008楽市、また起こされる~くわえ加減が難しい~
「だめだめっ、付いてきちゃ。ここを離れちゃ駄目だよっ」
二匹は、首を傾げてキョトンとしてしまう。楽市は赤子たちを膝に乗せて、強めに言い聞かせる。
「いーい? 大きくなるまで、ここを離れちゃ駄目だからね!」
赤子にはまだ言葉が通じない。
分かってくれるだろうか?
赤子たちを膝から降ろし、ちょっと山を下って振り返ると、やっぱり付いて来ていた。
「ああ……」
二匹が大きくなるまで、ここを離れないという手もある。
しかし、どれだけの期間となるのだろう。
「確か、一年や二年じゃ効かないんだよなあ……」
もし兄ならば、それも良しとするだろう。
しかし、そこはあまり落ち着きの無い楽市。少し勘弁願いたい。
「これは、あれをやるしかないかな?」
溜め息と共に楽市は膝を付き、四つん這いとなる。
そして赤子の首筋を噛んだ。
次に、思い切り唸り声を上げてやる。
「ぐるるるるるるっ」
咥え加減が難しい。
しっかり牙を当てて噛まないと、分かってくれないのだ。
突然、首筋を嚙まれた赤子は慌てふためいた。それを見たもう一匹が、逃げようとする。
しかし楽市が手でしっかり押さえつけて、逃がさない。
二匹とも思い切り震え上がった後は、自分から穴へ隠れてしまった。
「ああ……嫌われたな。これ……」
楽市は少し、しょげながら山を降りた。
振り返っても赤子たちの姿はない。
「あー、嫌われたぞ。本当に」
楽市は深く溜め息をつくと、山を降りていった。
これで良いのだと自分に言い聞かせるが、段々と足取りが重くなっていく。
自分のやった事で、自分が酷くショックを受けていることに気付いてしまった。
時間が経つにつれ、酷い事をしたという思いが膨らんでいく。
「ああ……ちょっと息苦しいんだけど……」
どうにも気になって仕方がないのだ。
「ああっ、もう!」
楽市は結局、夕方に戻って来てしまった。
しかし戻ったからといって、あの子たちは会ってくれるのだろうか?
どんな顔を、したら良いのだろう?
そうやって気を揉んでいると、匂いを嗅ぎつけたのか、赤子たちの方から穴を這い出してきた。
そのまま楽市の足に、まとわり付いてくる。
その、じゃれ付き方は少し怒っているようで、――どこ行ってたんだよっ、このーっ――という感じだ。
楽市の草履に飛びついて、ぺしぺし叩いてくる。
その姿に楽市は膝の力が抜けて、しゃがみ込んでしまった。
楽市の身が震える。
それは、許されてホッとしたと言うよりも、――赤子たちに、必要とされている――そう感じたからだった。
それだけで身が震えて、立っていられなくなってしまった。
楽市は苦笑する。
「ふふ……こんな事ってある?」
社にて無限の時を生きる神と、限られた時を生きる者との、繋ぎ役として在る白
狐。
その白狐たちは、石像を核として澱から生まれた。
しかし現在、その役目はヒノモトで、ほぼ必要とされなくなっている。
社に訪れる者は居ない。
文化のアーカイブとして、ただ保存されているような有り様だ。
それに失望なされたのだろうか?
いつの間にか国つ神様もお隠れになり、声が聞こえなくなってしまう。
兄と皆は、それでも良いと言っていた。
神の使いではなく、ただの妖しとして生きる。
そうやって気楽に過ごせるならば、それで良いではないか。
そう言い合っていた。
楽市もそう思っていたのだ。それで良いと……
それなのにだ。
妖しの赤子にすがり付かれただけで、この様だ。
「かなり、気持ちが弱ってるなこれ……」
そう自分を茶化して落ち着こうとするものの、震えが止まらない。
楽市は、二匹の赤子を強く抱きしめた。
存在理由を、赤子たちに揺さぶられて胸が詰まる。
「ふふ……君たち。楽市のことを必要としてくれるの?」