第五話 僕と親友と彼女達の話
ダメだと思った見合いは、驚きの結果になった。
ダメもとで、と、その日のうちにタカの釣書を作成し、写真と一緒に仲人さんに持参。
仲人さんも「せっかく持ってこられたから」と、すぐに目黒家に持って行ってくれた。
そして、「あの恐ろしい当主の息子よりも、好意を持ってくれているこちらの男のほうがマシかもしれない」と、目黒家からもう一度会う許可がおりた。
あとは目黒さんの気持ち次第だという。
あの日、彼女達が脅え震えていたのは、僕がこわい顔でタカを殴りつけていたからだった。
ガタイの大きい男がせまってきたのもこわかったが、その男を容赦なく殴りつけ、目を吊り上げ大声で怒鳴りつけ、さらには瞬時に縛り上げた僕は、恐怖以外の何者でもなかったという。
女子校育ちの彼女達は、暴力とは無縁に育ってきた。
そんな彼女達の目の前で、大きな男が、大きな男を
殴りつける。
しかもあの時はこちらも取り乱していたので、ただでさえ吊り目でこわいと言われる顔がさらにこわばっていた。
彼女達の目には、タカよりも僕のほうが恐ろしくうつっていたと聞いて落ち込んだ。
タカに謝ったのは言うまでもない。
そもそも、千明さんに見合いの話が出たのは、彼女の夢がきっかけだった。
千明さんと明子さんは共に高校二年生。
進路の話が本格化した時に、千明さんが言い出した。
「華道家になりたい」
そのために、市内の短大への進学を希望した。
学力も問題ないため、そこまでは学校側も両親もすんなり許可した。
ところが、千明さんの話をよく聞くと、両親や世間一般が考えているものとは少し違うとわかった。
両親は「華道家になりたい」という彼女の夢は、短大を出て資格を取り、華道教室を開くとか、ホテルや店に就職してそこで花を活けるというものだと考えた。
手に職もつくし、結婚して子供がいてもできる仕事だし、年齢関係なくできる仕事だし「いいじゃないか」と両親も賛成した。
ところが、彼女の考えは少し違った。
彼女が目標とするのは、亡くなった彼女の祖父だった。
一乗寺の山を庭とし、自然と共に生きた祖父。
祖父が花を活けると、部屋の中に山をそのまま持ってきたようだった。
彼女は山を活かし、山を再現する華道を、自分だけの華道を創りたいと考えていた。
確かに彼女にはセンスがある。
何度も華道の大会で入賞する実力もある。
だか、その道を進むのは容易ではないことは誰にでも想像がつく。
仕事一筋に生きて、結婚もせず、山で一人過ごす様子が簡単に思い浮かんだ両親が心配して、仲人さんに写真と釣書を預けたのが見合いのひと月前のこと。
たまたま親戚の結婚式で写真を撮ったので、これ幸いと渡したのだという。
それがたまたま、僕の釣書を持っていた仲人さんだった。
成人式の記念にと、写真スタジオで写真を撮った。
それを母が、勝手に書いた釣書と一緒に仲人さんに預けていた。
いつまでたってもカノジョのひとりもできず、タカとばかりいる僕を心配してのことだった。
どちらの家も、今すぐというわけではなく、「こういう子がいますよ」くらいの気持ちでお願いしていた。
ところが、千明さんの話を聞いた途端、仲人さんのセンスが冴えわたった。
山が好きな娘さんならば、山の中の安倍家の暮らしも大丈夫ではないか。
手に職を持ち仕事をするつもりならば、無理に一族に入らなくてもやっていけるのではないか。
一族に忌避感を抱いているらしい僕ならば「妻は家にいろ」などと言わず、働きに出ても怒らないのではないか。
年齢も四つ違い。お互い学生。
今すぐ結婚、とはならない。
だが、数年おつきあいののちに結婚、ならばいいのではないか。
どちらの家から見ても条件は悪くない。
そこで、まずは会わせてみようと見合いの話が持ち上がったのだ。
両家共、子供を心配してのこと。
家のこととか跡継ぎのこととか関係なしに依頼していたと聞いたときには、勝手にひねくれていた恥ずかしさと申し訳なさで、下げた頭があげられなかった。
ご両親からもう一度会う許可が出たと聞いたタカは狂喜乱舞した。
すぐに目黒家に連絡を取り、次に会う約束を取り付けた。
その時、先方から出された条件が「会うときは必ず僕が同席すること」だった。
二人きりにさせないこと、僕ならばタカが暴走しても止められると見込んでのことだった。
タカ以外は誰もが納得の条件だった。
そして迎えた二回目の席。
府立植物園の入口で待っていると、目黒さんと宮野さんがやってきた。
さすがに男二人に目黒さん一人というわけにはいかなかったらしい。
僕達の姿を見つけると、宮野さんはペコリとおじきをし、目黒さんはフンと顔をそむけた。
「千明さん!」
そんな態度でもタカはかまわないらしい。
すぐに駆け寄り、にこにこと話しかける。
「おはようごさいます千明さん!
今日もかわいいですね!
パンツスタイルもよくお似合いです!」
「なっ! かっ、」
「宮野さんもありがとうございます!
荷物、ボクが持ちますよ!」
「うふふ。ありがとうございます。
でも大丈夫ですよ〜」
おや。
「男なんて荷物持ち」と言ってはばからない女性もいるのに、しっかりしたお嬢さんだな。
そうはいっても女性に大きな荷物を持たせてこちらは手ぶら、というのも見目が悪い。
「貴重品ですか?」
「それはこっちに。これは、その、お弁当です」
ちょっと恥ずかしそうに宮野さんが笑う。
「アキのお弁当は絶品よ!
すっごく美味しいんだから!
お昼を楽しみにしてなさいよ!」
何故か目黒さんがドヤ顔で胸をはる。
「それは楽しみだ」
「ボクも弁当作ってきました!
一緒に食べましょう!」
タカが持っていた袋を持ち上げる。
何故目黒さんが「負けた!」みたいな顔をするのかな?
「じゃあ、とりあえず入りましょうか」
するりと宮野さんの荷物を取る。
「あっ」と手が伸びてきたが、にっこりと笑顔で制する。
宮野さんはどうしたらいいのかと手をわきわきさせていたが、諦めたのだろう。ペコリとおじきをしてきた。
「千明さん。どうぞ」
タカが目黒さんに手を差し出す。
エスコートするつもりのようだ。
目黒さんは意味がわからないようで首をかしげている。
「タカ。ここは日本だぞ。エスコートはしない」
「あれ? そうだっけ?」
差し出された手の意味を知り、目黒さんが「ひっ」と後ずさる。
「『女性をエスコートしない男はクズだ』って言われたんだけど」
「それ言ったの、例のカナダの父さんだろ?
日本は違うよ」
「そうなの?」
タカに意見を求められ、女性二人がぶんぶんと首を縦に振る。
「そっか。わかった。
すみません千明さん」
屈託のない笑顔を向けられ、目黒さんも毒気をぬかれたようだ。
いえ、とかべつに、とかブツブツ言っている。
「入場券を…」
「あ。もう買ってあります。大丈夫ですよ」
券売機に向かおうとする宮野さんに声をかけて止める。
「ありがとうございます。ええと…」
そう言って財布を出そうとするのを、またも止める。
「こういう場合、男がおごるものです。
『ありがとう』と言っていただけただけで十分ですよ」
にっこりと笑って言ったのに、女性達は「そういうわけにはいかない!」と拒否する。
金銭感覚のしっかりしたお嬢さん達だ。
「ですが、貴女方にお金を出させたと母に知れたら、僕が怒られます。
ここは僕を助けると思って、おごられてやってください」
冗談ではない。
そんなことになったら本当に雷が落ちる。
僕の恐怖が伝わったのか、それなら…と、しぶしぶ納得してくれた。
「次は私達が払いますからね!」との目黒さんの宣言に、「次も会ってくれるんですね!」とタカが喜び、目黒さんがしまったという顔をしていたのがおかしかった。
目黒さんと宮野さんが手をつないで先を歩き、タカと二人そのあとをついていく。
デートというより、お嬢様と下僕という感じだ。
それでもタカは満足らしい。
「かわいいなぁ」とニコニコしている。
それにしても仲のいい二人だ。
双子の姉妹というより、恋人同士のようにみえる。
目黒さんがズンズン先を進み、それに宮野さんがついていく。
目黒さんがしゃべり、宮野さんがにこにこと相づちをうつ。
どちらもとても自然で、二人のバランスがとれているのがわかる。
それにしても楽しそうだと微笑ましく見ていると、突然二人が立ち止まる。
何かあったのかとこちらも足を止めると、くるりと二人同時に振り向いた。
「忘れてた」と、その顔に書いてあった。
「ご…、ごめんなさい! 私達、二人だけで楽しんでしまって…」
あわてて謝る宮野さんと、気まずい顔の目黒さん。
「いいえ〜。楽しそうなお二人を見てるだけで、ボク達楽しいんで。大丈夫ですよー。な。オミ」
「そうですよ。
楽しんでもらったほうが僕達もうれしいんで。
どうぞそのまま」
でも、と気まずそうな二人に、タカが「じゃあ」と提案した。
「あそこのベンチにちょっと座ってもいいですか?
テーブルもあるし。
それで、今二人で話していたことを教えてください。
ボク達、植物には詳しくないので」
そして園内マップを広げ、「ここで見ていたものは?」「ここでこう言っていましたよね」とタカが話を向ける。
こうなるともうタカの独壇場だ。
タカは人の話を聞き出すのが上手い。
好き勝手しゃべっているイメージがあるが、タカは空気を読む能力が高い。
話したがらない人には自分から話をし、話をしたい人には話しやすいように水をむける。
ひねくれてたこの僕でさえ、タカに陥落したのだ。
素直で若いお嬢さん達など、物の数ではない。
案の定、お弁当を広げる頃には「ちーちゃん」「アキちゃん」と呼ぶようになっていた。
結局その日はそのベンチから離れることはなかった。
千明さんと明子さんがずっと話し続けていたからだ。
千明さんは、自分のやりたいこと、目標、理想と現実、現在の問題点を次々に話した。
今まで溜めていたものが、一気に噴き出したのかといわんばかりにしゃべりまくっていた。
明子さんはそんな千明さんの夢を幼い頃から応援し、隣で支えていたという。
いわば千明さんの右腕的存在だ。
二人の過去や思い出話、現在のクラスのことや華道部の活動の話も聞いた。
二人の女性の話を、タカは身を乗り出して熱心に聞いた。
熱心に聞いてもらえるから、話す方も熱が入る。
僕は一言もしゃべらなかった。
でも、三人が熱心に語る姿を見るだけで、話を聞いているだけで、なんだか楽しかったので問題はない。
そして流れ出した閉園の音楽に、あわてて席を立ったのだった。




