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第三話 僕と暴走する阿呆の話

 見合いは庭園が有名な料亭に決まった。

 タカと二人、スーツで庭園を歩く。


 タカは両親に泣きつかれ、僕のお目付け役として同行してきた。

 両親の僕への信頼の無さとタカへの信頼の高さにがっくりする。


 その両親は先に部屋に入っていると連絡があった。

 バイトから直接来た僕達は遅刻寸前だ。

 時間に遅れたとバレたら、一条さんからのお仕置き間違いなしだ。

 案内を断り、少しでも間に合わせようと、ショートカットを狙って庭園を早歩きしていた。



「――騙したのね!」

「違う! 私も知らなかったの!」



 突然、言い争う声が耳に飛び込んできた。

 まだ若い女性の声だ。

 ちょうど自分達の目的地の前で言い合っている。


 二人共華やかな振袖姿だ。

 一人は赤、一人は白の振袖で、お揃いの柄が広がっている。

 茶色い髪を現代風に結い、大きな花の飾りをつけている。



「――どうする?」

 ひそり、とタカに耳打ちする。

 下足箱の前で言い争っているので、待ちあわせの部屋に行くには彼女達にどいてもらわなくてはならない。

 だが、声をかけるのもためらう修羅場だ。

 どうしたものかとタカに声をかけたのだが、反応がない。

 顔をのぞきこむと、目を大きく開いて何かを見つめている。


「――タカ?」


 声をかけても反応がない。

 目線の先を追うと、言い争っている女性に釘付けになっている。


 ――あ。これは。


 ポカンとあいた口。

 目元も耳も、顔中が真っ赤に染まっている。

 体は硬直しているかのように動かない。


 間違いない。一目惚れだ。


 人が一目惚れするところなんて初めて見た。


 こんなタカを見るのは初めてで、こちらまで恥ずかしくなってしまう。


 タカが一目惚れするなんて、どんな()だろうと改めて女性達を見る。


 二人共同じような顔をしている。

 姉妹だろうか。双子かもしれない。


 やわらかな茶色の髪。

 ふっくらとした頬は紅く色づき、大きな目は垂れていて、可愛らしい顔立ちをより甘く見せている。

 化粧もしているのだろう。ぽってりとした唇は紅く染まり、肌は透けるように白い。


 赤い着物の女性が白い着物の女性を責めている。


「私はただ、ちぃちゃんがお庭見に行くから、二人で一緒に写真撮ろうって言われただけよ?!

 お見合いなんて、聞いてないわ!」


 おや?

 この人達もお見合いか。


 この料亭はそういう場によく使われると聞いていたから、珍しくもないのかもしれない。


「私だって!

 アキの誕生日だから、こちらでお食事にしようって聞いたのよ!

 お部屋のお花も、お庭も見られるからって!」


「誕生日だからって、こんな料亭でお食事なんてしないわよ!」

「あんたン()のばーちゃんならやりかねないって思ったのよ!」



 あれ。もしかして。


 言い争っているからわからなかったが、この人達のどちらかが、僕の見合い相手じゃないだろうか。


「人の顔と名前は一回で覚えろ」と日々しごかれているので、間違いないはずだ。

 あまりにも写真と表情が違いすぎて、すぐには判断できなかった。


 タカはまだ固まったままだ。

 仕方ない。自分で声をかけるか。


「あの、すみません」


 僕の声に、二人が同時に顔を向けた。

 そっくりでどちらが見合い相手かわからない。

 表情が違うので見分けはつくが、見合い写真の作った笑顔では「こちら」と判断できない。


目黒(めぐろ) 千明(ちあき)さん、ですか?」


 見合い相手の名を告げると、赤い着物の女性が目を見開いた。

 そしてすぐに察したのだろう。

 ギッとにらみつけてきた。


 白い着物の女性は僕と赤い着物の女性を交互に見てオロオロしている。


「そうですけど。そちらは?」


 勝ち気そうな女性だなぁ。

 喧嘩腰に声を投げつけられ、反射的ににっこりと笑顔が浮かぶ。

 一条さんの修行のたまものだ。


「はじめまして。安倍(あべ) 晴臣(はるおみ)と申します。

 今日の貴女(あなた)の見合い相手です」


 ペコリと頭を下げたのだが、目黒さんはこちらをにらみつけたままだ。


「ちぃちゃん!」

 もう一人の女性があわてて挨拶するようにとそでをひっぱるが、聞く気はないらしい。

 尚も名を呼ばれ、しぶしぶというように口を開いた。


「それはどうも。目黒 千明です。

 じゃあ、お会いしたということで。

 もう用は終わりましたね?

 私はかえ――ッ!」


 帰ります。と言おうとしたのだろう。

 その言葉が音になる前に、彼女は言葉を詰まらせた。


 突然、手を握られたからだ。


「え? な、」

「千明さん、ですか?」


 目黒さんの左手を両手でがっしりと包みこむように握り、自分の胸の前まで持ち上げたタカに、目黒さんももう一人の女性もドン引きしている。


「こらタカ」

「素敵なお名前ですね。

 ボクは赤峰(あかみね) 隆弘(たかひろ)といいます。はじめまして」


「は、は?」

「お着物、とてもよくお似合いです。

 赤がお好きなのですか?

 お花は何がお好きですか?

 好きな食べ物は?」


「タカ落ち着け。

 すみません目黒さん。

 こいつ留学経験があるもので、スキンシップがちょっと過剰で…」


「おいくつでいらっしゃいますか?

 ボクは今二十三です。

 京都大学法学部の三年生で」


「タカ。落ち着け」


「出身は神戸です。中学を卒業してカナダに留学して」

「タカ!」


 スパァン! と頭をはたくと、ようやくこちらに顔を向けた。

 それでも握った手を離さない。


 女性二人はドン引きを超えて怯えている。

 白い着物の女性が目黒さんを守ろうとするように抱きしめ、タカとの間に体を入れている。


「オミ」

「手を離せタカ」

「見合い、断われ」

「いいから手を離せ! 嫌われるぞ!」


 そう叫ぶと、パッと手を離した。

 その途端に女性達はザザッと後ずさる。

 白い着物の女性が目黒さんを背にかばい、両手をひろげている。

 アリクイの威嚇のようだ。

 大きな目に涙をいっぱいにためて口を引き結んでいる。

 こわいのだろう。ぷるぷると震えている。

 それでも後ろにかばった目黒さんを守ろうと、恐ろしい変質者に立ち向かっている。

 可愛らしい見た目に反して、芯のしっかりした女性のようだ。



「――大変、申し訳ありませんでした!」


 九十度の最敬礼で頭を下げる。

 まだボーッと突っ立ったままのタカに気付き、ベシンと頭を一度叩いてからガッとつかみ、無理矢理頭を下げさせる。


「何するんだオミ!」

「うるさい変質者! 誠心誠意謝れ!

 若い女性を怖がらせるな!!」


 そこまで言われて、タカはやっと己の所業に気付いたようだ。

 白い着物の女性が立ちふさがり、その奥で目黒さんが震えているのを見るやいなや、サーッと音がしそうなくらい血の気が引いた。

 次の瞬間にはガバリと土下座をしていた。



「――申し訳ありませんでしたーッ!!」



 飛び上がるくらい大きな声に、僕達も、たまたま通りかかった人達も驚いた。


 なんだなんだと部屋という部屋から人が顔をのぞかせる。


「本当に申し訳ありません!!

 貴女があまりにもお綺麗で、我を忘れました!!

 貴女のように素敵な方に出会ったのは初めてで、本能的に行動してしまったというか、無我夢中というか」

「黙れ!」


 ガスンと音が響いた。

 僕の拳骨でタカは頭頂部を押さえ、やっと口を閉じた。


 こいつ今テンパってだいぶ問題発言かましたぞ?!

 若い女性に対して公衆の面前で言ってはならないこと叫ばなかったか?!


 目の前の二人の女性は、白い顔をさらに白くして震えている。

 あまりの奇行と発言に恐怖が先立ち、自分達の立場が悪くなったかもしれないことには気付いていないらしい。


「許可なく女性の手を握ってしまい、申し訳ありませんでした!!」


 それ以上のことはありません! とアピールする。

 ――手遅れかもしれないが、やらないよりはマシだろう。



「――晴臣さん」


 母の声に振り向くと、見知らぬ大人の一団に、天を仰ぐ父と、怒りを抑えた能面のような顔の母が見えた。


「お部屋で、詳しいお話を聞かせてもらえますね?」

「………ハイ………」



 どうやら僕はここでも『役立たず』のようだ。

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