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第四話 僕が親友をオススメする話

「本当に、申し訳ありませんでした」


 タカと二人、並んで土下座をする。


 続きの間には卓があり、左右に両家の人が並んで座っている。

 右側に僕の父と母、仲人の男性。

 左側に目黒さんの両親と仲人の妻。

 正面に目黒さんと、白い着物の女性が身を寄せ合うように座っている。


 コレもうダメだろう。

 誰がどう見ても破談だ。


 先程のタカの奇行で、目黒さん達におかしな噂がたたないことを祈って、何かあった場合の対策と賠償についてを話し合って…。


 と、頭の中ですべきことを組み立てていると、諸悪の根源がガバリと頭をあげ、目黒さんの両親に向かって話し始めた。


目黒(めぐろ) 千明(ちあき)さんのお父様! お母様!

 赤峰(あかみね) 隆弘(たかひろ)と申します!

 この安倍(あべ) 晴臣(はるおみ)の友人です!」


 簡単に名を名乗り、そのままの勢いでタカが続ける。


「見合いの席を設けるということは、お嬢様を結婚させるおつもりだと推察いたします!」


「! 冗談じゃないわ! 誰が結婚なんて――」


「そのお相手! ボクではダメでしょうか!!」


「は?」


「ボクは千明さんに惚れました!

 結婚を前提におつきあいしていただきたいです!」


「はあぁぁ?!」


「釣書は今日中に持参いたします!

 天涯孤独の身ですが、体は丈夫です!

 今はまだ学生ですが、社会人になったらすぐに結婚してください!」


「落ち着けタカ」


「おじさん、おばさん。すみません!

 お二人が、オミのために、オミを結婚させたがっていることはわかっています。

 でも、お願いします!

 千明さんは、諦めてください!

 千明さんを、ボクにゆずってください!!」


「ちょっと待って!」


 目黒さんが叫ぶ。

 タカの剣幕に目を白黒させていた両家の両親と仲人夫妻は何も言えない。

 口をぽかんと開けることこそないものの、誰もが目を見開いてこの展開に呆然としている。


「何なのよアンタ!

 初対面でいきなり何言ってんのよ!

 結婚してとかゆずれとか、私はモノじゃないわ!」


「もちろんです!」

 貴女は素晴らしい女性です!

 結婚してください!」


「――バ…ッッカじゃないの?!」


 怒りに身を震わせ、目黒さんは今にも立ち上がりそうだ。

 

 白い着物の女性が支えるように彼女を抱きしめている。

 先程紹介されたところによると、彼女は宮野(みやの) 明子(あきこ)さん。

 目黒さんの従妹(いとこ)で、クラスメイト。

 今回の見合いに目黒さんをひっぱり出すためのエサとして同席させられているようだ。


「あの、」

 その宮野さんが、おずおずといった感じでタカに声をかける。


「なんでそんなに、ちぃちゃんと結婚したいんですか?」


 もっともな質問に、目黒さんも立ち上がるのをやめたようだ。


「初対面ですよね?

 ちぃちゃんの顔だけを見て、そんな風におっしゃっているんですか?」


 その言葉からは、目黒さんを守ろうとする意思が感じられる。

 見た目だけで判断して、彼女自身を見ていないのではないかとタカを批難している。


 なかなか強い女性だなと感心する。


 そんな宮野さんの批難に気付きもせず、隣の阿呆はケロリと言う。


「目です」


 は? と、その場の全員が思った。


「まっすぐで、強い目。

 あの目を見た瞬間、心を奪われました」


 あまりにもあっけらかんと言うタカに、なんだか気圧される。

 僕が何も言えないでいる間に、阿呆はペラペラとしゃべり続ける。



「もちろん他にもあります!

 可愛らしい見た目なのに勝ち気なところがギャップをそそられます。

 ツンとしたところも可愛いです!

 たれ目二重もかわいいし、小柄なのもキュートです。

 抱きしめて、腕の中から出したくないです!

 声もかわいいです。何より芯の強さがにじみ出ていて」


「もうやめてーッ!!」


 ついに目黒さんが爆発した。

 顔を真っ赤にして、ダンッ!と卓を叩きつける。

 

「…まだ語り足りないのですが…」

「キモい!」


 その感想、激しく同意します。


「ボクは本気です!

 千明さんがいいんです!

 千明さんと出会うために今日まで生きてきたと確信しました!

 あの時ボクだけ生き残ったのは、千明さんに会う為だったと!!

 お願いします! ボクと結婚してください!

 ボクの」


 阿呆はアホなので目黒さんがドン引きしていることに気づかない。

 グイグイと押して押して押しまくっている。

 正座していたのにいつの間にか片膝を立ててプロポーズの姿勢になっている。



「ボクの子供を産んでください!!」



 ガッと手早くタカに猿ぐつわをかませる。

 さらに畳に叩きつけ両手を取り、背中でひとつにしばっておく。

 一条さんの命令で習っている捕縛術が初めて役に立った。


「お前ちょっと黙ってろ」


「ムー! ムー!」と叫びながらイモムシのようにジタバタするタカを横に転がしたまま、僕は続きの間の人達に向き直った。



 全員がドン引きしている。

 無理もない。

 僕もげんなりだ。

 なんでこいつはこんなに言葉選びがヘタなのか。



「結婚してください」まではまだセーフだろうが、「子供を産んでください」はアウトだ。

 初対面の男にそんな風にせまられては、若い娘さんは恐怖でしかないだろう。

 ただでさえ僕達は背が高い。

 百八十センチ超えの長身に、人力車のバイトでそれなりに筋肉もついている。

 つまり、ガタイがいい。


 そんな男に、百五十センチちょっとと思われる、女性にしては平均的だろうが僕達からしたら小柄な娘さんが「子供を産んで」と迫られたら。


 うん。訴え出たら、勝てるな。


 



 家族友人を一瞬で亡くしたタカは、自分の家族を欲している。

 丸ニ年一緒に暮らしているのだ。

 どれほど望んでいるのか、僕も知っている。


 それでも誰とも付き合うこともなく、女遊びをすることもなかったのは、もちろん学校や一条さんの地獄の修行で時間がないこともあるが、タカ自身が『特別な誰か』を作ることを怖がっていたから。


 また失うんじゃないか。

 また一人遺されるんじゃないか。と。


 タカが時々夜にうなされていることを知っている。

「置いていかないで」と泣いていることを。

 そんな夜が明けると、決まってベタベタとくっついてくるのは、人恋しいからだと知っている。

 僕まで失うのではないかと恐れているからだと知っている。


 そんなタカが。

 家族を欲しつつも失うことを恐れていたタカが。

「この人」と定めたならば。


 僕が協力しないわけにはいかないじゃないか。



 デカいイモムシをまるっと無視して、続きの間の人達に向かい、きちんと正座をする。

 僕の改まった態度に、全員が再び座り直した。

 僕は手をつき、ひとつ礼をする。

 顔をあげて、目黒さんと、目黒さんのご両親にむけて口を開いた。



「お願いします。

 どうか、彼との交際を、前向きに考えてみてはいただけないでしょうか」


 僕の言葉が意外だったのか、その場の全員が息を飲んだ。


「このとおり、暴走することもありますが、基本優秀で性格のいい人間です。

 誠実で、働き者です。

 決して千明さんに苦労をかけることはないと断言できます。

 親も親類もない彼ですが、後ろ盾が必要だとおっしゃるならば、僕が彼の後ろ盾になります。

 ですからどうか、どうか、ご一考ください」


 もう一度、深く礼をする。

 そのままの姿勢でじっとしていると、声がかかった。


「…きみはそれでいいのかね?」


 目黒さんの父だった。

 顔をあげると、彼は困ったように眉を寄せていた。


「元々この見合いはきみと千明のものだ。

 それが、きみは相手を奪われた形になる。

 きみにも事情があるときいているが…」


 あ。いい人だ。

 そう感じて、つい笑顔になる。


『見合い相手を友人に奪われた』僕が、このあとどう噂されるのか理解して心配してくれている。

『役立たず』の僕を心配してくれる人なんて、両親とタカしかいなかったから、うれしくなる。

 我ながら単純だ。


「僕は、彼に救われました」


 体を起こし、きちんと正座をして、話し始めた。


「ずっと一族の『役立たず』で、誰からも評価されなかった僕を、彼は救ってくれました。

 自信をくれました。

 僕は僕のままでいいと言ってくれました。

 僕は、彼に恩があります。

 彼がしあわせになるのならば、僕のことは後回しで問題ありません」


 鏡の前で毎日訓練して身につけた『好感を持たれる笑顔』を、目黒さんのご両親にむける。


「ひとりの友人として、大事な友人の恋を応援するのは、おかしなことですか?」


 ちょっと首をかしげてみる。

 あざとかったかな?

 そして、目黒さんにも同じ笑顔を向ける。


「もちろん、千明さんのお気持ちが第一です。

 もしも気に食わないとか、どうしても生理的に無理とか思われるのであれば、遠慮なく振ってください。

 その後は、僕が責任を持って、こいつに諦めさせます」


 ええ。それこそ、縛りつけてでも。


「ですが。

 もしよかったら、こいつの話を聞いてやっていただけませんか?

 今日はちょっと、僕もドン引きするレベルで突っ走ってたので、かなりこわがらせてしまいましたが、普段はもう少し落ち着いた、気持ちのいい男なんです」


 僕がそう語っても、目黒さんも宮野さんも疑わしげだ。無理もない。


「お互いに自分のことを話して。

 お互いのことを知って。

 それから、振るかどうするか決めていただけたらと思うのですが、いかがでしょうか?」


 以上で僕のプレゼンは終わりだ。

 にっこりと笑顔のまま、相手の出方を待つ。



 目黒家からの反応を待っていたのに、先に反応を示したのは僕の父だった。


「――晴臣は、それでいいのか?」

 父が確認してくるのに「何か問題が?」と笑顔を向ける。


 父は僕が早く結婚して、妻が首座様を産むことを望んでいる。

 そうすれば一族の中での僕の立場も良くなると。


 正直「クソくらえ」だ。


 タカのおかげで、僕はもう一族とかどうでもいい。

 僕の一族での立場なんかより、タカのしあわせのほうが万倍大事だ。


 僕のそんな気持ちが伝わったのかどうか。

 父はひとつため息を落とすと、目黒さんの両親にタカについてを話してくれた。


 京都大学法学部に在学していること。

 僕と一緒に暮らしていること。

 それは震災で身寄りを失った彼が、生活費を切り詰めるためだということ。

 バイトのこと。

 一条さんの弁護士事務所で修行していること。


 彼のおかげで、僕が変わったこと。


「――悪い人間でないことは、安倍家当主として保証致します」


 驚いた。

 ここ京都では『安倍家』の存在感は強い。

 安倍家が動くだけで信頼度が違う。

 その、当主の太鼓判。

 何よりの応援だった。


「父さん…」


 父は、仕方ないというように口の端を上げた。

 母も目を閉じ、ひとつため息をついただけだった。


 目黒さんの両親は父の言葉に改めてタカに目を向けた。

 僕の横でイモムシのようにしている様子からは、とても安倍家当主に保証してもらえるような人間には見えない。

「そろそろほどけよ!」と目で訴えてくるが、ほどくと何をしでかすかわかったものじゃない。

 みっともなくとも、もうしばらく放置だ。


 目黒家の人々は僕を見、タカを見、お互いに目を合わせて考えているようだった。

 当事者の目黒さんも、先程の勢いはない。

 このままオーケーしてくれないかな。と、笑顔を保ち祈る。



 しばらくの沈黙のあと、目黒さんの父が結論を出した。


「……とりあえず、家に持ち帰り、話し合わせてください」


 やんわりとした拒絶の言葉。


 ダメかー。


 残念な気持ちと、無理もないという気持ちで、がっくりと肩が落ちた。

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