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第一話 僕と親友の話

前作『霊玉守護者顚末奇譚』に登場した人物の若い時のお話です。

前作を読んでいなくてもわかるとは思います。

よろしくおねがいします。

 この世の中には『霊力』というものがある。らしい。


 あいにくと僕にはわからない。

 霊力というものが僕には全くない。らしい。

 それすら僕にはわからない。


 僕が普通の家の子ならば、別段問題はない。

 残念ながら僕は、普通の家の子ではない。

 陰明師で知られた、安倍家の子だ。


 高い霊力を持つ『能力者』を束ね、ここ京都の結界を守り、『悪しきモノ』から人々を守る、霊能力者集団・安倍家。

 しかも、その当主の一人息子。


 それなのに、僕には霊力がない。



 当然『霊力なし』『役立たず』と、一族中からうとまれていた。


 どんなに勉強しても身体を鍛えても。

 どんなに努力しても。

 掛け算と同じ。

 ゼロにいくらかけたって、ゼロにしかならない。


 現役で京都大学法学部に首席合格しても、一族からの評価は『役立たず』のままだった。




 何もかもを諦めていた僕が変われたのは、大学最初の授業で声をかけてくれた、彼のおかげ。


 照れくさいから、本人にはなるべく言わないけど。




「よっ! オレ、赤峰(あかみね)。お前は?」


 入学最初のオリエンテーション。

 隣の席に座った男が気安く声をかけてきた。


 茶髪を右目の上でツーブロックに分け、爽やかに見える。

 僕の真っ黒で暗い頭とは大違いだ。


 座っているからはっきりしないが、多分、僕と同じくらいに背は高そうだ。

 百八十センチちょっとある僕と同じくらいの人は珍しい。


 少しつり目がちの目は自信にあふれ堂々としている。

 僕の「にらみつけているような」と言われる吊り目とは全然違う。


 にこにこと陽気な様子が、京大生っぽくない。

 難関大学、しかも難関学部の受験を勝ち抜いた者が集まるこの教室は、どちらかといえば気難しそうな顔の者が多い。自分も間違いなくそのうちの一人だと言える。

 それなのに、隣の男は馴れ馴れしく、明るい。

 その明るさに引いてしまう。


「…安倍(あべ)、です」


 あまり関わりたくないなぁと思いながらも、質問に答える。

 パッと見でも自分より年上だと思えたので敬語だ。


「安倍、なに?」


 にこにこと質問を重ねてくるが、意味がわからない。

 なにって何だ?

 というか、安倍の名を聞いても無反応。

 京都の人間ではないらしい。


「オレ、赤峰 隆弘(たかひろ)。お前は? 安倍なに?」


 ああ、そういう意味かと理解する。

 が、初対面の人間に名前まで言う必要があるだろうか?

 不快感が顔に出たと思うが、相手は変わらずにこにことしている。

 これはさっさと答えたほうが面倒が少ないと判断する。


「…安倍、晴臣(はるおみ)、です」


 偉大かつ有名なご先祖と一文字違いのこの名前に、どれだけ苦労させられたことか。

「名前負け」「がっかりネーミング」と散々に言われ続けたこの名前が、僕は好きではない。


「んじゃ『オミ』な」

「は?」


「『ハル』でもいいけど、『ハル』はもう春田くんがいるから。『オミ』で。

 オレも『タカ』って呼んで」


「…は?」


 誰だよハルタくんて。

 そもそも、いつ僕が了承したよ?


「オミは歳いくつ? マジ? 現役? チョー優秀じゃん!

 オレはねぇ、高校カナダに行ってて、それから二年フラフラしてー」


 そうして何故かその日のうちに、初対面の男の経歴と好きなものを知ることになり、自分の経歴も知られ、クラス中から浮きまくることになった。




 後に「何であの時声をかけてくれたのか」と問うと、タカは微笑みを浮かべて教えてくれた。


「オミ、世界に絶望してるみたいな顔してたから」

「昔のオレを見てるみたいで、放っとけなかった」




 タカの言うとおり、その頃の僕は世界に絶望していた。


 何をしても認められない。

『霊力なし』の僕は存在することすら許されない。


 そんな世界で、どうやって生きていけばいいのか、わからなかった。


 闇雲に勉強した。他にやることがなかったから。

 周りの評価なんか、声なんか気にしないようにしようと思った。

 でも、どうやっても心無い声が入ってくる。


 僕が『霊力なし』なせいで、両親が、特に母が一族からきつくあたられているのも知っていた。

 でも、どうにもできない。

 僕が『霊力なし』だから。

 僕が一族の『役立たず』だから。




 大学進学を機に一人暮らしを始めた。

 父の所有する弁護士事務所を建て替えるついでに、上階に居住スペースを追加し、そこから通学することになった。


 あの一族だらけの山深い土地から離れただけで、息がしやすくなった気がした。

 とはいえ、父の用意した部屋に住んでいる現状は一族から離れたとは言えない。


 早く卒業して資格をとって独立したい。

 できれば京都を出たい。

『安倍』と関係のない場所で、ただの一般人として暮らしたい。


 その頃の僕は、それだけを目標に生きていた。




「オミはサークル入るのか?」

 いつの間にか当たり前のように隣にいるようになった男が聞いてくる。

 サークルなんて面倒くさいものに入る気はない。


 誰もが『安倍』の名を聞いた途端、偉大なご先祖を連想し、人によっては現在の安倍家の役割を知っていて、僕に近づこうとする。

 そして、僕が『霊力なし』の『役立たず』だと知るや、ゴミでも見るかのように態度を一変させるのだ。



「オレもサークル入んない。一緒だな!」


 ニヒヒッと明るく笑うタカに、ついうっかり聞いてしまった。


「サークル入らないで、何かするのか?」


「オミが初めてオレに興味持ってくれた!」と狂喜乱舞するタカに、聞くんじゃなかったとげんなりする。


「待って待って、聞いて聞いて!」と引き止めるので、立ち去ろうとするのをあきらめる。


「バイトしまくる!

 オレ、親がいないから、生活費その他は自分で稼がないとやっていけないの」


 ケロリと明るく言われたから、言葉の意味を理解するのに時間がかかった。


「…親、いないのか?」

 かろうじてしぼり出した声にも「うん」と明るく答える。


「震災で」


 その一言で十分だった。

 何と声をかけたらいいのか、迷いに迷った末に出た言葉は。


「…保険金で足りないのか?」


 我ながら心無い言葉だ。

 自分の無神経さに腹が立つ。


 それなのに、タカはきょとんとしたあと、プッとふきだし、ケラケラと笑った。


「シビアだなオミ!

 お前、弁護士に向いてるよ!」


 家族の保険金はけっこう出たこと。

 その金で留学費用と大学の学費を賄ったこと。

 家族の生命と引き換えの金だから、日常生活や遊びには使いたくないこと。


 そんなことをつらつらとタカは話してくれた。


 

 きっとあの時の僕は、世界に立ち向かうのに疲れていたんだ。

 だから、同じように世界に裏切られた人間を見つけて。

 ちょっと。ホンのちょっとだけ。

 気を許してしまったんだ。


 暴風雨の吹き荒れる中を、わずかなくぼみに身をひそめ耐えるようなこの状況も、誰かが一緒だったら少しは心強いんじゃないか。

 そんな風に感じてしまったんだ。



「…生活費おさえたいなら、ウチ、来る?」

 その時にはすでに一人暮らししていることはタカに知られていた。


「家賃光熱費その他もろもろ不要。そのかわり、家事担当」

「乗ったー!!」


 神様オミ様ありがとう!! とまとわりついてくるタカがうざったくも、ちょっとだけうれしかった。




 タカとの二人暮らしは、思っていた以上に楽だった。

 三歳年上のタカは何でも知っていた。

 家事は何でもできた。

 僕があまりにも何もできないのに驚き、色々教えてくれた。


 僕が何もできなくても、何も知らなくても、タカは一度も馬鹿にすることはなかった。

「知らないってわかって良かったな!」とケロリと笑う。


 簡単なことでも、ちょっとしたことでも、すぐに褒めてくれる。

「すごいな!」「エラいな!」と笑ってくれる。


 それが、どれだけ僕にとってうれしいことか、きっとタカは知らない。


 タカのおかげで、僕は救われた。




 ずいぶん経ったある日、タカがめずらしくぐでんぐでんに酔っ払い、泣きながら謝ってきた。

 震災で弟を亡くしたこと。

 僕の世話を焼いていると、弟にしてやっているようでうれしいこと。

「オミはオミなのに。身代わりにしてる。ゴメン」

 そう言って謝る。


 でも僕は、タカの言葉に、態度に救われた。

 タカが世話を焼いてくれて、褒めてくれて、大事にしてくれることで、救われた。

 弟扱いされるのもうれしかった。

 だから、タカがそれでいいなら、それでタカが救われるのなら、僕には何の問題もない。


 そんなことをたどたどしくも伝えたら、タカがまた泣いた。

 兄ならもうちょっとしっかりしろよと言ってやったらさらに泣いた。




 タカがバイトに行くのに一人で家にいるのもつまらないので、一緒にバイトをすることにした。


 元々やることも、やりたいことも何もなかった。

 一族の『役立たず』な自分がいやで、手っ取り早く認められそうな勉強をしていただけ。

 それしかやることがなかっただけ。

 それすらも、意味はなかったけれど。



 平日は学校があるので、週に二日だけバイトをした。

 夕方六時から夜十時まで、近くのスーパーで働いた。

 レジを打ったり商品を出したり。

 簡単そうに見えて大変な仕事だった。

 ひとつの仕事に集中していたら、別から呼ばれる。

 あれもこれも同時進行で処理していかないと追いつかない。

 最初の一ヶ月はわけがわからないまま言われるがまま身体を動かした。

 三ヶ月が過ぎるころには全体を見て動けるようになった。

 野菜に旬があることを初めて知った。

 見切り品でタカがおいしいごはんを作ってくれた。

 タカに教わって簡単なおかずなら作れるようになった。



 休日は嵐山で人力車を引いた。

 バイト代はよかったが、体力はいるし知識もいるし、コミュニケーション能力まで求められる。

 暑い日は地獄。寒い日も地獄。

 そんな仕事もタカにかかると「割のいいバイト」になる。


「金もらって体力トレーニングして話術訓練できるんだぜ!

 しかも、観光までできて、色んな人から『ありがとう』って言われるんだぞ!

 チョーおいしい仕事じゃね?」


 タカに引っ張られるように、体力がついた。コミュニケーション能力も上がった気がする。

 外国人観光客相手に話すことで、英語力も上がった。

「英語ができたらフランス語もイタリア語もできるぞ」とタカにそそのかされて、最終的に五カ国語を習得した。

 仕事が楽しくなると、笑顔がでる。

 できることが増えると、自信がつく。


 タカのおかげで、僕は『役立たず』から卒業した。



 卒業した気に、なっていた。




 日暮れのその時間を『逢魔(おうま)(とき)』と呼ぶ。

 誰がそう名付けたかは知らないが、センスがいいとしか言えない。


「晴臣さんじゃないですか」

 唐突に名を呼ばれ、うっかり反応してしまった。


 そこには、僕にとって『魔』としか例えようのない三人がいた。

 父の弟の息子達――昔から僕を『役立たず』と罵り笑う、従兄弟達だ。


「いいですね〜。『霊力なし』は。観光地で散歩ですか?」

「我々はこれから『仕事』ですよ。責任ある仕事です」

「晴臣さんは大学生でしたっけ? 楽しそうでいいですね〜」


 仕事が終わって私服に着替え、タカと二人帰ろうと自転車をひっぱりだしていた時だった。


 タカに知られて恥ずかしいという気持ちと、巻き込んで申し訳ない気持ちで言葉が出ない。

 青い顔で立ちすくむ僕をどうとらえたのか、三人は尚も僕を馬鹿にして言葉を投げつけてくる。



「オミー」

 それを止めたのは、タカののんきな声だった。


「ナニこのバカそうな連中」


「なっ…!」

「貴様、我々が何者か知っているのか?!」

「我らは安倍家の者だぞ!」


「知るかよバーカ。

 こちとら現役京大生だぞ。法学部だぞ。エラいだろう。すごかろう」


 えっへんと胸を張り、タカは意地の悪い視線を三人に向ける。


「で。お前ら、何大学? どこ学部?」


 三人は口をパクパクとするだけで反論してこない。

 それもそうだろう。彼らは高卒だ。

 確か大学を受験したものの全滅し、浪人するくらいなら家で働けと言われ下働きのような仕事をしていると母から聞いた気がする。


「あっ…、安倍家に逆らって、無事でいられると思っているのか?!」


「そーゆーお前らこそ、法学部の人間に逆らって無事でいられると思ってんのか? 出るとこ出るか? あァん?」


 名誉毀損に恐喝に威力妨害に、とタカが指折りあげていくのに、三人もさすがにまずいと感じたようだ。

 仕事に間に合わなくなるとか何とかゴニョゴニョ言いながら立ち去った。


 後には、呆然と立ちすくむ僕と、フンッと鼻息荒いタカが残された。


「バーカバーカ。おとといきやがれ」

 べー、と舌を出して三人を見送り、その姿が消えたのを確認してタカが僕に向き直った。


「――で。オミ。あのバカ、ナニ?」


 そこには僕を侮蔑する目はなかった。

 ただただ僕が馬鹿にされたことに腹を立てているだけだった。


「タカ…」


 なんだか、腹の底がスカッとした。

 爽快って、こういう気持ちなのか。


「タカはすごいなぁ」

「そうだろうそうだろう。もっと褒めてもいいぞ!」


 えっへんと胸をはるタカがおかしくて。


「ぷっ…。ふふ、あは、あはははははは!」


 思わず笑いがこぼれた。

 こんな風に笑ったのは初めてで、涙がにじむ。


「あはは! タカ、すごい! すごいよ、タカ!」

「なんだよ? 今頃知ったのかよ?!」

「あはははははは!!」


 涙が出るほと笑う僕に、タカも一緒になって笑った。



 家に帰って夕食を食べながら、色々な話をした。

 彼らのこと。安倍家のこと。霊力のこと。


「くっだらね」


 それがタカの感想だった。


「『安倍家に逆らったら呪われる』って言われてるんだぞ?」


「そもそもその『呪い』ってのがうさんくさい。

 オレ、自分で体験したことしか信じない」


 京都の人間は、安倍家に対する畏怖が染み付いている。

 知らないうちに僕は、それが世界共通の認識なのだと思いこんでいたようだ。

 だが、実際はどうだ。

 神戸出身のタカは歯牙にもかけない。


「だいたい『霊力』『霊力』言うけどさー。

 霊力があるのがそんなにエラいわけ?

 霊力が無いと生きていけないわけ?」


 改めてそう言われるとわからなくなる。

 たった今タカに今までの認識を壊されたばかりなので、余計にわからない。


「オレ、世界中いろんな国に行ったけど。

 そんなこと言ってるトコロ、なかったぞ?」


 そう言って、ゴソゴソと貴重品を入れている棚をあさり、取り出したパスポートを開いて「ホラ」と見せてくれる。

 めくってもめくってもハンコが押されている。


「え…? これ、何カ国行ってるんだ?」

「五十までは数えた」


 ケロリと言うのに驚くことしかできない。


「まぁ確かにローカルルール的な『強さ』はあったな。大酒呑んだヤツがエラいとか、大物釣れるヤツがエラいとか。

 オミ達の言う『霊力』も、ローカルルールのひとつじゃね?」


「ローカルルール…」


 考えてもいなかった表現に絶句する。



「…え? それなら、これまでそれで悩んできた僕って…」

「バカみたいだな!」

 明るくケロリと言うタカに、がっくりと落ち込む。


「バカだってわかってよかったな!」


 バンバンと背を叩かれる。

 ジトリとにらみつけてしまったのは許されると思う。


「いいじゃないか霊力なくたって!

 オミはもう別の『強さ』持ってるんだから」


 思ってもみなかったことを言われ、思考が止まる。


「――は?」


「学力。体力。語学力。バイトで金貯まったから、資金力もあるな」


 そう言われると、確かにそうかもしれない。


「それに学歴。これだって『力』だ。現にあのバカども、尻尾を巻いて逃げてっただろ?」


 目からウロコがポロポロはがれ落ちていくようだ。


 もしもタカの言うとおりだとするならば。

 少しは僕も自信を持ってもいいのだろうか。

 霊力はないけれど、『力』はあると、思ってもいいのだろうか。


 気持ちが浮き上がりかけたが、フッと『あのバカども』を思い出す。

 物心ついたときから投げつけられた言葉が浮かんでくる。


「――力があっても。僕が『役立たず』なことには変わりないから…」


 ボソリと告げると、「そこなんだけど」とタカが腕を組む。


「オミの話聞いてると、霊力使う仕事って、言ってみたら内政と軍事にあたる部署だよな?

 じゃあ、外交や財務や庶務にあたる人はどうなんだ?

 そーゆー人達も霊力がないと仕事にならないのか?」


「え…? どうだろう…?」


 家の仕事のことをそんな風に深く考えたことがなかった。

 でも、バイトを経験した今ならわかる。

 仕事というものは、表に見えるものだけではない。

 表に見えるものは全体のホンの一部で、裏でたくさんの人が働いている。

 きっと、安倍家の仕事もそうやって成り立っているはずだ。


 周りから聞いた話を思い出す。

 どんな仕事があり、どんな人がいたか。

 そうやって考えていると、一人の人物に思い当たった。


「…そういう役割の人、ひとり心当たりがある」




「やっと来ましたか。遅かったですね」


 住んでいるマンションの下の階。

 弁護士事務所の所長である一条さんは「話を聞きたい」という僕にそんな言葉を投げつけた。


「中学生くらいには気づいて私のところに来るかと待っていましたが。まさか大学生になるまで気づかないとは!

 まあ十代のうちに来たという点では、ギリギリ合格ですかね」


 …あれ? この人って、こんな人だったっけ…?

 もっとおだやかで、物腰の柔らかい人だと思っていたけど…


「あの脳筋どもの相手をまともにするだけ無駄ですよ。

 相手は脳味噌が筋肉なんですから。

 こちらの言葉の意味が理解できないんです」


「…脳筋…、って……」


「バカのひとつ覚えで『霊力』『霊力』言ってる連中のことですが、何か異論がありますか?」


「……イエ……。アリマセン…」


 笑顔で毒を吐くのはやめてほしい。

 今までの彼とのギャップがありすぎて理解が追いつかない。


「その自慢の霊力だってたいした量じゃないそうですよ?

 一般人よりちょっと多いくらいで、どうしてあんなに大きい顔ができるのか。

 いやはや。脳味噌筋肉なだけでなく、お花畑でもあるとは。

 ホント幸せな連中ですよね」


 横に座っているタカは楽しそうだ。

「オレも同感です!」なんて調子よく応じている。



「晴臣くんは真正面から受け取りすぎるんですよ。

 生真面目な性格そのまんま。

 受け止めるんじゃなくて、受け流すとか、かわすとかいった技術を身に着けなさい」


「あなたのお母様がお上手ですよ」と教えられ、驚く。


「しおらしく傷ついたフリをして、情報を探り、一族をまとめているんですよあの人は」


「それくらいでなければ、京都の旧家の嫁などやれない」と説明され、絶句することしかできない。


 今まで見てきた母の姿が崩れていく。

 今までの価値観もガラガラと崩れていく。


「何でも同じです。

 物事を見るときに、ひとつの方向からだけ見るのではダメです。

 上下左右、前後、斜め、ときには裏返して。

 あらゆる方向とあらゆる可能性を考えて見るようにしなさい」


「………ハイ………」


 落ち込む自分に、隣のタカは爆笑している。


「それで、どうしますか?」


 投げかけられた言葉の意味がわからない。


「私が請け負っている、安倍家の仕事を引き継ぎますか?」


 ドクン。


 一条さんがまっすぐに僕を見る。


 生まれて初めての『役立たず』でなくなるチャンス。


 胸が高鳴る。

 心の奥底に封じていた幼い僕が、喜んでいる。

「僕でも家の役に立てる!」と喜んでいる。

 

 でも、もうひとりの僕は「イヤだ」と耳をふさいでいる。

 京都を出るんだ。

 安倍家と関係のない場所で一般人として暮らすんだ。

 そう言って首を振っている。



 どちらも本当の気持ち。

 どうすればいいのかわからない。


「はいはーい」

 僕の迷いを見透かしたタカが、のんきな声で手を挙げる。


「仕事を引き継ぐ引き継がないは別にして。

 一条さんの下で修行することはできませんかー?」


「修行、ですか?」

 ピクリと片眉があがる。

 優しげだと思っていた目は蛇のように鋭い。


「オレ達まだまだ若造で、経験も知識も足りません!

 さっきみたいな、ものの見方とか、受け流し方とか、教えてもらいたいです!」


 一条さんが黙っている間に、さらにタカが続ける。


「幸いオレ達法学部です。

 実地研修とか、小間使いとか、そんな感じで使ってもらって、色々教えてもらえませんか?」


「――対価は?」

「一条さんの昼飯はオレが弁当を作ります」

「――材料費その他経費はそちら持ち。繁忙期の所員全員分の夜食もつけてください。あと、小間使いでもバイト代は出しませんよ?」

「それでいいです!」


 タカが引っ越してきたその日に事務所に挨拶にいったが、その後もタカはなんだかんだと料理を差し入れていたという。

「ずっと電気点いてて忙しそうだったから」と差し入れられた食事に、事務所の人達はすっかり胃袋をつかまれていると聞いてびっくりする。

 いつの間に! としか言葉が出ない。



 そうして僕とタカは一条さんから教えを受けることになった。


 夜の料亭での下足番のバイトを追加される。

「人の顔と名前は一度で覚えろ」「やりとりした会話は忘れるな」「次にお会いしたときにさり気なく使え」「誰と誰が会っているかで、導き出される未来を予測しろ」などなど。


 今までのバイトの姿勢についても指導される。

「並べられている商品から売上の傾向と対策をだせ」「どこの企業がどんな分野に強いか分析しろ」「観光客がなにを求めているか考えろ」などなど。


 さらに一条さんの事務所で雑務をする。

 書類の扱い方。情報整理の仕方。お茶の入れ方、出し方。電話応対の仕方。



 とにかく覚えることが多い。考えることはもっと多い。

 学校の勉強もしながら、一条さんの課題に取り組む。

 時間がいくらあっても足りない。

 タカと一緒でなければきっとくじけていた。

 二人で話し合い、協力しあい、励ましあって乗り越えた。


 一条さんの求めるレベルはどんどん上がっていったが、何とか食らいつき、大学を卒業する頃にはそれなりに認められるようになった。



 いつの間にか『霊力なし』でも『役立たず』でも、気にならなくなっていた。

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