681 最高位の霊感
(どこから話せば、いいのかしら)
(一から話せばいい)
圧し隠していたものを、改めて口にするのは慣れぬもので、言の葉の糸口が見つからない。
シルミスに一から話せと促されて、リールーの心は自然と少女の頃にもどる。
(自分がイースと一緒になれないと知ったのは、いつだったか。
たぶん初等学校に、上がる前だと思う。
子供部屋のベッドの中で一人、納得がいかなくて、鬱々としてたんじゃないかなあ。
側近の家に生まれて、小さな頃からいつもあたしがイースをお世話していたのに、何でって意味が分からなかった。
よくベッドの中で考えていたのが、イースとあたしが身分の違いで一緒になれないのなら、その身分を作った方が壊れちゃえばいいのにって。
どうやったら、決まり事とかしきたりとか壊れるんだろうって。
ずっと考えていた気がする。
でもね……世の中の仕組みを知れば知っていくほど、ああ無理だなあって分かるんだよ。
どうにもならないって知って、悔しくて寝むれなかった。
でも次の日には笑顔でイースをお世話して、また夜に悔しがって、それをずっと繰り返していたら、いつの間にか何も感じなくなったの。
しょうがないってさ、受け入れるしかないよね。
けれど北の魔女が世の中をめちゃめちゃにし始めた時、自分の中でまだ全然イースを諦めてなかったって気づいたの。
表では受け入れたような顔をして、心の中はドロドロぐちゃぐちゃ。
むしろ凝り固まって、はっきりとした殺意が湧いていたわ。
これでダークエルフが滅べば、SSRたちが死ねば、イースと一緒になれるって。
女王を殺したいって、本気で思ったの)
(そうだったなリールー。
お前はずっと、女王を殺したいと思っていた。
それはイースにも話せなかった、ダークエルフの禁忌だ。
お前の執念といえる)
ここまでは以前、リールーがヴァーミリアへ心をさらけ出したとき、シルミスも一緒に聞いていた話だ。
「ふふ……」
リールーは自嘲気味に笑う。
そしてここからは、見えない糸に踊らされた道化の独白だった。
(そう……あたしの執念。
子供の頃から持っていたあたしの夢。
それなのに何これ……何の冗談なの?
ずっとシュミーアを殺したいと思っていたあたしが、シュミーアだったなんてさ。
いきなりそんな事知って、そうなんだって思える?
何それ、馬鹿じゃないの!?)
リールーは怒りに震えた。
(SSRなんか無視して、放っておけばいいのよっ!
連れ去られたままにして、このまま訳の分からない世界の果てに行っていればいいんだわっ!
それであたしの夢がかなうんだからっ。
最高じゃないこれっ、ねえそうでしょっ!?)
(そうだな……
だがその夢を壊したのは、リールーお前だったらしいじゃないか。
ライカをお前が、助けたのだろう?
お前は以前、フーリエも助けていた。
あの時の私は、お前の行動が理解できず不思議だったがな)
シルミスの指摘により、タガの外れそうだったリールーのテンションがすっと冷えた。
(馬鹿みたいだよね。
殺したいと思っていた奴らを、助けるなんて……
自分でよく分からない。
その場にいて、気づいたら飛び出していたの。
ねえ、シルミス。
リールーって女は、本当にいるのかしら?
本当は初めからリールーなんて女は、居なかったのかも。
あたしは何に苦しんでいるの?
誰のせいで苦しんでいるの?
あたしがイースを好きになって、彼の子供を生みたいと強く思うのは、
これってリールーの気持ちなの?
それともシュミーアの気持ちなの?
女王はダークエルフの支配者の「数」を、調整するためにいたと言ってもいいわ。
常にSSRが、どの時代にも6人居るようにしていた。
子供を産むことが、重要な本能だったの。
全ての記憶を失って、器に付いたこびりカスみたいに残った本能が、勝手に一人歩きしている。
それがリールーなんじゃないの?
リールーって女はさ、10000年以上生きたシュミーアが、100年ちょっと惰性で動いてるだけじゃないの?
首を切られた鳥が、しばらく走るみたいにさっ。
凄い気持ち悪い、何もかも大嫌い。
ライカが嫌い、イースだって大嫌いよ。
あたしに子供を欲しがらせる、イースが憎いっ)
リールーはそう吐き捨てるように言うと、黙り込んだ。
取り憑いているシルミスは、押し黙ったリールーの感情も知覚する。
ライカを嫌い、イースが憎いと言いながら、それでもリールーはライカの手を握ってしまう。
イースに「ずっと寄り添っていく」と言われたら、嬉しくてたまらなくなる。
心の底からイースを愛している。
それもまた本心なのだ。
この相反する矛盾。
リールーはその矛盾を、ずっと抱え続けていくのだろう。
それをシルミスが聞くまで、リールーは誰にも言わず一人抱え込んでいたのだ。
その健気さに、ドラゴンは心打たれる。
(むう)
だがシルミスは正直、何と言っていいか分からなかった。
それでもリールーに語りかける。
ドラゴンなりの方法で。
(リールー、一つ言っておく。
ドラゴンの私に、ダークエルフの機微など分からん。
お前の気持ち悪さを、理解したとは言い難い。
だが山脈のドラゴンとして、言える事がある。
それはリールー。
お前とイースは、とても相性が良いということだ。
最高と言っていい。
ドラゴンとしての霊感が、お前とイースとの相性の良さを確信しているっ)
(何それ、慰めてるつもり?)
リールーからの冷笑を物ともせず、シルミスは続ける。
(なめるなよ、私は神直属の種族だ。
その最高位の霊感が言っているのだ。
私からすれば、お前の百万遍の言葉よりも、確かなものだぞ。
色々あるがリールー。
お前はイースのそばに居ろっ。
そうすればリールー、お前は途中なにがあろうとも、最後には笑って生涯を終えるだろうっ!)
その揺るぎない断言に、リールーは笑うしかない。
(すっごい力技。
こんな強引な慰め方、聞いたことがないわ)
(今、聞いているではないか)
(あたしにそれを、信じろっていうの?)
(そうだリールーっ。
山脈ドラゴンとして、ドラゴンの霊感を確信する、私を信じろっ)
「ふふ……何それ、詐欺師みたい」
リールーは思わず、口に出していた。
「どうしたんだいリールー、思い出し笑いかい?」
一人で笑っているリールーの隣に、イースが立つ。
リールーはその顔をじっと見つめた。
「ううん、何も面白くなんかないわ。
ただ、ちょっとあたしの中にいる、シルミスのくだらない愚痴を聞いてただけ。
愚痴なんて言ったって、何も解決しないのにね。
けれど聞いてもらえると、少しだけ、ほんの少しだけ気持ちが軽くなるでしょ。
少しだけ信じたくなる」
リールーは微笑みながらイースの肩に頭を乗せ、疑似的な夜空を見上げた――




