19部目
車は、軍の駐屯地から徐々に離れていく。
「どこまで走るんだ?」
「市街地です。この近くのところに住んでるんですよ。私の家は、また別にあるんですけどね」
近くの国道を通り、速度120km/hでかっ飛ばしていた。
「…速度制限は」
「ああ、このあたりは大丈夫です。上限はありますが、無いようなものなので」
伊川谷は、へらへら手を振る。
「…なあ、本当にこんな子で大丈夫なのか?」
ひそひそ話が聞こえてくる。
「大丈夫じゃないんでしょうか。何事もなけれ…」
右に急カーブ。続けて左に勢いよく振られる。
スケース少尉は、舌を咬まないようにしてどうにか椅子に座っていた。
シートベルトをしてなかったイサキ少佐は、足元に転がっている。
「…大丈夫ですか?」
自分は、とりあえず聞く。
「お…オウ…」
死にそうな声だが、大丈夫と本人が言っているんだ。
きっと大丈夫なんだろう。
だが、それからイサキ少佐は到着するまで起きなかった。
「おばーちゃーん!」
カラカラと引き戸を開けると、奥から誰か出てきた。
一瞬、顔が固まる。直後には破顔した。
「お兄ちゃん!」
100歳を上回っているのとは思えない姿をしている。
「おばあちゃんは、若返り手術を受けた最初の人なの」
「どんなことをしてでも、お兄ちゃんに会いたかったから…」
軍服を着たままの自分に、妹である伊川谷[旧姓永嶋]香がしがみついていた。
「若返り手術って言うのは?」
「あ、お兄ちゃんは知らないんだね」
無理に家に上げさせられる。
香を先頭にして、どんどん家の中を歩いていく。
ちょっと離れて千代、その直後に小隊がいた。
「この人」
遺影がある。
「えっと…だれ?」
「おじいちゃんだね。そういえば、詳しい話聞いたことないや」
千代が香に聞いた。
「…彼が、この仕組みを作ったの」
「若返りの技術って言うこと?」
「そうだよ」
香は、遺影を愛おしそうに見つめている。
「彼の話をするとかなり長くなるから割愛するけど、ローレン・ジェン勲章を授与されたことは、ずっと自慢だったらしいわ」
ローレン・ジャン勲章というのは、医学界限定で医学の発展にその年でもっとも功績があった者に送られる勲章の名前だ。
その特殊性ゆえ、受賞者は医学界の誉れといわれることもあるらしい。
「その人が、若返りの技術を発明したって言うことですね」
「そういうことよ。時間を戻ることも出来るって言っていたらしいけど、あくまでも肉体的な話だけで、年をとるにつれて、いつ死ぬのかって言う心配をし始めてしまうのよ」
ため息をつきそうになる。
その時、電話が鳴った。
「はい、伊川谷です」
即座に電話を渡す。
「イサキ・ミカガイさんにって。元の世界に戻る方法があるそうよ」
「本当か?」
それからイサキ少佐は別の部屋に移って電話を続けた。
自分達は、香から彼についていろいろと話を聞いた。
1時間ほど、彼の話を聞かされた後で、いよいよ別れの時というとき、香は自分に何かを渡した。
「これは何だい?」
「私をいつでも思い出して欲しいの。だから、そのためのお守り」
中身はあえて聞かなかった。
「ありがとう。また会える日まで、さよならだ」
自分達は千代が運転する車に乗り、再び第39軍団へ向かった。
香が悲しそうな顔をしていることだけが、最後に見えた。
第12章 非任意的な時間移動
到着しすぐさま千代と別れて、自分達は応接室に通された。
「イサキ・ミカガイ少佐、及び第39軍団309小隊一同、出頭しました!」
形式的な挨拶をする。
応接室には、軍団長と中年の男性が一人すでにいた。
「そこまで堅くならなくてもかまわない。とりあえず、座ってくれ」
軍団長に言われて、自分達は対面するように配置されたソファーに座った。
「紹介しよう。時空学者の豊谷金次博士だ」
「どうぞよろしく」
徐々に髪の毛前線が額から頭頂部へと移動を始めた頭を、きらりと光らして深々とお辞儀をした。
「いえ、こちらこそ」
自分は反射的にお辞儀を返した。
「ところで、どのようなご用件なのでしょうか。電話で伺ったのは、抽象的なものばかりでしたが…」
軍団長はイサキ少佐の質問にさらりと答えた。
「ああ、彼が君達を元の時間へ戻そうという計画があるんだ。だが、失敗した場合は、同じ時間だけ未来へ送られることになる。さあ、どうする?」
「…時間を飛び越えるということですか」
自分は博士に聞くと、一回うなづいた。
「簡単に話をしよう。一つの時間を点と考え、これまでの全ての時間を線と考える。時間移動というのは、線上のある点からある点まで移動することに等しい。それを行うだけだよ」
講義のような感覚になる。
横で、西海中尉が舟をこぎそうになっているのを、あわてて小突いて起こす。
「つまり、その線を移動することが出来れば、時間移動が可能になるということですか?」
イサキ少佐が聞いた。
博士はうなづいてから、ちょっと深刻そうな顔をした。
「だが、一つ問題があってな…」
「なんでしょう」
すぐに聞く。
「同質量の物体を、反対方向に押し出す必要があるんだ。さらに、時間が戻ってくれるかどうかが分からない」
「それは必ず必要なんですか?」
金川大尉が聞く。
博士はため息を一つついてから説明を始めた。
「まず、仮想上の時間数直線があるとする。我々はその直線上を一定の速度で、一方方向にしか進めない。これが今の状況だ」
自分達が理解できたかを確認するように、目を見てくる。
「その直線上を、作用反作用の法則で一気に進むんだ。だから、同質量の物体が必要になる。ただ、どちらに飛んでいくかの制御の技術は、今のところ確立されていない」
「つまり、その制御が出来ない以上、未来に行くか過去に行くかは分からないということですね」
自分がそう聞くと、大きくうなづいた。
「まさしくその通り。さらに、単体で飛ばす研究は発展途上で、そもそもこのことすら、理論的な証明に過ぎない。だが、試してみる価値はあると思う…」
博士はその後、何か言おうとしてやめた。
自分達も、そのことを聞かなかった。
軍団長は、ひざを手で叩いてから言った。
「さて、ここで油を売っていても仕方が無い。博士は、彼らが行くために必要なエネルギーと質量を計算してくれ。結果が出たらすぐに報告してくれ。君達は、それまでここで待機していてくれ。軍団内の隊舎の一部屋を貸そう」
「ありがとうございます」
イサキ少佐は一礼してから、案内役と称するロボットに案内された。
博士は、その後しばらく軍団長と話してから、部屋を出た。