12部目
午前6時半。
ほほを真っ赤に染めたままのイサキ少佐がいた。
「…大丈夫ですか?」
「ああ、なれてるからな…」
明らかにうそだ。
でも、自分は何も突っ込まないことにした。
「さて、時間が無いぞ。午前7時までには、今の軌道から離脱しないと…」
イサキ少佐は朝食をいち早く食べ終わると、軍服に着替え始めた。
午前7時。
準備は整った。
「みなさん、いいですね」
後ろを見て確認する。
「これから、地球へ着陸します。着陸場所は昭和天皇陵の近く。地震によって地殻変動が起きた場所」
自分は、スイッチを押して、カウントダウンを始めさせた。
「10…」
自動音声が響く。
一瞬で静まり返る船内。
[やはり、この人たちは軍人だ]
自分はそう確信した。
「…3、2、1、ゼロ!」
自動カウントダウンが終わり、強い重力を感じた。
後ろに体が引っ張られていく。
「現在、200km/h、300km/h、500km/h……6000km/h。安定飛行に入る」
目の前に、見えない壁があるように、動かしづらい腕を動かして、自分は操縦を始めた。
5分もしないとき、がくんと飛行スピードが落ちた。
「どうした!」
イサキ少佐がすかさず聞く。
「…空力熱による、エネルギー変換です。大気にぶつかった衝撃が、そのときの運動エネルギーのほかに、熱エネルギーに変わってるんです」
「そうか…」
安心したように、元の席に戻っていく。
自分は、操縦桿を動かして、スピードを調節した。
「さて…見せてくれよ…」
雲を抜けると、そこには、一面緑が見えた。
「きれー…」
徐々に速度を落としていっていたので、この時点で200km/hぐらいになっていた。
飛行機よりも遅い。
だが、失速して落ちないのは、昔の技術とは違うからだった。
下側に対するエネルギー損失を補うため、下向きにもジェットを噴出する機能をつけていた。
「高度3600メートル、2237.04マイル。もうそろそろ、目的地が見えても不思議じゃないですね…」
自分は、到着予定地を探していた。
「あれじゃない?」
自分の後ろに座っていた金川大尉が、身を乗り出して指差した。
「あれか…」
ギガルテ大尉も、すぐ横からくびを出していた。
自分は瞬時に緯度と経度を計算した。
「間違いない、あの巨大な空き地です」
自分は、その全容を肉眼で見て驚きを隠せなかった。
天皇陵が、あの世界最大を誇ったとされる東京圏ですらすっぽりと収まる、それほど巨大な野原状の平地が出来上がっていた。
「すっげー広いな。サッカー場がどれだけ入るんだ?」
「いくらでも…とりあえず、あそこに着陸しますね」
自分は、船を操って、空き地に船を下ろした。
「着船。セット良し、固定良し、着陸成功…機器良し…オールクリア」
自分は、さまざまな機器を見て、総合的に判断した。
「それでは、着地成功しました。皆さんは、それぞれの荷物を持って、現場へ向かいましょう」
自分が言うと、それぞれがシートベルトをはずしていた。
そしてリビングに向かっていた。
自分は、それぞれの席に忘れ物が無いことを確認してから戻った。
「これ、持ってください」
自分は、リビングから出る直前に言った。
全員が軍服を着替え終わり、荷物を背負っていた。
「これは?」
イサキ少佐は、受け取ってから聞いた。
「ヘッドセットスピーカーです。通常のヘッドフォンみたいに、音声を聞きながらも、相互通話をすることが出来ます。さらに、バッテリー部分には、この船の方向を探査するための機器も入っています。何かあれば、ここに集合ということでいいですよね」
自分は、一方的に決めつめる。
イサキ少佐は、ため息交じりに答えた。
「かまわん」
この機器の構造は、単純に言えば、片耳が無いヘッドフォンにマイク部分がついていて、それにバッテリーのコードが引っ付いているようなものだと思えばいい。
それを、全員が取り付けてから、イサキ少佐が最初に扉を開けた。
勢いよく、風が船の中に入ってくる。
すでに、周囲の空気組成は測定済みだった。
「地面は十分な硬さがあるので、そのまま降りてもかまいませんよ」
自分はそういって、イサキ少佐を先に降ろした。
1000年ぶりになる、人類着陸。
「きれー…」
2番目に降りた金川大尉は、手をひさし代わりに目の上において、太陽からの日光をさえぎっていた。
「『一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍である』」
ギガルテ大尉が、かっこつけながら言った。
「アポロ計画のとき、月に着陸した『Neil Alden Armstrong』さんの言葉ですね」
自分が、ゆっくりと降りながら言った。
深く息を吸い込んだ。
「…ふぅ〜。ここでの空気は、きっと帰っても忘れないだろうな」
「そりゃそうでしょう」
後ろから降りてきたキガイ中尉が言った。
「まるで空気が違いますよ。向こうはいまなお工業文明が発達を続けていて、環境を破壊しているところ。でも、こちらは違う」
西海中尉が降りてから、キガイ中尉の言葉を継いだ。
「…やっぱり、こういうのが一番ですよね」
スケース少尉が、自分の横に立ちながら、話しかけてくる。
「ありゃ。お二人さん、いつの間にそんな仲に?」
西海中尉が、茶化してくる。
「別にかまわないだろうが」
そんなこんなで、1000年ぶりの地球着陸は成功した。