676 楽市は話を聞いていない。
あいにく温めるまでには行かないが、フタを開けた筒型のカンオケに、大きな匙を突っ込んで食べるのは楽しくて美味しい。
カンオケの中身は、大トカゲと夏野菜のゴロゴロクリームシチューである。
大トカゲは噛むと濃いうま味と共に、ほろほろと崩れた。
霧乃たち幼子は「あまい、あまいっ」と目を輝かせて、スプーンでかっこむ。
豆福だけが匙を使わず、カンオケに手首まで突っ込んで、手からちゅーちゅー吸っている。
シチューの合間に、ココアに似た飲み物で喉を潤すのだが、これがまた最高だった。
「ごくっ、ごくっ、ごくっ、ぷはーっ。
なにこれ、あまーいっ! きり、大すきーっ!」
「アイ、おかわりっ、うーなぎ、おかわりっ!」
「はいはい、淹れたては熱いから、ちゃんとぬるくなるの待つんだよ。
あっ、こらウーナギ、言ってるそばからっ」
「あちちちちちちっ!」
アイの口調は、初めて会った雨の夜と同じフランクなものに戻っていた。
ダークエルフと北側のノリの違いを、感じ取った上での切り替えである。
多少、子供たちを雑に扱っても、北の魔女は怒らない。
むしろその和やかさを、魔女は楽しむとアイは判断した。
「はーい、他におかわりする人は?」
「きり、おかわりっ!」
「あーぎも、おかわりっ!」
「まめもーっ!」まだ入っている
「ごくっ、ごくっ、ぷふー、チヒロラもですーっ!」
存分に朝ごはんを楽しむ幼子たちの隣で、楽市たち大人組は、いささか重苦しい雰囲気で食事をしていた。
ゴロゴロシチューを匙でつつきながら、楽市は今、リールーからの重大なお話を聞いている。
実はあたしの中に女王が……と話が始まったのだが、正直楽市はあんまり興味がない。
楽市はダークエルフの事情なんて、どうでも良いのだ。
ただどうしても、どうでも良くない事が一つある。
「その一つ」のために、楽市はダークエルフのいざこざへ、首を突っ込んでいるのだった。
一応リールーが話してくれているので、真剣な顔をして聞いてはいるが、心はあさっての方へ向いている。
(なんか、ライカがこっち見てるー)
楽市の正面に座っているライカが、楽市を見ていた。
そりゃ正面に座っていれば、顔がこちらへ向くだろう。
しかしその視線には、なにか特別な意味があるように思えてならない。
その意味とは何だろうと考えたならば、楽市の顔がボッと熱くなっていく。
楽市の隣に座るイカ楽市に言われた言葉が、心の中でリフレインする。
――あははっ、楽ねえさん。絶対ライカにばれたよっ。
フーリエへの気持ち、ばれちゃったよ♪
ああああああああっ。
脈拍が速くなり、血流が峠の走り屋のように駆け巡って、顔面へ集中していく。
自分の顔が、まん丸く膨れたような感じさえ覚えた。
こめかみがドクドクする中、楽市は居たたまれなくなってしまう。
シチューの味が全然しない。
自分の男にちょっかいを出すような女を、世の女性はどの様に見るだろうか?
きっと生ゴミを見るような、目つきとなるだろう。
ライカからどんな目で見られようと平気だったはずなのに、今の楽市は耐えられないのだった。
いつものように、眼を合わせてバチバチにやるなんて出来ない。
ひたすら手に持つカンオケから、2m離れた所にある、ライカの膝小僧を見つめている。
それ以上、視線を上げることができない。
(ひゃあああああっ!
ここではない、何処かへ行きたいっ!
ここでない何処かっ、どこかへーっ!)
楽市の心が叫んでいると、いつの間にかリールーの話は終わったようで、気がついたら白龍とイカが話していた。
「しかし本当に、お前も白狐なのか!?
お前たちの体は、どうなっているのだ!?」
「あははっ、妖しってのはこんな感じなんだよ。
楽ねえさんも、元は誰かの分裂した姿だったんだって」
「ふーむ……で、この極薄は、なぜさっきから顔を赤くして固まっているのだ?」
「さあ、何でだろうねえ」
「ちょっと余計な事は、言わなくていいからっ」
「あ、楽ねえさん、正気に戻ったの?」
「初めから正気だってっ。
とにかくリールーさんの話は分かった(分かってない)。
あと、こっちからも話があるんだけど、もうあの白いがしゃの船は使えな――」
「楽ねえさん。
それを今、あたしが皆に話してたんだけど、聞いてなかったの?」
「うっぐ……そう、なの?」
イカ楽市が生温かい眼で楽市を見つめながら、2本のイカの尻尾をくゆらせる。
「あたしからの提案はこう。
楽ねえさんたちは、いつもの角つきのがしゃ髑髏へ、
イースさんたちは、巨大幽鬼に乗ってもらうの。
だけどそれだと戦闘が始まったとき、幽鬼が参戦できないのと、防御面がちょっと弱いんだよね幽鬼は。
それで、どうしたものかなって……楽ねえさん、良い案はない?」
「え、う~ん……」
楽市が唸っていると、幼子と一緒にご飯を食べていたアイが、ゆっくりと手を挙げた。
「あの皆さん宜しいでしょうか?
よければ頑丈な飛行艇を、私どもハッブル商会がご提供させて頂きます」
「えっ、良いんですかアイさん!?」
イカ楽市が驚くと、アイはここぞとばかりにアッピールする。
「私たちは皆さんのお役に立つため、ここにおります。
なのでご安心をっ。
このアイとティカにお任せ下さいっ!」




