プロローグ
「次の予定は?」
「神崎グループCEOとの会合になります。最近、神崎グループが売り出している商品の売れ行きが良くないらしく助言を貰えたらとのことです。」
この会話が行われているのは車内。
外装は高級感漂う見た目となっており、車内も外装通り豪華なものとなっている。
いくらするか検討もつかない車で二人の人物が対面して座っていた。
片方に座っている人物は女性だ。スーツを着用しており、雰囲気と相まって真面目そうな印象を受ける。背筋を伸ばし片手には事細かく書かれた資料を持っている。その様子を見るとどこぞの社長秘書官とも見えなくもない。
もう片方に座っている人物は青年だ。服装は無地の白いシャッツに黒いジーパンを着ているだけだ。なんの特筆する点もない服装だ。
だが、誰しも彼の事を見たら足を止め目を見開くことになるだろう。
日本では珍しい銀色の髪に髪と同じ色をした瞳。
およそ日本人離れした見た目。勿論、髪を染めた訳でもないし、カラーコンタクトを使っているわけでもない。それらはあまりにも自然な色だからだ。
まるで生まれた時からその色だったかのように。
だが、彼はれっきとした日本人だ。見た目もアジア系の見た目をしており、日本人となんら変わりはない。
そんな容姿をした彼と銀髪と銀色の瞳が合わないのかと問われればそんなことはない。むしろ逆だ。
彼の凄絶なまでに整った容姿と見事なまでに調和している。
見た目は高校生ぐらいに見えるが、大人びた雰囲気のため実年齢よりも上に見られることも多々あるかもしれない。
そんな彼は彼女の返答につまらなそうな顔をして、窓から外を見ていた。そっちが聞いてきたのに……とは彼女は思わない。最近の彼はいつもそうだからだ。
「会合の後は神崎グループ上層部の方々との食事会となります。終わり次第、研究所に行く予定となっています。この前プロトタイプとして試作された製品がうまく稼働しないとの事で問題点を明らかにして欲しいと連絡が来ています。解決次第その後は車で移動し………」
彼女は手に持った資料に目を通しながらすらすらと今日のこれからの予定を口にしていく。
だが、彼は一切の反応を示さない。彼の視線は彼女ではなく窓の外へと注がれるばかり。
「聞いていませんでしたというのはやめてくださいね。」
彼の反応を一瞥し、彼に向けて言う。
「大丈夫、聞いてるよ。」
「それならいいですが、、、」
だが、実際は彼は彼女が言っていることと全く違う事を考えている。人とは外部からの情報に考えを囚われがちになってしまうが、彼は全く違う事を考えながらも彼女の話はしっかりと聞いて暗記していた。
その点について言えば彼の言葉は嘘ではない。
「最近の貴方は何をしても退屈そうです。」
彼女は彼を見据えながらそう言った。
彼はそこで初めて窓の外から視線を外し、対面に座る彼女の方へと目を向ける。
彼は彼女の言葉に対して、ため息をつきながら言った。
「仕方ないだろ。何をしてもつまらないんだから。」
「それは貴方が何事でも楽しもうとしていないからでは?昔の貴方はもっと楽しそうに仕事をしていました。」
「楽しくないことを楽しもうとしても楽しめないよ。それに今と昔は違う。昔楽しかったことが今はつまらないなんてのはよくある事だろう?」
「それはそうかもしれませんが………」
そこで彼はまた窓の外へと視線を戻す。
そこから二人の間に会話はない。昔の彼はもっと感情豊かだった。楽しそうに仕事をしていたし、笑顔もよく見せていた。
だが、最近は全く笑顔を見せない。彼の笑顔を最後に見たのはいつかと考えていると、、、そこで運転手から声がかかる。
「着いたそうですよ。」
「ああ」
そう言葉短めに返事をし、車のドアを開け外に出る。
彼女も彼に続いて外に出た。
そこには何階建てか分からないほどの巨大なビルがあった。ビルの真ん中には神崎グループのマークが大きく取り付けられており、日本有数の企業である神崎グループの本社であることを示している。
彼は無言でビルの中へと歩き出した。
適度な距離を保って彼女も後ろからついて行く。
今日も始まる。彼、綾瀬春人との退屈な日常が。
*
「お疲れ様でした。」
数時間後、つい先程神崎グループ本社で行われた食事会が終わったところだ。
食事会が行われる前にはCEOとの会合もあり彼女からすれば疲れているのではないかと思いかけた言葉だった。
食事会といえば疲れるイメージなどないかもしれないが食事会とは名ばかりでその実態はただのごますりだ。
こういった権力者や著名人などが集まる食事会では往来として腹の探り合いやごますりなどか行われるものだ。
その対象は春人も例外ではなかった。彼は有名だが頻繁に表舞台に出るような人物ではない。
なので、この機会にと彼に話しかけ自分の事を覚えて貰おうとする者が後をたたなかった。二時間ずっと応対していたので食事する暇すらない。
「大丈夫だ。それよりもこの後は研究所に行く予定だったな?」
「はい、しっかりと聞いていたのですね。」
「当たり前だ。」
そんな問答をしながら二人は車に乗り込む。食事をとっていないが、時間が押している状態だ。食事をとる暇すらない。
車内で軽く手頃なものを食べることはできるが春人はそういったものを食べようとしない。しっかりとバランスがとれた栄養がある食事しか取ろうとしないのだ。
これはいつもの事で彼女も何か食べますか、、、などと聞いたりしない。
「これから行く研究所とはどこの研究所だ?」
「東京研究所です。というか、試作したプロトタイプが稼働しないためと言いましたよね?聞いていれば東京研究所だと分かるのでは?近頃、研究所に赴きプロトタイプ試作に携わった研究所はそこだけです。」
彼女は彼にひと睨みし言った。
「聞いていたよ。だからこそ分からなかったんだ」
「どういうことですか?」
「確かに皐月さんは俺にプロトタイプが稼働しないから問題点を明らかにしてほしいから呼ばれたと言った。だけど、最近プロトタイプを試作した研究所といえば東京研究所だけだが、この3ヵ月以内だけでいえばそうじゃない。日本だけでいえば5、ほかの国々も合わせると12にものぼるからね。」
「…………」
彼女は普段から彼のこういったちょっとしたことに驚いてしまう。彼の秘書を務めている自分でさえ把握していないことを彼は記憶しているのだ。
普通なら3ヵ月以内の事なら覚えていない方がおかしいと思うかもしれないが、彼に限っては違う。
毎日世界各地どこにでも呼ばれ、仕事に携わった場所でいえばたった3ヵ月だとしても300にまでいくのではないだろうか。
3ヵ月以内に赴いた研究所だけでいえば100を超えているだろう。秘書官である自分でさえ把握してないというのに彼は把握していた。
昔から彼の秘書を務めているとはいえ、彼女、雨宮皐月は彼、綾瀬春人に戦慄を覚えざるをえない。
このようなところが彼が天才だと言われ続け、世界中から求められる所以なのだろう。
「恐れ入りました。」
「………」
春人は何も答えない。春人自身分かっていることだからだ。こんな事は何も誇るとこはできないと。
皐月はその理由を知っている。
彼の異常ともいえる頭脳は一種の病気であると。
"先天性神域脳発達障害"
一部の者達だけが知っている事だ。
彼、綾瀬春人は天才などと言われているが、この常軌を逸している頭脳は努力や天才などで片付けられるほど甘いものではない。
彼は病気なのだ。人と比べて、彼の脳は異常に発達している。この先天性神域脳発達障害とは彼だけのために作られた病名だ。本来ならこんな病名は存在はしない。
それは他の人にとって羨ましい病気かもしれないが、彼にとっては呪いと同じだ。自分と普通の世界を切り離す枷だ。病気のせいで最近では感受性まで薄れてきている気までする。
それに、彼は何も忘れることはできない。
人とは嫌な事ほど忘れたくなるものだ。そういった嫌な事は時間が経つにつれ忘れていき、最終的には時間が解決してくれる。普通ならだ。
忘れたい過去すら忘れられない、これを呪いと言わず何と言おうものか。
「着いたようですね。」
「ああ」
車が広い敷地に止まったことを確認して言う。
二人同時に車から降り、研究所内へと歩いていく春人の後ろに皐月着いていく。
後ろから見た彼の背中は今日もまた退屈そうだった。
*
「ようこそお越し頂きました」
研究所内に入ると研究員達がずらりと並び出迎えてきた。春人の心情としてはこんな事している暇があるのなら、人に頼らず自分達でやれとなっているのだが当然表には出すことはない。
「ああ。」
代表して前に立ち声をかけてきた研究所所長に対し言葉短めに返事をする春人。
ここ東京研究所は日本で最高峰の研究所だ。設備、資金ともに充実しており、研究者を目指している者はこの研究所に憧れている者も少なくはない。
「お話しの方は聞いていますか?」
「ああ、前に試作したヒューマンノイドのプロトタイプが正常に稼働しないとか」
「そうなんですよ、、、春人様に設計して貰った通りに開発したのですが、、、」
(…………)
この時点で春人は問題点についてある程度の察しがついた。
「まあ、とりあえず案内してくれ」
「はい、こちらになります」
研究所所長の後に春人達はついて行く。
程なくすると前回設計の際使われた研究部屋へと着いた。
そこには見た目は春人が設計した通りのヒューマンノイドが置かれていた。
「少し調べるからな。」
「はい、、、ですが、全研究員で調べましたがさっぱりで春人様といえど少し手こずるかもしれないです。私達も手伝った方がよろしいかと、、、」
「いや、大丈夫だ。」
と申し出を断る春人。
実際こんな事一人で大丈夫だし、むしろ全員でやった方が効率が悪い。そう考えての返答だったのだが、所長は心配そうだった。
早速ヒューマンノイドに近づき調べ始める春人。
自らの手で作った設計案と共に見比べなから作業を進めていく。
作業を始めて数分後、、、、
(やっぱりな………)
予想通りの結果に嘆息してしまう。
作業を止め傍観に徹していた研究員達の元へと歩いていく。
「何か分かったのですか?」
「ああ。とても簡単な事だったよ。」
その言葉に研究者達の中でざわめきが広がっていく。
「原因はなんだったのですか?」
「設計の第一段階と第二段階の間で行われるプロセスをシステムに組み込まなかっただろ。」
「確かにそうですが、それは関係ないのでは?あんな短いプロセスは本システムになんら影響がないはずです。」
その言葉を聞き内心ため息をつきたい衝動に駆られる。
「このプロセスは大事だ。ここをしっかり組み込まなければ正常に稼働しないのは当然だ。」
ここまで言っても納得していないような研究者がほとんどだ。春人は論より結果だと考え、すぐに実行に移す。
プロセスを組み込む作業は5分程度で終わった。
「動かしてみろ」
春人のその言葉に半信半疑な所長はおずおずと稼働させようと試みる。すると、、、、、
「動いた………」
呆然としたような顔でつぶやく所長。他の研究者達も驚いた表情をしている。
(こんな事で呼び出すとか勘弁してくれ)
春人はその研究者達の姿を見て心の底からそう思った。
*
いつからだっただろうか。
こんなに退屈に感じるようになったのは。
研究所での仕事を終えた春人は帰りの車で考えていた。
昔はこうでなかったはずだ。色々な事に挑戦するのは純粋に楽しかったし、日々刺激に満ち溢れてた。退屈などしたことがなかった。
しかし、今はどうだろうか。
昔よりたくさんの仕事を請け負うようになり、仕事量も増えた。昔なら仕事量に比例し楽しくなっていただろうが、今はもう楽しさなんてのは感じない。
お金を稼ぐためという当たり前といえば当たり前の理由で仕事をしているつもりだが実際は違う。当初はそれが理由だっただろうが今は違う。
お金は充分すぎるほど稼いだ。それはもう一生使えきれないほどに。
だから、もう仕事を辞めてもいいのだが、仮に辞めてしまったらやることが分からないのだ。
昔から当たり前のように行っていたのだ。昔から春人の生活の中心だった。
それが無くなってしまうのは不安だった。
春人は別に無趣味な人間ではない。人並みに好きな事はあるしやりたいこともある。だが、それらは生活の中心とはなり得ない。
春人とは自嘲気味に笑った。馬鹿な話だと。
毎日退屈で無味な時間を過ごしているというのにそれを辞められない。やめることが不安だなんて。
別に今の生活に不満があるわけではない。仕事中心で退屈な毎日だが休みはあるし自由な時間もある。そういった時間は自分の好きな事に当てられる。
退屈といえば悪く聞こえるが、良く言えば安定している毎日だ。この先もこうやって暮らしていけば少なくとも不幸になったりすることはないだろう。
春人自身そう考えている。
だが、春人は無意識に求めているのだ。安定などではなく日々刺激に満ち溢れた日常を、、、、、
そんな春人の心中を察せられるのはごく一部の者だけだ。昔から春人の秘書をしている皐月もそこに入っている。
窓を開け外を眺める春人の横顔は最近よく見るものだった。本人自覚していないだろうが、憂いに満ちた表情。少なくとも皐月にはそう見えた。
心が痛んだ。
彼の生まれ持った頭脳によって彼はこういった生活を強いられている。だが、それだけではない。
先程の研究所もそうだが、周りが春人に頼りすぎているのも原因の一つだと皐月は考えている。
秘書という仕事に就いている時点で自分も加担していることに変わりない。
だから、彼に声を掛けてあげることができない。
"辞めていいんですよ"と。
そう言ってあげたいができない。それがとてももどかしくてつらかった。
そんな各々が自分の思いに耽っている時だった。
車が信号で止まった時静寂に包まれていた車内に声が聞こえてきた。
反射的に二人は声が聞こえてきた方を見る。
そこには友人と談笑しながら歩く学生がいた。制服を着ており、手にはスクールバッグを持っている。
「高校生ですかね。」
「ああ、そうだな。」
「帰り道でしょうかね。」
「そうだろうな」
二人はその光景を見ながら話し始める。
「高校生でしょうか?ということは春人様と同じくらいの歳でしょうか?」
「そうなるな」
ここで一旦話が途切れる。だが、見ることはやめない。
信号で止まっている間、その光景をずっと見つめる春人。
やがて、信号が青になり車が動きだす。高校生の姿も次第に見えなくなる。完全に見えなくなると春人は外を眺めながら、珍しく自分から声をかけた。
「そういえば俺と同じくらいの奴らはああやって学校に通っているんだな」
毎日、色々な所に行き仕事をこなす春人とは違いすぎる生活。分かってはいたが、同じ歳だというのにここまで違うと不思議な感じがした。
「そうですね、、、、普通はああやって学校に通うものですね。勉学に勤しんだり、部活動に勤しんだり、友人と過ごしたりと学校ではそんな生活を皆さん送っているんでしょうね。」
(普通、、、、)
春人は何故か、皐月の言った"普通"という言葉に気を取られ返答できなかった。
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