第六話 僕達が山で話をする話
山はもうすっかり秋の風景だ。
あちこちで植物が実をつけ、山に彩りを添えている。
街中はまだまだじっとりとまとわりつくような暑さが残っているのに、ここまで登ってくると爽やかな風が気持ちいい。
「あ! これ! これがいい!」
「どれどれ?」
先を行く千明さんの声にタカがすぐに向かう。
二人並んで、あーだこーだと話を始めた。
そんな二人を僕と明子さんとで離れた場所から見守る。
こちらはこちらで作業中だ。
あのお見合いから四ヶ月。
ここ最近の休日の風景だ。
千明さんとの時間を作るために、土日にやっていた人力車のバイトを土曜日だけにした。
そして日曜日には、目黒家所有のこの山で、千明さん達につきあっている。
ちなみに「会うときは二人きりは禁止。必ず僕を同行させること」のルールは未だ撤廃されていない。
千明さんも明子さんも、僕達の前で構えなくなった。
山の効果かもしれない。
自然にのびのびとした態度で接してくれる。
それが僕達も心地良い。
「タカ!」と勇ましい呼びかけに対し「はいはい」とついていく姿は、恋人同士というよりも、女王様と下僕、主人と丁稚のようだ。
タカが喜んでいるので問題はない。
意外なことに、明子さんも千明さんと一緒にしょっちゅう山に入っているという。
そもそもこの山は、千明さんが尊敬する、亡くなった祖父が管理していた。
目黒家も宮野家も共働きで、幼稚園小学校が終わると明子さんも目黒家に帰り、二人一緒に祖父と山に入っていたという。
祖父は山の素材を使い、依頼された場所に花を活けていた。
『部屋に山を再現する』と言われた祖父の仕事を、幼い頃からずっと見てきたのだ。
ニ年前祖父が亡くなって、千明さんの父が管理を引き継いだが、普段街中で仕事をしている父は勝手がわからない。
祖父にくっついて山で遊んでいた二人のほうが詳しかった。
山の管理に加え、祖父が請け負っていた花材の納入や花を活ける仕事も二人が引き継いでいる。
普段は学校があるので、日曜日にまとめてやるのだが、天気次第ではうまくいかないことも多く、また女性の力ではできない部分もあり、苦労していた。
千明さんの両親を始めとした親戚や花材を納入している業者さんなど、いろいろな人の助けをもらいながら、何とか維持しているのだと話してくれた。
あの二度目に会った植物園でそんな話を聞いたタカの行動は早かった。
植物園から帰ってすぐに目黒家にお礼の電話をかけたときに、山を見る許可をもらった。
人力車のバイト先に事情を話し、バイトは土曜日のみにした。
本当は辞めようとしたのだが、人気車夫のタカをバイト先が離さなかった。
「せめて大学卒業までは勤めて!」と泣きつかれ、了承した。
一条さんにも話をした。
「時間のやりくりも仕事のうちですよ」とチクリと言われたが、課題の量を少ーしだけ減らしてくれた。
同行する僕も同じ扱いだ。
そうして毎週日曜日、丸一日分の時間を確保し、目黒家の山の管理に協力している。
「まずはなにをしないといけないのか、どんな植生なのか、データがほしい」
今後の方針をタカが提案し、千明さんが教えていく。
仕事のリストアップ。
納入する花材のリストアップ。
季節ごとの注意点。
パソコンを導入して、データを蓄積していく。
元々タカはデータを処理したり分析したりというのが得意だ。
留学時代にパソコンを覚えたらしい。
パソコンいじりが過ぎて「ヤバい橋をわたりかけた」と言うが、こわいので詳しくは聞いていない。
その時の縁で、今でもホワイトハッカーという仕事を請け負っている。
ちょっと教えてもらったが、僕にはちんぷんかんぷんだった。
「タカが万能すぎてキモい」
「ちーちゃんヒドい」
お昼はシートを敷いてお弁当だ。
明子さんとタカの作った弁当を広げ、取っていく。
日によっては千明さんや明子さんの両親、知人なども加わり大所帯になるが、今日はたまたま四人だけだ。
「頭がいい。仕事もできる。かと思ったら体力あるし山仕事も平気でこなす。木登りだってできるし、花材の見分けもできるようになってきた。そのうえ料理もできるって、どんだけ万能なのよ!」
腹立ちまぎれにタカの作った唐揚げにかじりつく。
お口に合ったようだ。むしゃむしゃと咀嚼しながら口角が上がっている。
「惚れ直した?」
「バーカ」
二人がそうやってじゃれ合っているのを見るのが僕は好きだ。
タカが本当にうれしそうだから、こっちまでうれしくなる。
「でも、タカさんもオミさんも、毎週私達に付き合ってくれてるけど、本当に大丈夫?
学校とか、バイトとか、ムリしてるんじゃない?」
明子さんがそう言って心配してくれる。
「大丈夫だよ。
むしろここで羽根を伸ばさせてもらってる」
「そうそう。
ここで頭カラッポにして木を切ったり風にふかれたりしてると、ごちゃごちゃしてた頭ン中がスッキリするんだよ。
で、また明日からがんばるぞーって気持ちになる。
それに」
そうして二人の女性を見つめて、タカがニカッと笑う。
「かわいい女の子に挟まれてごはん食べられるなんてこと、普段はないもん!
毎週来るに決まってるよ!」
ニヒヒッとタカが笑うのに、顔を赤くした千明さんが「もう!」と肩をぶつける。
この四ヶ月で、ずいぶん親しくなった。
「…オミさんもそう思います?」
明子さんが上目遣いにたずねてくるので「もちろん」と笑顔を向ける。
すると、パッと視線を逸らされてしまった。
え? 今僕、顔こわかった?
地味にショックを受けていると、千明さんがタカに話しかけた。
「学校とかバイト先とかに、キレイな大人の女の人がいるんじゃないの?」
ちょっとすねたように、にらむように言うが。
千明さんよ、それは逆効果だぞ。
案の定、阿呆はデレデレと喜んでいる。
「ちーちゃんがヤキモチ妬いてくれるなんて、うれしいなぁ!」
「バッ…! ち、ちがうわよ!
そんなんじゃないわよ! バーカ!」
「えへへへへ〜」
「ちがうって言ってるでしょ!? バカ! バカバカ!!」
はいはいごちそうさま。
もう好きにしてください。
「…で、ホントはどうなんですか?」
明子さんの言葉の意味がわからなくて首をかしげる。
「…女の人。いるんじゃないの…?」
ああ。その話か。
「それがねぇ」
思わずへにょりと眉がさがる。
「残念なことに、ホントにいないんだよ」
尚も二人が疑わしそうなまなざしをむけてくるので、もう少し説明を付け足す。
「法学部も女性はいるけど、あの人達はなんていうか、こう、『女性』ていうよりも『同士』とか、『ライバル』とか、そんな感じ?
性別を感じないっていうか、感じる余裕がないっていうか…」
「みんな授業と課題でいっぱいで、そんな感じじゃないよな」
「た、大変なのね」
「バイト先も、スーパーの方は、女性といえばおばちゃん達ばかりだし、人力車の方は若い娘さんも来るけど『お客様』だからそんな風に見ることはないし。
他の修行先も、女性みてるような余裕ないからなぁ」
ふう、とひとつ息をつくと、タカがハッと口を開いた。
「あれ? オレらの青春、さみしくね?」
ホントだ。全く同感だ。
「僕達、可哀想な人みたいじゃないか?」
「実際かわいそうだろ。
今気付いたけどな!」
ケラケラとタカが笑う。
「学校とバイトと課題だけの青春かぁ」
「いやー、ちーちゃんとアキちゃんに会えてよかったよ!
おかげで青春に彩りがついた」
ニコニコと笑顔を向けられ、またも千明さんが赤くなっている。
ツンとそっぽを向くが、千明さんよ、だからそれは逆効果だよ。
阿呆がデレデレしてるよ。
「お見合いしてよかったなー」と笑っている。
お前のお見合いじゃなかったけどな。
「オミさんは、その後お見合いの話って来ました?」
「来ないよー」
明子さんの問いに軽く答える。
実際あれから両親も仲人さんも何もいってこない。
無理もない。
「僕、だいぶ条件悪いから」
「え? でも、」
僕の自己分析に、明子さんも千明さんも驚いている。
「背も高いし学歴だっていいし、カッコいいし、あの安倍家の息子さんなのに…」
「そこが一番の問題でね」
ふぅ、とため息が落ちる。
タカが「ムリすんなよ」と目線をむけてくれるのに「大丈夫だよ」と微笑みを返す。
「僕、霊力ってのがないんだって。
昔から『霊力なし』の『役立たず』って、一族でうとまれてる。
だから一族の仕事を直接することはないし、当主の一人息子でも当主にはなれない。
次の当主は僕の子供って決まってる」
初めて聞く話なのだろう。二人共驚いている。
そりゃそうだ。大っぴらにする話じゃない。
「家は山奥。
面倒くさい旧家の一人息子。
それなのに、当主にはなれない。
ないがしろにされる僕と一緒にないがしろにされるのなんて、火を見るよりも明らか。
うるさい一族付き。
そんな男に、大事な娘さんをおすすめしようなんて親は、なかなかいないよ」
改めて言うと、我ながらがっくりする。
僕、こんなんで結婚なんてできるんだろうか?
「そういうと見合いに応じた目黒家に問題があるように聞こえるぞ!」
タカが茶化してくる。タカなりに励ましてくれているらしい。苦笑いが浮かぶ。
「千明さんなら大丈夫って思ったらしいよ。
安倍の一族関係なしに、手に職持って仕事に邁進するだろうって。
確かに千明さんくらい強い女性でないと、ウチの一族と渡り合うのは無理だろうなー」
「ゆずらないぞ」
「わかってるよ」
ていうか、いらないよ。
その人はタカのものだ。
千明さんのそばにいると、タカはすごく優しい顔になる。
彼女ならばタカの家族になれる。
失うことに怯えるタカを引っぱたき、ひっぱり回してくれるだろう。
「じゃあオミは大学卒業したらどうするの?
てっきり安倍家に帰るんだと思ってた」
千明さんが疑問をぶつけてくる。
そういえば、話してなかった。
「今修行させてもらってる弁護士事務所に就職する予定。
試験に合格して資格が取れたら、の話だけどね」
進路相談をしたときに「せっかく育てた人材を手放す阿呆はいない」と、一条さんがイイ笑顔で内定をくれた。資格さえ取れたら多分大丈夫だろう。
「じゃあずっと市内にいるの?
なら一族とか家が山奥とか、関係ないんじゃないの?」
「それがねぇ」
別に話す必要はない。「色々あってね」ですませたらいい。
でも、何となく聞いてもらいたい気持ちになった。
「僕の家には伝説があって」
話すのか? とタカが驚いている。
大丈夫と示すためにひとつうなずく。
「安倍晴明って、知ってる?」
「「知ってる」」
だよねー。 有名人だもんねー。
「その安倍晴明様――安倍家では『主座様』てお呼びしてるんだけど。
主座様は、何度も安倍家に転生してるんだって」
女性達が驚く。
そりゃそうだよね。
僕も最初に聞いた時は驚いた。
「で、次は僕の息子か、孫に生まれてくるんだって」
「「――は?」」
「僕の父の曽祖父が『主座様』なんだけど。
父が小さい時に、そういう『印』を刻まれたんだって。
だから、僕は『霊力なし』で当主になれなくて、生まれてくる息子が『主座様』なら当主になる」
あまりにも突拍子もない話に、女性達は驚き固まっている。
「生まれてくるのが『主座様』なら、一族のこと知らんぷりして市内で暮らすってわけにもいかないだろうなー、と思ってる」
だからいつかあの山奥に帰らないといけないかもしれない。
誰からもないがしろにされる、針のむしろのようなあの里へ。
そんなのにつきあわせるなんて、妻になる人がかわいそうだ。
「――『転生者』ってこと?」
「まぁ、そういうこと」
僕の言葉に、明子さんが顔を曇らせる。
その顔に、千明さんも気付くものがあったらしい。
「――シズちゃんのこと?」
明子さんがうなずく。
僕達の問いかけの視線に、明子さんが話してくれた。
「幼稚園の同じクラスに、シズちゃんて子がいたんだけど」
その子は『転生者』だった。
「シズちゃん」と呼んでも「私の名前はそんな名前じゃない!」と言う。
「一緒に遊ぼう」とさそっても「そんな子供っぽいことできない」と拒絶する。
結局いつもクラスで一人で本を読んでいた。
歌を歌うのも、お遊戯も、「馬鹿馬鹿しい」といって参加しなかった。
結局シズちゃんは転校していった。
最後まで、クラスには馴染めなかった。
「私、ずっとひっかかってた」
シズちゃんは『転生者』であることで苦しんでいた。
今生を生きにくくしていた。
なんで前世の記憶なんてものを持って生まれなければならなかったのだろう。
前世のシズちゃんは、それを望んだのだろうか。
「人は生まれ変わるのだとしたら。
前世の記憶なんて、邪魔なだけじゃないかと思った。
記憶を持ったままなら、何のために生まれ変わったのかわからないって思った」
「子供のときにちゃんと子供らしいことをしとかないと、ロクな大人にならないっていうけど。
生まれたときから大人な場合は……どうなんだろうな?」
「少なくともシズちゃんは苦しそうだった」
タカの言葉に、千明さんも口添えする。
「生まれてくるオミさんの息子は、子供らしい子供時代を送れるといいですねぇ…」
そう言って、明子さんが優しく微笑む。
彼女が僕の話を聞いて気にしたのは、そこだったのか。
『安倍晴明』が転生してくるということでなく。
安倍家当主の話でも『主座様』の話でもなく。
僕の息子が『転生者』であるということだけ。
そして願ったのは、まだ見ぬ僕の『ただの息子』の、幸せな幼少期。
幸せを願い、言祝ぎを贈ってくれる。
――あぁ。
こんな人が母ならば、子供は幸せだろうなぁ――
――――
――――?
――あれ?
あ、 あれ?
なんだこれ?
急に発熱してきた。
頭の中が沸騰している。
明子さんの周りにキラキラした光が舞っている。
あれ?
あれ? あれ?
僕、どうした???




