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第七話 僕の恋に関する話

 どうも僕は恋に堕ちた。らしい。


 こんな気持ちは初めてで、よくわからない。

 でも側にいたタカが「堕ちたな」と笑っていたので、多分「そう」なのだと思う。


 ちょっとした瞬間に彼女のことを思い出す。

 ついボーッとしてしまう。

 ふわふわしているような。あたたかいような。

 かと思ったら突然胸がぎゅーっと締め付けられることもあって、感情の揺れ幅が制御できない。


 日曜日の目黒家の山での作業でも、つい明子さんを目で追ってしまう。

 手元がおろそかになって何度も千明さんに怒られる。

 そんな僕を見て明子さんがくすくす笑う。

 その様子もまたかわいくて、見惚れてしまい、また千明さんに怒られる。


 ただでさえ『役立たず』の僕なのに、ますます『役立たず』になってしまった。

 



「早く告白すればいいのに」

「そうは言うけどな」


 誰もがお前みたいに告白できると思うなよ。


「僕は一族の『役立たず』だから。

 おつきあいするにしても条件が悪すぎる。

 明子さんみたいな素晴らしい女性には、僕なんかがつきまとったら迷惑になるよ…」


(くら)っ!!」


 それから散々タカに説教されたけれど、やっぱり僕は明子さんにふさわしくないと思う。


 でも、彼女のことを想うと、胸の奥がぽわんとあたたかくなる。


 この気持ちをどうすればいいのかわからない。


 タカは僕の話にうーんとうなり、ひとつの結論を出してくれた。


「とりあえず、その気持ちは大事に持っとけ。

 今はオレ達もアキちゃん達も忙しいから。

 お互い落ち着くまで、保留!

 熟成させとけ!」


 確かに僕達も明子さん達も忙しい。

 山のこともあるが、彼女達は受験もある。

 僕達も卒論や司法試験がある。


 そうか。保留か。

 

 それもひとつの方法だと納得したら、少し落ち着いた。



 そうしているうちに四年生になり、本当に忙しくなった。

 勉強も大変になり、スーパーのバイトを辞めた。

 人力車のバイトも下足番のバイトも、夏休みで辞めた。

 毎週の目黒家の山作業以外は、勉強と一条さんの事務所で年が明けた。

 



 正月の各種神事が一通り終わった頃。

 毎年、安倍本家に一族が集まる。

 そこで主座様に祈りを捧げ、当主に挨拶をし、当主から一年の報告などを受けるのだ。


 例年下座の一番隅で座っていた僕だが、今年は一条さんの助手として一番上座の、当主席の奥に控えていた。

 ちなみに一条さんは毎年この位置だ。



 例年どおり進行して行き、最後に当主の報告となった。


「私も今年四十九になる。

 慣例どおり、遺言と後継の指定をすることとする」


 七の七倍の数である四十九歳で当主が亡くなることが続いたことがあったとかで、四十九歳になるときには後継を指定する決まりがある。


 父は「結界守護は」「退魔責任者は」「財務管理は」と、仕事の責任者を改めて指名していく。

 ほとんどは今の役職のままなので、問題なく進んでいく。

 

「尚、次期当主だが」


 ピリリ。空気が張り詰める。


「息子の晴臣(はるおみ)は当主にしない」


 途端にあちこちでざわめきがおこる。

 ほとんどが安堵の声。

 中には僕を(おとし)める声もある。

 はいはいわかってますよ。

『霊力なし』は大人しくしときますよ。


 この発表で少しは僕の周囲も静かになるかな。と考えていたら。


「次期当主は、晴臣の息子とする。

 これは主座(しゅざ)様のご指示だ」


 父が最後に爆弾を落とした。




 面倒くさいことになった。


 心の底から面倒くさい。


 あの爆弾発言のあと解散となった途端に、一族の娘を持つ連中がどっと僕に押し寄せてきた。

 今まで散々『霊力なし』『役立たず』と馬鹿にしてきたのに、急にちやほやと持ち上げてくる。

 手の平返しもいいところだ。


 ああ、面倒くさい。


 きっと釣書を預けている仲人さんのところに申し込みが殺到するぞ。

 今まで見向きもしなかったのに。


 ああ、嫌だなぁ。

 嫌だなぁ。


 こんな時は目黒家の山に行きたい。

 あの高い場所から街を見下ろして、風に吹かれたい。

 ごちゃごちゃした俗世も、面倒くさい一族も、何もかも吹き飛ばしてもらいたい。


 千明さんと明子さんの笑顔で癒やされたい。


 そう考えるけれど、頭に浮かんでくるのは明子さんの笑顔だけだった。


 でも。


 駄目だ。


 僕なんかが関わったら、明子さんの迷惑になる。


 特に今は父の爆弾発言のせいで、一族中がピリピリしている。

 僕が女性に近づいたら、その女性にどんな危害が降りかかるかわからない。


 なんだよ。今までさんざん『役立たず』って言ってたくせに。

 僕は『役立たず』なんだろう? 放っておけよ。


 父も父だ。いらないこと言って。

 母も母だ。父を止めてくれたらよかったのに。


 ため息ばかりが出る。

 そんな僕を、一条さんは面白そうに見ていた。

 アドバイスを求めたが、「自分でどうにかしろ」とバッサリ切られた。




 千明さんの夢を叶える足がかりとして、タカが起業することを決めた。

 今千明さん達がやっている仕事を、会社として請け負うのだ。

 将来的には業務を拡大したり、新規事業を展開したり、人を雇って安定的に山の整備をしたりすることを考えていると話してくれる。



 タカも弁護士資格だけはとった。


「どこで何が役に立つかわからないから、取れるモンは何でも取っておく」


 タカらしい発言だ。

 普通は取るの大変なんだぞ?

 そんなスーパーのお買得品みたいに「せっかくだから」って取れるモンじゃないぞ?


 起業する会社の法務を自分が担当するという。



 社長は千明さんの父にした。

 千明さんが成人したら、千明さんが社長になる。

 それまでのつなぎだ。


「面倒は全部自分が背負う」とタカが社長になろうとしたのだが、「言い出したのは自分だから」と千明さんがやると言い出した。

 二人が揉めて、たまたま一条さんとの打ち合わせに来ていた父にタカが愚痴ったところ、「タカ君は社長しないほうがいい」と父が言った。

 いわゆる予知――『先見(さきみ)』というものらしい。


 本来なら莫大な金を積んで『見』てもらうのだろうに。

 そんなコーヒー淹れてもらったついでにやって大丈夫なのだろうか?

『霊力なし』の僕にはわからない。



 なんだかんだと色々あったが、起業手続きも大詰めまできた。


 今日は書類の最終確認の日だ。

 タカの案件だからと、特別に所長の一条さんが担当してくれている。

 普通だったら下っ端所員で十分の仕事なのに。

 ありがたい。


 千明さんの父に、千明さんと明子さんも同席して、タカと一条さんのやりとりを聞いている。

 社長になる千明さんの父に、記入するところや印を押すところを僕が指示する。

 

 書類と格闘して、無事終了したときには全員が達成感に包まれていた。


「よし。じゃあこの書類、提出してきます!」


 タカと千明さんが立ち上がろうとしたその時。



「ここに安倍晴臣はいるかぁ!?」

「いるのはわかっているんだぞ! 出てこい!!」

「ちょっと、困ります! 勝手に入らないでください」

「うるさい! 我々は安倍家の人間だぞ! 逆らうというのか!?」



 部屋の外から騒々しい声が聞こえてきた。


 あ。一条さんが怒ってる。

 貼り付いた笑顔の額に青筋が立っている。


「――晴臣くん。ご指名ですよ」

「えええぇぇ…」


  面倒事を押しつけないでほしい。

 とはいえ、確かにこれは僕が出ていかないとおさまらないだろう。


 一条さんの指示を受けて、諦めて部屋を出ると、案の定の三人がえらそうに立っていた。

 父の弟の息子達――僕の従兄弟達だ。



 僕に気付くなり三人は「貴様!」と僕を取り囲む。


「あれはどういうことだ?!」


「あれ、とは?」

 わざととぼけてみせると「後継者のことだ!!」と怒鳴る。


「貴様がご当主に何か言ったんだろう!」

「自分が『霊力なし』だからといって、生まれてもいない息子を当主にしようとするなど、卑怯だと思わないのか!」

「息子だからとご当主をそそのかしたのだろう?! 卑怯者め!」


 あー。うるさいなー。


 以前の僕だったら萎縮してしまったかもしれないが、これだけ見当違いの文句を並べられると、一条さんの修行で出会ったクレーマーと変わらない。


 一条さんの指示どおり、部屋に入れることにする。

 明子さん達ももう避難した頃合いだろう。


「とりあえずここでは迷惑ですので、こちらへどうぞ」

 にっこりと笑顔を向けて、扉を開く。


 そんな僕に相手も何か違うと感じたのか、押し黙り大人しく別室に入った。


 中には一条さんだけがいた。

 不自然に衝立が置いてあり、その向こうにタカ達がいるのがわかった。


 えー。話聞かせるんですかー。

 タカはともかく、明子さん達には聞かせたくないなー。


 思わず眉がへにょりと下がる。


 一条さんの存在に気圧されていた三人だったが、僕の弱気な態度に自分達の優位を確信したらしい。


「では、説明してもらおうか。

 何で貴様の息子が次期当主となるのだ?!」


 一条さんへの挨拶もなく、三人のうちのひとりが僕を糾弾する。

 あー。面倒くさい。


「ご当主の説明が全てです。僕は知りません。

 文句があるならご当主にお願いします」


「お前がそのご当主をそそのかしたのだろう!」

「『霊力なし』の『役立たず』のくせに、悪知恵だけは働くようだな!」

「貴様なんかより、我らのほうがご当主に近い!

 霊力だってある!

 我らの誰かこそが当主になるべきだ!

 それを貴様が邪魔しているのだろう!?」


 あーあ。一条さんがにっこりと笑ってる。

 こいつら全然気付いてないな。


「何度も言いますが。

 全てはご当主の決定です。

 僕は関係ありません。

 ご意見はご当主に直接お願いします」


「言ったさ!」


 言ったのかよ。図太いな!


「しかしご当主は意見を変えることはなかった。

 貴様が何かしたのだろう!」


 何でそうなるかなぁ。

 面倒くさいなぁ。


 尚も三人は僕を罵倒する。

 もー、こうなったら好きなだけガス抜きさせて、適当に帰らせるしかないかなぁ。


 いやだなぁ。


 衝立の向こうに明子さんがいる。

 彼女にこれを聞かれていると思うと、泣きそうになる。

 僕がいかに『役立たず』かを知られることが。

 僕の側にいると、この悪意にさらされなければならない事実が。

 話でなく、実感として彼女に知られるのが、悲しい。



 やっぱり、僕が彼女と付き合うなんて、しちゃいけない。

 彼女に悪意が向くと考えただけで、気が狂いそうだ。

 彼女を守るには、僕が側にいてはいけない。



 僕は『役立たず』だから。




「安倍家の方ですかぁ?」


 突然、明子さんの声が耳に届いた。

 え? と驚き振り返ると、衝立の影から明子さんと千明さんが並んで出てきていた。


「な…ッ!」


 何出てきてるの?!

 危ないよ!

 タカは何してるんだ! 止めろよ!!


 僕が彼女達を止めようと声をかけるより早く、彼女達は可愛らしく話しはじめた。


「今ちょっと聞こえたんですけど、ご当主に近い方だって…」

「えー。すごいですぅ」


 突然現れた可愛らしい女性二人にキョトンとしていた三人だったが、褒められて鼻を高くしている。

「それほどでもあるかな」などと言っている。阿呆だ。



「じゃあ、ご当主と同じことができるんですねー」



「「「………は?」」」


「私達、安倍家のご当主にお会いしたことがあるんです」

「その時『ある件』についてお話させていただいて」

「『安倍家当主として保証する』てお言葉をいただいて」

「それで今こちらに来させていただいてるんです」


「ねー」と二人が顔を見合わせて可愛らしく首をかしげる。



 三人は明らかに動揺している。

 安倍家当主に会うことも。

『当主として保証』の言葉を得ることも。

 普通で考えたら、あり得ないことだ。


 それほど、この街での『安倍家』の存在は大きい。

 父もそれをよく理解していて、普段は絶対に『安倍家当主』を名乗らない。

 そのことは、一族ではよく知られていた。



「と…当主と会ったなどと、嘘を…」


「? ご当主って、吊り目の、こんな髪型の、ここにこのくらいの傷のある、こちらの一条弁護士と同年代の男性ですよね?」


 正解です。


 三人組は青い顔をして口をパクパクしている。

 彼女達が父と会ったことがあると理解したらしい。

 

「あなた方も、ご当主と同じことができるんですよね?」


 明子さんに可愛らしく問われ、三人が言葉に窮している。



 当主と同じことができるなら、こんなところで騒ぎ立てるまでもなく、後継者になれるだろう。

 そもそも、父は現在の一族の中では飛び抜けて『霊力』が強い。らしい。

『先見』の他にもいろんなことができる。らしい。


『霊力なし』の僕には全くわからないけれど。



 三人が、ちらりと一条さんを見たのがわかった。

 一条さんは微笑みを浮かべて黙って座っている。


「できる」と言えば、一条さん経由ですぐに父に報告がいく。

 虚偽申告したとして厳罰は確実だ。

「できない」と言えば、彼らの面子は丸潰れ。


 さあ。どうするのかな?



「…もしかして、できないんですかぁ?」


 ちょっとがっかりしたように千明さんが言う。

 阿呆どもは「う」とか「あ」とか言うだけで、何も反論しない。


「できないのなら、あなた方が『役立たず』と言っていた方と同じ、ということですね?」


 にっこりとまぶしい笑顔で、明子さんが言葉の刃をふるう。

 阿呆どもが致命傷を受けている。


「こ、この『霊力なし』と一緒にするな!」


「えー。でもぉ。できないんですよね?」


 かろうじて出した反論も瞬時に封じられる。

 さらに明子さんは無邪気を装ってこんな提案をする。


「一条さん。

 この人達、ご当主に用があるんですよね。

 じゃあ、ご当主呼んじゃったらどうですか?」


 三人組がぎょっとする。

 安倍家において、下の者が当主を呼び出すなどあり得ない。

 ついでに、イチャモンつけに弁護士事務所に乗り込んだことも一緒に報告されるのは間違いない。


 提案された一条さんはイイ笑顔だ。


「いい考えですね。

 では、信泰(のぶやす)くんと信義(のぶよし)くんと博征(ひろまさ)くんが話があると、すぐに連絡しますから。

 もうしばらく、ここで待っていてもらえますか?」


 ひとりずつ目を見て名を呼ばれ、三人組が固まる。

 まさか名を知られているとは思っていなかったらしい。

 文字通り『蛇に睨まれた蛙』だ。



「い、いや。それにはおよばない」

「そ、そうだ。ご当主には、こちらから出向く」

「あ! いかん! 用事があるのを思い出した!」



 引き止める間もなく、三人組は部屋を飛び出して行った。


 あとに残されたのは、ちょっと見せられない顔の女性二人と、イイ笑顔の一条さん。


「クズが」

「小物ね」

「いやいや、お二人、なかなかやりますね」


 タカと千明さんの父も衝立から出てきた。

 何で二人は腹を抱えて震えているのかな?


「――み、見事な小物っぷり……!」

「さ、さすがは我が家の娘達。容赦ないな!」



 あれ?

 

 なんか、僕だけが、彼女達への認識がちがう??



 きょとんとしている僕に、明子さんと千明さんが笑顔を向ける。



「女子校育ちをなめないでよね」


「このくらいあしらえないようでは、京都の女子はやっていけませんよ?」



「――そう、なの?」


「「そうよ」ですよ」


 ふふん。と二人が同じように胸をはるものだから、なんだかおかしくてついふきだしてしまった。



「だから。オミは安心してアキと付き合いなさいよ」



 ――は?



 千明さんの爆弾発言に、頭が真っ白になる。


 ギギギ、と音がしそうなくらいぎこちなく明子さんに顔を向けると。


「どんとこいです」


 可愛らしく両腕を曲げて力こぶを作るポーズをしてみせる。



「――タカ?」


「いやいやいやいや! お前、バレバレだから!」

「おっちゃんもわかってたよー」

 千明さんの父にまでひやかされて、一気に頭が沸騰する。



「え? な、な、 え? え?」


「アキちゃんの家族もみんな賛成だって。

 もちろん目黒家(ウチ)も賛成だよ。

 晴臣くんのご両親ともこの前(はなし)したよ」


 それであの爆弾発言か!!

 ていうか、いつの間に!!


 え? 知らなかったの、僕だけ?


 バッと振り返って一条さんをみると、イイ笑顔を浮かべている。


「安倍家顧問弁護士として、両家の話し合いに立ち合いましたが、何か問題が?」



「タカあぁ!!」

「それはオレ知らない! ホント! ホント!!」



「オミさん」


 真っ赤な顔でタカを締め上げていた僕に、明子さんが声をかけてきた。


「『オミさんが言うまで待ってやって』てタカさんに言われてたけど。

 ごめんなさい。

 私、もう待ちません」


 目の前に歩いてくる明子さんに、タカを締める手がゆるむ。

 気付けば、まっすぐに彼女と向き合っていた。


 小さな女性だ。

 凛と背筋を伸ばし、背の高い僕を見上げてくる。



「好きです」


 

 好き? 誰が? 誰を?



 ――明子さん が、 僕 を ?!



 その言葉の意味を理解するのに、時間がかかった。

 僕が理解するのを待って、明子さんが優しく微笑む。



「優しいところも。

 生真面目なところも。

 なんにでも一生懸命なところも。

 ちゃんと話を聞いてくれるところも。

 タカさんを大切にしているところも。

 ちょっと自信がないところも。


 好きです。


 貴方が、好きです。

 私と、結婚を前提におつきあいしてください」



 ブワワワワーッ! と、足元からナニカが噴き上がる。

 祝福の花が、温かい春風が、光が噴き上がる。

 それらが僕の全身を包み込み、僕を天へと(いざな)おうとする。



 これが、『幸せ』。

 なんて、しあわせな。



 幸せが過ぎる。

『舞い上がる』って、ホントにあるんだ。

 足元がフワフワする。

 地面がなくなったみたいだ。


 ああ、うれしい。

 すごくうれしい。

 叫び出したい。抱きしめたい。

 うれしい。うれしい! うれしい!!



 僕も、と気持ちを口に出そうとしたその瞬間。


 

      『役立たず』



 ピシャリと、冷水をかけられた。


 それは、僕がずっと封じていたモノ。

 小さい頃からずっと投げつけられてきた、悪意。


「お前が幸せになっていいと思っているのか?」

「『役立たず』のくせに」

「お前が彼女を守れるのか?」

「『役立たず』のくせに」

「彼女を幸せにできるのか?」

「『役立たず』のくせに」

「『役立たず』のくせに」




 彼女への気持ちを自覚してからずっと考えていた。


 僕は、彼女にふさわしくない。

 僕は、彼女を不幸にする。




「――ダメだよ」


 いつの間にか下をむいた頭を横に振る。

 彼女が何か言おうとするのを制して先に言う。


「僕じゃ、貴女をしあわせにできない」


 何とか顔を上げ、彼女を見つめる。


 茶色のふわふわの髪。

 垂れた大きな目。

 その目と目が合うだけで、胸がギュッとしまる。

 かわいい、愛しい人。



「ウチの両親に何を言われたか知らないけれど。

 あの人達は、僕の息子が欲しいだけなんだ。

『主座様』をお迎えしたいだけなんだ。

 そんなのに、貴女をつきあわせるわけにはいかない。

 貴女を『子供を産む道具』にしたくない」



 そうだ。

 彼女を『道具』になんか、させない。



「山奥の家。

 面倒くさい旧家の一人息子。

 それなのに、当主にはなれない。

 うるさい一族付き。

 そんな男の妻になったら、苦労するのなんて目に見えてるじゃないか。

 ないがしろにされる僕と一緒にないがしろにされるのなんて、火を見るよりも明らかじゃないか。

 悪意にさらされ続けるのが、明白じゃないか」



 そんなことに、彼女を巻き込みたくない。

 彼女には『しあわせ』に暮らしてほしい。



「僕じゃ、貴女を守れない。

 僕は『役立たず』だから」



 ホントは、僕が貴女を守れたらいいんだけど。

 僕は『役立たず』だから。

 だからせめて、貴女を巻き込まないところで、ひとり朽ちていこう。


 貴女がくれた『幸せ』を抱いて。


 


 そう僕が覚悟を決めようとしたのに。

 明子さんはケロッと言った。


「守ってくれなくていいです」


「――は?」


 阿呆みたいにぽかんと口をあける僕に、明子さんは可愛らしい笑顔を向ける。


「誰がいつ『守って』なんて言いました?」


 ……言われてませんね。


「さっきも見てたでしょう?

 降りかかる火の粉くらい払えないと、京都の女子はやっていけません」


 そうなの?

 女子の基準がわからないから答えられない。


「自分の身は自分で守ります。むしろ」


 明子さんは呆然と立つ僕の手をギュッと握り、まっすぐに目を見つめてきた。



「私が貴方を守ります。

 一族の害意から。貴方自身の弱さから」




 ああ、この人は。


 この人は、強い人だ。



 初めて会ったときもそうだった。

 自分もこわかっただろうに、変質者(タカ)から千明さんを守ろうと、両手を広げて立ち向かっていた。



 なんて強い女性(ひと)だ。

 なんて頼もしい女性(ひと)だ。

 なんて愛おしい女性(ひと)だ。




 にっこりと笑う彼女の顔が急にぼやける。


「僕じゃ、貴女をしあわせにできない」


「しあわせにしてくれなくていいです」


 明子さんが手を伸ばして僕の頬をなでる。

 なにかをぬぐわれたけど、よくわからない。

 それどころじゃない。明子さんから目が離せない。

 顔をよく見たいのにぼやけて見えない。



「私が勝手にしあわせになりますから」



 そう言って自信満々に微笑む。

 何でそんなに自信があるのだろう。

 何か根拠があるのか?



「――僕と結婚したら。

 生まれてくるのは『転生者』だよ?

安倍晴明(あべのせいめい)』だよ?

 普通の子供を得ることは、できないんだよ?」


 きっと苦労する。

 しなくていい苦労をする。

 そんな苦労、させたくない。


 僕が首を振るのに、彼女は変わらず笑っている。



「――仕方ないですねぇ」


 明子さんは握っていた僕の手を離すと、両手を腰に当て、胸を張った。


「オミさんも、生まれてくる息子も。

 みーんなまとめて私が幸せにしてあげます!」


 そう言って、片方の拳でどんと自分の胸をたたく。


「どんとこいです」



 その頼もしさに、思わず目を奪われた。



 なんてまぶしいひとだろう。

 なんて強いひとだろう。



 ああ、もう、かなわない。

 降参だ。



 この状況で『役立たず』の僕ができることは、ただひとつだけ。


 彼女に、九十度の最敬礼で頭を下げる。



「――よろしく、おねがいします」

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