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I-2

僕、ヒョヌン、ケヴィン、ユキさん、ロイ、そしてリョウちゃんの6人での旅行計画が一通り済んだ。予定は、9月7日土曜日の朝6時に学校を出発し、セブ島最北端の港に行く。いくらセブ島がそれほど大きくない島といっても、僕たちの学校は中部に位置するので、港まで約3時間かかる。そして、港からフェリーで約2時間かけて目的の島bantayan islandに行く。島に到着するのはちょうどお昼時なので、それから昼食を摂ったり、ホテルで一休みしてからbantayan islandの観光だ。ホテルにプライベートビーチがあるみたいなのでそれもまた魅力的だ。2日目は、ホテルのビーチにボートを呼んで、そこから30分かけて、virgin islandと言うここ一帯でビーチが一番きれいな島にアイランドホッピングをする。一通り遊んでから、bantayan islandに戻り、昼食を摂ってからセブ島に戻る。大まかな流れはざっとこんな感じだ。ツアーの予約など、ケヴィン夫妻が率先してやってくれたので、年上は頼りになるなと僕は、しみじみ感じていた。


******


旅行当日。朝、全員集合したのを確認すると、僕たちは早速迎えのバンに乗って出発した。


「お菓子欲しい人!」


ユキさんが、韓国から持ってきたスナック菓子をバンの中でみんなに配り始める。この光景を見ていると、中学生の頃、校外学習の行きのバスでも、同じようにお菓子を配る友達がいたことが思い出される。みんな旅行が楽しみなので、社内の雰囲気は嬉々としている。だが、そんな気分が続いたのは初めの20分ほどだけだった。少し古めのバンのシートから漂う土臭さは酔いを誘発し、さらに、曲がりくねりの激しい道路で、体を右へ左へ揺らされ続ける。ガタイのいいヒョヌンとケヴィンは全く動じず、2人でなにやら話し続けているが、他のみんなはぐったりしている。何より3時間狭い車内で座り続けるのは一種の苦行でもある。


ようやく港にたどり着いた時には、すでに全員疲労困憊であった。


「やっと着いたー」


まだ陸路しか攻略できていないのに、安堵のため息を漏らしながら、ベンチに崩れ落ちるように座り込んだのは、バンの中で嬉しそうにお菓子を配っていたユキさんである。


「俺、船酔いしやすいんだよね。」


そう漏らしたロイは、疲労のために顔がたるみ、5歳ほど老けて見える。


「ロイの顔、死んだ人みたい」


ロイに弱々しく笑いかけるリョウちゃんも、ロイと同じく顔に精気がない。


ーーーーーーー


港には、2階建ての白い大きなフェリーが佇んでいる。それを見たケヴィンは、


「すげー!でけー!」


と子どものように、はしゃぎながら自前のNikonの一眼レフで船に向けてシャッターを切り、ヒョヌンと僕は船の前で変なポーズをとる。車酔いに苦しむ3人を横目に、彼らから元気を奪ってしまったかのように僕たち3人ははしゃいでいた。


ーーーーーー


船の中では、2階の後ろのほうに全員で並んで座る。船から見る港周辺の海は、日本のそれと同じくらい濁っていて、ごみが浮いている。きれいな海が代名詞のセブ島でも、観光客が増えるにつれ、このような海水汚染問題が目立ってきているらしい。車酔い3人組も徐々に回復し始め、僕たちは船が動くまで、みんなで写真を撮ったりながら騒いでいた。僕は一番端に座ったのだが、反対の端ではリョウちゃんとロイが楽し気に話して、自撮りをいっぱいしている。そんな2人がお似合いカップルに見えて、僕の胸に靄がかかった。やはり同じ中国人同士で、日本に同時期に留学したりして、共通点が多く気が合うのだろう。


再びはしゃいでいた僕たちだが、船が出港するのと同時に、みんな寝入ってしまった。確かにバンの環境は良くなかったので十分に休めなかったのだろう。僕は、バンで軽く睡眠をとっていたので、眠ることができず、ぼうっとしていた。すると、反対側でリョウちゃんが、


「無理!吐きそう!ちょっとトイレ行ってくる」


そういって口を押えながら、一階に向かった。僕は、


「付いて行こうか?」


と言って立ち上がろうとしたが、


「大丈夫大丈夫。一人で大丈夫だから。」


とリョウちゃんに制されて、そのまま席に着いた。隣ではユキさんが完全に寝ていて、女子トイレについていける人がいない。ヒョヌンとケヴィンも寝ていてリョウちゃんが行ったことすら気づいていない。僕は迷ったが、10分、20分経っても彼女が帰ってこないので、様子を見に行くことにした。


1階では、2階への階段が船の前方の入り口付近に繋がっているのに対して、トイレは一番後方に位置する。船の揺れは波の高さに比例してやけに激しい。船員曰く、先日台風がこの辺りを通ったみたいで波が高くなっているらしい。僕はトイレに行くまで、揺れるたびに何度も立ち止まり、時間をかけて一歩一歩ゆっくりと進んだ。


トイレ前は喫煙所のような場所になっていて、意外と男性が多く、躊躇なく女子トイレ前まで行くことに成功した。中を少し覗くと、縦長の洗面所とその向かいに個室トイレが併設されている。その洗面所の一番奥の隅のほうでえずいているリョウちゃんを見つけた。


「リョウちゃん!大丈夫!?」


大丈夫ではないのが明白だが、他にどう声をかけていいのかわからず、自然とこのセリフを叫んでいた。


振り返ったリョウちゃんは、僕の存在を確かめると、助けを訴える顔をしながら、ゆっくりこちらに向かって歩を進めてきた。そして、


「Yusuke!来てくれたんだ!ありがとう!!」


と、顔には疲れが出ているが、少し元気そうな声で答えてくれた。しかし、突然、「うっ。」と小さい声を漏らして、すぐ近くの洗面所に顔を突っ込んだ。僕は放っておけないので、体の半分を女子トイレに侵入させて、彼女の背中をさすって介抱する。少し目のやり場に困って、外を見ながらさすっていると、彼女が、


「本当にありがとう。私のことは気にしなくて大丈夫だよ」


僕はそう言われて、女子トイレから出てしまった。だが、どうしても彼女を置いていく気にはなれなかった。船酔いしやすい母が言っていたが、「船酔いは船が動いている限り治まることはない」のだ。つまり、彼女はこのまま1時間半ほど苦しみ続けることになるのだ。そう思うと気の毒で、放っておけなかったので、僕は女子トイレ前の喫煙所の男たちに混じって、ずっと海を眺めることにした。


海を眺めていると、時間のことは忘れてしまう。港の海こそ汚かったが、沖に出てからの海はきれいだった。近くに島があると、島にかけて海の色が薄くグラデーションを帯びるので、それを見ていると、自分が南の島にいることが実感できる。僕は改めて自分がフィリピンにいることを再認識していた。


しばらくして彼女が出てきた。


「待っててくれててありがとうね。」


少しすっきりした顔をしているが、船はまだまだ止まらない。僕はもっとゆっくりすることを勧めたが、彼女が戻ろうというので2階の階段に向けて僕らは歩き出した。しかし、船の揺れがこの瞬間だけ止まってくれるはずもなく、ヨロヨロの彼女は船体に体を持っていかれそうになった。僕はかろうじて彼女を右手で抱え、左手でポールを掴んで耐えたが、このまま歩くのは不可能そうだ。


「二階に上がるのは、あきらめよう」


そう僕が提案すると彼女も賛成してくれたので、僕たちは、ほとんど席が埋まっていたが、誰も座っていない一列を見つけ、そこに腰を落ち着けることにした。


ここまで読んでもらって、少し伝わっているかもしれないが、僕は彼女にすでに恋心のような興味を抱いていた。人はどの瞬間からこれを恋と決めつけるのか、わからない。しかし、僕は、まだ彼女のことをよく知らないし、彼女も僕のことを知らない。今、二人きりになるのは、なんだか、弱っている女性に付け込んでいるようで、申し訳ない気持ちと、良心やモラル的には間違っていないという葛藤にさいなまれてしまうが、僕は彼女と5人座ることができる長椅子の人一人分あけて座ることで、自分を正当化することにした。


しかし、5分と経たないうちに、トイレから帰ってきたのであろう孫、母、祖母の3人組が僕の横に立っている。僕は相手のパーソナルスペースに侵入してしまっていることに自己警鐘を鳴らしつつ、リョウちゃんのほうに体をスライドさせた。


僕の心拍数はだんだん上昇する。どうにか心を落ち着かせるために、僕は無心になるしかなかった。リョウちゃんの方を少し見ると、彼女は酔うからと言って、座って以来ずっと目をつむって僕の反対側に頭を持たれかけている。僕は静かにただこの場を過ごそうと、客席の一番前にあるモニターで流れている、無音のスターウォーズを見て、この場をやり過ごした。しかし、しばらくして彼女の頭の向きがこちらに変わっている。僕は、あわよくばその頭を肩に預けてほしい下心の悪魔と、そんな下心持ってはいけない、動じてはいけないという天使が脳内で争っている。僕にも良心があるので、天使が少し優勢で神経を最大限に研ぎ澄まし、己の欲を拭い去ることに尽力した。しかし、神様のいたずらなのか、船が揺れたタイミングで彼女の頭が僕の肩に乗ってしまった。僕は、女性もののシャンプーの臭いを感じながら、心の中で「サンキュー神様!」と叫んだ。しかし、彼女の頭は1分と経たないうちに、


「あ、ごめん」


と言って離れてしまいそのフィーバータイムは終了した。


ーーーーーー


無駄な葛藤が多く、精神的に疲弊していたが、船があと10分で到着するというアナウンスが流れ、僕はリョウちゃんを起こした。船の速度も下がり歩きやすくなったので、僕たちは2階に戻った。すると、ケヴィンに、


「おっ!二人とも何してたの?」


と聞かれたので、しばらく介抱していたことを説明すると、


「Yusukeは若いのによくやるねぇ」


と急に親戚のおじさんのような話し方になった。


ーーーーーー


船が到着し、下船するころ、少しリョウちゃんと話すのが恥ずかしくて、一番後ろを1人で細々と歩いていると、リョウちゃんから僕に近づいてきて、


「さっきはありがとうね!ものすごく助かったよ!」


満面の笑みでそう言われて、僕の心臓がどきりとした。


下船しながらあたりを見ると、透明感のきらめく美しい海、まぶしいほど真っ白な砂浜、その砂浜に沿って生い茂るヤシの木々たち。これこそ、みんなの理想の南の島だ。セブ本島は観光地としてだけでなく、産業も活発になり、海水汚染が進んでしまって、南のリゾートといった面影は過去の思い出として葬り去られてしまっている。しかし、ここbantayan islandでは、依然として昔ながらの風土が残っており、美しい海が保存されている。トントン拍子に決まった旅行先だが、なんてすばらしい場所なんだ。やはり、ケヴィンのセンスは間違いない。


ーーーーーー


フィリピンの観光地特有だが、港を降りた瞬間に大量の現地人に、


「この島案内するよ!俺についてきな!!come on!come on!!!」


と言い寄られる光景がよくある。ここで注意なのだが、一部のこの類の人たちはぼったくりを働くことがあり、信用度はそれほど高くない。僕たちはすでに信用度の高いサイトでガイドを予約していたので、現地人の勧誘をかわし、港でツアーガイドと合流することに成功した。そして、セブ島独特の中型バイクに客車ををつなぎ合わせたトライシクルという乗り物に乗って僕たちの旅行は始まる。最高の環境に最高のメンバー、きっとこの旅は楽しくなるに違いない。


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