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第二話 僕と見合いと陣代の話

 それは、大学三年生になったある日のこと。


「…見合い、ですか?」


 月に一度の一条さんとの打ち合わせに来た父が、僕の部屋で一服するのはいつものことだった。

 だがその日はそんな話がでてきた。


 家の跡継ぎが多いこの街では、幼い頃から婚約者がいる人は多い。

 僕も霊力があればきっと早くから婚約者があてがわれていただろう。

 あいにくと僕は『霊力なし』の『役立たず』なので、そういう話とは無縁だと思っていた。


「これがお相手の写真と釣書」

 そう言って目の前に置かれるが、手を出す気になれない。


「…何でですか?」


 僕の疑問が、父にはわからないようだった。


「僕は『霊力なし』です。家を継ぐことはありません。

 お相手の家は、そのことを理解されているのですか?」


 父は僕の言葉に動じることなく、まっすぐに僕を見てきた。


「お前が安倍家を継がなくても、お前の息子か、その子供が安倍家を継ぐ。

 これは決定事項だ」


 父の言葉が理解できなくて、頭が固まる。

 僕の子か、孫が、家を継ぐ?

 何だそれ?


 理解できない僕に、父はタカの淹れたコーヒーを一口飲んで、話してくれた。



主座(しゅざ)様の話は知っているな」


『主座様』と呼ばれるのは、初代である安倍晴明(あべのせいめい)様のことだ。

 彼は何度も生まれ変わり、安倍晴明を名乗っている。

 そんな伝説が安倍家にはある。


「主座様が転生なさっているのは、本当の話なんだ」


 大真面目に言う父に疑いの目をむけてしまう。

 父はさらに言う。



 父が幼い頃、曾祖父である主座様に呼ばれ、何か『(しるし)』を刻まれた。

 その『印』を目印に「お前の孫か、その子として生まれ変わる」と告げられた。

「そのために、お前の子か孫は『霊力なし』となるだろう」と。


 このことは当主にしか伝えられていない。

 現在では父しか知らないことだという。



 唐突に理解した。

『霊力なし』の自分が、勘当されることもなく、安倍家内部の情報を制限されることもなく、関わってきた意味。


「――今まで僕を勘当しなかったのは、そのためですか」


「僕は、そのために飼われていたのですか」


「僕は、ただの種馬ですか」


 父は何も答えない。

 それが答えだった。


「お前が結婚して子供ができれば。

 その子が主座様の生まれ変わりとわかれば。

 跡継ぎ問題も解決するし、お前の一族の中での立場も良くなる」


 だから見合いを、とすすめる父に、カッとなった。

 立ち上がり、つかみかかる寸前で何とか自分を抑え込む。


「――帰ってください」


 かろうじて、それだけ言えた。

 

 ドサリとソファに座り、頭を抱えてうつむき、感情を抑えようとする。

 が、うまくいかない。

 どろどろした感情が腹の底でぐるぐると渦巻いている。



 僕は、主座様が生まれるための種馬。

 種を継ぐ、そのためだけの存在。

 僕が『霊力なし』なのも。

 ずっと『役立たず』とののしられてきたのも。

 すべては、主座様のため。



 叔父達が「後継を決めろ」と父に迫っていたのは知っていた。

『霊力なし』の僕では家を継げないと。

 従兄弟たちの誰かを後継に指名しろと言っているのは知っていた。

 一条さんの手伝いをしていて知ったが、安倍家の所有財産はかなりのものだった。

 叔父達も従兄弟達もそれを知っているようで、当主になりたいと願っているようだった。


 しかし、父はそれを頑なに拒否していた。

 父なりの僕への気持ちなのかと、うっすらと思っていた。

 でも、違った。


 父は、僕なんかどうでもいいんだ。

 ただ、主座様のために。

 主座様が生まれるためだけに、種馬である僕が必要なだけだった。


 

 身体の中で暴風雨が吹き荒れている。

 何もかもどうでもいい。

 家も、父も、世の中も、僕自身も。



「オーミ」

 ずしり。身体の右側が突然重くなった。

 驚いて顔を向けると、タカが隣に座って体重をあずけてきていた。


「魔王みたいな顔になってるぞ」


 そう言って、いつもの調子でニヒヒッと笑う。

 そんなタカの顔を見ていたら、何故か涙がにじんできた。

 あわててごまかすために顔をゴシゴシとこする。


「お前ただでさえ吊り目なんだから。

 こわい顔したら迫力ハンパないぞ。

 他所(よそ)ではそんな顔すんなよー。通報されるぞ」


 そう言いながら僕の頭を乱暴にぐしゃぐしゃとなでる。



「…転生だって。ホントかな?」


 気にするところそこかよ。

 そう思ったが、神戸出身のタカは知らないかと思い当たり答える。


「転生者だっていう人には、何人か会ったことある…」

「マジ? いんの?!」


 京都には何故か「前世の記憶がある」という人が多い。

『転生者』と呼ばれる彼らの話が本当なのかどうか、僕にはわからない。

 少なくとも僕には前世の記憶はない。

 


「――本当に転生なんてものがあるなら…それなら…」


 ぽつり。

 タカがここではないどこかをみながらつぶやいた。


「…それなら、オレの家族も、友達も、どこかに生まれ変わってるのかな…」


 タカが家族も親戚も友達も一度に亡くしている話は聞いていた。

 どれほどつらく哀しかっただろうと思うが、タカは少しもそんなそぶりは見せない。

 いつも明るくふるまっている。

 それでも時々、心がどこかに飛んでいっていると感じる瞬間がある。


「…会いたい?」

 そう問うと、タカは少し考えていたが、結局首を横に振った。


「生まれ変わったなら、新しい家族があるだろ。

 オレのことは気にしないで、新しい家族と、新しい友達と、しあわせになってくれたら、それでいい」


 そして僕の顔をのぞきこみ。


「今のオレには、友達兼家族が。オミがいるから」


 ニヒヒッと笑った。


 そうしてぎゅうっと抱きついてくる。

 留学経験のあるタカはスキンシップ過剰だ。

 こうやってしょっちゅう抱きついてくる。


「オレは今、けっこうしあわせだから」


 優しい声でそんなことを言うから、タカの腕の中で涙がこぼれた。



「――タカがいてくれてよかった」


 今日ほどそう思ったことはない。


 たとえ『霊力なし』でも。『役立たず』でも。

 ただの種馬でも。


 タカだけは、『僕』を必要としてくれるから。

 友達で家族だと言ってくれるから。


「タカ」

 呼びかけると「ん?」と答えてくれる。


「僕、『霊力なし』の『役立たず』だけど。

 ただの種馬だけど。

 それでも、タカの友達で、家族でいて、いいかなぁ…」


「当ッたり前だろ!」


 ぎゅううううっ! と、力の限りに抱きしめてくるものだから「痛い痛い痛い!!」と泣き叫ぶことになった。




 タカの腕から何とかのがれ、冷めたコーヒーを淹れなおした。


武田(たけだ)勝頼(かつより)って知ってるか?」


 唐突にタカが話を向けてくる。

 武田勝頼。

 戦国時代の武将。武田信玄の息子で、甲斐(かい)武田家最後の当主。


 知っていることを示すのにうなずく。


「勝頼は『陣代(じんだい)』なんだって」

「『陣代』?」

「後継者が成長するまでの代行。中継ぎ。当主じゃない」


 知らなかった。

 てっきり勝頼が当主なのだと思っていた。


「厳密には違うけど」と前置きして、タカが続ける。


「オミと同じ立場じゃね?」


 そう指摘され、先程の父の話を思い出す。

 なるほど。

 僕の子か孫が当主となるならば、僕は勝頼と同じ立場だ。

 決して当主にはなれない。

 もっとも、なるつもりもないが。


「何百年前の人にだって、そういう人がいたんだ。

 オミが『陣代』になったって、いいんじゃね?」


 タカに軽ーく言われると、なんだかそれも悪くないような気になってくる。


「『種馬』じゃなくて、『陣代』?」

「そう。『陣代』。

 そっちのほうが、カッコいいだろ?」


 ニヒヒッとタカが笑うので、僕も「確かに!」と笑う。


 タカはコーヒーカップをコトリと置くと、僕の目をまっすぐに見て言った。


「『家のため』とか『主座様のため』とかじゃなくてさ。

 オミはオミのために恋愛して、結婚して、家族つくったらいいんじゃないのか?」


 タカは時々こんな顔をする。

 優しい、慈愛に満ちた顔。

 いつものおちゃらけた顔とは違う、多分タカが隠している、本当の顔。


 その言葉の中にあるのは、僕への思いやりだとわかるから、うれしくて泣きそうになる。

 それをごまかすために、わざとぶっきらぼうに聞いてみる。


「そういうタカはどうなんだよ?

 恋愛とか結婚とか、考えてるのか?」


「考えてる考えてる! めっちゃ考えてるよ!!」


 途端にいつものタカに戻る。


「オレ、家族欲しいんだー!」


 ふざけた調子で言っているが、それが彼の心からの願いであることは知っている。


「奥さんがいて子供がいて。孫もできて。

 たっくさんの家族に囲まれるのが、オレの夢!」


「じゃあ早くカノジョ見つけないと」


「それだよなー!

 だいたい一条さんの課題がきつすぎるんだよ!

 課題こなしてたらカノジョ探す時間なんてないよ!」


「確かになー」


 学校とバイトと一条さんの課題で僕達の生活はいっぱいいっぱいだ。

 そう考えると、見合いをしてもおつきあいするのは難しいかもしれない。


見合い(これ)、断らないとなぁ」


 父に連絡するのは気まずいなぁとため息をこぼしていると、タカが待ったをかけてきた。


「せっかくのご縁じゃないか。

 会うだけ会ってみろよ。

 もしかしたら恋に発展するかもしれないし!

 どこに出会いがころがってるか、わからないんだぞ!」


「そうかもだけど」


 尚も渋る僕に、タカがさらに言いつのる。


「お前、ジジイになった時に『やっぱりあの見合い受けとけばよかったー!』って後悔することになっても知らないぞ!

 最初で最後のチャンスかもしれないぞ!」


「…え…? 僕、そんなに女性受けしそうにない…?」


 地味にショックを受けている僕をよそに、タカは勝手に父に連絡をとり、ショックであいまいに相槌をうっているうちに見合いの日取りが決定していた。

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