11部目
夜になった。
[眠れない…]
自分は布団に入ったのはいいけど、眠れなかった。
[やれやれ…]
そのとき、スケース少尉が、ふらふらと歩いているのがうっすら見えた。
[何してるんだ…]
自分は、誰も起こさないように立ち上がると、イサキ少佐をまたいで運転室に入った。
扉が開くと、スケース少尉はビクッとしてこちらを見た。
「あ、いや。何しに来たのかって思って…」
自分がそういうと、スケース少尉はぼそぼそ言った。
「…こうやって一人になると、ちょっとだけ、安心するんです。誰からもいじめられないって分かるから…」
「え…」
扉が自動的に閉まる。
自分は、スケース少尉が座っている補助席の隣に座った。
ほのかに甘い香りがする。
「私、昔から事あるごとにいじめられていたんです」
寝る直前に巻いた包帯や、やけど跡をさすりながら、自分に昔話を始めた。
「小学校に通っていたころ、私だけ何かが見えていたんです。いまでも見えるときはありますが、月に1回とか、その程度なんです。でも、それが理由で嫌がらせを受け始めたんです」
席の横を見ると、ほのかに湯気が出ているカップがあった。
中には、ミルク紅茶が入っているようだ。
「…あのときほどつらいことは無かった…小学校で、いろいろといわれました。殴られたこともありました。でも、学校は何もしなかったんです」
ポツリポツリと話した。
「…何度、死のうと思ったことか…でも、私は耐え抜いてきた…」
「スケース少尉…」
自分は考えた。
そして、イサキ少佐のときと同じように、自分のすぐ横にあるスイッチを押した。
ぱっと目の前が変わる。
「これって…」
「地球さ」
目の前に浮かんでいる碧い星は、暗闇ときれいなコントラストを描いていた。
「…死ななくてよかっただろ?」
彼女は、自然と泣いていた。
自分は、持っていたハンカチを彼女に差し出す。
「ほれ、使いな」
ちょっと躊躇してから、彼女はハンカチを手に取った。
「ありがとうございます…」
そして、それを使って、涙をぬぐった。
それよりも、ハンカチが差し出されるまで、涙が出ていたのに気づかなかったらしい。
[それもまた一興!なかなか見せてもらえないものも見たし…]
自分はそう思った。
「…ちょっと、聞いてくれますか?」
「何をだい?」
スケース少尉は、目をぬぐってから、唐突に言ってきた。
「中学校のときのことです。たしか、2年生ぐらいだったと思います」
スケース少尉は、ハンカチを握ったまま話し始めた。
「ある日、私が学校へ行くと、机が無かったんです。いじめの一環として、机をどこかへ隠したらしいんです。椅子だけが残ってました。私が椅子に座ろうとしたとき、周りからクスクス笑う声が聞こえてきたんです」
スケース少尉は何かを我慢しているように言い続けた。
「別に、苦しいんだったら言わなくても…」
自分が言っても、スケース少尉はやめなかった。
「…それで、机を探しに教室を出たんです。途中、先生に出会ったので、先生に事情を説明してから。でも…」
「机は見つからなかった」
自分が言葉を継ぐと、堰を切ったように泣き出した。
自分は、ちょっと悩んだが、スケース少尉を抱きしめた。
「誰でも、そんな秘密はある。泣くなって」
「でも…わたし……っ…」
言葉にならない気持ちとは、このことだろうか。
[普通だったら、除隊かな…]
自分はそんなことを考えていた。
泣き止んでも、スケース少尉は自分から離れようとしなかった。
「あの…」
「ん?」
「もうちょっと、こうしていていいですか?」
「ああ、もちろん」
そういって、自分はスケース少尉を抱きしめ続けた。
気がつくと、スケース少尉はそのまま眠っている。
[やれやれ…]
画面を元に戻して、コップを自分が飲み干して台所に返してから、自分は少尉を抱きかかえると、そのまま布団に寝かせた。
[おやすみ]
布団を上からかけると、それにつかまっていた。
自分はそれを見てから、再び眠った。
口の中が、軽く甘かった。
おきたときには、イサキ少佐しかおきていなかった。
「おはようございます」
自分の布団をたたみながら言った。
「ああ、おはよう」
午前5時。
すでにおきていたというのが適当だろう。
「早いですね」
服を着替えながらいった。
「そりゃ当然だ。昨日の夜、二人して何をしていたかは、聞かないでおこう」
「ばれてましたか」
自分は着替え終わってから、ちょっと驚いていった。
「当然だ。気づかないわけが無いだろう」
そう言っただけでイサキ少佐はそれ以後何も言わなかった。
自分たちが起きたことによって、部屋の真ん中に隙間が開いたので、テーブルを再び設置した。
そんなことをしていたら、次々と起きてきた。
「なんですかー…」
「もう朝だ」
「何時…です…か……」
金川大尉は、そういいながら再び、布団に入ろうとしていた。
「寝るなー!」
イサキ少佐はそういって、大声を出しながら、布団をはいだ。
「キャー!へんたーい!」
パーンと、乾いた音が響いた。