680 シルミス母さん、娘リールーの愚痴を聞く
神の拳に包まれた楽市たち。
直ぐにシュミーアの元へ着くかと思われたが、これが中々たどり着かない。
一体、どういう事なのか?
距離を無視した特殊移動なので、「移動時間」なるものは無いはず。
と言いたいところだが、実際に時間がかかり、神の拳はずっと握られたままだった。
拳の中の楽市は、それをお伺いするため再び唄声を――ではなく、石さまを通して国つ神様に尋ねた。
やはり石さま経由が、断然便利なのだ。
神使であるはずの楽市が、「2回目はちょっといいかなー」とか思っちゃうほどである。
“便利さ”とは、無味無臭の毒かもしれない。
「え、時間?」
楽市は何の事か分からず、石さまの巫女である朱儀に尋ねる。
朱儀は石さまの通訳として、うなずいた。
「うん、じかんだって」
当の石さま方は、朱儀の頭の上で腰らしき部位をくねくねと振っている。
朱儀がつたない言葉で訳す所によると、どうやら「時間」が邪魔をして、中々シュミーアにたどり着けないらしい。
時間が邪魔をするとは、どういう事なのか?
そこら辺がいま一つ分からないが、分かることはある。
それはこれが、シュミーアの繰り出した追跡妨害だということ。
向こうもこちらの動きを見越して、先手を打ったのだろう。
石さまによると、時間に邪魔されて時間はかかるが、たどり着くのは時間の問題。
それまで時間を潰してろ、との事だった。
思わぬ時間ができてしまった。
皆がおのおの、船上で寛ぎ始める。
その中で楽市は、石さまへ「有難うございました」と頭を下げて、さっさか角つきの頭蓋内へ戻ってしまった。
パーナとヤークトが慌てて、それを追いかける。
そんな後ろ姿を、ライカがじっと見つめていた。
*
リールー・ウラ・レスクが、船上より空を眺める。
空と言っても、神の握りこぶしの中だ。
神は下から掬い上げるように船を握り込んだので、リールーが見つめる上の方は、たぶん折り曲げられた指の腹当たりなのだろう。
そう分かっていても、とても手の中とは思えない空間が広がっていた。
真っ暗な上部には金の流紋が、幾筋も天の川のように走っている。
「はあ……何だか大き過ぎて、訳が分からないわ」
不思議なものだと、疑似的な空を見つめるリールーの瞳が、赤ではなく赤黒く変色していた。
これは体内に、シルミスが取り憑いているときの変化だ。
銀霧龍のシルミスはかなり濃い瘴気にも耐えられるが、さすがに巨神の瘴気はキツイと言って、リールーの中に避難しているのである。
しかしもう一人のシルバーミスト・ドラゴンの龍人は、平気な顔をして新チェダー号に乗っていた。
そこら辺は楽市が気を効かせて、巨神に瘴気を抑えてくれと頼んであるからだった。
だから平気でいられる。
それなのにシルミスは、キツイと言ってリールーに取り憑いた。
恐らくシルミスは、何か取り憑く理由が欲しかったのだろう。
リールーが疑似的な天の川を眺めながら、心象を通してシルミスに語りかける。
(どうしたのシルミス? 病み上がりで疲れちゃった?)
(まあ、そんなところだ)
(うそつき)
(リールー、シュミーアの件だが――)
シルミスも、シュミーアの事をリールーから聞いている。
(こうして取り憑き、中を見て回ったが誰もいないな。
これはお前自身が、シュミーアという事を指している。
もしくは、シュミーアと完全に同化している)
(……ああそう、わざわざそれを調べてくれたの?)
(いや違う、これはついでだ)
(ついでなの? じゃあついでじゃない方って何?)
(リールー、誰にも話していない事が一つあるんじゃないか?
いいから私に言ってみろ)
(…………)
(愚痴ぐらい聞いてやる)
(グチなんてないわ)
(リールーお前、ヴァーミリアの中で流した涙は、本気だっただろう?)
(う……)
ヴァーミリアとは、
フーリエ・ミノンの側近であり愛妾だった、恐炎妖精である。
現在、同じく側近で愛妾だった、ロッソ、ルージェと共に、フィアフレイム・ドラゴンの聖地で仮死状態となり眠っていた。
ヴァーミリアの名前が出て、リールーの肩から力が抜ける。
シルミスに隠しても、しょうがないと思ったのだろう。
なにせヴァーミリアとの会話の際、シルミスはそこに居たのだから。
(ほんとに、聞いてくれるの)
(時間はある)
リールーは深いため息をつき、イースにも漏らしていない愚痴を語り始めた。




