078 楽市とおはなし~何らかの加護~
「ふいー」
楽市は起きがけに、おっさんのような声をもらす。
昨晩、遅くまでヒーロートークをやらされて、寝不足気味なのだ。
草カゴを編みながら、また寝てしまったらしい。
網目をじっと見つめて作業していると、単調で眠たくなってしまう。
寝ぼけながら、両手を地面につけて、お尻を高く上げ、獣らしい背伸びをする。
その格好で、しょぼついた目を開けると、目の前にエルダーリッチがいた。
「ええーっ!?」
エルダーリッチは、楽市の前で両膝をつき、こちらを見ている。
――お尻を上げている所を、見られてしまった!
楽市がその衝撃で固まっている所に、エルダーリッチが話しかけてくる。
「あなたは……神なのですか?」
「はっ??」
何か、段階的なやりとりを、幾つも吹っ飛ばしたような問いだった。
楽市はその唐突な質問と、まだ抜けない羞恥心がゴチャ混ぜになって、ますます固まってしまう。
「は? え? え?」
寝起きの頭で、この状況を整理するのはキツかった。
とにかく姿勢を正して、短い小袖のすそを、ふとももを隠すように引っ張る。
そして気付く。
――しまったっ、この丈の短さでは、お尻を高く上げたとき、まる見えだったのではないかっ!?
楽市は新たな衝撃に震えながら、なんとか笑顔をつくる。
「あっ、あはーっ。
昨日、初めてチヒロラちゃんに会ったということで、皆でよろこびましてっ。
それで、ちょっと夜遅くまでヒーロートークという……あっ」
そこまで早口で喋り、自分がまだ名乗っていないのに気付く。
「あっ、あたし楽市と言います」
「……いえ、こちらこそ名乗っておりませんでした。申し訳ありません。
私はアンデッド・リッチ種の、シノと申します。
どうぞ、お見知りおきを」
シノが、ゆっくりと頭を下げる。
「お見知りおきだなんて、そんな。
こちらこそ、よろしくお願いします」
楽市も、ペコリと頭を下げた。
顔を上げると、シノがまだ頭を下げている。
「え? え? えー?」
楽市は自分が、想像していた対面シーンと違い、ビックリしてしまう。
楽市が、想像していたのはこうだ。
お師さまが目覚めたら、妖しの子の「子育てトーク」で盛り上がろう。
そのうち松永も帰って来るから、二人と一匹で、
「だよね」
「ですよねー」
「ブホー」
などと、ほのぼのしたかったのだ。
それなのに。
――なに、この緊張感!?
楽市は焦って、目がパチクリしてしまう。
シノはまだ、頭を下げたままだ。
「どうぞ、顔を上げてくださいっ」
そう言われて、やっとシノが顔を上げる。
楽市は変な空気に耐えきれず、必死に話のつぎ目をさがす中で、先ほどされた質問を思い出した。
お尻を見られた羞恥心で、ちょっと頭から吹っ飛んでいたのだ。
「あの……さっきの質問って……」
「ああ、申し訳ありません。
何の前置きもせずに、唐突な質問でした。
しかし、ラクー……ラクイチ殿に、お聞きせずにはいられなかったのです。
そうでいらっしゃるならば、私はあなたにお尋ねしたい事があるのです」
そこでシノは、楽市をじっと見つめた。
楽市はその姿を見て思う。
このアンデッドは、本気で聞いていると。
楽市を神だと言って、からかっている訳ではない。
顔が骨なので表情は分からないが、態度と声のトーンから本気だと分かる。
楽市は悩んだ。
初対面の者に、全てをさらけ出して話すのは抵抗がある。
けれどチヒロラの育ての親であるアンデッドに、テキトーな事を言いたくはない。
楽市は背筋を伸ばし、真っ直ぐにシノを見る。
シノは、楽市が話し始める空気を感じとり、感謝の意で頭を下げた。
「シノさん、顔を上げてください。
あたしとシノさんの間に、上下などありません。
あたしと松永は、霧乃、夕凪、朱儀、豆福を育てています。
そしてあなたは、チヒロラの育ての親です」
「ラクイチ殿……ありがとうございます……」
シノは楽市の言葉をうけ、すっと背筋をのばした。
それを見て、楽市は話し始める。
「シノさん。
あたしはある国で長い間、土地の神に仕えていました。
だからと言って、あたしが神だなんてとんでもないです。
ただはたから見れば、あたしは今、祟り神という状態にいます。
カミと名が付いていますが、あたしは決して神ではありません」
「タタリガミ……」
シノは楽市がいった言葉を、嚙みしめるようにつぶやく。
「シノさん、あなたは何か、思い詰めているように見えます。
良ければ話を、聞かせてくれませんか?
あたしは神ではありませんが、人々から話を聞き、それを神へ伝えるのが務めだったんです。
ただ伝えても、神からは何も言葉は返って来ません。
返っては来ませんが、あなたが信念を持ち、あきらめず行動し続けるならば、きっと何らかの加護を授けてくれるでしょう」
「ラクイチ殿……」
それを聞き、シノはぽつぽつと語り出した。
楽市は相槌を打ちながら、静かに聞き続ける。
*
シノから話を聞き終わった楽市は、声を重ね合わせ、口から小さなアンデッドをだした――




