を少しひきつらせた。


「結論から言うと、よくできてると思うよ。みんなとっても頑張ったんだね」


 その後、イオリとサキはクッキーのコーナーに移動。


 ノノとヨツバは忍者ごっこのコーナーを見ていた。

プラスチックの手裏剣に忍者刀のペーパーナイフ、薄い巻紙テープの束を飛ばす『忍法クモのす』などがある。

指でこすると煙がでる『忍法けむり』や黒い『忍者ブーメラン』などもあった。

なぜか風呂敷も置いてある。


「零司くん。お菓子選んでいる間、いつものギターのBGMやってー」


 クッキーの箱をあさりながら、イオリが零司に言った。

零司はニコっと笑って答えた。


「ああいいよ。では一曲」


 レジ横に置いてあったミニギターをとり、零司は演奏を始めた。


  ハートのクイーン タルトやく

  ダイヤのジャック たべちゃった

  クローバーのキング おこりだす

  スペードのエース こまったよ


  しろいたいちょう わらってる

  まっかなバラに 白バトン

  アトムにエレキに グラビティー

  もひとつおまけに マグネット


次回、『第12話 絶叫デュラハン怪人のわらう生首』は5/13(金)に投稿予定です。

未来に望みを持てぬ者に幸あれっ。


零司くんの歌うマザーグース"The Queen of Hearts"の原詩はこちらです。


The Queen of Hearts

She made some tarts,

All on a summer's day;

The Knave of Hearts

Hestole the tarts,

And took them clean away.

The King of Hearts

Called for the tart,

And beat the knave full sore;

The Knave of Hearts

Brought back the tarts,

And vowed he'd stael no more


零司くんがアレンジしすぎてて、原詩とは似ても似つかない歌詞になってます。

原詩に出るのはハートのトランプだけです。

著作権の切れているひなまつりのフシで歌えるかも。


玉子様のギターに加えて、セラレンジャーのテーマ曲を、

下の方でリンクしている『魔法少女隊セラレンジャーのテーマ』で公開しています。

音楽再生ができる方はぜひ聴いてみてください。



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[一言] 源さん……思った以上にすごい人なんですね(゜Д゜;) にしても、ねずみ講……恐ろしい組織が居たもんよ(゜Д゜;)
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