転生したら召喚された悪魔だった 続編
「転生したら召喚された悪魔だった」の続編です。終わらせる予定でしたが、残念ながら終わりませんでした。
非常に長くなってしまったので、面倒でなければ読んでみてください。次こそは、完結する予定です。多分。
ワタシは召喚された“悪魔“…。実感はないけれど理解はしている。何せ見た目が人っぽくない体だし、なんか夢見てる時のように触覚とか感覚ってものがないし、宙に浮いてるし、今なんて全方位に目があるのかって言うくらい周囲が見えている。
それにしても、学園に来てからと言うもの、学園長だとか理事長だとかお偉方が揃ってゼスタック、ハック両先生に尋問するかのような質問攻め。“悪魔“の所為だとは解っているけれど、こう言う感じはほんとに嫌い。ワタシ抜きでワタシの事を話し合うって子供じゃあるまいし、ワタシを交えないで勝手に決めた事に“悪魔“が素直に従うとでも思っているのだろうか?
〈そりゃね、危険と思われる“悪魔“を安全の確約もなく重鎮たちに合わせられないだろうけど、ワタシだってそんな頭の悪い“悪魔“じゃないとアピールはしたつもりなのに、信用してもらえなかったか…。〉
ワタシは魔術師という人達五人が張った牢獄型の結界というものの中にいる。正直、何ともない。何だろうと触ってみたけれど、牢獄の方が黒く溶けたようになってしまって大騒ぎになったから、申し訳なくてできるだけ触らないように真ん中にいるだけなのに、どうも勘違いした魔術師さんが二人。“悪魔“が結界に触れたのち恐れをなしたと、ホッとしてそんな事を話している。
暇なワタシはこうして学園長たちの部屋の様子を見聞きしているわけ。なんで出来るのかわからないけど、知りたいなと思ったら、カメラでも設置したかのように良く見聞きできるのだから、まぁ、“悪魔“の能力って便利よね。
「悪魔召喚成功はめでたいが、アレの位階は判明したか?」
「十二歳の生徒が召喚したのです。流石に冠位についている悪魔ではないでしょう。」
「そうだと思いますが、あの姿からして下位や名無しはないでしょう。それに意思疎通が図れると彼も言ってますし。」
「そうなのか?ゼスタック教授。」
一番偉そうに最後に質問した理事長は、態度だけでなく体型も偉そうだった。正直言って好きにはなれないバーコードの頭にぱつんぱつんの服装はいただけない。でも、真面目なぜスタック先生は敬意を払って答えてる、流石宮仕えが板についている社会人?と呼ぶべきか、それともどこかしら尊敬できる部分があるから敬意を払っているのか。
「はい。これまでの調べでは、かの悪魔は名乗りこそしてはいませんが何れかの冠位についていると思われます。会話自体も古代北部賢人であるドワーフの言語を操っていますから、上位冠位に属している事は皆様にもご理解頂ける事と思います。そして、召喚した本人だけでなく私も契約にてかの悪魔を従属させようと試みましたが失敗、悪魔は自由意志でここにいます。」
「ば、馬鹿な!上位冠位とは、そんな事が?どれ程の…ー」
「自由意志で居るなどとそんな事があれば、誰の魔力をエネルギーにしていると言うんだ!」
「ドワーフの悪魔なのですか?」
「何よりあの“悪魔”は安全なのかどうかだ!従属させてないのだろう?それが問題ではないか!」
「危険だと言うならさっさと送還してしまえば良いだろう。」
「…」
まぁ、この世界でも現場を知らないと言うか、自分だけの利益を尊重する者は居るという事が解った。
この会議で発言している内容は“悪魔“と“支配““隷属““能力“、そして“利益“に関しての事ばかりで、“悪魔“の召喚に成功したタクちゃん達の事は最初以外、話題に上らなかった。成績の評価はどうなるのか、ワタシだって気になっていると言うのに、先生方は忘れているのだろう。分からなくもないけど、ワタシとしては成績の方が気にかかる。
“悪魔“の処遇なんて、今のところ大人しくしているし、ワタシとしては何か事を起こすつもりも無いし、さっさとタクちゃんを召喚成功おめでとうって事で帰らせてあげればいいのにと思う。それを別室に三人とも拘束状態じゃ可愛そうなんじゃないかな。周りに警備なのかゴツい体格の強面な大人に立たれてちゃ、気持ちも落ち着かないだろうし。かと言って“悪魔“に言われたところで、状況が良くなるとも言い難いし。“悪魔“であるらしいワタシに何が出来るか全く分からないし、勝手に何かしようものなら…ダメに決まってるし結果も想像がつく。
《でも、バレなきゃ大丈夫かしら?やってみないとやれるかどうか
分からないし、もうワタシ人間じゃないし、色々やってみても
いいんじゃない?なんて言っても“悪魔“なんだし、
何が出来るか分からないけど…。》
まぁ、もう少し様子は見るけれども。子供たちも一応お菓子と飲み物は出されてるからお腹は減ってはいないだろうけど、あのドア横に二人窓側に一人子供たちの向かい側に一人、ゴツい鎧を着たイカツイ大人たちが控えてたら、なかなか落ち着いてなんていられないだろうけど…?って、あら?いや?そんな事ないの?
「ちょっとタクちゃん、お菓子食べ過ぎよ、あちこちに溢れてるしもう少し綺麗に食べてよ。」
「なんだよミミ、うるさ過ぎ。俺は召喚してエネルギーが足りてないの、腹減ってんだから仕方ないだろ?」
「うるさいって何よ、そんな汚い食べ方して、一緒にいる私達の方が恥ずかしいじゃない。ねぇ、エド。」
「え?」
「そんな事ないよなぁ、食べ方とか関係ないし。これでも食べて待ってろって言われたんだから問題ないし。ミミはばぁちゃんみたいにうるさい。」
「ば、ばぁちゃんてあんた…!」
「え、えと、その、ち、ちょっとそれは…。」
「だってそうだろ?ここには先生だっていないし、ただ待ってろって言われてるだけでいつまで待つとか聞いてないし。すぐ、ハック先生が戻ってくると思ったのに全然来ないし、腹は減るし、眠いし、もうどうでも良くなってくるんだよ。」
「だからって…!」
「うん。そうだよね…。僕もタクちゃんとおんなじ。お腹減ったし眠い。こんなに時間かかるならお菓子じゃなくて、ご飯がよかったな…。」
「だよな!」
「…そう言われると、そうなんだけど…。私だってお腹空いてるし、ジュースだって飲みたいしご飯食べたいし、お部屋に帰ってお風呂だって入りたいし、ベッドで寝たい!」
さすが若いからか監視されているような環境に順応している。その分子供たちの愚痴がどんどん増えていくなか、警備についている大人たちは全く子供たちの気持ちなど気にもしていない。そりゃ先生じゃない訳だし仕事の範疇ではないんだろうけど、それでも子供たちを少しぐらいフォローしてあげてもいいんじゃないのかしら。大人にとって待てる時間も子供にとっては我慢の限界って事もあるでしょうに、どこの世界にも気が利かない者はいるものね。それでもずっと萎縮して待っているよりは余程いい事は確か。思っているよりずぶとい神経してるのかもしれない。
けれど、大人たちの話が終わる気配すらないのは如何なものか…。ワタシの見たところゼスタック先生が一番まともな気がするから、結論を出す気がないならさっさと明日以降にでも持ち越せばいいものなのに、その一言を切り出せないのは、やはり会議に出席している中で発言権は低いのだろう。
〈ここは“悪魔“が、会議の終了宣言してあげるべきかしら?〉
いやいや、それは流石にまずいのでは?別室に一応閉じ込められているっていう話の訳で、突然会議に口出しするのは、覗き見してた事がバレてしまうし抜け出せる事とか、色々……マズいんじゃない?多分……。
でも、いい加減終わらせないと、子供たちは寝ている時間でしょ。この学園内の殆どが寝静まっているのがわかるのに、この子たちはソファでうたた寝しながら寄り添っている。何とか起きていようとしている事がいじらしい。
うん!ここはおばちゃんが頑張って大人たちにダメ出ししないとね!“悪魔“とは言え。
〈ちょっといいかしら。〉
ワタシは意を決して学園長たちの会議に割って入った。“悪魔“が突然会議室に現れたっていうのに誰も悲鳴を上げず、じっとしているのは流石、学園の学長なり教授などの実力者たちといった所なのかしら。
あら、いや、違う。これは気絶だわ。白目剥いてる。え〜、それは困る~。話がしたいのに、って言うか聞いてほしいのに…。
〈ちょっとちょっと。起きてる人はいないの?聞いてほしい事があるんだけど?〉
ゼスタック先生以外に数名、たったの三人だけでも気絶せずにいたのは良かった。ワタシはとにかく子供たちを解放して寝かせる事を提案し、明日、日付を跨いだので今日の昼以降にでも再度話し合いをする様促した。けれど、返事をしたのはゼスタック先生だけ。それは仕方ない、だって会話が成り立つのはゼスタック先生だけなんだから。それでも会話に興味を持っている三人は何を話しているのか、聞いて欲しい事などをゼスタック先生に話している。
「ゼスタック君。彼の者に問うてはくれまいか。何故ここに留まっているのか、何か目的があるのか。本来召喚された悪魔ならば召喚主の要望と対価に見合うだけの行動しかしない筈なのに、こうしてここに害なく存在する。その理由を知りたいのだよ。」
「バンドレイド主務…。私が質問したところで真面に応えてくれるかも疑問ですが、ご自身で質問されれば良いのではありませんか?私では主務がお聞きになりたい事を正しく質問できるかは保証できません。」
「ゼスダック教授。それなら私が質問しても良いでしょうか?簡単な質問ですので。」
「ランドロール教授、別に私に許可を求める必要はありません。私が召喚したわけでもなし、偶々私と意思疎通が叶っただけに過ぎないのですから。ランドロール教授ならば魔獣を従えられる才が有るのですから私よりも適任かも知れません。」
ゼスタック先生は特に嫌味のつもりはないんだろうけど、二人に答える冷静な雰囲気と言葉がなんか嫌味っぽく聞こえる。それにワタシには少しだけゼスタック先生がランドロールって言う人を苦手に思っているように感じた。
ランドロール先生は笑顔で発言する。
「ではお言葉に甘えて、先に質問させてくださいね。バンドレイド主務。」
「え?あぁ、仕方あるまい。簡単な質問というのだからな、先で良いぞ。」
「ありがとうございます。それではー…。」
案の定、ランドロール先生は自分の知っている多言語で質問しようと、ワタシがやったように“こんにちは“を多言語でいくつも挙げていた。ワタシは全部わかるけど、果たして今度は“悪魔“の言葉が通じるのか…?
「ーー@*^%##&¥€=+&)?’,l;;@ーー」
〈誰に従う気もないし、無理矢理従えさせようとするなら抵抗するけど?言葉通じてる?〉
「ひぃっ!いやぁ!」
ーー私に従い願いを叶るなら、君の望む魂を捧げると約束する。従属の頸木!ーー
そう、この苛つく人間はワタシに従属の魔法なのか魔術だかを仕掛けてきた。魔法陣?も“悪魔“を囲うように展開されている時点でワタシとしては敵対行動を取られたんだから、怒っても問題ないよね?他の三人はこの苛つくランドールの行動に驚いているようだし。別にこの魔法陣に何も感じる所が無いけど、苦しいとか、痛いとか、暖かいとか何もないのはどういうことなんだろう?ただのLEDライトのデザインにしか見えない。まぁ、良く言えば綺麗かな?でも、質問かなと思って多言語の“こんにちは“を聞いた後、いきなりこんな事されるんじゃ騙し討ちってやつじゃない?ほんと苛つく奴って大概こういう事やる奴よね…。
《“悪魔“は“悪魔“らしく、太々しく横柄に怒って見せようじゃないの。》
って思って、このLEDライトのような魔法陣を派手に壊そうと思ったら、前に一歩進んだだけでパシって電源が切れたみたいに消えてしまった。なんかこう、派手に割れるようなとか、粉々に光が散らばるような演出を期待したのに、ただの停電のように消えてしまって、え?って感じ。お陰でというか、部屋の明かりまで全て消えてしまって真っ暗な部屋で“悪魔“と四人がただいるだけとなり、“悪魔“には関係ないけど、みんな暗いだろうなと思って懐中電灯を下から顔に充てるイメージで、ワタシはここにいるよって教えてあげるついでに、さっきの答えを言ったら。ランドールが悲鳴をあげて気絶した。確かにちょっとイラついたから驚かそうとやってはみたものの、ちょっと大人気なかったなとは思った。
これがほんの少しの間に起きた事なんだけど、気絶したランドール以外に説明できるのは“悪魔“だけだから、言葉の通じるゼストック先生に事の次第を説明したのだ。
「…そうでしたか。同僚のランドールが失礼いたしました。」
「…どうした事か…?君たちの会話が聞き取れるのだが…?何故いきなり…?」
「!バンドレイド主務!私も、私も聞き取れます!え?なんでだろ?」
「ふむ。シュワルツマン助教授がいきなり聞き取れるというのは…。仮定ではありますが、彼女の魔法、若しくは法術か何かに掛かっているのではないでしょうか?」
「うぅむ…。確かに、ランドール君の悲鳴を聞いた後から、彼女の言葉が少しずつ言葉として理解できるようになった気がするのう…。」
「はっ!そうですね。私も変なモニョモニョした音だったものが言葉として聞こえるようになっていった気がします。」
…そうか、ワタシの言葉ってモニョモニョした音だったんだ。そりゃ解らないわね。
でも、“悪魔”の魔法?良く解らないけど、あの懐中電灯を顔に当てた様なイメージのやつしかやってないけど、あれがそうって事よね?まぁ、意思疎通ができるなら何でも良いけど。びっくりね。それにワタシの事“彼女“と表現したってことは、ワタシに対する認識がはっきりしてきたのか、見た目が女性っぽくなったのか、声が女性だったのか…。それにしても意思疎通ができるのがここにいる三人だけなら、さっきのゼスタック先生の仮定が正しいと思える。それには他の人とも会ってみないといけないんだけど、それを今すぐする訳にもいかないわね。なんて言ってもこの部屋の惨状がそれを許すわけがない。
〈ワタシの言葉が通じる様になって状況はマシになったけど、この惨状はワタシの責任だから、謝罪しないといけないわね。何かすべきなんだろうけど、“悪魔“が手出しするのは要らぬ誤解を招くかもしれないから、貴方たちが主導でワタシが手伝う形がいいでしょうね。〉
「…そうですが、手伝って頂けるのですか?対価は何をご所望ですか?」
〈対価?何かくれるの?〉
「普通ならば対価としては“魂“が相応しいと言われているが、まぁ、生命であったり、魔石や精霊石、聖石などその使用能力によって対価も変わってくるのだ。この世界にい長くいる事でさえ対価が必要のはずなんだがのぅ…。お主の存在自体が今までの“悪魔“に対する知識が間違いかも知れんと言っておる様なもので。いや、お主自体が特殊なのか。」
〈さぁ?他の“悪魔”を知らないからワタシが特殊かどうかもわからないわ。〉
「「「?」」」
全員の意識が“悪魔“に集中した。会話している最中も手を休めず気絶した者たちを別の部屋に移動させて床とはいえ、横に寝かせていた魔法の手が止まったのである。魔法が途切れ運ばれている最中の人は床にドカッと落ちてしまったが気絶した人って意外に目を覚まさないものなんだと、初めて知った。
「他の“悪魔“を知らない、と?そう、申されたのか?」
「そう聞こえましたね…。」
「…ですよね?聞き間違いじゃないですよね?そんな事ってあるんですか?」
〈?〉
「悪魔は一箇所に生息し、召喚主の力量、対価、契約内容によって見合った悪魔が召喚されると言われているし、今迄の悪魔からの情報でも間違いないはずだが、のぅ…。」
「確かに、悪魔召喚の記録ではその様に記されておりますね。約三百年ほどの研究成果ですが、間違いがあるとは思えません。」
「では、魔法陣が違い別の悪魔族から召喚されたんでしょうか?」
「いや、魔法陣の確認をしたが確かに間違いなく今までと同じ召喚陣だった。子供たちにも確認したが、手順に間違いもない。」
「別の悪魔族との契約に使われる召喚陣であれば、この様なこともあってもおかしくないんだがの、我が公国、我が学園にて使用される召喚陣で間違い無いのであれば後は召喚者の力量にかかってくるじゃろ?だが、のぅ…。」
「そうですね。タクリード・ゲインにこの“悪魔“を召喚できる程の力量があるとは到底思えませんが…。他の理由も考え難いですし、彼の潜在能力を調べられれば良いのですが。」
「タクリード君以外の二人にも、気になる事や何か普段と違う何かがなかったか確認した方がいいですね、本人も忘れてる様なことがあるかも知れませんし。」
「その通りだの。」
結局、ワタシが手出しする事なく全員を隣の部屋の床に寝かせ終えた三人は、子供たちを起こさず客室に寝かせ、改めて話を聞くことにした。ワタシはと言えば、眠くもなくお腹も減らないので一番の年長者であろうバンドレイド主務に、本体というべきか体?らしきものを部屋に残したまま、学園の敷地内を見て回る許可をもらった。その能力がある事や拘束はできない事、誰にも気付かれない事や迷惑をかけない事などを約束し、やっと、自由行動ができる様になった。
《いやまぁ、自由を奪われていた訳じゃないんだけど、勝手に行動するのは、
ねぇ、“悪魔“が自由気ままにウロウロしてちゃ、気が気じゃないだろうし。
まぁ、今のワタシがどういう状況かわからないと。こんな、いつ消えるかも
わからないんじゃ何もすべきじゃないと思うし。逆にそうでなければ
これからの身の振り方を模索しないとね。》
そう、召喚された“悪魔“は契約に則り、契約条件が履行されたら“悪魔“の世界に帰るらしい。けれど何をどうしても何かの契約を結んだ記憶がないし、もちろん書類もない。じゃぁどうしてワタシはここに存在するのか?召喚陣、召喚者、魔力、その他。この“その他“の要因を探さないとワタシがここに、こんなふうに存在する理由は、きっとわからないんだろうと思う。
だって、夢じゃないんだもん。色々夢っぽいのに、夢じゃないんだよこれ。だって、長いじゃないこの夢。普通、夢ならここまで長くないでしょ?いい加減目が覚めてるって。それに夢って、どこか、夢だなって自覚あるものだしね。死んだ自覚もあるし、現状夢っぽいんだけどね。“悪魔“なんてね。参るわよね。ワタシが望んだわけでもないのに。それとも望んだの?知らないうちに、無自覚にとか。いやいやいくら何でも望まないでしょ“悪魔“になりたいなんて。どちらかと言えば“天使“の方じゃない?なりたいって言ったら。でしょ?
あーこれ、久々の現実逃避ってやつだわ。思考がぐちゃぐちゃしてる。ここは冷静に、今わかっている事。状況を整理して、必要な情報を仕入れないと。
今が何時かなどわからないが、人々が寝静まり、動物の鳴き声も蟲の音や風すらもない、静寂の時。まるで時を止めたかの様な世界に“悪魔“は意識を広げていった。それは、例えるなら建物や樹々、山や谷、あらゆる隙間を埋めるように生クリームを塗りたくって生クリームしか見えないくらいに覆い尽くしていった様な感じだ。そしてその生クリームは吸収されて地面の奥深くまで溶けて消えていった。
気がつけば学園内だけの約束が、この都市全てになっていた事は内緒にしておかねばならないだろう。城壁で囲まれていて、塗りやすかったのだ。勿論、それを言ったら学園も塀に囲まれていたけれど、意外に小さくて大量の生クリームを持て余したワタシは、都市全部を覆うには足りなかった生クリームを少々増やして都市全部を覆った訳だった。後で何か言われたら、バンドレイド主務には許可をもらった事にしよう。学園内は確かに許可をもらったしね。これで細かい情報は勝手に入ってくる。後はこの世界の常識や世界観、歴史や情勢が知りたい所だが、先生方なら当然知っているだろうから、誰に聞くのがベストか、一番早起きの先生にしてみよう。きっと真面目な人に違いない。
そして一番真面目な先生はゼスタック教授だということがわかった。それは、一番早起きだったわけではなく、寝ずに起きていたことがわかったからだ。なぜわかったかなんて、それは“悪魔“の本体(?)がいる場所に来て何をしていたのかと、問い詰められたからだ。
〈…特に害をなす様なことはしていないけれど?何か不味いことでも?〉
「いや、そういう事ではないのですが…。私とて“悪魔“詳しいわけではないので、知らないことを知る事ができる機会を逃したくはないのですよ。いつアナタが魔界に帰るかわからぬのだから、ここにいるうちに質問に答えてもらいたいのです。何に興味があって、何に強くて何に弱いのか。あぁ、これは弱点を知りたいということです。私たちは弱いので出来れば脅威から身を守る知識は得たいですから。」
〈正直な先生は好感が持てますね。そんな先生には教えてあげたいんですけどね、何が弱点で“悪魔“を消滅なり弱らせるなりさせられる“何か“を。ですけど、残念ながらワタシも知らないんですよ。ですからゼスタック先生がこうだろうと思う“何か“をしてみてくれませんか?〉
柔かな雰囲気で言ってみたが、はぐらかされ、馬鹿にされたと感じたらしくゼスタック教授は冷ややかな表情で冷たく答えた。
「…その様な事をして本当に“悪魔“あなたが消滅したり弱体化してしまっては困るんですよ…。私に責任は取れませんから。それにアナタが魔界に帰ってしまったら次に召喚したとしても暫くアナタが召喚されることはないでしょう。他の“悪魔“が召喚されたとしても同じ様に会話が成り立ちアナタの様に協力的とは限りませんから。」
〈…その“協力的な悪魔“に対して、今のこの、“悪魔“の状況は良い待遇とは言えない状況では?〉
「それは、確かにそうかも知れませんが、通常であれば召喚者と契約をしている状態ですので、今のアナタの状態、つまり“縛り“のない状態はありえません…。その様な状態のアナタの様な“悪魔“がいるとしたら、それは大災害。討伐対象であり、恐怖の対象です。それもこの様に長い時間何のエネルギー供給もなく顕現していらっしゃる。この世界の理としてはあり得ない事なのです。」
ワタシの様な“悪魔“ではなく、下位の下位、会話もままならない下級のモノならばチラホラ存在するが、ソレらは召喚されたモノではなく自然に発生するものなので大した問題ではないという事らしい。まぁ、聞いている感じからすると日本の“餓鬼“に近い存在なんだろうと思う。悪意の塊。けれどそれもちょっとした除霊アイテムなどでどうにかなる様だ。
《本当にワタシという存在は何なんだろう。ワタシにしてみれば
死んだ自覚と次に意識が戻った時には召喚された状態だったし、
こっちこそどうしてこうなったのか聞きたいくらいだもの。
もしかしてワタシが“悪魔“の体(?)に乗り移っちゃったとか?
だって、本当は転生したなんて思いたくないじゃない。
それはつまり“悪魔“として生きて(?)
いかなきゃならないって事なんだから……。》
「私としてはアナタの自己申告で、アナタの位階、成り立ち、能力や弱点などを事細かく教えていただきたい。アナタが様々な事を隠す事で無駄な時間を費やしたくありませんから。」
〈…それは、ワタシの履歴書、もとい身上書が欲しいということかしら?〉
「履歴書、身上書の事をご存知なら話が早い。両方の提出を希望します。」
〈……………見合いでもないのに……………。〉
思わず呟いた愚痴はゼスタック教授には聞こえていなかった様だ。こんな時には、人の姿でなく表情もわからない今の姿で良かったと思った。
何ができるのかわからないワタシは、かつてのゲームの様に、自分の状態や持っている技などが確認できるステータス画面が欲しいと心底思った。自己申告なんて何にも知らないワタシには何も申告する事がない上、隠していると思われてしまう。そんな疑いをかけられるくらいなら余程勝手に調べてもらいたい。まぁ、それができないから自己申告なんだろうけど……。はぁ、イライラが増加してきてワタシは恥ずかしげもなく叫んだ。
〈ステータス!〉
「?何ですか?何語でしょうか?」
ゲームの事を思い出しながら叫んだからか、いつの間にか日本語で叫んでいた。そのせいでゼスタック先生には聞き取れなかった様だけど、それはそれでラッキー。恥ずかしさも薄れていって、叫んだ甲斐もあり、なんとゲームの様なステータス画面が現れてくれた。
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名前 ○○○ママ レベル 0
種族 悪魔X魂X御使 属性 黒ーMCYーRGBー白
種族特性 闇真性 光真性
職業 主婦
称号 並主婦
特技 万能主婦力
性質 大概のことがこなせる。普段は抜けているが仕事となるとミスなく
完璧に結果を出すタイプ。
手抜きできる所を見つけることが上手。裏表はないがメリハリがある。
忍耐力があるがキレるとやばい。平和主義だが敵対するものには容赦ない。
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大雑把に見えるものの各項目に詳細画面もあり、細かい内容を確認したければ詳細画面を展開すれば良い様だ。問題はこの画面が他者にも見られてしまうのか不明な点と、内容。
職業主婦ってなに?いやいや、人間だった時は主婦ですよ勿論。三十年程主婦しました。仕事しながら主婦した時期もありました。お陰で手抜きも覚えましたし、より、効率的にやる事しないと時間が足りないと身にも染みたし、色々諦めもして、期待することもやめてしまった。それでも何とか楽しく生きていたワタシの人生が、ステータス画面で簡単に軽く評価された様な、嫌な気分になった。
《…こんな画面、見るんじゃなかった。確かに他人に自慢できるような
人生ではなかったけど、大した能力のない人間だったって、
言われたみたいじゃない…。》
詳細画面を確認もせず、最初に出たステータス画面だけを見て自分自身に失望してしまった。詳細を見なくても想像できる範囲内だから確認の必要性を感じなかったのだ。けれどそんな事はワタシにしか関係のない事。他人であるゼスタック教授には必要と思われる部分をプリントアウトして渡さなければと思い、ステータス画面の詳細部分の必要箇所だけを抜き出して作った書類を渡した。ただし、名前、職業、称号、特技はあまりの恥ずかしさに黒塗りして出したのだが、ゼスタック教授は、位階を教えてもらえないのであればせめて称号だけでも知りたい、と言うので、黒塗りをやめて見せた。
「…この“並主婦“とは?どう言ったものですか?私たちの世界にはない言葉の様なんですが…?」
〈そうなの?………それは、家の全ての事をする能力の位を示す言葉、みたいな感じかしら。家のこと全般の仕事ができるって言う事ね。(まぁ、人並みに、ね。できない訳じゃないから、こんなものよね。)〉
「…それは、素晴らしいですね。(“悪魔“の家と言えば、城か、領地か?それの全てとは?)全てとは、管理や指示などでしょうか?」
〈えぇ、そうね。管理、指示、勿論自分が動かなくてはならないけど、現状を把握して円滑に生活するのに必要な事は全て先んじてやらないとね。そうでなければ並の主婦にもなれないわ。(もっと出来る主婦だったら部屋も綺麗できっとモデルハウスの様なお家で生活して、近所付き合いも家事全般完璧なんでしょうけど、ワタシにはそこまでは無理だったわね……。)〉
「…“並“とは大体どれ位の位置でしょうか?」
〈…………“並“は“並“。三段階で真ん中くらいって言う事…。〉
ゼスタック教授は“悪魔“が不機嫌になった気を察して、それ以上の質問を控えた。それに種族も“悪魔“だけでなく他に混ざっていると言うべきか解らない上に、属性も未知の表示が複数。種族特性に至っては真反対の特性を所有し、レベルという知らない項目がゼロとなっている。わからない事だらけだが、種族が“悪魔“だけではないことから今まで召喚された事のない“悪魔“だと言うことだけは確信できた。
「…これが全てではないですよね?使用できる能力、魔術などは教えていただけまでんか?」
〈…詳細は勿論出していません。ワタシも痛い思いや苦しい思いをしたくはありませんし、正直なところ何が出来るかは詳細には出ていません。ただ一文だけ、“やれば出来る“、です。〉
「“やれば出来る“ですか?それは…法術名ではないですね…。」
〈そうでしょうね。ですが、思い当たる節はあります。あなた方の会議も子供たちの様子も、知りたい、と思った結果知る事が出来たのだと思います、何の呪文もなく。〉
「…それは、何の、参考にもなりません、ね。他には?」
〈…本当に正直に話している事を信じて欲しいのですが…。〉
そう言ってワタシはステータス画面がゼスタック先生に見えるように願った。勿論黒塗りは黒塗りのままで。そうでもしないと説明が難しいし、言葉だけで理解を求める方が無理な気がしたからだ。詳細画面もワタシの願いを叶えワタシには黒塗り部分がマーカーが引かれているように見えるだけで表示されていた。
《まだ詳細画面の確認もしていないのに、秘匿したい部分が既に
黒塗り状態で表示されるなんて、至れり尽くせり?
有能な秘書でもついているのかしら?》
「…空欄が多いですが、これは秘匿されているのでしょうか?」
〈秘匿ではありません。秘匿は黒塗りしています。これらの空欄はこれから出来る様になるだろう能力、今はまだ知らない能力を発現させた後に表示される様ですね。〉
「?様ですねという事は、確かではないのですか?」
〈えぇ、ワタシも今、知ったからです。〉
それからワタシ達はレベルなどの話など、ステータス画面に出ている事柄について話し合った。勿論、ワタシのことだけではなく、この世界のことも聞かせてもらった。
この世界の成り立ちは、【クイール・ルデリオス創世記】という、(どこの誰が書いたのかわからないけれど、)書物に世界の成り立ちが記されているという事だった。そしてそれを題材にした絵本など多く出版されていた。
*この世界は闇しかなかった
闇は長い長い時間 ただそこに存在するだけだったが
変化のない世界に飽きてしまった闇は気まぐれに
周囲にあるものをぎゅっと丸めて 星を造った
星が生まれた時に 同時に
眩い光が生まれ 熱が生まれ 氷が生まれ 雷が生まれ 星に命が生まれた
闇は これらの変化に 大層喜び
幾つも幾つも 数えきれないほどの星を造った
そうして世界は 美しい星々で埋め尽くされた
*星に生まれた命は 星と同時に生まれた
光 熱 氷 雷 と共に 成長し進化していった
闇 星 光 熱 氷 雷 はそれぞれ 精霊となり
生まれた命達と共に 星の上で仲良くしていた
特に仲良くしていたのは 精霊と 精霊と通じやすい霊人族だった
しかし 霊人族は 己の能力を過信して
精霊を隷属させ 精霊の力を搾取し 世界を支配していった
長い年月が経ち とうとう精霊が反旗を翻した
精霊を支援する魔人族と 霊人族が覇権を争う戦いが世界に広がった
霊人族は敗れ 体内の魔力を使用する魔人族が 勝利し
世界に平和が訪れた
*戦いに敗れ 生き残った霊人族は魔人族のいない世界へ 旅立って行った
これが絵本の内容でこの世界の成り立ちのようだ。内容からして、ワタシの知っている世界観ではないようで、この世界の全員が“魔人族“の人なんだろう事は理解したけれど、だからって全部を理解したわけではない。生活水準も価値観も食事事情すら知らない。まぁ、あと数日もすればそれらの情報は入ってくるはずなんだけれど。ただ、ワタシはいつまでこの世界にいられるのだろう。こんな“悪魔“を召喚するなんて授業内容がある世界、魔人族しか(?)いない世界。それでも陽が登った空は青くなっていくし、生命の息遣いが聞こえてくる、命が生きている世界であることは間違いないのだ。
「夜が明けた。私は自室に戻りますが、大人しくして下さい。他の者にここから抜け出している事が知られるのは、いらぬ騒動を引き起こしますので。」
〈…他にも気付く人がいるのかしら?それなら、大人しくしていましょうか。でも今日集まれる人はどれだけいるの?〉
「……そうですね…。意識を保てる者は昨日と同じですので…。私を入れて四人でしょうね。」
〈知ったかランドロールも入れてるわけね。まぁ、他の人の阿鼻叫喚なんて聞きたくもないから、ここにいるわ。〉
「感謝します。」
ゼスタック教授は“悪魔“に一礼すると部屋を後にした。