10部目
第5章 不審者
「何事だ!」
イサキ少佐と自分は、運転室から勢いよく飛び出した。
「電波による妨害行動が見受けられます。ロボットの位置は把握済みなので、動かされることが無い限り、大丈夫ですが…」
キガイ中尉が注意深く言葉を選んで報告する。
「…人工的な電波のようです」
「何を言ってるんだ。ここは、無人宙域になっているはずだろ」
キガイ中尉が首をふった。
「それでも、人工的な電波が流れています。地球周囲の電波壁も、心なしか近づいているようです」
自分はそれを聞いてから、すぐに確かめた。
「確かに、40kmほど、こちらに近づいてるけど…誤差といえばそれまでの距離ですよ」
イサキ少佐は全員集まったリビングで言った。
「現時点を持って交戦とする。永嶋大尉は攻撃元の位置を確定せよ。西海中尉、スケース少尉は、この場で待機。ギガルテ大尉は攻撃を開始せよ。キガイ中尉と金川大尉も同行。逐一俺に報告してくれ」
「了解」
一気に散った。
自分は、30秒以内にロボットを打ち上げ、位置を把握した。
「攻撃もとの位置補足。49万km離れたところにある、捨てられた宇宙ステーションのようです」
「…それって、前の捜索のときに見つからなかったものです」
スケース少尉が焦って言った。
「ステルス加工、常に我々から見て地球の陰になるように配置されている。見つからなくて当然さ」
自分はあっさりといった。
「…固定したぞ。攻撃可能」
自分はイサキ少佐を通してギガルテ大尉に言った。
「りょーかい!」
一瞬の間。
「斉射!」
自分が見ている画面に、複数の光の筋が見える。
この全てが、特殊弾頭なのだ。
「対宇宙ステーション用の核弾頭だ。どんなものでも直撃を食らったらひとたまりも無いはず」
ギガルテ大尉が言った。
「目標まで、30万…20万…10万切った」
弾頭群は、地球に対しスイングバイを行うように飛行していた。
そのとき、奇妙な方向から光が襲った。
「なっ!」
自分は一瞬目を閉じた。
直後、巨大な爆発が起きた。
「…8万5000の地点で強制爆破。宇宙ステーションに対する攻撃は失敗のよう…」
自分は、努めて淡々と報告した。
「うそだろ…どこからの光の放射だ!!」
ギガルテ大尉は、自分にタックルをかましかねない勢いで突撃をしてきた。
「落ち着け!」
イサキ少佐が怒鳴った。
その声で、一瞬に静かになる。
「…これ以上争うな。ギガルテ大尉はそのことが他の人よりも理解しているはずだろうが」
自分は、何のことか分からなかった。
だが、それよりも前に、調べるべきことがあった。
「…敵からの攻撃、停止しました。光は、どうやら地球から放出されたようです」
「地球から…」
イサキ少佐は何か思い当たる節があるらしい。
「どうしたんですか」
自分は聞いた。
「…今のうちに話しておこう。かなり昔の話らしいんだが、この地球から脱出する最後の人類は、再び戻ってくるときの為に、機械をセットしたらしい…」
「その機械が、今、自分達を攻撃しているって言うことですか」
イサキ少佐はうなづいた。
「つまり、その機械の解除コードさえ分かれば、何もかもうまくいくはずなんですね」
自分は聞いたが、イサキ少佐は頭をかくばかりだ。
「そうともいえないんだな…」
「どういうことですか」
とりあえず、自分達はミーティングの格好で座った。
「…当時、出発した人たちは、自分達だけの世界を作ろうとしていた。惑星一つ国に一つという今の制度を作った人たちだから。でも、そのためには、この地球を自分達のものにしたいと思う。だからこそ、3重ロックを施したんだ」
「3重ロック…」
ギガルテ大尉がつぶやいた。
「その内容は?」
自分がイサキ少佐に聞いた。
「大体は、一つ目が声紋認証。正しい言葉を正しい発音で正しい位置で言わないといけない。2つ目は虹彩認証。代表者3人の虹彩が完全に一致しないといけない。最後がDNA認証。その場で、血液を一滴垂らし、DNAで鍵を開ける」
自分はちょっと考えてから言った。
「たしかに、少し難しいと思いますね。でも、その人たちはどこに行ったんですか?」
「殺されたよ」
ギガルテ大尉が言った。
「え…」
イサキ少佐が言った。
「君の秘密、あまりきいたことがなかったね」
ギガルテ大尉は、少し深呼吸をしてから言った。
「…自分の目、はっきりと見たことがありますか?」
「いや、無い」
金川大尉が言った。
「赤目なんですよ。先祖伝来の赤目」
自分は言った。
「赤目って…全人類の中でも、極端に少ないって言われている種類だぞ」
「分かってます。でも、その家系なんです」
金川大尉が言った。
「私の元彼も赤目だった。交通事故で死んじゃったけど…」
「…自分の親戚は、全員赤目で、そのことを誇りに思っていた。さらに、自分の家系図をひも解けば、もともと、地球でも有数の大金持ちだったって言うことにたどり着くんです」
「…世界最後の地球脱出組だったって言うことかい」
イサキ少佐はいった。
「そういうことです。おそらく、その伝説というか噂話は、自分の家族だと思うんです」
「…3人もいないな」
ふぅと、軽く空気が漏れて、ギガルテ大尉は話し出した。
「1人で十分なんです」
「本当か?」
イサキ少佐は疑り深い目で見た。
「私の家に伝わっている話によれば、「過去の星、未来の星、全てを包む星。1人で向かい、祈れ。言葉は要らぬ、ただ祈れ」って…」
「何のことやら…」
スケース少尉が言った。
一同困っていた。
そのとき、ふと思ったことがあって、その文章を紙に書いてみた。
「どうしたんだ?」
イサキ少佐が聞いてきた。
「いや、ちょっと…」
自分はそれを書ききり、ちょっと考えた。
「過去の星、未来の星…全てを包む込む星…」
そのとき、分かった。
「これ、地球のことですよ」
「どうしてそれが断言できるんですか」
キガイ中尉が聞いた。
「過去の星とは、自分達が昔いた星。未来の星とは、自分達が納めるはずの星。全てを包み込む星とは、人類が生まれた星って言うことですよ」
「じゃあ、後半の1人で祈れ、言葉は要らぬただ祈れって言うのは?」
「おそらく、一人しか入れないような仕組みになっている場所だと思います。そこにその装置があるんです。ただ、これだけですと、場所や言い方は分かりませんね」
イサキ少佐が言った。
「他には覚えていないのか?」
「…たしか、「世界は一つ、一つは世界。ただ、一つは一つとは限らない。無数もまた、一つである」っていうのもありましたような…」
自分は、すぐに紙に書き出した。
「えっと…これの解釈は…」
自分はちょっと考えた。
「一つの世界だけど、そうとは限らないということは、複数あるということ。ただ、そのことも一つであるといってる…」
「禅問答みたいだな」
イサキ少佐が考えた。
「それはいえるかもー」
金川大尉が同調した。
そして、台所に向かった。
「…禅問答…なんか違うな…世界は一つ、一つは世界…」
「あの、いいですか?」
キガイ中尉がおずおずと聞いてきた。
「それって、『ウロボロス』じゃないでしょうか」
「ウロボロス?」
6人が同時に問い返した。
「ええ、ウロボロスです。錬金術といわれる昔の技術の関連の本によく出てくるもので、自らの尾を咬む蛇のことです」
「世界は一つ…一つは世界…それで、何でウロボロスになるんだ?」
イサキ少佐が聞いた。
「言葉を見てください。一つのものが世界になる。つまり、宇宙をあらわしています。世界が一つになる。それは宇宙の崩壊を意味します。崩壊したものが再び復活する。宇宙の理論の一つに、宇宙が無数に存在するというものがあります。それが繰り返される。つまり、始まりも終わりも一つにつながるんです。それから、ウロボロスを連想したんですが…」
「…それも、可能性の一つに過ぎない。だが、仮にそれが正しいとして、それは、コードになるのだろう」
ギガルテ大尉は、さらに言った。
「「古人がそびえる世界。唯一の国にして、その国の古都。最も永きに渡り統治したものが、最も良き政治をした者が、最も高名なる統治者が住まう所」「神の子孫が住まう場所。世界で最も高名なる者が眠り、神が見守る国」って言うのもありましたね…」
「日本かな?」
金川大尉が紅茶を入れながら言った。
「はい、これどうぞ」
「ありがと」
自分は言いながら受け取った。
ニコッと、笑顔を見せてくれた。
「なんで、日本だと思う?」
金川大尉に礼を言いながら、イサキ少佐が聞いてくる。
「勘だよー」
一同、呆然。
「ま…まあ、勘も重要だけど…」
自分がその考えでまとめてみる。
「古人がそびえる世界。唯一の国にして、その国の古都。これだけでは、古くから文明が栄える唯一の国で、その古い都としか分かりません」
「ふむ…」
みんなは、自分のほうを見てくる。
「しかし、その次がポイントです。最も永きに渡り統治した者。これは、天皇のことを指し示しています。現在に至るまで、宇宙最長の王族として記録されています。最も良き政治をした者が、最も高名なる統治者が住まう所。これも、複数いますが、前述で天皇だと分かっています」
キガイ中尉が聞いてくる。
「では、後半は?」
「神の子孫が住まう場所。天皇は、辿っていけば天照大神という神にたどり着きます。だから、神の子孫であるといえる。世界で最も高名なる者が眠り、神が見守る場所。天皇家の中で有名なのは、明治天皇と昭和天皇でしょう。眠るということから、天皇陵だと考えられます」
「天皇陵?」
金川大尉が座りながら聞いた。
「手っ取り早く言えば、天皇のお墓だよ。明治天皇は伏見桃山陵、昭和天皇は武蔵野陵って言われてるね」
「…残っているのか?1000年も経っていたら分からなくなるだろ」
イサキ少佐は言った。
「位置はすでに分かってますので、後はそれに照準を合わせるだけです」
そういって、自分は席を立った。
後ろで、いろいろと話し合われているのを聞きながら、ロボットを操作した。
「伏見桃山陵…北緯34度56分13.8秒、東経135度46分52.3秒…跡はあり、着陸は困難ながら、上空へは近づける…」
続いて自分は、武蔵野陵を調べた。
「武蔵野陵…北緯35度65分11.3秒、東経139度28分15.1秒…跡はある。着陸は非常に困難。上空への接近は可能…あれ?」
自分は、妙な違和感を覚えた。
「ちょっといいですか?」
自分は、全員を画面に注目させた。
「どうしたんだ」
イサキ少佐が聞いた。
「これって、何だと思いますか?」
自分が指差したのは、1000年前には無かったはずの建物だった。
「それだよ。そこに、この電波壁を止める鍵があるはずだ」
「この周囲に着陸できる場所って、そうそう無いですよ」
自分は、周囲の地形図とにらめっこしながら言った。
しかし、一箇所見つけた。
地震ですべり、平野になったような場所だった。
「そこからどれくらい離れてるんだ?」
「短く見積もって500m。長く見積もっても、1500ぐらいですね」
自分は目測で言った。
「それでは、明朝に着陸を試みてみよう」
少佐がそういって、ミーティングは解散になった。